明海大学 山本教授 寄稿 会計ファイナンスからのCREアプローチ 第3回 企業の不動産保有を投資家はどう評価するのか?

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目次

要旨

投資家は、企業が、とりわけ遊休不動産を保有することに対してどのように評価しているのであろうか。本稿の目的は、投資家サイドに着目し、減損会計適用企業の開示情報を活用して、企業の不動産保有が株式市場にどのような影響を与えるのか明らかにすることである。実証分析の結果、以下のことが明らかになった。

  • 「製造業」と「商業」とでは、有利子負債比率の高低、遊休資産の有無、処分予定(売却)資産の有無をめぐり、投資家の評価に差異が認められた。
  • 「製造業」の遊休不動産は、地方圏に所在する工場跡地が多く、大規模敷地であることや土壌汚染のリスク等から流動性が低い不動産となっている。しかし、そのような流動性の低い不動産について処分予定(売却)資産として開示されることで負債等の圧縮により財務基盤の安定性の向上が期待できるため投資家はポジティブに反応している結果が得られた。
  • 一方、「商業」の遊休不動産の多くは都市部に所在し流動性の高い不動産となっている。しかし、そのような不動産には店舗や賃貸資産等の潜在的にキャッシュ・フローを生み出すものが多数の割合を占めている。したがって処分予定(売却)資産として開示されることで、投資家は、事業基盤の縮小から収益性や成長性低下リスクに対しネガティブな反応を示した。

問題意識

企業が遊休不動産を保有することは、期待されるキャッシュ・フローを生み出すことができず、なおかつ無駄なコストが支出されるため、企業価値の低減につながる可能性がある。ただ、遊休不動産をひとくくりにして論じることは、重要な事実を見落とす危険性がある。遊休不動産と事業用不動産の区分の違いにも配慮する必要がある。そこで本稿では、会計ファイナンスの手法を援用して、業種(製造業・商業)、資産内容(事業用資産・遊休資産、処分予定かどうか)、立地(都市部・地方部)の違いに着目し、投資家が、特に遊休不動産を保有する企業に対してどのような評価を下しているのかを明らかにする。投資家評価の傾向を知れば、企業がCREにおいて、一定の根拠を持って、投資家への対応方法を策定することが可能となる。

実証分析の着眼点

2006年度より、減損会計基準が義務適用となっている。減損会計適用企業では、開示される有価証券報告書等で、減損対象となった資産の内容や減損損失額を知ることができる。これらの情報開示が、株価に短期的にどのような影響を与えるのかを調査することがポイントになる。すなわち、企業の業種、資産の内容によって、株価への影響度が違う結果になれば、その違いを分析することにより、投資家の企業不動産に対する評価を推定できる。このような企業が開示した情報が株価にどのような影響を与えるのかを分析する手法を、イベント・スタディといい、会計ファイナンスの分野では多用されている。イベント・スタディ(Event Study)とは、「企業に関連したイベント前後の株式の累積異常リターン(CAR: Cumulative Abnormal Return)の動きを検証することで、そのイベントの企業価値に与える影響や情報の効率性を検証する手法である。企業価値に影響をもたらすイベントが発生したときには、そのイベントがなかったときのリターンに加えて、そのイベント分の追加的なリターンが発生する。この追加的なリターンを異常リターン(AR: Abnormal Return)と呼び、イベントの企業価値への影響を図る指標として用いられる。イベント発生後、すぐに株価が反映されるとは限らないため、イベント日前後の異常リターンを合計した累積異常リターンを用いて検証が行われる。」(みずほ証券「ファイナンス用語集」https://glossary.mizuho-sc.com/?site_domain=default)

製造業に係る実証分析

(1)サンプル抽出条件

分析対象は2007年から2015年に東京証券取引所に連続上場した企業とする。その中で、旧第1部に上場している製造業であること、決算発表が4月、5月、6月である企業と限定し、減損回数(1-3回、7-9回)で分類した上で、それぞれ、減損規模上位50社(極端値を除く)計100社を抽出した。なお、財務データ、株価及びTOPIXについては「日経NEEDS財務データ」「Yahoo!ファイナンス」 より、持株比率データについては「会社四季報」(東洋経済新聞社)より収集した。
表-1は「製造業」に係る記述統計量を示している。IMP_S(減損規模)は平均値で6.5%になっており、これは減損回数の多い企業群をサンプルとして採用しているためと考えられる。

表-1 記述統計量(製造業)n=100

(出典)古川・山本(2018b、図表1)

(2)分析方法

本分析では、前節で言及したように、会計情報の開示と短期株価変動に着目したイベント・スタディを適用している。株価が形成されるプロセスをモデルでとらえ、そのモデルから算出される株式投資収益率の理論値と実現値との差を異常収益率(Abnormal Return)とし減損損失の情報開示が株価に与える影響を検証する。
本件では、具体的には(1)式のモデルによって正常収益率(正常リターン)を推定し、その正常収益率と実際の収益率の差により異常収益率を測定し、これに基づき累積異常収益率(CAR:Cumulative Abnormal Return)を求め、検討を行う。

(1)

Rit :企業iの株式の第t日の収益率
収益率(Rt)は、各企業の株価調整後終値(Pt)を用いて次式より算出している。Rt=(Pt-P(t-1))/P(t-1)
Rmt :第t日におけるマーケット・ポートフォリオの収益率(本件ではTOPIXを採用)
αi 、βi :線形回帰モデルのパラメーター
εit :誤差項

上記のモデルのαi、βiの値はRit、Rmtの時系列データから最小二乗法で推定される。その値をαi、βiで表せば、異常収益率(Abnormal Return)の推定値εitは(2)式で求められる。

(2)

本分析では、イベント日(情報公表日)を中心に、前後10日間を分析対象期間とする。また、サンプル企業n社を取り出し、第t日における減損アナウンス及び決算短信公表の平均的効果を検証するには、以下の(3)式によって平均異常収益率(AAR:Average Abnormal Return)を求める。本稿では各企業のIR情報ニュースリリースより、減損損失のアナウンスを行なった日をイベント日とする。アナウンスの行われなかった企業については決算短信公表日をイベント日とする。

(3)

n:グループ分けした企業数

さらに、分析対象期間における効果をみるために以下のとおりt=aからbまでの期間の累積異常収益率(CAR)を(4)式により計測する。

(4)

(3)分析結果(製造業)

①資産分類区分に係る検証結果

表-2によると、複数種類資産グループ (事業用資産と遊休資産とを双方を保有する企業サンプル、以下同様)では、係数も小さく0日(減損公表日、以下同様)付近で一定の幅での推移をしている。事業用資産グループ(事業用資産のみ保有する企業サンプル、以下同様)では公表日を境にマイナス傾向の推移をしている。遊休資産グループ(遊休資産のみ保有する企業サンプル、以下同様)においてはイベント期間最初の-10日(減損公表から10日前、以下同様)からマイナス傾向の推移をみせ、以後+10日(減損公表から10日後、以下同様)までその趨勢は続いている。検定結果より、事業用資産については部分的に有意(統計的に意味がある)な数値が得られ、遊休資産についてはイベント期間の大部分で有意な数値が得られた。事業用資産と遊休資産の反応を比較してみると遊休資産の反応がより強く、これにより投資家は遊休資産の存在に対しよりネガティブな反応を示していると考えられる。

図-1 CAR(資産分類区分)の推移(製造業)

(注)グラフの横軸は、日にちを示す。

表-2 CAR(資産分類区分)に係るt検定結果(製造業)

(注)*10%水準で有意、**5%水準で有意、***1%水準で有意
(出典)古川・山本(2018b、図表4)

②処分予定区分別に係る検証結果

ここでは、減損対象資産のうち、将来の売却等による処分予定資産を含まないサンプルのグループと処分予定資産を含むサンプルのグループの短期的な株価反応を比較する。
表-3によると処分予定資産を含まないグループでは0日までは0日付近で一定の幅での推移だったが、+1日以降でネガティブな推移を示している。一方、処分予定資産を含むグループでは公表日後の+2日よりポジティブな反応を示している。処分予定資産については、売却後の資金の流動化による新たな事業展開や収益性の高い資産への投資、また負債の返済による財務体質の改善等が考えられる。したがって、投資家からみた処分予定資産は、企業価値の向上に資する位置づけと考えられる。また、0日においてプラスに有意な数値が得られ、これにより投資家は処分予定である公表に対し情報有用性を認めていることが確認できる。

図-2 CAR(処分予定区分別)の推移(製造業)

(注)グラフの横軸は、日にちを示す。

表-3 CAR(処分予定資産)に係るt検定結果(製造業) 

(注)*10%水準で有意、**5%水準で有意、***1%水準で有意
(出典)古川・山本(2018b、図表5)

商業に係る実証分析

前節までの検証結果より、「製造業」における資産区分の検証について、投資家はその情報に有用性を認めていることが確認できた。強い情報有用性が認められた遊休資産について「製造業」では、その多くが土地、建物等の遊休不動産であり、減損対象となっている。一方、「商業」については、半数以上を小売業が占めているため、不採算店舗等が自社所有物件の場合等には、遊休状態となるリスクが高く、さらに流動化が見込めない場合には減損対象資産となる蓋然性が高い。そこで本節では土地資産等、遊休資産に焦点をあて「商業」についても分析を行う。

(1)サンプル抽出条件

分析対象は2007年から2015年に東京証券取引所に連続上場している減損会計適用企業とする。その中で、旧第1部に上場している商業である271社を抽出した。なお、財務データ、株価及びTOPIXについては「日経NEEDS財務データ」「Yahoo!ファイナンス」 より、持株比率データについては「会社四季報」(東洋経済新聞社)より収集した。表-4は「商業」に係る記述統計量を示している。

表-4 記述統計量(商業)

(出典)古川・山本(2018b、図表6)

(2)分析方法

「製造業」に係る分析と同様のイベント・スタディを採用し、減損損失の情報開示が株価に与える影響を検証する。

(3)分析結果(商業)

①資産分類区分に係る検証結果

表-5によると、事業用資産グループでは、係数も小さく0日付近で一定の幅での推移をしており、複数種類資産グループでは公表日前-1日以降プラスの推移をしている。遊休資産グループにおいてはイベント期間最初の-10日からプラス傾向の推移をみせ、以後+10日までプラス傾向は続いている。検定結果より、有意な数値は得られていないが、投資家は商業に係る遊休資産についてはポジティブに反応している。これらの遊休不動産は都市部に多くみられる流動性が高い資産のためと考えられる。

図-3 CAR(資産分類区分)の推移(商業)

(注)グラフの横軸は、日にちを示す。

表-5 CAR(資産分類区分)に係るt検定結果(商業)

(注)10%水準で有意、5%水準で有意、1%水準で有意
(出典)古川・山本(2018b、図表9)

②処分予定区分別に係る検証結果

表-6によると処分予定資産を含まないグループでは-2日までは一定の幅での推移だったが、-1日以降でポジティブな推移を示している。一方、処分予定資産を含むグループでは公表日の0日よりネガティブな反応を示している。処分予定資産については、その資産内容が倉庫や賃貸不動産等が多く、ニーズの高い物件やキャッシュ・フローを生み出している資産であるため、それらを処分することに対し投資家はネガティブな反応を示しているものと考えられる。

図-4 CAR(処分予定区分別)の推移(商業)

(注)グラフの横軸は、日にちを示す。

表-6 CAR(処分予定資産)に係るt検定結果(商業)

(注)10%水準で有意、5%水準で有意、1%水準で有意
(出典)古川・山本(2018b、図表10)

業種の違いに基づいた比較考察

本節では、前節までの分析結果に基づいて「製造業」と「商業」の特性について考察する。前節までの分析において明らかになったのは以下のとおりである。

「製造業」について

  • 投資家は遊休資産の存在にネガティブな反応を示した。
  • 処分予定(売却)資産を含む資産についてはポジティブな反応を示した。

「商業」について

  • 投資家は遊休資産についてポジティブな反応を示した。
  • 処分予定(売却)資産を含む資産についてはネガティブな反応を示した。

図-5の有利子負債比率分布によると有利子負債比率20%未満の企業数割合は「製造業」では全体の65%であるのに対し「商業」においては62.7%である。また、有利子負債比率30%以上の企業数割合は「製造業」では全体の25%であるのに対し「商業」においては17.7%である。さらに、有利子負債のない企業では「製造業」が全体の8%「商業」においては全体の14%となっている。また、表-1及び表-4より「製造業」における有利子負債比率の平均値は18.1%、中央値は16.5%であるのに対し「商業」では平均値が15.8%、中央値が13.2%である。以上のように有利子負債比率は「製造業」に比較して「商業」が低い傾向にある。
「製造業」における遊休不動産は、地方圏に所在する工場跡地が多く、大規模敷地であることや土壌汚染のリスク等から流動性が低い不動産となっている。しかし、そのような流動性の低い不動産について処分予定(売却)資産として開示されることで負債等の圧縮により財務基盤の安定性の向上が期待できるため投資家はポジティブに反応しているものと考えられる。
一方、「商業」における遊休不動産の多くは都市部に所在し流動性の高い不動産となっている。しかし、そのような不動産には店舗や賃貸資産等の潜在的にキャッシュ・フローを生み出すものが多数の割合を占めている。したがって処分予定(売却)資産として開示されることで投資家は事業基盤の縮小から収益性や成長性低下リスクに対しネガティブな反応を示しているものと考えられる。

図-5 有利子負債比率分布

(出典)古川・山本(2018b、図表11)

以上のように「製造業」と「商業」の間には資産の特性にも着目している投資家行動に差異が観察された。業種による財務体質の違いから、「製造業」について投資家は、有利子負債比率の高さに加え流動性の低い遊休資産の存在を深刻にとらえているものと考えられる。一方で「商業」について、遊休資産は流動性の高いものが多数の割合を占めているため有利子負債比率の高さとの関係性が投資家行動へ与える影響は小さいものと考えられる。

CREへの示唆

投資家は、企業が、とりわけ遊休不動産を保有することに対してどのように評価しているのかを知りたいというのが本稿の分析の起点である。すなわち、本稿の目的は、投資家サイドに着目し、減損会計適用企業の開示情報を活用して、企業の不動産保有が株式市場にどのような影響を与えるのか明らかにすることである。実証分析の結果、以下の事項が明らかになり、CREの策定に参考にできる。

  • 「製造業」と「商業」とでは、有利子負債比率や遊休資産、処分予定(売却)資産のあり方をめぐり、投資家の評価に差異が認められた。
  • 「製造業」における遊休不動産は、地方圏に所在する工場跡地が多く、大規模敷地であることや土壌汚染のリスク等から流動性が低い不動産となっている。しかし、そのような流動性の低い不動産について処分予定(売却)資産として開示されることで負債等の圧縮により財務基盤の安定性の向上が期待できるため投資家はポジティブに反応することが示された。
  • 一方、「商業」における遊休不動産の多くは都市部に所在し流動性の高い不動産となっている。しかし、そのような不動産には店舗や賃貸資産等の潜在的にキャッシュ・フローを生み出すものが多数の割合を占めている。したがって処分予定(売却)資産として開示されることで投資家は事業基盤の縮小から収益性や成長性低下リスクに対しネガティブな反応を示すことが明らかになった。

参考・引用文献

[1]古川傑・山本卓(2018a)「遊休不動産情報の有用性の検証-東証一部上場企業製造業の減損データに基づいた分析を中心に-」『証券アナリストジャーナル』第56巻第2号,pp.68-79。
[2]古川傑・山本卓(2018b)「減損会計適用企業における遊休不動産情報の有用性-東証一部製造業と商業の比較分析を中心に-」『年報財務管理研究』第29巻,pp.87-101。
[3]山本卓(2012)「東証1部上場企業の賃貸等不動産保有の決定要因と時価情報有用性」『会計監査ジャーナル』第678号,pp.91-100。
[4]山本卓(2010)「投資不動産時価情報の有用性について-賃貸等不動産会計基準の実証的検証を中心に-」『証券アナリストジャーナル』第48巻第11号,pp.90-101。
[5]山本卓(2005)「減損会計早期適用企業にみる裁量行動」『季刊不動産研究』第47巻第3号,pp.33-43。

寄稿者

明海大学不動産学部教授

山本卓 やまもとたかし

埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)、不動産鑑定士。一般財団法人日本不動産研究所を経て、2014年より現職。大学では、「不動産経営戦略」、「不動産会計財務論」等を講じている。企業不動産を取り巻く広範な関係者(経営者、投資家、債権者、地域住民等)に対しての意思決定支援手法の開発を専門にしている。近著に『投資不動産会計と公正価値評価』[2015年、創成社](2016年資産評価政策学会著作賞)、『グローバル社会と不動産価値』[2017年、創成社](2018年日本不動産学会著作賞(実務部門))、『ストック型社会への企業不動産分析』[2021年、創成社](2022年都市住宅学会著作賞)等がある。

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