ニッセイ基礎研究所 寄稿コラム 【2024年版】CRE戦略の企業経営における位置付けと役割

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目次

高まるCRE戦略の重要性

「CRE(Corporate Real Estate:企業不動産)」とは、企業が事業を継続するために使うすべての不動産を指す[1]。企業がこれを重要な経営資源の一つに位置付け、その活用、管理、取引(取得、売却、賃貸借)に際し、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)を踏まえた上で最適な選択を行い、結果として企業価値最大化に資する経営戦略を、筆者は「CRE(企業不動産)戦略」と呼んでいる。
筆者は、「企業の社会的責任(CSR)や存在意義は、単に製品・サービスを提供することではなく、あらゆる事業活動を通じて社会を良くすること(=社会課題を解決すること=社会的ミッションを実現すること)、すなわち『社会的価値(social value)』を創出することにこそあり、結果としてそれと引き換えに経済的リターンを獲得できると考えるべきであり、経済的リターンありきではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められる。このような社会的価値創出を経済的リターンに対する上位概念と捉える『社会的ミッション起点の真のCSR経営』は、従業員、顧客、取引先、株主、債権者、地域社会、行政など多様なステークホルダーとの高い志の共有、いわば『共鳴の連鎖』があってこそ実践できる。経営者は、社会を豊かにする社会変革(social innovation)をけん引すべく、強い使命感・気概・情熱を持って、沸き立つ高い志を多様なステークホルダーと共有し、社会的ミッションを成し遂げなければならない」と主張してきた。筆者は、このような「志の高い社会的ミッションを起点とする真のCSR経営」を2008年頃からいち早く提唱してきた[2]。「社会的ミッション起点のCSR経営」と言うと小難しく聞こえるかもしれないが、平たく言えば、「企業経営は社会の役に立ってなんぼ」ということだ。
研究拠点、工場、営業拠点、物流施設、本支社オフィスなど各種のワークプレイスやファシリティを構成する建物・敷地といった不動産(CRE)は、「外部性」を持つため、とりわけ社会性に配慮した利活用が欠かせない。外部性とは、ある経済主体の活動(ここでは企業によるCREの利活用)が市場を介さずに、第三者(ここでは地域社会)に何らかの影響を及ぼすことを指す。外部性にはプラスとマイナスの両面の影響が想定され得るが、プラスの場合は「外部経済」、マイナスの場合は「外部不経済」と言う。特に土地は地域に根ざした公共財的な性格を持ち、再生産することができない経営資源であり、企業がそこに各種ファシリティを構築し、土地を開発・使用する段階において、何の対策も講じなければ、地域社会の自然環境や景観に何らかの負の影響(=外部不経済)を与え得る。このため、事業を行う上でCRE戦略が果たすべき役割としては、地域コミュニティの理解・信頼・協力を勝ち得るために、自然環境や景観に配慮した適切な不動産管理が必要条件となる。
企業は、CREの利活用が地域社会の自然環境や景観に及ぼす外部不経済をしっかりと抑制・解消する一方で、そのような環境・景観に配慮した物的な不動産管理にとどまらず、地域・都市に構築した拠点を起点に事業活動を通じて地域社会に生み出す、地域活性化や社会課題解決など外部経済効果を最大限に引き出すことに取り組むことが求められる。従って、CRE戦略では、地域社会との共生という視点の下で良き企業市民として、CREの利活用が地域コミュニティに及ぼす外部不経済の除去と外部経済効果の創出を図ることこそが不変の「原理原則」である、と筆者は考えている。すなわち、CREは、筆者が主張してきた前述の「社会的価値を追求する社会的ミッション起点のCSR経営」を実践するための「プラットフォーム(基盤)」の役割を果たすべきである[3]

CRE戦略は、志の高い企業経営を志向・実践する経営トップにとっては、特に目新しい概念ではなく定石的な経営戦略であると筆者は考えているが、企業を取り巻く環境変化の下でその重要性が高まっている。
外国人持ち株比率の上昇や「物言う株主」の台頭、さらにはCREの所有価値に着目した敵対的買収の増加に加え、元々アベノミクスの成長戦略に当たる「日本再興戦略」[4]の一環として政府主導で進められてきたコーポレート・ガバナンス改革の下で、資本市場から一層高まっている資本収益性向上の要請といった「資本市場での変化」、固定資産の減損会計適用[5]など時価会計に向けた「会計制度の変更」などを背景に、経営トップは事業を通じてCREの利用価値に見合った活用を行い、自社の株価にその資産価値を反映させることが重要になっている。CREを有効活用して十分なキャッシュフローを創出し企業価値を最大化すれば、敵対的買収にも遭いにくく、時価会計にも自ずと対応できる。また、「内部統制強化の要請」への対応からも、バブル崩壊による「土地神話」の崩壊以降、価格変動リスクを抱えるようになったCREについて、適切なマネジメント体制を構築することが必要になっている。

[1] 本稿では、CREは事業に供している不動産、すなわち「事業用不動産」を指すため、自社の本業に供していない遊休地や賃貸用に供する「投資用不動産」はCREに含めないこととする。特に遊休地保有は本来一時的状況と捉えるべきであり、用途転換などによる事業用としての自社利用が難しければ、売却や賃貸用への転用などCREの「出口戦略」を考えるべきである。
[2] 筆者は、志の高い社会的ミッションを企業経営の上位概念に据えるこのような考え方を拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」『ニッセイ基礎研所報』Vol.50(2008年)および同「CSR(企業の社会的責任)再考」『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にていち早く体系的にまとめた。
[3] 筆者は、CREを「社会的ミッション起点のCSR経営を実践するためのプラットフォーム」と捉える考え方を拙稿「CSRとCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日にて提示した。拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)、同「企業不動産(CRE)の意味合い」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2019年3月4日、同「寄稿 ハンドブック発刊によせて/地域活性化に向けた不動産の利活用」国土交通省土地・建設産業局『企業による不動産の利活用ハンドブック』2019年5月24日、同「企業不動産(CRE)戦略:社会的価値を創造するプラットフォームとしてのオフィスなどのCRE」ダイヤモンド社『週刊ダイヤモンド』2023年3月11日号も参照されたい。
[4] 第二次安倍内閣の経済政策(アベノミクス)の「第三の矢」である成長戦略に当たり、2013年6月14日に閣議決定された。
[5] 2004年3月31日から2005年3月30日までに終了する事業年度から早期適用が認められ、2005年4月1日以後開始する事業年度から強制適用された。3月期決算であれば、2004年3月期(2003年度)から早期適用が認められ、2006年3月期(2005年度)から強制適用された。

CRE戦略の普及啓発に向けた官民のこれまでの主要な取組

筆者はCRE戦略の重要性を2004年頃からいち早く主張し、調査研究活動を通じて微力ながらその普及啓発に努めてきた。国土交通省では、CREという言葉が産業界に未だ普及していなかった2006年に「企業不動産の合理的な所有・利用に関する研究会(CRE研究会)」を立ち上げ、CREの現状・課題や今後のあるべきCRE戦略について先駆的な検討を行った[6]。同省は、続いて企業がCRE戦略を実践する際の実務的な指針および参考となる資料集として『CRE戦略を実践するためのガイドライン・手引き(初版)』を2008年に公表し、その後2009年および2010年に矢継ぎ早に改訂を行った[7]
近年、SDGs(持続可能な開発目標)が国際社会全体の目標として示され、総合的な課題解決が重要とされ、また、投資家が投資先企業にESG(環境・社会・ガバナンス)への配慮を求める動きが世界的に拡大している。他方、我が国では、人口減少・少子高齢化、インフラ老朽化などが喫緊の課題となっており、これらの社会・地域課題の解決には、SDGsやESG投資の観点なども踏まえ、官だけでなく、産業界など多様な組織やステークホルダーによる取組が必要不可欠となっている。国土交通省は、新たに台頭してきたこのような潮流を踏まえて作成した『企業による不動産の利活用ハンドブック-地方から始まる新しい活用のかたち-』[8]を2019年に公表した。同ハンドブックは、地方における不動産活用の促進の観点から、特に企業が所有する不動産(CRE)の利活用によって、地域貢献・地域活性化に寄与した事例など(13件)を集めたものであり、様々な地域課題解決に向け、産業界など多様な組織、ステークホルダーによる不動産利活用の取組を促進することを目的としている。様々な組織による活用の場である不動産、とりわけCREの利活用による社会的価値の創出に着目した画期的な事例集である。筆者は、同ハンドブックの巻頭に「寄稿 ハンドブック発刊によせて/地域活性化に向けた不動産の利活用」[9]と題した論考を寄稿する、大変光栄な機会を得て、CREの有効な利活用を促進するためのポイントや留意点などを解説した。
マスメディアでは、日本経済新聞社が2007年から特集企画でCRE戦略をいち早く取り上げ、また事業会社の不動産管理実務者等を対象としたセミナーを数多く開催するなど、情報発信や普及啓発で先駆的な役割を果たしてきた。筆者は、論考執筆やセミナー登壇などの機会をいくつか頂いた[10]
さらに、不動産会社やコンサルティング会社がアドバイザリー業務や普及啓発のためのセミナー開催、ITベンダーが不動産管理のためのITツールの提供といった、CRE戦略支援ビジネスを立ち上げている。
その結果、CRE戦略という言葉は産業界に広まりつつあるが、適切なマネジメント体制の下で組織的にCRE戦略に取り組む企業はまだ少ないように思われる。

[6] CRE研究会の検討内容については、以下のURLを参照されたい。
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/03/030427_.html
[7] 初版および改訂版は、以下のURL を参照されたい。2010年改訂版にて名称が『CRE 戦略実践のためのガイドライン』に統一された。書籍版は、国土交通省 合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会)編著『CRE戦略実践のために─2010改訂版─』住宅新報社2010 年。
http://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000113.html
[8] 同ハンドブックは、国土交通省のウェブサイトにて全文が公開されている。以下のURLを参照されたい。
https://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo05_hh_000173.html
[9] 注記8のハンドブックのURLに掲載されている添付資料のうち、「企業による不動産の利活用ハンドブック[1](PDF形式)」を参照されたい。
[10] 最近の事案では、論考執筆としては拙稿「今、企業に求められるサテライトオフィス活用~新型コロナウイルスがもたらすワークプレイス変革」日本経済新聞朝刊2020年6月30日にて「メインオフィスの重要性は今後も変わらない」との主張をコロナ禍の中でいち早く打ち出した。セミナー登壇としては、日経プレミアム・カンファレンス・シリーズ(オンラインセミナー)「オフィス・リブランディングで実現する企業価値向上」(2023年8月31日開催)にて「行きたくなるオフィス再考」と題した基調講演を行い、また日経主催ウェブ配信「アフターコロナのオフィス戦略~新たな価値を生む場所へ」(2021年11月25日開催)にてパネリストとしてオフィスの重要性を強調した。

経営資源の全体最適化行動とCRE戦略の位置付け

前述した通り、企業は、志の高い社会的ミッションをCSRとして果たして初めて、その結果として利益最大化を図ることができる、と筆者は考えている。企業の利益は、事業ポートフォリオ、立地、設備投資、研究開発(R&D)、知的財産管理、資材調達、生産管理、マーケティング、企業財務(コーポレートファイナンス)、人的資源管理(HRM:Human Resource Management)、CRE、ファシリティマネジメント(FM)、IT などあらゆる経営資源や経営戦略を変数とする関数とみなせる。
さらに、企業のあるべき利益最大化行動は、経済学的にいえば、CSR という制約条件付き利益最大化問題における、あらゆる経営資源の全体最適解を求めることである。すなわち、利益最大化を図るには、個々の戦略の部分最適ではなく、CSRの視点を踏まえた上で経営資源の全体最適化を図る必要がある。CRE戦略も不動産だけの部分最適ではなく、この経営資源の全体最適化行動の中で決定しなければならない。
経営戦略は、社内に専門的・共通的な役務を提供し企業活動を支える「シェアードサービス(Shared Service)型」と、R&D・生産・販売などの事業戦略を担う「バリューチェーン(Value Chain)対応型」に分けられる。CRE戦略は、経理・財務、人事、ITなどとともにシェアードサービス型に分類できる(図表1)。シェアードサービス型の戦略は、企業経営にとって不可欠な要素だが、それのみでは機能しない。上位概念に位置するバリューチェーン対応型の戦略と整合性が取られて初めてシナジー(相乗効果)を生む。
企業は利益最大化を図るために、まず強化すべきコア事業、維持すべき事業、縮小・撤退すべきノンコア事業を区分し、またバリューチェーンのどの業務工程に重点を置くかについて決定し、明確な事業ポートフォリオ戦略を構築することが不可欠である。さらに、バリューチェーン対応型戦略とシェアードサービス型戦略の整合性を取って、経営資源の全体最適化を図る必要がある。そして、これらの一連の利益最大化プロセスを実行する上で、CSRの視点を踏まえることが極めて重要となる(図表1)。

図表1 経営資源の全体最適化行動とCRE戦略の位置付け

(備考)物流は基本的にはバリューチェーンの一部を構成するが、シェアードサービスの側面も併せ持つ。
(資料)百嶋徹「CRE(企業不動産)戦略の進化に向けたアウトソーシングの戦略的活用」『ニッセイ基礎研REPORT』2010年8月号

シェアードサービス型戦略の一翼を担うCRE戦略には、経営層や事業部門など「社内顧客」に不動産サービスを提供する「社内ベンダー」、すなわち社内顧客の「ビジネスパートナー」であるとの発想が必要となる。

シェアードサービスとしてのCRE戦略の役割

シェアードサービス型戦略としてのCRE戦略の主要な役割は、次の3つである。
1つ目は、日々の事業活動における不動産のニーズや問題点に対するソリューションの提示である。例えば、建物の内外装、照明・空調、エレベーターやトイレなど施設内設備・備品の故障・不具合への対応といった日々の不動産サービスの提供が挙げられる。
2つ目は、中期的な経営戦略の遂行をサポートするための不動産マネジメントの立案・提案・実行であり、経営層の意思決定・戦略遂行に資するという意味で、これを「マネジメント・レイヤーのCRE戦略」と筆者は呼んでいる。中期経営計画において経営トップが掲げるコミットメント事項をCRE戦略に翻訳し、CREの実行戦略に落とし込むことが重要となる。マネジメント・レイヤーのCRE戦略を構築することこそが、CRE戦略のコア機能であり、最も重要な業務である。この戦略構築のための意思決定は外部委託できるものではなく、社内のCRE部門が行うべき業務である。
マネジメント・レイヤーのCRE戦略には、教科書的に決まったものがあるわけではなく、「中期経営戦略の遂行を不動産の視点からサポートする」という原理原則しかなく、具体戦略は各社のCRE部門が考え出さなければならない。中期経営戦略やそれに関わる経営のコミットメントの中には、一見するとCRE戦略と関係が薄いように思われるものもあるだろうが、CRE部門ではすぐに「関係ない」と判断するのではなく、中期経営戦略とCREの関係性を徹底的に考え抜き、マネジメント・レイヤーのCRE戦略を導き出す努力を怠らないことが何よりも重要である。
3つ目は、外部の不動産サービスベンダーとのインターフェースを担って、社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐ「リエゾン(橋渡し)機能」を果たすことである(図表1・2)。外部ベンダーを使いこなす「ベンダーマネジメント機能」と言い換えることもできる。CRE戦略には不動産や建築分野にとどまらず、経営戦略、コーポレートファイナンス、会計、税務、IT、HRMなどを含む高度な横断的専門知識が必要になるため、戦略的パートナー足り得る外部の専門機関の力を借りつつ、それらをコーディネートして、より高度なCREソリューションを社内顧客に提供していくことが求められる。
コア業務である2つ目に専念するために、できるだけ1つ目を外部ベンダーに委託することが不可欠であり、その意味で3つ目も重要な業務となる。

図表2 CRE戦略のリエゾン機能における社内CRMとベンダーマネジメントの位置付け

(備考)日々の不動産サービス提供(例:施設運営)の一部を不動産サービスベンダーに委託しているケースを想定。
(資料)百嶋徹 「CRE戦略の企業経営における位置付けと役割」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』2014年Vol.58

社内CRMとベンダーマネジメントの重要性

社内のCRE部門がリエゾン機能を十分に果たし、より良いCREソリューションをコーディネートするためには、経営層、事業部門、従業員など不動産サービスの「社内顧客」から、不動産に関わる問題意識やニーズを的確に吸い上げて十分に把握し、そのニーズに対応するために社内に不足している知見・サービスを明確に特定した上で、外部ベンダーにサービス内容を発注し、外部ベンダーからの提案を検討・評価することが不可欠である。
その意味で、社内の顧客満足度(CS:Customer Satisfaction)の向上につなげるための社内顧客との関係構築、言わば「社内CRM(Customer Relationship Management)」が極めて重要となる。平たく言えば、シェアードサービス(=バックオフィス業務・本社管理業務)であるCRE業務では、「社内顧客に貢献してなんぼ」ということである。社内CRM機能と前述のベンダーマネジメント機能は、社内のCRE部門が果たすべきリエゾン機能の「クルマの両輪」を成す。
この両輪がうまくかみ合うためには、社内CRMでは社内顧客とCRE部門、ベンダーマネジメントでは外部ベンダーとCRE部門の間の各々信頼関係・人的ネットワーク、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」[11]が十分に醸成されていることが必要である。そのためには、CRE部門が、社内CRMではインフォーマルなコミュニケーションを含めた「コミュニケーション力」「社内ニーズ把握力」、外部ベンダーの知見も取り入れたCRE戦略の「提案力(コンサルティング力)」「実行力・執行力(エクセキューション:Execution)」を十分に備えること、ベンダーマネジメントでは、戦略パートナーとして最適な外部ベンダーを見極める「目利き力」を十分に備えた上で、外部ベンダーとの「戦略的パートナーシップの構築・深化」を図ることが重要となるだろう。
米半導体大手インテルのFM部門では、2007年頃から、これまでのコスト・効率重視から転換し、FMサービスの品質や顧客満足度とのバランスをとることが強調され始め、この流れはその後加速し、ホスピタリティビジネスの一流企業とのベンチマークや、顧客サービスに特化したリーダーシップ研修なども行われるようになったという[12]。そして究極の目標は、顧客である社員への「WOW」体験の提供であるという。「WOW」というのは、特に良い意味で驚いたときに欧米人が発する感嘆の言葉であり、そのような驚きや喜びをファシリティやオフィス・サービスの提供によってもたらすことを目指しているという。最終的には、それにより社員のモチベーションを上げ、イノベーションを促進して持続的な成功を収めていくことが目的である。また、日々のサービスを提供する上で一番多く社員と接点を持っているのは、FM業務を委託しているサプライヤーであるため、「WOW」体験の提供にはサプライヤーとの関係も重要であると考えられている。サプライヤーに対して、対等なパートナーシップを維持するために努力と注意が払われ、「WOW」体験を提供することの意義への理解・実践をサプライヤー側にも求めているという。このようにインテルのFM部門は、信頼関係・人的ネットワークを重視した社内CRMとベンダーマネジメントを構築・実践する先進事例である。

[11] ソーシャル・キャピタルとは、コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。「社会関係資本」と訳されることが多い。
[12] インテルに関わる以下の記述は、大森崇史「サービスは、そしてFMは世界を変えられる」公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会『JFMA JOURNAL』2013 SUMMER №171に拠っている。

むすび~CRE戦略の実践に踏み出せ!

企業経営においては、本業に関わる事業戦略に目が行きがちだ。事業戦略は言うまでもなく重要だが、本業をしっかりと支えるシェアードサービスのCRE業務が、良い意味での「縁の下の力持ち」「(社内顧客への)御用聞き」として、事業戦略とのセットで極めて重要であることに着目すべきだ。
筆者は、前述した通り、企業の目的(存在意義)は、「経済的リターン(財務的パフォーマンス)の獲得」ではなく、「志の高い社会的ミッションを掲げそのミッションを実現すべく、愚直・誠実に社会的価値創出(=社会課題の解決)に邁進し続けて社会を豊かにすること」である、と考えている。社会的価値を創出し社会的ミッションを実現した結果の「ご褒美」として、初めて経済的リターンが獲得できるのであって、利益獲得が決して目的ではないのだ。筆者は、このような考え方を「志の高い社会的ミッションを起点とする真のCSR経営」として2008年頃からいち早く提唱してきた。
工場、研究所、オフィス、物流施設などあらゆるCREは、「外部性」を持つため、とりわけ社会性に配慮した利活用が欠かせない。企業は、CREの利活用が地域社会の自然環境や景観に及ぼす「外部不経済」を除去する一方で、構築した拠点を起点に事業活動を通じて地域活性化・社会課題解決など「外部経済効果」を最大限に引き出すことが求められる。CREは、筆者が主張してきた「社会的ミッション起点のCSR経営を実践するためのプラットフォーム(基盤)」の役割を果たすべきなのだ。
GAFA(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム)やマイクロソフト、インテルといった米国の巨大ハイテク企業を中心に欧米の先進的なグローバル企業は、CRE業務の専門部署の設置などにより、抜かりなくCRE業務に取り組んでいる。一方、我が国の産業界では、CRE戦略という言葉は広まりつつあるものの、適切なマネジメント体制の下で組織的にCRE戦略に取り組む企業はまだ少ないように思われる。日本企業は、欧米のグローバル企業と同じ国際競争の土俵に立つためにも、CRE業務でも後れを取るべきではない。
多くの日本企業がやるべきことは、導入・実践が遅れているCRE戦略を一刻も早く取り入れることだ。そのためには、CRE戦略を担う専門部署を設置することから始め、前述した社内CRMとベンダーマネジメントの重要性を十分に理解し、CRE部門が社内顧客と外部ベンダーの結節点(リエゾン)として機能することが求められる。自前主義に陥らずに戦略的パートナー足り得る外部ベンダーの力も借りつつ、より高度なCREソリューションを社内顧客に提供していくことで、社内の顧客満足度を高め信頼関係を醸成していくことが欠かせない。

寄稿者

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員

百嶋 徹

ニッセイ基礎研究所
HPはこちら 1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務、財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、イノベーション、AI・IoT・自動運転、スマートシティ、CRE(企業不動産)・オフィス戦略、CSR・ESG経営等が専門の研究テーマ。1994年発表の日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)および米Institutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)主催、2007年)。明治大学経営学部特別招聘教授を歴任(2014~16年度)。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局をPJマネージャーとして担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。国土交通省『企業による不動産の利活用ハンドブック』の発刊に寄せて、論考「地域活性化に向けた不動産の利活用」を寄稿(2019年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努める。

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