日本能率協会コンサルティング寄稿 企業に求められる経営コスト最適化・リソースアロケーションとは
目次
経営課題からみた経営コスト最適化・リソースアロケーションの必要性
企業の競争力確保と継続的な成長の実現には、ムダを排除し、コスト、人材、資産といった経営リソースの有効活用が不可欠です。その必要性の背景として代表的なものを3つ取り上げます。
(1)企業間競争の激化
この20~30年、消費者ニーズの多様化やグローバル経済の拡大により、企業間競争が一層激化しています。特に、直近10年間は、デジタル技術の発達・大量のデータ利活用が進み、異なる産業からの新規参入も日常化しています。さらに、日本では少子高齢化と人口減少が加速しており、縮小する市場を企業間が奪い合う形となっています。
(2)原料・エネルギー価格と人件費高騰
新型コロナウイルスからの経済回復に伴う需要増加や、世界的な天候不順、2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻等の影響で、原料やエネルギー価格が高騰しています。
また、東南アジア諸国などの経済発展により、安価だった労働力の調達にも相応のコストがかかるようになっています。さらに、日本では近年、賃上げの動きが活発です。
(3)働き方改革と人的資本経営
「日本の労働生産性は他の先進国と比べ低い」という調査結果に代表されるように、生産性向上や長時間労働抑制、有給休暇取得率向上は、日本企業にとってこの10年間の重要な経営課題です。2024年4月より、建設、運送、医療業界にも時間外労働時間の上限規制が適用され、「2024年問題」として注目されたのは記憶に新しいところです。
企業がこうした改革を実現するために、業務効率化や従業員が安心して働ける環境整備が求められています。システムやDXツールへの投資、オフィス環境への投資(ABWやサテライト型シェアオフィス導入等)も依然として多くの企業で検討されています。
さらに、近年「人的資本経営」が注目され、エンゲージメント向上やリスキリングといった人材への投資の重要性が高まっています。
このように、事業環境が大きく変化する中で、企業は継続的にリソース配分を見直し、経営コストの最適化を図る必要があります。こうした取組は、財務体質の健全化と企業価値向上に大きく寄与するものになります。
経営コストの全体像
企業における経営コストとは何でしょうか。経営コストの代表的な分類視点は、以下のようなものがあります。
(1)費目別のコスト分類
まず、経営コストの全体像を把握する為には、損益計算書(PL)がよく使用されます。それらの中では、「売上原価」、「販管費(販売費および一般管理費)」、「営業外費用」等が経営コストに該当します。
それぞれの概要を見ていきます。
「売上原価」は、製品やサービスを提供するために直接要する費用で、原材料費や直接労務費等が含まれます。
「営業外費用」とは、支払利息や為替損益等、営業活動以外で発生する費用です。
「販管費」は、「販売費」と「一般管理費」に分けられます。前者は製品・サービスの販売活動に伴い発生する費用、後者は企業活動で必要となる管理業務において発生する費用を指します。販売費、一般管理費に該当する費目の一例を図1に示します。
図1:販売費と一般管理費の費目例
(2)固定/変動で見たコスト分類
販売数量や生産数量に連動し増減する費用を「変動費」、それらに関係なく必ず発生する費用を「固定費」として分類します。販管費は費目としては「販売費及び一般管理費」と一括りにされることが多いですが、販売費は変動費、一般管理費は固定費に近い特性を持っています。
(3)発生特性で見たコスト分類
経営コスト最適化に取り組む際は、費目や固定費・変動費の観点に加え、各費目が自社でコントロールできるかどうか、あるいは事業特性に応じ発生するものか、という観点も重要です。このように特性を分類することで、管理すべきポイントをより明確にすることができます。
図2:経営コストの発生特性分類例
経営コスト最適化活動の実態
経営コスト最適化活動とは、どのようなものでしょうか。
近年は、事業拡大や設備投資に係る資本調達コストの最適化も重要視されていますが、やはり経営コストに占める割合から見たときに「原価」と「販管費」がその対象となります。
例えば、製造業において製造原価適正化を図る場合、製造工程の無駄を洗い出し、設備総合効率の向上や作業改善を通じ、原材料費や加工費(直接労務費等)、エネルギーコストの見直しを図ります。これらは、「製造現場の生産性改善」というテーマで活動がされることが多く、弊社(JMAC)もこれまで数多くのご支援をしてきました。
原価は事業に直結するコストであり、製造部門や調達部門等が中心となり活発に適正化活動が行われる一方、販管費は図3で示すように、そこまで重点的に管理されているケースは多くないように思えます。
図3:販管費適正化活動が進まない主な背景
販管費適正化活動の基本的な考え方と取組ステップ
販管費適正化を進めていく上でのポイントは、大きく2点あると考えます。
「透明性のある適正化対象の絞込み」と「適正化の基本原則の適用」の2つです。
(1)透明性のある適正化対象の絞込み
まず、適正化対象は、やみくもに目についたものとするのではなく、自社でコントロール可能かどうか、自社の経営戦略や事業方針に合致しているか等、削減になじむかどうかを基準に選定します。
先述の「経営コストの発生特性分類」を踏まえ、どの範囲にどの様な削減の考え方を適用するかを定めていきます。
その為には、販管費の構造がどのようになっているのか、現状の丁寧な見える化が大切です。
(2)適正化の基本原則
適正化の基本原則は、①必要性を変える②量を変える③単価を変えるの3点です。
①の「必要性」は、現在支出しているサービス・物品が本当に必要か、前例に従って購入し続けておりムダ使いになっていないか、支出の必要性や妥当性を評価します。修繕のように外部委託している場合、内製化の可能性も検討します。
支出が必要な場合、②「量」の観点から見直し余地を検討します。例えば、適正使用量の設定や使用範囲、所要頻度の見直しが該当します。使用方法や在庫管理方法を見直し、破損や汚損等のムダを省くのも手段の1つです。
③「単価」は、より安価なものへの切替え、業者の変更、仕様の変更といったように、購入方法の変更が考えられます。
これらの活動は、以下の3つのフェーズに分けて進めます。
(1)フェーズ1:現状把握
・①コスト構造分析や購買履歴を分析し、現状を見える化
・②コスト発生メカニズムを把握し特性別に分類
・③特性分類別に削減方針や削減目標を設定
(2)フェーズ2:計画策定
・現状把握フェーズでの取組方針を基に、具体的な施策と実行計画を策定
(3)フェーズ3:実行
・チェックタイミングを設定し、各テーマの進捗と成果を管理
図4:販管費最適化活動の取組ステップ例
先述の通り、販管費は適正化活動が進みにくい様々な要因があります。しっかりと推進体制を組み、これまで述べてきたポイントを押さえることが取組み上重要です。
また、事業目標を個別の費目にまで目標展開し、展開した目標と個別の各施策の関係性を明確にすることも大切なポイントです。
経営リソース最適化(リソースアロケーション)とは
さて、ここまでは主に販売費と一般管理費=「カネ」の観点で最適化の全体像と取組ステップを述べてきましたが、企業には「ヒト、モノ」といった、「カネ」以外の経営資源もあります。
これら経営資源を配分・割り当てることを、リソースアロケーション(Resource allocation)と言います(※Resource=資源、allocation=配分、割当)。
経営資源には、「ヒト(人材)」、「モノ(資産)」、「カネ(資金)」「情報」に加え、「時間」や「知的財産」の6種類が含まれます。
これら限られた経営資源を、内部環境・外部環境の変化に合わせ、いかに効率的に活用できるかが、事業目標達成のキーとなります。
この中で、特に「ヒト」は優先度の高いリソースとされます。例えば製造業であれば、どんなに自動化された生産設備があっても、それらの加工条件設定や起動は「ヒト」が行う為です。
「ヒト」のリソースアロケーションの例
「ヒト」のリソースアロケーションとして、最もイメージしやすいのが人員配置でしょう。各事業や部門で必要とされる人材要件に応じ、各従業員の経験や能力を管理し、採用・教育・異動を行います。
また、業務改善もヒトのアロケーションの一環と考えて良いでしょう。業務改善活動の中で、「低付加価値業務から高付加価値業務への工数シフト」といった目標を掲げる企業が多く見受けられます。
例えば、定型化された事務オペレーションは、情報システムやRPA等で自動化し、余力時間を高付加価値業務へ振り向ける、といった具合です。さらに、これら業務をアウトソーシングすることも、リソース配分適正化手段のひとつです。
一方で、2015年に野村総合研究所とオックスフォード大学のオズボーン准教授及びフレイ博士らが発表した研究によれば、10~20年後の日本における労働人口49%が人工知能やロボット等で代替される可能性があるとしています。特に、経理事務員や一般事務員は99%以上の可能性で自動化が可能と予測されています。
AIなどの技術進化に伴い、「人」と「機械」の役割分担・リソース配分に関する議論は、今後更に重要になるでしょう。
なお、付加価値の高低は、事業内容や部門の役割により異なる為、各社・各部門で慎重に見極めることが必要です。また、上記の研究発表についても、あくまで予測であることをご理解ください。
図5:自動化可能性が最も高い職業
「モノ」のリソースアロケーションの例
金額の大きさで見ると、オフィスの賃料は経営コストの上位に入るのではないでしょうか。
新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、テレワークやオンラインミーティングが普及し、オフィスの縮小や移転を実施した企業が増加しました。東京商工リサーチの調査によると、2020年から2023年にかけて本社や本社機能を移転した企業は10万5,367社で、2017年~2020年比で60.5%増加しています。
こうした動きは、「モノ(不動産)」のリソースアロケーションに関連します。
あるIT系企業は、コロナ禍をきっかけに、東京都港区から神奈川県内の工場へ本社を移転しました。その際、関連する複数の拠点を統合しています。拠点ごとの機能を明確にし、その機能に合わせた環境整備を行うとともに、部門間の物理的な距離が近くなり、コミュニケーション円滑化や意思決定の迅速化が期待されています。
また、メガネの製造・販売を行う企業は、本社機能を東京から群馬県前橋市に分散させ、災害リスク低減と創業地である前橋市の活性化への寄与という、2つの目的実現を図っています。
同様に、都内から福岡へ本社移転した大手通信販売業や、都内から北海道のニセコ町へ移転した、お茶の製造販売企業のように、都内から地方へ本社を移転する企業も一定数見られました。
図6:モノ(不動産)のリソースアロケーションの主な狙い
このように、リソースアロケーションはコスト削減にとどまらず、業務効率向上、リスク分散、企業価値向上等に寄与する重要な経営戦略の一つです。
2023年の新型コロナウイルスの5類感染症移行後は、出社回帰や首都圏回帰の流れが再び目立ってきているように、この領域においてもトレンドが刻々と変化しています。
リソースアロケーションを検討される際は、「自社のありたい姿」をしっかりと描くことが大切です。
【参考文献】
東京商工リサーチ 企業の本社移転、コロナ前の1.6倍増 今後は出社回帰で大都市への転入が増加するか
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1197764_1527.html
野村総合研究所 日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf
野村総合研究所 日本におけるコンピューター化と仕事の未来
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/journal/2017/05/01J.pdf
執筆者
株式会社日本能率協会コンサルティング
経営コンサルティング事業本部
ビジネスプロセス&ワークスタイルデザインユニット
チーフ・コンサルタント
福井 紘彦 (ふくい ひろひこ)
大手食品メーカーにて工場、営業所に在籍。 事業所運営事務、コスト管理等の実務経験のち、JMAC入社。 JMAC入社後は、オフィスワークを中心とした業務改善、事務品質向上を支援。 本社間接、営業、設計、製造等バリューチェーン全領域でのコンサルティング経験を有する。 コンサルティングの他、マニュアル作成・活用、RCA(Root Cause Analysis)等の研修の実績も多く持つ。