
──今後予想される経済構造や企業環境の変化を見越して、いま企業はどのような戦略を重視すべきなのか。また、それに伴う人材投資をどう進めたらよいのか。本日はそのあたりを伺いたいと考えています。
最近、「AIが発達すると人間が行う仕事がなくなってしまう」といったようなことが言われていますが、たしかに単純なオペレーション業務や定型の作業はAIやロボットに置き換わっていくことでしょう。こうした事態は、製造業などに限らず、システム開発や会計管理などの仕事でも発生すると考えられます。
しかし、お客様のニーズを把握し適切な提案をしていくような、そこに人が介在する仕事はそう簡単にはなくなりません。同じサービスでも定型的ではなく、相手の状況に臨機応変に対応したサービスは、あくまでも人が主体です。ビジネスの中で人間がそこに介在してサービスを改善していく状況は、決してなくなるものではありません。
このような時代に企業は、他社と何で差をつけるべきなのか。もちろん目の前のオペレーションにしっかりと取り組むのは当然ですが、その上で、個別ニーズへの対応や、気持ちのよいサービス、顧客体験といった、より高い付加価値をつけることが求められます。
人材投資という観点でいえば、これからはオペレーション作業よりもサービスやマネジメントにこそ人材投資を向けるべきでしょう。「決まったことをたくさんやる」ということではなく、その人やその会社でなければできない製品やサービスを生み出し、そのプロセスをしっかりと管理していく。こうしたマネジメントスキルを高めなければ、他社との違いを出していけない時代になっているのです。
──たしかに単純なデータ入力作業はロボットで置き換えることができると思います。しかし、そのデータをどう分析するのか、そこからお客様にどんな提案をしていくのか。それはやはり人間の仕事ですね。
──不動産業界でも、製造業の設備投資で新規の工場や倉庫の用地を探してほしい、といったお客様からのニーズは多くあります。かつては、単に広くて安い物件があれば、という話が多かったのですが、最近は量から質への変換というか、立地要件の中に従業員の働きやすさや、周辺環境との調和といった要素も含まれるようになりました。設備投資のニーズがより高度になっていることを実感することができますが、これも事業会社の中に、ある種の意識変化が生まれているからだと思います。
しかしこれらの課題を、当面確保すべき収益目標との間でどのようにバランスを取っていくか。近年は、これが経営者にとっての難しい仕事になっています。
──企業はそうした意識変化を、どのように数字で把握しているのでしょうか。これまでは企業評価の指標としてROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)が一般的でしたが、提案営業強化のための人材育成に関わる費用対効果などは、なかなか数字には表れないものです。
企業では、優秀な提案型人材が増えればお客様との距離が近くなり、企業価値や競争力が高まります。ですから経営者はまず、そうしたビジョンや中長期戦略を立案することが必要です。そして、そのビジョンや事業戦略を達成するためにいまこれだけの投資をする、これが他社と自社を差別化することになる——といったことをストーリーとして明示し「見える化」しなければなりません。企業の戦略マップを踏まえた上で、成功に導くための要因を投資家にしっかりと示すことが重要なのです。企業の戦略とそれを達成するためのストーリーが目に見えないままでは、投資家は適切な投資判断が出来かねます。
企業戦略は差別化戦略でもありますから、中期経営計画書を見たときに、同じ業種のA社とB社の違いが見えなければ、戦略とは呼べません。企業はそこに自社ならではのこだわりや、差別化要素を明確にしなければならないのです。
では、その差別化要素を可視化するためにはどうすればよいのでしょうか。
私がマネジメントの仕組みやKPIに落とし込むときには、自社の差別化要素が強化されたときに、社内外にどういうことが増えるのか。あるいはどういうことがなくなるのか。具体的な変化は何かを、クライアントと一緒に考えるようにしています。
しかし、ビジネスの教科書の中にその答えはありません。もし答えがあれば、それはすぐに真似されてしまい、結果的にその企業らしさではなくなってしまうからです。
例えば、提案営業の強化を進める時には、単純な提案機会増や受注増がKPIではありません。提案機会獲得件数の中でも、こちらからお客様の潜在的なニーズを発見して提案した機会の数や、提案営業にふさわしい内容で獲得できた新規案件の数を見るべきです。その会社のオリジナル製品がどれだけ売れたのかも重要です。そういった自社ならではのものを増やすことが、結果的にその会社の差別化要素を増やすことになり、会社の競争力を高めることになるのです。
──量から質への転換の時代に、大工舎さんの専門でもあるKPIマネジメントでも、指標の設定の仕方に変化が見られますか。
──最近は、大都市経済と地域経済の構造の違いもよく指摘されるようになりました。単一のビジネスモデルが成立しにくい時代なのかもしれません。地域経済において企業はどう戦えばよいか。単純に規模を追うだけではない別の価値観もあるのではないか、そんなことを考えます。
地域経済においても、それぞれの地域でパイの取り合いは生じています。むろん、そこにも勝者と敗者は存在して、お客様のニーズをしっかりと捉えて自社の製品やサービスの改善を重ね、そこでお客様を掴むことが出来るかどうかが、勝敗の分かれ目になります。
地域ビジネスで重要なポイントは、「地域を一つのまとまりとして考え、地域の特色を明確にしてインバウンド客を呼び寄せること」です。ここで言うインバウンドは必ずしも外国人観光客だけを意味しているのではなく、例えば、福岡県の企業が福岡県にいながらにして全国のビジネスニーズに応えるという意味合いも含んでいます。
また、他の地域からニーズを集める一方で、「豊かな人との触れあいがあって、高齢者も安心して暮らせるなど、その地域にしかないような世界を自己完結的に実現すること」も地域が潤い、ローカル企業が成長する上で重要です。
今はワンクリックでどこにいてもほとんどのモノが買えるようになりましたが、人々の生活はモノだけで成り立っているわけではありません。やはり、地域の人間関係が豊かでないと生活の満足感は得られないものです。
こうした街づくりを担うのは行政かもしれないし、地域の老舗企業かもしれません。官民一体のスキームの中にローカル企業が関わり、地域の特色をつくっていくことも十分考えられます。地域経済で企業が勝つための成長戦略には、その地域ならではの独自性やコミュニティのあり方を考えるという視点が大切です。
──地域経済を活性化させるという意味では、お金の流れを担う、地域の金融機関が果たす役割も重要ですね。
もちろん、なかには金融機関だけで解決できない課題もあるでしょう。例えば、資金需要の話を聞きに行ったら、物流拠点増設や幹部人材育成の相談を受けるなど。これらは本来、金融機関の仕事ではないのですが、不動産企業や人材育成コンサルティングと提携することで課題を解決することが可能です。つまり地方の金融機関が、ローカル企業のニーズに応えるための“ハブ”になるわけです。
その前提には、先にもお話したように、単なる御用聞き営業ではなく、経営者が困っている真の課題を聞き出すスキルが一人ひとりの営業担当に求められます。だからこそ、そのような人材投資を進めていく必要があるのです。
──「地域のハブになる」というお話は必ずしも金融機関だけでなく、一般の事業会社、例えば不動産企業でもできることです。不動産を一つの企業と相対で仲介・売買するだけでなく、狭い土地であれば他の地主さんにも話をして土地を広げ、それを開発して、高度な活用を促すといった提案ができます。当社も不動産ニーズからご相談を承り、ジョイントビジネスやM&Aなど、高度な経営課題克服のお手伝いもさせていただいています。

株式会社アットストリーム 代表取締役
大工舎 宏 (だいくや ひろし)
1991年アーサーアンダーセン入社後、1995年より経営コンサルティング業務に従事。 2001年に株式会社アットストリームを共同設立。現在、同社代表取締役。公認会計士。主な専門分野は、事業構造改革の企画・実行支援、KPIマネジメントなど各種経営管理制度の設計・導入支援。著書:「事業計画を実現するKPIマネジメントの実務」他、多数。
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vol.28
スペシャリストの智
CREカンファレンス2020-2021・レポート
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スペシャリストの智
CREカンファレンス2019-2020・レポート
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CREカンファレンス2018-2019・レポート
今からの企業競争力を問う
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スペシャリストの智
CREカンファレンス2017-2018・レポート
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vol.14
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CREカンファレンス・レポート
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