
今回のカンファレンスの主催者である日本経済新聞をはじめ各媒体で「いざなぎ」を超える堅調な景気動向と発表されています。私たちのサービス領域である不動産の景況も活性化しています。これは2020年のオリンピック開催との関連だけでなく、実際は市場流通の仕組みの変化と基礎経済の変革からの要因が大きいと捉えています。顧客のニーズと消費行動がテクノロジーの進化とともに変容し、それに対応するかのように企業の事業フォーマットも進化したために、組織の改変や事業拠点の組み換え、新分野への投資と合理性を促す統合化などからくる「場」への需要が不動産マーケットを後押ししているのです。
これらの動きはバブル期に経験した投資先行のような一過性のものではなく、企業戦略に即した堅実な状況だと思われます。これこそが本来の不動産マーケットのあるべき姿であり、私たちも中長期的な視野に立って、皆様方のプロフェッショナル・パートナーとして協力を惜しまない覚悟です。今回のカンファレンスでの講演を通して、企業の価値を高める要因は何か、新たな成長の糸口を発見するためにはどこをたどればよいのか。足がかりとなるヒントをぜひ持ち帰っていただきたいと思います。
昨今の日本・世界の経済は全体的には堅調に推移しており、心穏やかにそれを見ていることができます。かつて2000年代半ばから08年のリーマン・ショックに至るまでの間、株式や債券などの資産価格の変動幅が低下し、市場全体が安定した時期を指して「グレートモデレーション(大いなる安定)」と呼ばれたことがありますが、2018年の経済も趨勢としてはそう呼んでもよいものです。
その一方で、心を「高ぶらせる」要因もあります。米国のトランプ政権が仕掛ける新しい世界秩序がこれからどうなるのかという一抹の不安、北朝鮮の核・ミサイル問題などアジアの情勢不安も心穏やかにしてはいられない要因の1つです。
たしかにこうしたリスクはあるものの、しかし日本・世界の経済がこの先、急速に腰折れする要因は見あたりません。昨年、世界の30カ国以上で株価は史上最高値を記録しました。株式・不動産が高くなると、資産効果が生まれ、それが消費を底上げし、企業の設備投資も上向きになり、さらにそれが資産価値を高めるという好循環が生まれています。
昨年12月に内閣府が発表した「政府経済見通し」でも、昨年の日本経済成長力は1.9%あり、18年の見通しも1.8%と強気の予測。ある新聞社の調査によると日本の有力企業の経営者の75%が「景気回復基調は、2019年秋の消費税増税まで続く」と判断しているというデータもあります。日本の現在の失業率は2.7%程度であり、世界で唯一の完全雇用を達成している国といってもいいすぎではありません。
さて2018年にはどんなことが起こりうるのでしょう。私が注目しているのはまず、人工知能(AI)、ドローンを含むロボット、IoT、ビッグデータ、シェアリングエコノミーなどを活用した第4次産業革命の進行です。2018年という年は、この波がなんとなくの可能性ではなく、私たちの生活の目の前に具体的に現れてくる年になります。
例えば羽田空港の国際線ロビーに、AIを使った顔認証装置が導入されたことをご存知の方も多いでしょう。AIなら一卵性双生児の兄弟も区別することができます。入国管理にも人工知能が使われる、そういう時代なのです。
AIについては、もちろんいいことばかりではありません。6年前にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が、AIの活用で10数年後には職業の47%が消えてなくなるという予測を発表し世界を驚かせました。なくなる職業の中には金融や会計の仕事も含まれます。日本のメガバンクが昨年後半に大規模なリストラ計画を発表したのも、こうした予測が背景にあるのかもしれません。
その意味では大変厳しい時代とも言えるのですが、これはチャンスでもあります。チャンスを活かすためには、政府が打ち出す成長戦略を自社のビジネスにうまく活用するという視点が欠かせません。
いま政府はどのような政策を打ち出しているのか。昨年発表された成長戦略の中で、私がみなさんにぜひ注目していただきたいキーワードを3つお示しします。
1つは「ビッグデータ」の活用です。例えば、ビッグデータとシェアリングエコノミーを組み合わせることで、「Airbnb(エアビーアンドビー)」のような民泊事業、自家用車で乗客を運ぶライドシェア「ウーバー」のようなビジネスが可能になります。この2つの事業については、日本ではホテルやタクシー業界などの抵抗が強いのですが、いずれそれらは調整されていくでしょう。
もう1つ政府の成長戦略の目玉になっているのが一「レギュラトリー・サンドボックス」という仕組みです。日本語でいえば「規制の砂場」。子どもが安全が確保された砂場で思うがままに遊ぶように、企業が限られた期間や範囲で自由に新しいサービスを試すことを認める制度です。すでにシンガポールに作られたサンドボックス制度を活用して、日本の企業がブロックチェーン技術の実験を進めています。アブダビやドバイでもサンドボックスが動いており、日本も遅れをとることはできません。
「リカレント教育」も成長戦略の重要なキーワードです。例えばサイバーセキュリティー関連の技術者人材は今後20万人不足するといわれます。新しい技術を学ぶためには夜間大学院の充実など社会人の学び直しを支えることが不可欠で、政府もそれを支援するとしています。新しい技術に対応できる人材の育成が進めば、第4次産業革命はさらに進みます。こうした高度人材は給与も相対的に高い。賃金向上は所得税歳入の増大にもつながります。
新しい技術や経済のトレンドを予測することで、企業は次の時代の成長の基盤を作ることができます。そのための方法にも大きく2つのパターンがあって、1つは日本の企業が国内でAIやビッグデータなど最先端技術を活用して新しいビジネスを起こすことです。
もう1つは、これまで目を向けてこなかったような途上国や新興国における「リープ・フロッグ(蛙飛び)」という現象に注目し、それを自社のビジネス機会に取り込むことです。「リープ・フロッグ」というのは簡単にいえば、固定電話網が普及していない国のほうが携帯電話の普及率が高いというように、何も持っていない国の方が最先端技術を取り入れやすいということです。
例えば、日本ではマイナンバーの普及率がいまひとつですが、インドではインフォシスというIT企業が一挙に完璧な個人認証制度を構築し、いまやインドの人口12億人のうち11億人までが指紋・瞳孔といった個人情報を登録しているそうです。これを統括する専門の役所まで創設され、インフォシスの会長が初代総裁に就任しました。インドは10年後に世界最高の個人情報インフラをもつ国になる可能性があります。
アフリカ諸国の経済成長力があらためて注目されていますが、南アフリカ共和国で携帯電話が急激に普及したきっかけはプリペイドカードの導入だったという話を聞いたことがあります。当地では日本人のような契約の概念が希薄です。しかし、たとえ少額でも手元にプリペイドカードがあれば携帯電話を利用しようとします。私たちにとってはけっして最先端とはいえない技術でも、別の地域にいけばきわめて重要なツールになり、大きな価値をもつことがある。これを「フルーガル・イノベーション(安上がりの技術革新)」といいますが、そこで力を発揮できる日本の企業はたくさんあると思います。
日本国内で最先端技術を活かしてビジネスを起こすことはもちろん重要ですが、その一方で視点を変えて、新しいイノベーションが一挙に普及する可能性があり、潜在的成長力の高い国や地域に出ていって、そこでビジネスを起こすということも重要です。最も悪い選択は、いずれの選択も避けて、グレートモデレーションの“ふわふわとした”環境に甘んじたまま、何のイノベーションにも取り組まないことです。
グレートモデレーションの居心地のよい環境は永遠に続くものではありません。それゆえそこに甘んじることなく、私たちは常に次の時代をみすえ、チャレンジを続ける必要があるのです。
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