これからの不動産戦略に欠かすことのできないESG

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 企業経営や投資事業において、近年、SDGs(持続可能な開発目標)と共に重要な指標として注目されるのがESG投資、ESG経営です。環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視して投資するという考え方、あるいは投資価値を高めるために自社の事業のサステナビリティを向上させるという経営行動を指します。不動産業界でも、例えばオフィスビルの環境性能や健康・快適性だけでなく、地域住民など多様なステークホルダーとの関係構築がESGの観点から評価されるようになっており、今後のCRE戦略において欠かせないものになっています。不動産業界に特化して、ESG投資の戦略支援、開示支援などを行うCSRデザイン環境投資顧問の堀江隆一代表に、不動産とESGの関係について伺いました。

投資ポートフォリオやプロセスの全てにおいて
「環境・社会・企業統治」の視点を貫く

──SDGsと共に、ESGという言葉をよく耳にするようになりました。ESG投資はなぜ重要なのか。世界の投資環境のどんな変化が背景にあるのでしょうか。

 かつての金融・投資の考え方は、あくまでも収益が優先。環境や社会のことは後回しというのが一般的でした。運用機関には投資家の金融資産を預かって運用する責任があり、環境や社会に配慮しすぎるとそれが無駄なコストになるので受託者責任が果たせないという考え方が背景にありました。
 一方で、地球環境や開発において「サステナビリティ(持続可能性)」という概念が1980年代から登場し、1992年にリオで開かれた地球サミットをきっかけに、ビジネスの世界で広まるようになります。それが投資の世界でも言われるようになったきっかけは、2006年に国連が世界の投資業界に向けて提唱した、投資判断にもESG評価を取り込むべきだという考え方、「PRI(責任投資原則)」です。「UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)」がこれを推進し、環境問題への対応や社会的配慮と投資における受託者責任は矛盾しないという法律事務所の報告書を示すことで投資の流れが⼤きく変わったのです。
 こうしたなか2008年にリーマン・ショックが起きます。様々な原因があると思いますが、根本的には短期での利益追求、短期主義的な投資行動の結果であるとされています。この反省から、投資にしてもビジネスにしても、もっと長期の視点で考えるべきだという考え方が世の中に広がっていきます。
 2015年9月には国連でSDGsが採択され、同年12月にはCOP21でパリ協定が採択されます。気候変動対策を第一として、他の環境問題への対応や社会的配慮を含めた目標が世界の共通課題となったのです。このこともまたESG投資を後押しする大きな流れになりました。
 日本では、2015年9月にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名したことが、ESG投資が脚光を集めるきっかけとなりました。2017年以降、GPIFはESG投資を本格化し、この言葉がメディアでも頻繁に聞かれるようになりました。
 以前は「社会的責任投資(SRI)」という言葉もありましたが、これはポートフォリオの一部で社会に貢献するような投資をすれば、全体としては伝統的な利益至上主義であっても構わないという考え方でした。
 しかし、近年はポートフォリオ全体にわたって、銘柄を選択するスクリーニングや、その後のモニタリング、投資先とのエンゲージメントを含む全てのプロセスにおいてESGの視点を貫くべきだという「ESGインテグレーション」の考え方が強くなっています。そうした投資行動を評価するためのツールとしてESGの様々な指標が使われるようになっています。

不動産投資におけるESG評価基準とは何か

──企業の一般的な投資やそこから得られる収益は数字で把握できます。ただ、ESG投資においては何を評価基準にすればよいのでしょうか。

 不動産業界では、ESGベンチマーク評価のデファクトスタンダードとして「GRESB(グレスビー)」があり、現状では投資用不動産を対象としてますが、今後、CRE戦略においても重要な指標となってくると思います。GRESBは不動産企業や不動産ファンドに特化して、その環境・社会・ガバナンスへの配慮を、組織マネジメントと実際の環境や社会に対するパフォーマンスという2つの軸で測ります。
 一つめの軸である組織マネジメントの側面では、組織としてのESGやサステナビリティに関する目標・方針・体制がどうなっているかなどが重要な指標になります。
 二つめの軸、環境や社会へのパフォーマンスということでは、ビルが使用するエネルギー、温室効果ガス、水、廃棄物などを減らすことができているかが最も重要です。
 また、ESGにおける「S」は「社会」のことですが、これを「ステークホルダー」の「S」と読み替えれば社会へのパフォーマンスはわかりやすくなります。従業員、テナント、サプライヤー、地域コミュニティなどのことになりますが、ビルオーナーにとってテナントは特に重要なステークホルダーです。ESGへの取り組みを自社だけでなく、テナントも巻き込んで推進しているかどうか。例えば、ビルオーナーとテナントが環境・社会的配慮で協力することを賃貸借契約に盛り込んで実践する「グリーンリース」などもわかりやすい指標の一つです。

──環境の部分の目標は定めやすいのですが、社会的配慮における目標設定は難しいですね。

 たしかに社会的配慮の目標設定はそう簡単ではありません。ただ、不動産業界に限らず一般的な話でいうと、例えば管理職における女性比率を高めるために数値目標を掲げることなどはできます。またグリーンリース契約をすべての契約の何パーセントにするかというような目標設定は可能でしょう。
 また、環境配慮でも例えばCO2排出量削減を毎年何%に設定するのかというと、もう少し深い議論が必要です。パリ協定での目標は2度ではなく1.5度にする流れが強まっており、そうするとCO2の排出量を概ね2030年までに半減、2050年までにゼロにすることになりますから、この水準と整合した温室効果ガス排出削減目標をSBT(Science Based Targets)として定めることが重要になります。

ESG評価が高い不動産は、
なぜ投資価値も高いのか

──このようにESGの観点で評価されると、不動産の価値自体が変化すると思いますが、その価値評価のメカニズムをどのように理解すればよいですか。

 わかりやすい例でいうと、環境や健康・快適性に配慮した建物だからちょっと余分に賃料を払ってもいい。賃料が同じだとしたらそうした配慮されたビルのほうを選ぶというテナントの選好が見られます。テナントがそのように行動すれば、不動産の稼働率は向上し、実効的な賃料が上がります。家賃収入が高ければ、それだけ投資価値は高いということになります。
 管理費や修繕費などのコストは、ESG対応の物件ではたしかにイニシャルコストは多少高くなりますが、ランニングコストは下がります。これも投資価値に影響を与えます。さらに、投資利回りの判定では、そこにどれだけのリスクプレミアムが織り込まれているかをみることが重要になります。
 世の中の環境規制が強化されると、環境対応をしていない物件の場合は、炭素税や罰金など余分なコストを支払わなければならなくなります。例えば東京都にはオフィスビル等のエネルギー需要側にCO2排出削減を義務づける制度があります。この制度では2020年度以降、さらに規制が厳しくなります。これまで削減義務の基準をクリアしていたビルも、それができなくなる可能性が出てきます。
 海外でも不動産の環境対応がより厳しく求められるケースが増えています。ニューヨーク市では、大規模ビルは2030年までに40%(2005年比)のCO2排出量削減が義務化されました。この目標を実現するために、新築だけでなく、既存のビルに対しても排出上限を定めるキャップを設定、それが果たせない場合は罰金を課すということです。
 こうしたリスク要因があらかじめ織り込まれていれば、結果的に環境性能の高い不動産はリスクが小さくなり、投資価値が向上することになります。

ESG対応が、テナントを
取り入れるための競争条件に

──不動産におけるESG投資の考え方はいまや世界中の流れ。日本の不動産会社やビルオーナーは、もっとそれに敏感にならなければなりませんね。

 テナント側の企業自体が、投資家や顧客からプレッシャーをかけられ、よりESGを意識するようになりました。事業運営に必要なエネルギーを100%自然エネルギー由来の電力で賄うことを目標とする国際企業連合「RE100」に、いまGAFAを初めとする世界の有名企業がこぞって参加していますが、これもその動きの一つです。そして、これらのテナントが不動産事業者にプレッシャーをかける。例えば企業が自社ビルを建設したり、テナントとして入居するためにオフィスを借りる時、今後は「ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)※1」ないしそれに近いものを求めるようになるでしょう。また、使う電気を再生可能エネルギーで調達しているビルを選ぶ企業も増えてくるはずです。ESG評価が、優良テナントを取り入れるための競争条件になる。つまり、ESG投資はテナント獲得のアドバンテージにもなりうるわけです。

──新築ビルをESG投資の観点で建設するというのはよくわかりますが、既存ビルのオーナーがそのために改修をするということになると、また大変です。特に中小規模のオフィスビルやマンションの場合は深刻な悩みです。

 たしかに、例えば環境性能や快適性を高めるためにテナント専用部の改修をした場合、テナント側のメリットのためにコストはオーナーが全て負担することになると、改修に踏み切れないオーナーも多いことでしょう。ただ、その後のビル運用にあたって、テナントとの協力関係を構築すれば、この問題は解決する場合もあります。例えば、省エネ化で下がった電気代の一部をオーナーに対してテナントの方からグリーンリース料という名目で還元するグリーンリース契約を結ぶというのも、一つの解決策です。
 また、グリーンビルディング促進のための自治体や国の補助金制度を活用できるケースもあります。東京都の場合、大規模事業所ではビルの運用にあたって、オーナーとテナントの間で省エネ協議会を設置することが義務づけられています。その協議会の場で、共通の目標を設定して、PDCAサイクルを回すことも大切になります。場合によっては、テナントが省エネを頑張ったらインセンティブをオーナーから返すというような運用も考えられます。
 ビルの共用部への投資にソフト的な観点を入れることも重要です。例えば、入居するテナント同士が交流できるようなスペースを用意し、そこでプレゼンテーション大会のようなイベントを開催したり、そこに地域の人も呼び込む試みも例として挙げられます。

オフィスの健康快適性に着目して、
先行的な投資を

──中小規模のビルならではの難しさはありますが、ESG投資の流れはいずれ中小企業にもやってくる。グリーンリースやビルぐるみの省エネ活動という仕組みも含めて、ESG投資を未来への先行投資として認識することが欠かせませんね。

 実は、企業の営業費用においてエネルギーの部分は1%にすぎない。オフィスの賃料も9%程度。残りは福利厚生を入れた人件費です。たしかに省エネを頑張ることは地球環境にとってはよいことですが、不動産の観点でも費用の90%を占める人件費に注目し、従業員の生産性を上げることのほうがESGの観点からは効果があるという考え方もできます。
 例えば、内階段で上下階をつなぎ、オフィス内のコミュニケーション頻度を高めると同時に歩く運動を促す工夫や、オフィスの随所にソファを置いてインフォーマルなコミュニケーションをとりやすくする仕掛けなどがあります。
 世界のオフィス先進地、ニューヨーク、シリコンバレー、ロンドン、シドニーなどでは、こうした健康・快適性に配慮をしたビルでないと、もはや優秀な社員を雇用できない。採用しても引き抜かれるという事態が発生しています。つまり、オフィスの健康・快適性への投資は企業のサステナビリティを高める上でも必須のものとなっているのです。この流れは確実に日本にも来ています。三菱地所グループが本社移転にあたって、オフィスの健康・快適性を最大限重視したのもその例の一つでしょう。
 環境性能評価以上に、健康・快適性の定量化は難しいものです。ただ、それをなんとか「見える化」しようと、「WELL※2」という指標がアメリカで生まれました。日本にも、「CASBEEウェルネスオフィス評価認証制度※3」が作られ、昨年の11月から先行認証の事例が出てきました。ESG投資をアピールするにあたっては、環境性能と同じかそれ以上に、健康と快適性についての働きかけを強めたほうがよいのではないか、というのが私の考えです。
 今後は、ESG投資の進化形として「ポジティブ・インパクト投資」という概念も重要になってくると思います。ESG投資ではまず環境・社会に関する要素を投資判断に組み入れることにより、リスクを下げてリターンをあげようという考え方ですが、インパクト投資では、それらにとどまることなく、環境や社会に対するプラスの効果をもたらすことを当初から目的とし、それを計測可能な形で示していくものになります。日本でも先例が出始めていますが、環境面での省エネ・CO2排出削減に加え、社会面で入居者の健康・快適性に配慮したビルへの投資は、ポジティブ・インパクト投資として横展開しやすいでしょう。こうしたESGをめぐる動きは不動産業界において今後ますます顕著になるでしょう。その動向には当分目が離せません。

※1 ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)
日射遮蔽や自然エネルギーの利用、高断熱化、高効率化によって大幅な省エネルギーを実現した上で、太陽光発電等によってエネルギーを創り、年間に消費するエネルギー量が大幅に削減されている建物。日本では2030年までに新築建築物の平均でZEBの実現を目指すとする政策目標が掲げられている。

※2 WELL(WELL Building Standard)
入居者の健康や幸せな暮らしに焦点を当てた、建築やワークプレイスデザインの新たな評価基準。空気、水、光、フィットネスなど複数のコンセプトを通して、建物が人間に影響を与えるさまざまな機能を評価・測定・認証している。

※3 CASBEEウェルネスオフィス評価認証制度
オフィスの利用者が、健康で知的生産性向上を目指せるオフィスビルを評価するツール。オフィスワーカーの健康性・知的生産性を直接に評価するのではなく、あくまでそれを目指したハード・ソフト面での取り組み内容を評価する。一般財団法人建築環境・省エネルギー機構が実施している。

Profile プロフィール

CSRデザイン環境投資顧問
代表取締役社長

堀江 隆一

日本興業銀行、メリルリンチ証券、ドイツ証券に合計22年間勤務。ドイツ証券では排出権取引、再生可能エネルギーファンドなどを含むストラクチャード・ファイナンス業務を統括した後、2010年にCSRデザイン環境投資顧問を設立。不動産・インフラストラクチャー投資運用へのESG組込みに係る助言業務と、環境不動産やサステナブル金融に関する公的な調査業務を行う。国土交通省「ESG投資の普及促進に向けた勉強会」座長、東京都「中小テナントビル低炭素パートナーシップ」座長などを歴任。「21世紀金融行動原則」環境不動産WG共同座長、「責任投資原則(PRI)」日本ネットワーク・アドバイザリーコミッティ委員、「国連環境計画金融イニシアティブ」不動産WG特別顧問などを兼務。東京大学法学部卒、カリフォルニア大学バークレー校MBA。

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