明海大学 山本教授 寄稿 会計ファイナンスからのCREアプローチ 第4回 企業不動産売却の財務効果を検証する。

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目次

要旨

企業が、保有する不動産を売却するということは、どのような意味を持ち、どのような経営効果があるのだろうか。このような問題意識を持ち、様々な角度からの分析を行った結果として、以下のことが明らかになった。

  • 製造業では遊休・投資不動産を売却する企業は、有利子負債比率が高く、売上成長も優る傾向にある。これは非効率な利用状況にある不動産を流動化し、財務リスクを低減させ、将来が見込める事業に投資することが企業の成長の鍵となっていることが示唆される。
  • 投資不動産を保有することが本業若しくは本業と親和性がある「建設・不動産・運輸業」では、企業パフォーマンスが高い企業は投資不動産の売却を控える傾向にある。これらの業種では投資不動産の保有が、業績向上に直結するからである。
  • 不動産を購入した企業は年代を問わず、株価への影響はあまり観察されなかった。
  • 不動産を売却した企業は年代を問わず、正の株価反応を示すことが明らかになった。

問題意識

企業が保有する不動産、とりわけ遊休不動産を売却することは、流動化が進むことと、債務返済が行われること等から、財務体質が健全化されると考えられる。しかし、企業が地方に所在する大規模な工場跡地を売却することは容易なことではない。遊休地を売却することが可能である企業の特性は何か興味が湧く。また、企業不動産の売却に対して、投資家はどのような評価を下すのか。またそれは、時代や不動産の特性によっても異なるのか疑問となる。本稿では、これらの疑問に対する答えを提示するために、会計ファイナンスの手法を用いた。これらの問題意識を次の2点に絞り込んだ。

(1)遊休・投資不動産売却の決定要因は何か?

遊休・投資不動産を保有している企業についてみると、上記で述べたように製造業では保有にリスクが伴うと考える。また保有を継続することにより企業資産の流動性が低まるという懸念も生じる。企業によっては、このような保有のリスクを回避するために売却により流動化を進めている企業もある。遊休・投資不動産を保有する企業にあって、売却が進められている企業とそうではない企業が存在するが、両者の違いがどこにあるのかが分析の論点となる。

(2)企業不動産の購入・売却は証券市場にどのような影響を与えるのか?

遊休・投資不動産を含んだ企業不動産の購入・売却は、CREの基本的活動に位置づけられ、当該経営行動の証券市場での評価について関心が持たれている。これについて米国の先行研究の多くは、企業不動産の購入は株価に影響を与えず、売却は正の影響を与えることを明らかにしている。日本においても、地価の長期的下落や土壌汚染問題等を背景に、不動産はリスク資産とみなされており、将来キャッシュ・フローに直接結びつかない限り、その購入は投資家に評価されないと考える。このような考え方に妥当性があるのか検証を行う。

実証分析の着眼点

2010年度より、賃貸等不動産会計基準が適用になった。このことにより、企業には遊休・投資不動産がどの程度あるのか、ある場合には時価がどのくらいかを把握することが可能になった。この場合、製造業における賃貸等不動産は、工場跡地等の遊休不動産である場合が多く、不動産業においては、オフィスビル等の投資不動産である場合が多いとみなされる。
本稿では、これらのデータを活用し、ロジット回帰分析という手法を活用し、売却の決定要因を探った。ロジット回帰分析は、回帰分析の一つであり、分析対象企業について、賃貸等不動産を売却した企業と売却しない企業の質的データを被説明変数とすることが可能であり、賃貸等不動産の売却を促進する要因を特定することが可能となる。
また、賃貸等不動産の売却の情報開示が、株価に短期的にどのような影響を与えるのかを調査する。すなわち、企業の業種、不動産の内容によって、株価への影響度が違う結果になるかどうかがポイントになる。これらの分析結果を活用することで、投資家を意識したCREを策定することができる。企業が開示したこのような情報が株価にどのような影響を与えるのかを分析する手法を、イベント・スタディといい、会計ファイナンスの分野では多用されている。イベント・スタディ(Event Study)とは、「企業に関連したイベント前後の株式の累積異常リターン(CAR: Cumulative Abnormal Return)の動きを検証することで、そのイベントの企業価値に与える影響や情報の効率性を検証する手法である。企業価値に影響をもたらすイベントが発生したときには、そのイベントがなかったときのリターンに加えて、そのイベント分の追加的なリターンが発生する。この追加的なリターンを異常リターン(AR: Abnormal Return)と呼び、イベントの企業価値への影響を図る指標として用いられる。イベント発生後、すぐに株価が反映されるとは限らないため、イベント日前後の異常リターンを合計した累積異常リターンを用いて検証が行われる。」(みずほ証券「ファイナンス用語集」https://glossary.mizuho-sc.com/?site_domain=default)

賃貸等不動産にかかる開示データに基づいた分析

(1)分析方法

本分析は、旧東証1部上場企業のうち、2010年期に賃貸等不動産の存在を開示した企業を分析対象とする(2007年から2015年に東京証券取引所に連続上場している減損会計適用企業のうち2010年期に時価開示を行った「製造業」121社、「建設・不動産・運輸業」54社を対象とする)。当該企業を2011年期中に、賃貸等不動産の売却を行った企業とそれ以外の企業の2つのグループに分類し、両者の特性を比較することにより投資不動産売却の決定要因を明らかにする。分析手法は、前節で説明したロジット回帰分析を適用し、①式のとおり被説明変数には、賃貸等不動産の売却が有る場合は「1」が、無い場合には「0」を割り当てる。

<変数の定義と考え方>
「Ln総資産」:総資産額の自然対数変換値を採用する。資産規模が大きい企業ほど、社会的注目度が高く、監視圧力が強まる。
「ROA」:利益を総資産で除した数値を採用する。収益性が高い企業は、積極的な経営判断が可能となる。
「トービンのQ」:株式時価総額に簿価負債額を加え、簿価総資産額で除した数値を採用する。当該数値が高い場合には企業パフォーマンスが優る。
「売上高変化率」:過去5ヶ年の変化率を採用する。成長性が高い企業は、積極的な経営判断が可能となる。
「有利子負債比率」:利子返済が必要となる部分に着目した負債比率である。同比率が高まるほど、金融機関との関わりが深いと考えられる。
「役員持株比率」:役員持株比率が高い企業は、経営判断の裁量度が高まる。
「一般事業法人持株比率」:一般事業法人持株比率が高い企業はグループ関連企業によって多くの株式が所有される傾向が強く、これらの監視を受け、経営判断もそれに左右される傾向がある。
「金融機関持株比率」:金融機関持株比率が高い企業は、金融機関からの監視・規律が強いため、経営判断が慎重となる。
「外国人持株比率」:外国人持株比率が高い企業は、外部からの監視・規律付けとともに、業績向上圧力を受けるため、収益効率性が重視された経営判断がなされる傾向にある。
「賃貸等不動産/総資産」:総資産のうち賃貸等不動産(原価)の依存度を示す変数。この数値が大きいほど、投資不動産保有の経営に与える影響度が高い。
「含み益額/総資産」:賃貸等不動産の含み益依存度を示す変数で、含み益額は開示された注記情報に基づき計算する。この数値が大きくなるほど、含み益の活用が可能となり、企業経営上重要な意味を持ってくる。

これらの財務データは、各社の有価証券報告書に基づき、連結ベースのものを採用する。なお役員持株比率データは『役員四季報』(東洋経済新報社)の公表数値に、その他の持株比率に関するデータは『日経会社情報』(日本経済新聞社)の公表数値に基づく。

(2)分析結果

表-1は、①式の投資不動産売却の決定要因の分析結果を示している。これによると、「製造業」と「建設・不動産・運輸業」とでは温度差がみられる。「製造業」では、「売上高変化率」、「有利子負債比率」及び「一般事業法人持株比率」が、t値の結果から、有意に正の変数となっている。(このt値とは統計的な検定の結果を示した数値であり、これは一定以上であると分析結果に意味を持つというシグナルとなる。例えば、1%水準で有意ということは、この分析結果が偶然起こったという確率は、1%以下ということで、99%起こるべくして起こったという意味となる。そこで、検定の結果として、一定レベルの有意水準にある変数は、解釈上尊重すべきものであるといえる。)
これは、有利子負債比率が高く他企業からの監視を受ける企業ほど、賃貸等不動産の売却を進め、売上高変化率も高い。財務体質が劣る企業が、遊休不動産を流動化させ、流入した資金を将来が見込める事業に投資し、企業の成長を促進しているという構図が見えてくる。また、「トービンのQ」が有意に負となっており、トービンのQが大きい、すなわち企業パフォーマンスが優れる企業ほど直面する財務上の課題も少ないと考えられ、売却が行われていない。効率性の劣る部門(遊休不動産)を切り離すことにより、市場からの評価を高め、企業全体の価値を向上させることができるのである。一方、「建設・不動産・運輸業」では、「トービンのQ」のみ有意な変数となっている。当該業種では、投資不動産の保有が企業業績に直結しており、企業パフォーマンスが優れる企業ほど投資不動産を保有すると解釈できる。

表-1 ①式:旧東証1部上場企業の遊休・投資不動産売却の決定要因分析結果(ロジット回帰分析)

(注) ***:1%有意水準, **:5%有意水準, *:10%有意水準。(出典)山本・古川(2020、表-1)

企業不動産の購入・売却アナウンスメントの短期的株価反応に基づいた分析

(1)分析方法

不動産購入・売却のアナウンスメントが行われると、公表企業の株価が影響を受ける可能性がある。本節は、この株価の変化に焦点を定め、分析手法としてイベント・スタデイを採用する。
この手法は、株価が形成されるプロセスをモデルでとらえ、そのモデルから算出される株式投資収益率の理論値と実現値との差をAR(Abnormal Return;異常収益率)とし、不動産購入・売却等のアナウンスメントの株価への影響を検証する方法である。
本件では以下の数式によって、異常収益率を測定し、これに基づいてCARを求めることにする。

it :企業iの株式の第t日の収益率
mt :第t日におけるマーケット・ポートフォリオの収益率(本件ではTOPIXのデータを採用する)
αi 、βi :線形回帰モデルのパラメータ
εit :誤差項

ここで、ARの推定値εit は、

で求められる。

例えば、分析対象期間をアナウンスメント日を中心に、前後15日間とすると、サンプル企業n社を取り出し、第t日におけるアナウンスメントの平均的効果を検証するには、以下のAAR(Average Abnormal Return;平均異常収益率)を求めることになる。

さらに、分析対象期間(-15,+15)にわたる全般的な効果をみるために以下のCARを計測する。

(2)サンプル企業

本分析は、「近年」の企業不動産の購入・売却の市場反応を中心に、時期的な比較の目的で、土地バブル期前後のサンプルを収集した。分析対象サンプル企業の概要は、表-2に示すとおりである。これらのサンプル企業の抽出条件は以下のとおりとなる。

  • 「近年」のサンプルについては、不動産の購入・売却にかかるアナウンスメント日をTDNET(日本取引所グループが提供する適時開示情報閲覧サービス)にて確認できること、「土地バブル期」及び「土地バブル崩壊期」のサンプルについては、日本経済新聞によって確認できること。
  • 単独物件での不動産取引を対象とし、ポートフォリオ物件は対象外とすること。
  • 完全所有権にかかる不動産取引を対象とすること。
  • 不動産投資信託の組成を前提とした不動産取引は対象外とすること。
  • 対象ケースにかかる企業は東京証券取引所に上場されており、分析期間中の連続的な株価データを確認・取得できること。
  • 対象ケースにかかる企業の業種は、金融機関以外のものであること。

表-2 分析サンプル企業の概要

(出典)山本・古川(2020、表-2)

(3)分析結果

①不動産の購入

本節では前述した分析方法に基づき、不動産の購入にかかる分析結果を示す。分析は、「土地バブル期」、「土地バブル崩壊期」、「近年」のサンプルのそれぞれについて行ない、公表日前後のCARを計測した。CAR(平均値)の推移については、図-1に示すとおりとなっている。これによると、公表日前後において大きな傾向の変化が見られない。「土地バブル崩壊期」のCARについては、公表後下落の傾向が見られる。
この分析結果は、企業が単に不動産を購入しただけであれば、それが直接に将来のキャッシュ・フローの増大に結びつくものではないと投資家が評価していると考えることができる。また、不動産を保有することは各種のリスクに直面することを意味する。「土地バブル崩壊期」のCARの推移が、公表日後に下落傾向が見られる理由として、この時期において土地の下落リスクが特に高かったことが理由として考えられる。

図-1 CARの推移(購入)

(出典)山本・古川(2020、図-2)

②不動産の売却

本節は不動産の売却にかかる分析結果を示す。分析は、購入のケースと同様に、「土地バブル期」、「土地バブル崩壊期」、「近年」のサンプルのそれぞれについて行ない、公表日前後のCARを計測した。CAR(平均値)の推移については、図-2に示すとおりとなっている。これによると、「土地バブル期」のCARは、公表日前後に上方に山なりに推移し、顕著な変化が観察される。また、「土地バブル崩壊期」及び「近年」のCARについては、公表日以降上方に推移している。

図-2 CARの推移(売却)

(出典)山本・古川(2020、図-2)

③売却にかかるCARを被説明変数とした回帰分析

上記の分析のとおり、企業不動産の売却のアナウンスメントは株価に正の影響を与えることが推定できる結果となった。そこで、この正の株価反応を引き起こす要因の究明が課題となる。
次のステップとして、発表日前後のCARに作用する要因を計量的に明らかにするため、クロスセクショナルな分析を行なう。具体的には、次の②式のモデルに基づき近年の企業不動産の売却のサンプル(269件)にかかる公表日前後1日の累積異常収益率であるCAR(-1,1) (公表日1日前から公表後1日までの、累積異常収益率)を被説明変数とする重回帰分析を実施する。

<変数の説明>
負債比率:負債/総資産 売上成長率:直近5ヶ年間の成長率 ROA:総資産利益率 流動比率:流動資産/流動負債  総資産:自然対数変換値を採用 売却損益:不動産売却価額-不動産簿価

この分析モデルの設定に際しての主な着眼点を説明する。負債比率は、企業財務の健全性を示す指標である。負債比率が高まると倒産リスクが高まるため、企業は負債を返済する動機が強まる。企業不動産を売却した場合に負債に対する返済資金を確保することができる。流動比率は、流動比率が低い場合には、債務返済が滞るリスクが生じるためこれを高める動機が強まる。企業不動産を売却することにより流動比率を向上させることが可能となる。売却損益は、実際の売却額と簿価との差額で把握される。売却によって含み益が発生する場合には利益を増大させるが、含み損が顕在する場合には、特別損失に計上され、結果的に利益を圧縮する方向に働く。このような財務的特性が投資家にどのように評価されるのかも注目点となる。
②式の分析結果は、表-3に示すとおりである。これによると製造業及び建設業を通じて負債比率が統計的に意味のある変数となった。すなわち、負債比率が高い企業ほど企業不動産の売却において正の株価反応を享受することになる。これは、財務内容が悪い企業において不動産の売却による資金の調達が企業財務内容を改善することにつながることを特に市場が評価していると解釈できる。この分析結果は、「土地バブル期」において不動産売却によるCARの上昇が特に顕著であることと整合性がある。「土地バブル期」のサンプル企業の負債比率の平均値が77.9%であり、「土地バブル崩壊期」のサンプル企業の平均負債比率61.2%を大きく上回っているからである。「土地バブル期」にあえて保有不動産を売却した企業の多くは、財務的に倒産に直面した危機的状況にあったものが多く、土地の含み益の顕在化によって財務的改善効果が大きかったと考えられる。

表-3 ②式:「近年」の売却にかかるCARを被説明変数とした回帰分析結果

(注) ***:1%有意水準, **:5%有意水準, *:10%有意水準。
例えば、1%水準で有意ということは、この分析結果が偶然起こったという確率は、1%以下ということで、99%起こるべくして起こったという意味となる。(出典)山本・古川(2020、表-5)

2010年代のデータにかかる追加的分析

本節では、2010年代の直近にかかるデータを対象とした追加的分析を行う。

(1)調査方法

実証分析に用いるサンプルは、2010年1月1日から2018年7月11日までの日経各種(日本経済新聞朝刊、夕刊、日経産業新聞、日経MJ、日経金融新聞、日経プラスワン、日経マガジン)で取り上げられた遊休不動産売却に係る記事を対象として抽出している。
調査方法は、日経テレコンより「遊休不動産 売却」「遊休地 売却」「工場跡地 売却」それぞれのキーワード検索を行い、検索結果の記事より遊休不動産売却に係る記事を調査し、そのうえで、遊休不動産売却や工場跡地売却等の売却情報を把握できるものをサンプルとしている。
検索結果は「遊休不動産 売却」45件「遊休地 売却」183件「工場跡地 売却」181件、合計409件のうち、売却情報が把握できる記事110件であった。その中から、東証一部上場企業であること、株価の取得が可能であること、同企業の売却情報の場合には直近の売却情報であることを条件に最終サンプルは54件となっている。当該最終サンプル54件について財務データ、株価及びTOPIXについては、「日経NEEDS財務データ」「Yahoo!ファイナンス」 より、持株比率データについては「会社四季報」(東洋経済新聞社)より収集した。
サンプルの属性は表-4のとおりである。製造業47件、商業3件、運輸・情報通信業1件、電気ガス業2件、サービス業1件となっている。

表-4 サンプルの概要

(出典)山本・古川(2020、表-6)

(2)分析方法

分析方法は、前節に準拠する。CARを計測した上で、
次のステップとして、上記で計測されたCARを被説明変数とした以下のモデル③式に基づいた回帰分析を行う。

〈変数の定義〉
Size(Ln):2015年度、総資産額の自然対数変換値を採用する。資産規模が大きい企業ほ
ど、社会的注目度が高く、社外からの監視圧力が高まる
IMP_S:2007年から2015年に計上された減損額の合計額を2015年度の総資産で除
した数値
Debt:2015年度、各企業の有利子負債比率。利子返済が必要となる部分に着目し、
同比率が高くなるほど金融機関との関りが深いと考えられる
ROA:2015年度、各企業の利益を総資産で除した数値を採用する
Land:2015年度、各企業の土地資産額を総資産額で除した数値を採用する
Corporation:2015年度、各企業の一般事業法人持株比率。一般事業法人持株比率が高い企
業ほど株式持合いが進むため、外部からの監視・規律が弱くなるが、グループ企業間での監視や情報共有が進む傾向にある
Financial:2015年度、各企業の金融機関持株比率。金融機関持株比率が高い企業ほど金
融機関からの監視・規律が強くなるため、経営判断が慎重となる
Industry type:業種ダミー。製造業であれば1をとり、それ以外は0をとる

(3)分析結果

有利子負債比率および売却額比率に係るCARの平均値の推移にかかる分析結果は図-3図-4に示している。
有利子負債比率で区分した結果によると、公表日までの推移に顕著な差がみられ、有利子負債比率の高い企業グループほど公表日までのCARの上昇率の推移は高くなっている。投資家は財務的な不安定要素を抱えている企業が、遊休不動産等の売却を公表することで売却後の資金の流動化による新規事業への展開や負債返済による安定的な財務基盤が構築されることに対しポジティブな反応を示していると考えられる。また、有利子負債比率の低い企業グループについては、イベント期間全体を通して上昇傾向にある。有利子負債比率の低い企業では財務的な不安定要素が少ないためポジティブな反応を示しているものと考えられる。また、公表日についても有利子負債比率の高い企業に比較して若干ではあるが上昇率が高く、遊休不動産の売却を公表することで投資家は資金の流動化による新規事業への展開等についてポジティブな反応を示していると考えられる。
売却額比率(遊休不動産売却額を総資産で除した数値、以下同様)で区分した結果によると、売却額比率の高い企業グループでは公表日の上昇幅がおおきくなっている。売却額比率が大きい企業グループでは資産に対する売却額が大きいため、債務の返済のみならず、本業以外にも資金を回せる余裕度が見込め新規事業の展開による収益性の向上が見込めるため、投資家はポジティブに捉えているものと考えられる。一方、売却額比率の低い企業グループでは、公表日前後で多少の減少傾向はみられるものの、イベント期間を通してポジティブな反応がみられるため、売却額比率の低い遊休不動産に対して影響は少ないものと考えられる。

図-3 有利子負債比率に着目したCARの推移

(注)横軸は日にちを示す。(出典)山本・古川(2020、図-3)

図-4 売却額比率に着目したCARの推移

(注)横軸は、日にちを示す。(出典)山本・古川(2020、図-4)

次に、上記で計測されたCARを被説明変数とした③式の回帰分析結果は表-5のとおりである。

表-5 ③式の回帰分析結果

(注) ***:1%有意水準, **:5%有意水準, *:10%有意水準。
(注)例えば、(-5,5)とは、公表日5日前から公表後5日までの、累積異常収益率を示す。(出典)山本・古川(2020、表-7)

「Size(Ln)」について、CAR(-1,0)(-2,0)で有意な数値が得られ、資産規模の大きい企業ほどプラスの傾向を示している。資産規模の大きい企業ほど社会的注目度が高いため、戦略的に遊休不動産売却情報を公表している可能性も高く、ポジティブな反応を示しているものと考えられる。
「Debt」について、CAR(-5,0)で有意な数値が得られ、有利子負債比率の大きい企業ほどプラスの傾向を示している。投資家は財務的な不安定要素を抱えている企業が、遊休不動産等の売却を公表することで売却後の資金の流動化による新規事業への展開や負債返済による安定的な財務基盤が構築されることに対しポジティブな反応を示しているものと考えられる。
「IMP_S」について、CAR(-1,1)(0,1)(-2,1)(-2,2)で有意な数値が得られ、減損規模が大きい企業ほどマイナスの傾向を示している。投資家は減損規模が大きい企業が遊休不動産売却情報を公表しても、有効活用されずに遊休不動産となってしまっていた、つまり投資の失敗に対しネガティブな反応を示しているものと考えられる。
「Corporation」について、CAR(-1,0)(-1,1)(0,1)(-2,0)(-2,1)(-2,2)で有意な数値が得られ、一般事業法人持株比率が高い企業ほどプラスの傾向を示し、表-1とも整合のとれる結果となっている。山崎(2017)によると、閉鎖済の事務所や工場において帳簿価格が時価と剥離しているケースでは、売却に伴う含み損益の実現により企業決算に多大な影響がでることになる。また、決算対策として本業の赤字と相殺するために含み益のある不動産を処分して特別利益を出すケースもある。それらの事業用不動産の売却等に際して、情報の秘匿性を求められることもある。一般事業法人持株比率の高い企業ほど、関係会社との結びつきが強く、関係会社に不動産業務を担う企業がある場合、情報の秘匿性が保たれ、流動性の低い工場跡地等の売却についても内部的に処理が進められるため、資産効率および資金効率を高められるものと考えられる。したがって、一般法人持株比率の大きい企業ほど、情報の秘匿性が保たれ、流動性の低い工場跡地等の処分が外部のアドバイザーを介さずにスムーズに進められることができ、それらの売却情報の公表やそれに伴う特別利益の計上により株価への影響が大きいものと考えられる。
「Industry type」について、CAR(-2,0)で有意な数値が得られ、企業の属性が製造業である場合にマイナスの傾向を示している。製造業では、工場跡地等の遊休不動産が多く、遊休不動産売却情報を公表することで、投資家等は工場跡地等を有効活用することなく売却することに対して生産性の低下等を懸念しネガティブな反応を示している可能性も考えられる。
以上一連の結果より、遊休不動産が有効活用されていない等、投資の失敗に対しては深刻にとらえるが、売却して資金の流動化が見込める場合等にはポジティブな反応を示すものと考えられる。

CREへの示唆

本稿の目的は、遊休不動産等の売却は企業にどのような財務効果をもたらすのかについての検証である。いわば、ストック型社会における出口戦略の有効性を問うものである。前記の一連の実証分析のまとめの意味で、当初の2つの問題意識に対する答えを提示したうえで、CREへの示唆を示す。

  • 製造業では遊休・投資不動産を売却する企業は、有利子負債比率が高く、売上成長も優る傾向にある。これは非効率な利用状況にある不動産を流動化し、財務リスクを低減させ、将来が見込める事業に投資することが企業の成長の鍵となっていることが示唆される。
  • 投資不動産を保有することが本業若しくは本業と親和性がある「建設・不動産・運輸業」では、企業パフォーマンスが高い企業は投資不動産の売却を控える傾向にある。これらの業種では投資不動産の保有が、業績向上に直結するからである。
  • 不動産を購入した企業は年代を問わず、株価への影響はあまり観察されなかった。
  • 不動産を売却した企業は年代を問わず、正の株価反応を示すことが明らかになった。
  • CARを被説明変数とする回帰分析では、「製造業」及び「建設業」で負債比率が正の変数に浮上している。これは財務体質の劣る企業は、不動産の売却による流動化によって証券市場での評価が高まることが示唆されている。さらに、2010年代のデータを対象とした追加的分析においても同様の傾向が認められた。

現在、一般事業会社において、「非効率に利用されている不動産を売却し、筋肉質な資産構成にすることが望ましい」という直感的な認識が共有されている。そしてそれが、CRE実施の基礎的指針に位置づけられている。本研究では、この直感的な認識の妥当性を実際の財務データを活用した実証分析で一部を裏付けることができた。また、投資不動産を保有することが本業と性格を異にする業種(製造業等)と保有することが本業若しくは本業と親和性がある業種(不動産業等)とでは、投資不動産の保有・売却の意思決定や証券市場での評価に差異があることも明らかになった。

参考・引用文献

[1]山﨑暢之(2017)「事業用不動産の流通促進に向けた課題(特集 既存住宅流通市場の活性化に向けて)」『土地総合研究』第25巻第1号,71-79。
[2]山本卓・古川傑(2020)「投資不動産の売却の決定要因と株価に与える影響の検証 -遊休不動産をめぐる課題を視野に入れてー」『明海大学不動産学部論集』第28号,pp.1-19。
[3]山本卓(2012)「東証1部上場企業の賃貸等不動産保有の決定要因と時価情報有用性」『会計・監査ジャーナル』第678号,pp.93-102。                       
[4]山本卓(2010)「投資不動産時価情報の有用性について-賃貸等不動産会計基準の実証的検証を中心に-」『証券アナリストジャーナル』第48巻第11号,pp.90-101。
[5]山本卓(2009)『財務情報と企業不動産分析 -CREへの実証的アプローチ-』創成社
[6]山本卓(2008a)「企業の株式所有構造と有形固定資産効率性との関係分析」『経営行動研究年報』第17号,pp.110-114。
[7]山本卓(2008b)「土壌汚染報道が株価形成に与える影響」『日本土地環境学会誌』第15号,pp.41-51。
[8]山本卓(2007)「コーポレート・ガバナンスと企業不動産マネジメント-株式所有構造に着目した実証分析を中心に-」『季刊不動産研究』第49巻第3号,pp.50-58。

寄稿者

明海大学不動産学部教授

山本卓 やまもとたかし

埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)、不動産鑑定士。一般財団法人日本不動産研究所を経て、2014年より現職。大学では、「不動産経営戦略」、「不動産会計財務論」等を講じている。企業不動産を取り巻く広範な関係者(経営者、投資家、債権者、地域住民等)に対しての意思決定支援手法の開発を専門にしている。近著に『投資不動産会計と公正価値評価』[2015年、創成社](2016年資産評価政策学会著作賞)、『グローバル社会と不動産価値』[2017年、創成社](2018年日本不動産学会著作賞(実務部門))、『ストック型社会への企業不動産分析』[2021年、創成社](2022年都市住宅学会著作賞)等がある。

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