変革の時代に日本企業の強みを生かす
CRE戦略を通した「稼ぐ力」の向上。
今後10年の企業ビジョンとCRE戦略の重要性
目次
かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称揚された日本型企業経営。グローバル化、デジタル化の時代にその強みは一見失われたかのようにみえます。しかし、優れた現場の力を背景に、経営手法と戦略を一新することができれば、日本企業にはまだ十分生まれ変わる余地は残されています。企業再生の専門家でもある冨山和彦氏に、日本企業が生まれ変わるとすればいま何が必要か。とりわけ企業不動産を企業価値全体の向上につなげるために経営者は何をすべきか、お話を伺いました。
モノからコトへ消費スタイルが変わった今、
現場力を武器に時代にフィットする経営戦略を
──冨山さんは、これからの時代に企業経営者が持つべき資質や果たすべき役割について、随所でお話をされています。 金融、生産、消費のすべてが国の単位を超えてグローバル化されつつあるいま、日本企業がこれから強みとしていくべきことは何でしょうか。
日本企業のビジネスモデルは、1980年代の途中までは、当時の言葉でいう加工貿易型、つまり原材料を輸入して、高品質の製品に加工し、世界中に輸出するというものでした。いわば「モノにモノをいわせる」スタイルです。日本企業や日本的経営はこのモデルで世界を席巻することで、ジャパン・アズ・ナンバーワンと評価されるようになります。ところが、その直後から、本格的なグローバル化が進展し、かつデジタル革命が進行するにつれて、このモデルでは勝てなくなってきた。背景には、消費のスタイルがモノからコトへと大きく変わったことが挙げられます。これは先進国に共通の動きであり、かつ世代が若ければ若いほどそれが顕著です。いまの若い人たちは家電や車など、モノの消費には関心が低いのに、コンサートなどのイベントにはお金を払います。
こうした変化に日本企業はどれだけついていけるか、ということが一つのカギになります。
むろん日本企業は昔からひたすらモノだけを作ってきたのかというと、そうではない。例えば「ウォークマン」はたしかに高品質のデジタルオーディオプレイヤーですが、ソニーが提案したのはモノでなく、プレイヤーを外に持ち出して、街頭で音楽を聴くというスタイルそのものだったはずです。古来の文化でいえば、茶の湯が典型です。千利休はまさに茶事というスタイルを変革することで、それをビジネスに転化させた人物でした。
コトをビジネスにする才能は実は日本人に昔から備わっていたのではないか。ただ、明治維新以降は欧米に追いつくためにどうしても大量工業生産体制が必要で、単一的同質的なアーキテクチャに特化せざるをえなかった。しかし、それが日本文化の本来的な姿かというとそうではないと、私は考えます。
もちろん、加工貿易立国を支えてきた現場の強さは、いまなお日本の強みです。現場の人がチームワークを組み、自律的自発的に創意工夫して、丁寧に物事を作り上げていく。かつてはそれが優れたものづくりを支える源泉だったわけですが、サービス化経済の時代にはそれは「おもてなし文化」として結実している。今も昔も変わらない、この現場力を今の時代にどうフィットさせるかが重要だと思います。
日本に観光に来る外国人がよくいうのは、「日本の社会はストレスが少ない」ということですね。治安はいいし、電車は遅れないし、落とし物をしてもほぼ出てくる。安心・安全という日本社会の特質に感動するわけです。問題は、こうした特質を生かしながら、消費がモノからコトへ移ったとき、それに見合う価値を提供して、それをどう回収できるかということ。グローバル化のなかでモデル転換を迫られている今、その変化に果敢に取り組むのはリーダーの仕事です。ただ、日本の場合はそこがまだ弱いと思います。
総じていえば、現場の力やチームワークで仕事をきっちりしてこなす力はいまだ世界一のレベルにある。さらに経営者がしっかりすれば、日本の未来はけっして暗くはないのです。
鏡に映る自分を見つめ直し、
日々の改善を実感することで企業は変わる
──消費者の価値転換に追いつくためには、企業に求められるものは何でしょうか。
日本の自動車メーカーはワイパーやパワーウィンドウなど部品の操作感にまでこだわったものづくりをするとよくいわれます。しかし、ワイパーの動きがいいからとその車を買う消費者がどれだけいるでしょうか。車の価値はワイパーだけにあるわけではないはず。たくさんの車があるなかで、消費者が自社の車を選んでくれるのはなぜか。そこを真剣に問い続けることが必要です。
たとえワイパーをよくする必要があったとしても、すべてを自前で設計する必要はない。イノベーションをオープンでやるのか、クローズで進めるのかという話につながるのですが、自社の商品価値を突き詰めたとき、これこそがコアバリューだと考えれば、それは自分で作りこむべきでしょう。しかし、それがあるから競争に勝てるというのでない、いわば非競争領域のものなら、それは外部から買ってくればいいのです。
顧客が自社の製品やサービスにお金を払ってくれるときの本質的な価値はどこにあるのか。大量生産の安い製品が求められているときはそれを提供すればいいし、そうではなく、他社にはない付加価値が求められているのであれば、その価値向上に全力を尽くすべきです。自社の核になる価値が何かをわかっていて、かつ明確に定義されていることが何よりも大切なのです。
そのためには鏡に映った自分の姿と真摯に向き合うことが欠かせません。顧客の目に自社がどう映っているかも客観的に把握する必要があります。その実像は、自分たちが想像していた以上に醜いかもしれない。不都合な現実と向かい合わなければならないのは、経営者にとってはストレスがたまることです。しかし、すべての出発点はそこからしか始まらない。とりわけ企業再生の過程ではそれが重要になります。
自分の姿を真摯に見つめ直して、やり直し、やり変える。修整を何度も重ね、それで改善されないとすれば、根本的にやり方をかえてみる。そうするうちに、以前よりすこしはましになったかもしれないと思える瞬間があるはずです。そのプロセスを実感できると、企業も人も元気になります。そういう好循環のサイクルに入れるかどうかが重要なのです。
知的生産活動をするための空間、
高度な消費を行う空間としての不動産価値
──国内不動産の30% はドメスティックな企業が保有するといわれています。 金融価値に換算すれば相当のポテンシャルを秘めているわけですが、その活用となると、ごく限られた手法に留まっているのが現実です。企業不動産を活用するうえで、これからは何に重点をおけばよいのでしょうか。
私が思うに、日本企業は価値のある不動産を数多くもっているにもかかわらず、そのマネジメントはけっして優れているとはいえません。しかし、改善が必要だというのは、ポテンシャルを引き出す余地がまだまだあるということです。
産業構造が加工貿易モデルだったときは、例えば工場をいかに安く建てるかが重要で、不動産はもっぱら効率という観点からしか見られなかったという面があります。オフィスにしても、好立地のところにいかに従業員をたくさん押し込めるか、それが重要でした。
ところが、産業構造が変わり、価値の源泉がモノの提供からコトの提案に移ると、価値を生み出すのは人ですから、知的資産や人的資本がことのほか大切になります。知的生産活動をするための空間や高度な消費を行う空間として不動産をとらえることが重要になるのです。
不動産の本当の価値を理解するためには、単なる評価額だけでなく、その土地の上で経済的活動している人々が生み出す価値までを含めて考える必要があります。そうした含みがあってはじめて不動産価値なのです。また、不動産は文字通り地面に貼り付いている不動の資産ですから、その活用は、日本社会や文化の特性、日本人・日本企業の現場の力を無視して進めることはできません。逆にいえば、そうした特性を生かすことができれば、不動産にはまだまだ大きなビジネスチャンスがあるともいえます。
──どこにオフィスを構えるかという立地も重要なポイントになりますね。
不動産戦略で重要なのは、コア事業における、あるいはコア事業との関連性における自社の不動産の価値をどう捉えるかということです。コアバリューを生み出すための空間をどこに置くのか、顧客に価値を訴求する空間をどこに設置するかは、まさに企業戦略の重要な柱です。
例えば、研究所をつくるとき、昔だったら土地が安くて、緑の多い田舎につくるのが一般的でした。しかし、オープンイノベーションの時代に研究所をアクセスの不便な山の中に設置するという戦略はいかがなものでしょうか。研究所には自社の研究員だけでなく、外部の研究者も集まって来ます。そこで人々が交流することでさまざまな化学反応が起こる。そういうイノベーションが期待できるようなロケーションでないとだめではないかと思います。
つくば研究学園都市の機能が生き返ったのは、つくばエキスプレス(TX)が開通して、都心との距離が近くなったからだといわれます。当社のオフィスは以前秋葉原にあったのですが、夕方になると、つくばから博士(Ph.D.)以上の学歴の人が大勢、アキバに遊びにやってくるのをよく目にしました。アメリカの例でいえば、シリコンバレーがその典型でしょうし、マサチューセッツ工科大学のあるボストンなども、街を歩くだけで異分野の研究者と触れあう機会がある、まさにイノベーションが交錯する土地柄です。
ちなみに、在宅勤務が当たり前だったシリコンバレーの企業でも最近は、リアルタイム、リアルプレイスで人と人が交流し、協業することがやはり重要だということで、在宅勤務が少なくなっていると聞いています。そのためにはそこで終日仕事をしたいと思わせるような、魅力的なオフィス空間を作ることが大切になります。そこに人が集まってくることで、先進的なアイデアや製品が生まれ、それが企業ブランドを形成するのですから。
多様な人材を生かす巧みなオフィス戦略と
一体となったCRE戦略の重要性
──不動産をたんに生産効率の視点からだけでなく、創造性やイノベーションを生む基盤として捉え直すことが重要だというご指摘ですね。それにともなって働き方や人事評価の方法、ひいては組織のあり方も変わらないといけませんね。
大量生産モデルの時代には、労働時間を長くすれば生産量は増加しました。長時間労働のほうが経済的生産性向上につながるわけです。現在も労働集約型の産業ではそうです。ただ長時間労働には問題も多く、最近の働き方改革の議論では労働時間を減らしながらもいかに生産性を維持するかが議論になっています。
ただ、知的創造性が付加価値の多くを決めてしまう領域というものがあって、それが今の時代の経済の中で占める割合が多くなってきています。この領域では生産量は必ずしも時間とは比例しません。ものすごいアイデアを1分で思いつくこともあれば、100時間かけても思いつけないこともあるからです。つまり、生産量÷時間の分母の部分を管理しても仕方がない。分子の部分、つまり付加価値をいかに高めるかに注力しなければならないのです。そのためには、労働時間の管理や人と人のコミュニケーションの制約を可能な限り減らすべきです。そのほうが知的化学反応の発生する可能性が高まるからです。当然、こうした領域では人事・評価も従来の方法のままでは対応できなくなります。
日本全体をみれば、これまでの加工貿易立国が一定の成功を収めたせいで、企業人事のあり方もそれに合致するように作られています。社会の法律や規制もそうです。これをどうしていくか。労働法制も含めこれまでのルールをどう変えるかは社会全体の問題ですが、企業内部の有形・無形の制度をどう変えるかは、企業経営者の課題といえます。
一つ例を挙げましょう。いま人工知能(AI)の導入が叫ばれていますが、AI研究者という人たちはグローバルかつ学術的なヒエラルキー構造のなかで仕事をしています。最先端を行く研究者は少数で、それぞれが互いの研究業績を熟知している。企業に雇われれば、例えばプロ囲碁棋士よりも強いAIプログラム「アルファ碁」を開発したGoogleディープマインドの研究者たちのように、年収数千万円に達するような人々です。
一方で、同じAIでも普通の大学を出たての、一般的なレベルのエンジニアもいる。こういう人は日本企業だと年俸は数百万円程度でしょう。ある企業がAI研究部隊をつくりたいと、トップクラスの研究者とふつうのエンジニアを同時に採用した場合、年収で数倍、数十倍の開きが出てくるのです。こうした格差を、日本の企業がどこまで容認できるか、企業内で働く人々がそのストレスにどう耐えることができるかが、いま問われているのです。
つまり、一般的な人材とプロフェッショナルな人材が同居する職場。これを空間的にも組織的にも巧みに構築しないと、プロフェッショナルな人々の創造性を企業の中で生かすことができなくなる。これまでは、プロ人材は外にいて、適宜協業すれば済んだ。けれどもこれからはそれを内部に取り込まないと、企業は生き残れない。そういう時代です。
これもまた、組織戦略と一体となったオフィス戦略、つまりはCRE戦略が重要になるゆえんです。
企業の持続的な収益確保に欠かせない
社会的な適応性や多様性
──大企業が工場を建てたり、撤退したりすること一つとっても地域への影響は甚大です。CER戦略ではつねに社会性を考慮しなければなりません。社会との共存共栄を考えるこれからの経営者に何かアドバイスはありますか。
企業活動における社会的側面が重要であるというのはCREに限った話ではありませんが、とりわけ不動産は、オフィスビルにしても工場にしても店舗にしても、社会に開かれて存在するわけですから、その社会的な意義はきわめて重要になります。不動産ソリューション企業にとっては、直接の顧客は不動産を活用したい企業ですが、顧客はそれだけではない。そのオフィスで働く従業員、その建物の周辺に住む地域住民、その空間で買い物をする消費者も含めて、すべて顧客と考えなければなりません。こうした潜在的顧客の声を聞かなければ、今はどんな企業も持続的に企業活動を続けることができなくなっています。
最近、持続的な開発目標(SDGs)や社会的責任投資(SRI)の重要性が指摘されていますが、企業が持続的に収益を挙げ続けるためには、社会的な適応性や多様性が欠かせない。本来公共財的な側面の強い不動産活用でも、この視点はますます重要になっています。
私たち経営共創基盤も地方のバス会社の再生を支援していますが、ここでも私企業の営利追求と社会的責任投資のバランスはつねに大きな課題です。高齢者の通院のための必須の足になっている地方のバス会社は、営利企業というだけでなく、公益企業体という側面をもっているからです。
もちろん、バス会社がきちんと収益を確保しないと、地方の足としての役割を果たすことができません。行政からの補助金は一定必要であるにしても、それを最小限に抑えるためには、効率的なバス運行など経営効率を高めることが欠かせないのです。一見、バス会社と一般の事業会社のCRE戦略は別のことのように聞こえるかもしれませんが、実は結果的に企業の「稼ぐ力」を高めるという点ではつながる話です。今後10年のスパンで考えたとき、CRE戦略を通して「稼ぐ力」を高めることが、どんな企業においても必須の課題となってくると思います。
──価値転換の時代に、日本企業が生かすべきストロングポイントは何かということがよくわかりました。お話を聞いて自信と誇りを奮い起こす経営者も多いと思います。同時にそのためには身を切る覚悟も必要だというご指摘、ありがとうございました。
Profile プロフィール
経営共創基盤
パートナー 代表取締役CEO
冨山 和彦
1960年生まれ。東大法学部卒、スタンフォード大学MBA取得。ボストン・コンサルティング・グループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年から産業再生機構の設立に参画しCOOに就任、40社以上の支援を行う。07年、企業コンサルティング・企業再生の株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEOに就任。パナソニックなど数多くの企業の社外取締役、政府諮問委員会委員、経済同友会副代表幹事としても活躍。不動産関係では、国交省主導のi‐Construction推進コンソーシアム委員を務める。近著に、『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(PHP新書)他。