ダンコンサルティング 寄稿コラム 第1回 CRE戦略の前提となる不動産の今日的な考え方

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目次

コロナ禍における企業不動産の動き

新型コロナウイルス感染症の猛威は世界中の日常生活に大きな変革をもたらしました。日常生活が変わるということは、一種の社会変革でもあります。
その中で収益性不動産に関しては、2つの現象が起こっています。一つは、家賃補助があったものの業務用や商業用はテナントの撤退が早まり、一方、居住用に関してはそれほど大きな混乱は起こらなかったということです。
もう一つは、上場企業が本社ビルや事務所ビル、あるいは工場などの売却を始めました。人の分散化によって本社スペースやオフィスなどを所有していること(つまり、何らリターンのない資産)が企業経営にとってマイナスではないかと株主からの要請があったとも言えます。簡単に言うと、ROE(純資産純利益率)とROA(総資産経常利益率)を高めるために、リターン価値のない不動産は早期に売却しておきたいということなのでしょう。
同時に、設備投資や構造改革による資金需要の高まりで持たざる経営にシフトしたということでもあります。不動産を早めに流動化したのは、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの是正にもつながっています。東京商工リサーチによると、不動産の売却を公表した上場企業は2022年度では114社となり、15年ぶりの高水準となりました。
一方、コロナ禍でも安定したビジネスモデルを構築している中小・中堅企業は自社の未来を見据えて不動産賃貸事業を始めています。筆者が関わっている複数の中小・中堅企業もそれまで所有していなかった数億円~10億円規模の収益性マンションなどに積極的に投資を始めました。
100年を超える老舗企業がなぜ継続しているのかについては、もちろん企業ごとに違いがあります。ただ、いくつか普遍的なパターンも見え隠れしています。
たとえば、自己資本比率が90%以上とか、総資産に占める金融資産の割合が80%以上というように、極端な安定性と安全性をベースとした財務内容の企業があります。
また、本業とは別に収益力の高い不動産を所有することで、本業に一時的なマイナス状況が生じても経営に影響を及ぼさないというケースもあります。現に、100年以上の老舗企業の中で業種の一位は不動産業です。コロナ禍においては、こうした傾向がより強く出たのは、やはり過去における感染症などによるリスクヘッジとして一つは財務基盤の安定性、もう一つは労働生産性の高い不動産賃貸業の強さがより認識されたということでしょう。

経営資源としての不動産の考え方

筆者はオイルショック後の1976年から中小企業の再建や整理などという仕事に携わってきました。再建を依頼された中小企業は古くから所有している不動産を抱えているケースも多く、上手に活用されているとは言えない時代でもあります。活用されていないというのは、その不動産の時価に適した活用法がなされていないということです。
企業を活性化させるためには、戦略的な投資に対して効果的な収益を上げる仕組みの構築が必要です。ところが、現在においても日常語になりだしたROA(Return On Asset)を意識した経営スタイルが、今もなお中小企業はほとんど皆無と言ってもよいのが現実です。
本来のROAとは、時価ベースの総資産で考えておく必要があります。つまり、土地や建物は時価に修正しておかなくてはならないということです。この数値をベースにして、この不動産は本来どれだけの収益を稼ぐことができるのかの基準を作り、その基準を下回る活用法は収益力以外の大きな理由(土地所有者の戦略、考え方、方向性、想いなど)がない限り、徹底的に見直して再生手法を考えていくことになります。
当時は、多くの企業が値上がりした不動産を売却してとりあえず債務を弁済するといった手法を採用していました。不動産会社も売買に関わった方が、短期で利益を稼げるため、積極的に支援していた時代でもあります。
ただ、不動産を他の良質な経営資源とドッキングさせて付加価値を高めたり、中期戦略の中で不動産資源を買い換えること(土地を移転させて事業の再出発を図るなど)で新しい企業像を生み出そうという中小企業もありました。要するに、不動産(特に土地)を単体的に取り扱うのではなく、その不動産を所有している企業や個人の考え方や想い、あるいは、時代や社会の捉え方を重視することで不動産を「所有者にとっての良質な資源」に生まれ変わらせるというわけです。
不動産を活かすということは、立地や周辺環境という不動産そのものに関する様々な要素の調査が重要であることは当然のことです。ただ、それ以上に重要なことは、その不動産の所有者の考え方や背景を理解することであり、同時に、社会や時代をどう読み解いていくかということでもあります。コンサルティング的な視野が重要だということです。
企業が所有する不動産という経営資源を上手に活かして自社の継続、成長に役立てることは社会的にも価値を生み出し、その結果、不動産が新しい付加価値を生み出すという切り口で再建のお手伝いをさせていただいていたのです。

不動産にまつわる5つの変化

国土交通省が発表している土地白書は、人口構造の変化によって不動産の有り方が変わってしまったことを取り上げています。特に、土地市場を取り巻く社会、経済環境は、次のような5つの変化によって様変わりしだしているというわけです。

  1. 人口構造の変化(超高齢化と人口減少)
  2. 産業構造の変化(第三次産業の台頭)
  3. 企業経営構造の変化(時価会計制度など)
  4. 利用、活用形態の変化(定借、証券化)
  5. 国際化の進展

そのうえ、不動産においては供給が増え需要が激減していく社会が待ち構えています。供給が増え続けるというのは利用、活用できる土地スペースが増え続けているということです。土地という資源そのものが増えるわけではありませんが、活用できる形態や手法が増えているということなのです。いくつかの事例を見てみましょう。
たとえば、規制が緩和や撤廃されることによって容積率が上昇したり、空中権の売買など高度化活用が可能になってきました。つまり、利用するスペースが広がり供給が増えるということです。あるいは、国際間の垣根が低くなることで、情報通信の高度化や貿易・投資(資金援助)の自由化、あるいは製造業の国際分業による海外への進出が起こりました。国内における工場敷地が他の用途に活用できるということになるわけです。
ウルグアイラウンドによる米の自由化により(農地の宅地並み課税)、農地にしか利用できなかった土地がどんどん解放されています。さらに、土地所有者意識の希薄化や定期借地権や定期借家権の普及、あるいは不動産の証券化・金融化などによる一時的、小口的な活用方法なども加わり、不動産活用の選択肢が多様化するなど、まさに土地利用に関する供給量はどんどん増えていると言っても過言ではないでしょう。
一方、需要が減少するというのは、土地を活用する側が減りだしているということです。 その最も大きな理由が人口や企業数の減少です。 今後、日本人人口は毎年数万単位で減り続けます。
一国の潜在的経済成長率は、単純化すると次の算式によって求められます。

生産年齢人口の伸び率 + 1人当たり生産性の伸び率 = 潜在的経済成長率

15歳から65歳未満の生産人口は、1995年にピークアウトして、すでに28年連続減少(おそらく今後40年は減少を続けるだろう)と、マイナス基調に入っています。したがって、日本の潜在的経済成長率を計算する場合には、足し算ではなく引き算になってしまっていることを理解しておかなければなりません。人口の減少は、経済成長率の停滞を生み、土地利用の需要減少をもたらす最大のポイントともいえるのです。
さらに人口減少は企業数の減少を生む可能性が高くなります。現に日本社会は、1994年に廃業事業所数が新設事業所数を初めて上回って以来、両者の差は広がりだしてきています。

不動産価値を下げない工夫

産業構造自体も土地を広く利用する土地集約的な重化学工業等の第二次産業から、サービス業を中心とした三次産業に移りだしています。サービス業は、土地のスペース量が限られており、情報化社会とともにあらゆるものの性能がアップして、コンパクト化されだしてしまいました。日本電信電話公社がよい例でしょう。NTTに民営化される時期に重なり、電話局の土地スペースは過去の何分の1かで数十倍もの対応ができるようになったのです。
つまり、土地利用量が減少しているということです。製造業そのものも広いスペースを必要とする鉄鋼、化学などの基礎素材型から付加価値の高い電気や精密など、さほど土地スペースを必要としない組立型に移りだしてきました。これも土地需要の減少です。
こうしてみると、今後は土地需要が減少して、供給が増え続けていく社会が当分続いていくことになるでしょう。経済学の原則に当てはめてみればよいのです。需要<供給の社会において、その価値と価格はどう動くかということです。
これが、収益還元率によって不動産が評価されだしている理由の一つでもあります。つまり今後は、不動産を上手に活かすかどうかというインカムゲインを重視することで、その不動産のストックバリューを高めることに直結するわけです。新しい切り口で少ない需要を創造したり、新しいニーズに応えたりすることによって上手に需要を取り入れることができるかどうかで、自社所有不動産の価値と価格を下げないことが可能になるのです。

不動産のリスクマネジメント

不動産を所有している企業にとっての不動産活用とは、経営資源としての不動産をどのように抱えているのかという現状認識から捉え直しておかないと資産ではなく負債になりかねません。なぜなら、不動産こそリスクの塊ではないかということが証明されだしたからです。耐震偽装問題、土壌汚染、東京ルール、サブリース訴訟、アスベストなど(図表①)が、21世紀になって一気に顕在化してきました。

図表① 不動産における顕在化してきたリスク

A)土壌汚染
土壌汚染により、土地の価値は半減どころか無価値、あるいは負債になってしまう可能性がある。土壌汚染問題で損害賠償の訴訟は頻繁に起きている。
B)耐震性
耐震重視の手法を採用していないマンションや外壁タイルの剥落や窓枠周辺から漏水対策が不十分な物件も多い。震度4程度での建物の倒壊によるアパート入居者死傷のリスクは建物所有者や建設・不動産会社にまで及ぶことも考えておくべき時代に突入している。
C)敷金全額返却の東京ルール
入居者が退去する際に、不動産賃貸人は敷金を一旦全額返却しなければならないという東京都の指導要綱のこと。退去時の修繕・清掃コストを入居者負担にできないというもので、貸し手優位の時代から借り手中心の時代に変わろうとしている象徴的なルールである。
D)サブリース賃料訴訟
不動産オーナーが、ビルやマンションを建設した大手ゼネコン等に一括貸しをして賃貸人確保の不安を解消するサブリースだが、一旦取り決めたサブリース賃料も、賃料減額は可能という最高裁判決が出た。法律的には最後は不動産オーナーがリスクを取るということである。
E)アスベスト問題
耐熱性、耐薬品性、絶縁性に優れ、建築材として広く利用されてきた石綿(アスベスト)だが、その後、重大な健康被害を及ぼすことが明らかになった。現在は、製造・使用が全面禁止されたが、多くの建造物に使用されており、「静かなる時限爆弾」と言われる。
(出所)ダンコンサルティング株式会社作成

リスクマネジメントとは、一言で言うと、リスクイマジネーションのことです。リスクをどこまでイメージできるかが最大のリスクマネジメントなのです。広く遠いリスクまでイメージできるのか、目先の対応だけでよいのかは、企業姿勢にもつながってくるはずです。
リスクとは、前もってイメージできればリスクではなくなります。事前対応(リスクヘッジ)が可能だからです。リスク対応が不可能なら止めればよいだけのことです。つまり、対応不可能なことなら違う方向性を考えればよいということです。
現在は、不動産に潜在していたリスクが顕在化し始めました。図表②にまとめたように、不動産リスクは、①土地リスク、②建物リスク、③テナント(需要)リスク、④社会リスクの4つに大分類できます。

図表② 不動産リスクの大分類

①土地②建物③テナント④社会
土壌汚染
工場の国外進出
規制の緩和
農地の宅地化
震災・津波・液状化
原発の被害 など
耐震性
アスベスト
更新・リニューアル
経年劣化
維持保全コスト
大規模修繕 など
サブリース賃料訴訟
敷金全額返却の東京ルール
滞納率、空室率の増加
人口・事業所数の減少
賃料の下落
感染症などによる影響 など
減損会計の採用
保証金制度の崩壊
ネット社会の確立
資産課税の強化
金利の上昇
まちづくり三法 など
(出所)ダンコンサルティング株式会社作成
①土地②建物
土壌汚染
工場の国外進出
規制の緩和
農地の宅地化
震災・津波・液状化
原発の被害 など
耐震性
アスベスト
更新・リニューアル
経年劣化
維持保全コスト
大規模修繕 など
③テナント④社会
サブリース賃料訴訟
敷金全額返却の東京ルール
滞納率、空室率の増加
人口・事業所数の減少
賃料の下落
感染症などによる影響 など
減損会計の採用
保証金制度の崩壊
ネット社会の確立
資産課税の強化
金利の上昇
まちづくり三法 など
(出所)ダンコンサルティング株式会社作成

たとえば、2003年2月に施行された土壌汚染対策法以降は、土地の価値が大幅に減少、あるいは、負債(負動産)になる可能性が生じ出しました。土壌汚染による損害賠償によって売れないためそのまま所有している企業もあります。
また、耐震性では耐震を重視していないマンションの外壁タイルの剥落や窓枠周辺からの水漏れ対策が不十分な物件も多く、震度4程度での建物倒壊リスクは建物所有者だけでなく、建設・不動産会社にまで影響を与えます。
一旦取り決めたサブリース賃料も時代の流れとともに、賃料減額は可能という最高裁判決が出ています。最後は不動産オーナーがリスクを負わなければならないのです。
リスクの発生時期(開発時、取得時、保有時、常時、売却時など)においても、①~④のリスク分類は可能です。こうしたリスクチェックを予想最大損失率(PML)などのように、定量的評価を行い、リスク対策やその実行につなげていくことはCRE戦略にとっても重要な業務と言えるでしょう。リスクマネジメントは今後の不動産戦略の最大のテーマの一つと言っても過言ではありません。

時代の変化に見るCREの視点

CRE研究会がまとめた『CRE戦略と企業経営』という冊子があります。その中で、CRE戦略については次のようにまとめられています。
CRE戦略とは、「企業価値増大の実現を図るという目的のために、企業の事業継続に必要な不動産を、経営戦略の視点から総合的、かつ、戦略的に再構築することによって不動産の潜在価値を引き出すこと」ということです。
まとめると、次の3点に絞られます。

  1. 眠ってしまっている不動産を企業の今後の事業戦略の中で必要かどうかという視点から見直すこと。
  2. 必要であると認識できたら、自社の様々な経営資源の中でどう活かせるかを考えること。
  3. 積極的に活かさなければ企業価値を棄損するという意識を強く持つこと。

まさにCRE戦略とは、不動産を所有者の視点、社会や時代の視点を重視しながら、新しい価値を生み出す不動産活用戦略であると言っても過言ではありません。活かしきれていない不動産をどう活かし直すかは不動産の個性ではなく、所有者の個性や社会・時代の背景を理解することから始めなければならないというわけです。
40年前から、不動産は「所有者」と「土地」という組み合わせこそが重要で、その活かし方は社会と時代に問うことから始まると言い続けてきた筆者にとっては、正に当たり前の時代になってきたと考えています。

社会の要求であるCRE戦略

それではなぜ、「CRE戦略」が声高に叫ばれだしたのでしょうか。
「企業所有の不動産」がCRE(Corporate Real Estate)と表記され、そこに戦略という軍事用語を付加してCRE戦略などと呼ばれているのには重要な理由(わけ)があります。簡単にいうと、不動産所有者が20世紀型の「管財的なスタンスの不動産管理」から、21世紀型の「戦略的な視点から見る不動産経営」に意識をシフトしなければ、自社の不動産価値を下げかねないからです。まさに前述したコンサルティング視点と言えます。
それでは、20世紀の社会ではなぜ管財的な不動産管理というメンテナンス的スタイルでも不動産価値は上昇してきたのでしょうか。人口と土地との関係を整理するとよくわかります。
土地という資源の供給に対する基本的な需要とは人間(あるいは企業)の数です。人間が存在しない社会では、土地の価値は経済的にもゼロでしかあり得ません。つまり、その土地を利用する人や企業の数によって土地の価値は変化するわけです。なかでも、生産年齢人口は、労働人口とも、消費人口とも呼ばれているように、経済成長に大きな影響を与えてきました。
ところが、ヒト・モノ・カネを含めた社会や経営のあり方全体が、20世紀型の仕組みから大転換を図りだしています。日本の全ての仕組みや制度は人口がドンドン増えていくという前提で成り立たせてきたのです。
人口減少社会ではこの考え方が一変します。存在しているモノを上手く活用して環境や情報という社会や時代に合った価値を付け加えていくことが未来に対する責任であるという意識が芽生えだしたのが現状なのです。
CRE戦略のテーマである「新しい付加価値を与える」ために、「総合的、戦略的」に「再構築」して「潜在的な価値」を顕在化するということは、不動産だけではなく、21世紀の社会からの要望ともいえるでしょう。

執筆者

ダンコンサルティング株式会社 代表取締役
経営戦略コンサルタント(税理士)・建築企画プロデューサー

塩見 哲 しおみ さとし

ダンコンサルティング株式会社
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公認会計士事務所を経て、1976年に税理士資格を武器として中小企業経営戦略コンサルタントとして独立。以後、48年にわたり中小企業の目的である「継続」をテーマとして、企業哲学、理念、風土を軸とした経営戦略の立案や企業診断・再生支援・出店企画・資金戦略・人材教育など、経営資源の活性化に関する戦略的コンサルティング業務を一貫して行っている。同時に、法人や個人の所有する不動産の有効活用法や建築企画プロデュース業務、及び、法人や個人の事業継承や相続戦略なども40年以上実践している。 講演、講義、研修講師などは2,000回を超え、経営、資金、不動産、相続、人材などに関する著書は63冊を出版している。

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