ダンコンサルティング寄稿コラム 第5回 地域密着型企業の自社ビル活用事例

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執筆:株式会社ダンコンサルティング
全5回のうち、今回は、「第5回」のご紹介です。
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背景と方向性

地域密着型企業A社は、経営不振に陥り、事業の縮小戦略を早めることになった。特に、損益分岐点の改善方法の1つとして固定費の削減を進めてきたが、大きな問題となったのが本社ビルの取扱いである。
当時は全館自社使用としていたため、一部を賃貸するか、本社を移転して全館賃貸するか、あるいは、新規事業として活用するかという選択を急がれていた。ただ、自らが行う新規事業としては、コスト面のほか、人材投入や時間的余裕を考えると今の時期には難しい状況であった。
そこでコンサルティング会社に本社ビルの有効活用に関するコンサルティングを依頼することとした。

各種要因とその分析

調査・企画書を作成するにあたっては、①所有者要因、②社会要因、③環境要因、④立地要因という4つの要因分析が必要となる。そこで、それぞれの要因をピックアップすると共に、問題点の抽出を行うこととなった。ポイントをまとめてみると次のようになる。

所有者要因のピックアップ

イ)基本的には自社ビルから本社を移転したい。ただし、移転先は近隣を考えている。
ロ)本社ビルからの賃貸料収入を事業の1つとして捉えていきたい。つまり、売却は考えていない(売却によるマイナス効果が大きい)。
ハ)地域密着型企業としての実績があり、今後もこの地域ブランドを活かしていくために、ビル経営(つまり、テナントの業種など)も地域イメージを大切にしたい。
ニ)建物は少し変形だが、できるだけコスト負担なく現状のまま賃貸したい。
ホ)1階だけは自社で活用し、2階以上を他のテナントに賃貸するような手法が可能かどうかを知りたい。

所有者要因の分析及び問題点の抽出

ビルの部分的自社使用はイメージの低下を招く

当時、ビル全体を本社として自己使用されていたので、本社部分の使用面積を縮小するということは、事業縮小か撤退のイメージを受けてしまう。地域密着型の事業を行ってきたA社にとっては、周辺地域に住む人々に対してのイメージは今後の事業展開を考えると非常に重要な要素である。中途半端な使用方法はやめ、全館自社使用するか、又は全館賃貸するかのどちらかの方法をとることがベターと考えられる。

近隣地区に進出することは発展的だが、解決しておかなければならない課題も生じる

これからの事業発展に向け、顧客のより一層の拡大を考えなければならないA社にとって、地域の中心都市である近隣地区への進出は好ましいと思われる。ただ、その前にやるべきことや問題点も生じている。
第一に、現在の地域において手狭になったといえるだけの営業施策が実行できているのか否か。第二に、近隣地区に移転した場合、現地域におけるA社の地位やイメージをそのまま確保できるだけの体制を整えてあるのか。第三に、ビルの賃貸事業を採算ベースに乗せることができるのか、などを事前に検証しておくべきである。

建物形状が変更できないため、テナント出店に対してかなりの制限を受ける

現状のままの使用を希望されているため、一般的なテナントの出店条件にはほとんど合わない。このビルの場合は、上層部への進入路が裏口になっており、1、2階が内階段(メゾネット)のため、分割使用は非常に難しいと言える。

社会要因のピックアップ

イ)人口は短期的には増加している地域であり、平均年齢も県の平均より低い。
ロ)地域には大型再開発プロジェクトが多くあり、今後はベッドタウン化する傾向が見られる。
ハ)1世帯1台を超える車両保有率で、自動車生活圏と考えられる。

社会要因の分析及び問題点の抽出

周辺地区の人口増が期待できる

大型再開発プロジェクトなど「F」地区を中心とした開発計画があり、F周辺はますます活性化すると考えられる。その活性化に伴い、A社のビルのある「H」地区も発展していくと思われる。
ただし、中枢機能や商業関係は「F」に集中すると思われるので、「H」においては同じ機能を求めることは不可能である。今後はより住居地区化していくと思われるため、最寄品を扱う店舗の需要はかなり増えると推定できる。

自動車生活圏では、ロードサイド型ビジネスが有効

鉄道が発達していないこともあり、この周辺は完全に自動車生活圏である。そのため、ロードサイド型といわれる、いわゆる車客を対象とした店舗を出店しやすく、現在その兆候も表れてきている。
ロードサイド型ビジネスは、まだ過密化されていない地区においては大いに力を発揮する。車を使用することにより商圏が広がり、商圏人口が過密地区におけるビルイン型のターゲット商圏人口と変わらなくなる。さらに、車を利用するので大量の物や重い物等も運ぶことができ、売上高はロードサイド型の方が多いケースもある。

環境要因のピックアップ

イ)周辺の建物の利用方法は店舗中心である。
ロ)2階建てのいわゆる下駄履き店舗が多く、大型の店舗は非常に少ない。
ハ)大型商業店舗はスーパーが1店舗あるだけで、車で30分以上行かないと目立った店舗はない。
二)近隣に大規模開発の住宅地があり、最寄品購入ニーズ顧客が見込める。

環境要因の分析および問題点の抽出

ロードサイド型ビジネスの成長が期待できる

多少時間はかかると思われるが、周囲は店舗として活用されていくはずである。近隣のビル建設や周辺へのテナントの出店計画も考慮すると、今後は小規模のショッピングゾーンになる可能性を秘めている立地である。

オフィスとしての需要はない

周囲の建物の使用状況をみても、また、オフィスニーズの調査結果をみても、オフィスとしての需要はほとんどない。ロードサイド立地で、周辺に大規模住宅地を抱えていることから小・中規模の店舗出店用地としては最適と考えられる。

立地要因のピックアップ

イ)現在、この地域における交通量の一番多い通りに面している。
ロ)用途地域は近隣商業地域である。
ハ)建ぺい率は80%、容積率は200%である。
二)地勢は平坦である。
ホ)地形はほぼ正方形である。
へ)現在、鉄筋コンクリート造4階建ての自社ビルが建っている。

立地要因の分析および問題点の抽出

立地のみを見たポテンシャルは高い

敷地がある程度まとまっていること、角地であり間口が広いこと、地勢が平坦なこと、前面道路が広く歩道が付いていることから、事業を行う上での立地の潜在能力は高いといえる。

店舗出店において集客力の高い立地であることが重要

今計画では、所有者自身がリスクを負わないことを重視しなければならないため、賃貸としての事業を考えていくことが望まれる。しかし、ビル事業を行う場合にはビルがテナントで埋まることが大前提である。テナント側から考えると、この土地で商売が成立しなければ出店しない。
したがって、店舗立地として考えた場合、集客力がポイントになる。本計画地は、周辺地区の中では交通量の一番充実した立地であり、徐々に発展しだしており将来性もあると思われるため、ある程度のテナント出店は見込めそうである。

事業可能性の検討

以上のような問題点のピックアップとその検討結果からは、このビルは基本路線としては全館を店舗テナントに賃貸することがベターと判断された。所有者要因の問題点でも触れていた既存ビルの建物構造上の課題であった1・2階の内階段および上層階への進入路が裏口である点については、建物を改修することとし、全館一棟貸しではなく、各フロアごと(1・2・3・4階)にリーシングを行うこととした。
ただ、最近活性化されつつあるとはいえ、まだまだこれからの地域なので2階以上のテナント出店は難しいと思われた。ビルは全館テナントで埋まらなければ収益力が悪化し、採算面も合わなくなる。
したがって、2階以上のスペースをどう埋めていくかという問題をテナントミックスという戦略にて対応していくこととした。

テナントミックス戦略

テナントミックスは、各業種の条件を把握しながらそれぞれのテナントがお互いの相乗効果も期待し、イメージアップにつながるものでなければならない。そのためには、数多くのテナント情報の収集が必要なうえ、業界動向も考慮しておく必要がある。
テナントミックスを考える際の基本材料として、まず前提条件を把握することが重要になる。図表①に示した7つが主な条件である。

図表① テナントミックスの考え方

条件の分類内容
①業種条件あらかじめ業種の指定があるか
②テナント条件あらかじめテナントの指定があるか
③収益条件賃料・投資額などの希望はあるか
④イメージ条件トレンディか定番か、高級化か大衆化か
⑤敷地・施設条件敷地の面積・地形・接道状況・施設の面積構成
⑥ターゲット条件老・若・男・女、収入の高低、顧客対象はどこか
⑦運営条件誰がどの部分をどのような形態で運営するか

そこで当該物件における具体的な条件を設定して、テナントミックスを進めることになる。今回の計画においてそれぞれの条件を設定し、各要因(所有者・社会・環境・立地)から分析をすると、次のようなテナント候補先が挙げられる。

各階のフロアを賃貸使用でき、地域にとけこめ、安定収入が望めるテナント

これは、所有者側の希望である。
これに対しテナント側の条件もあるわけだ。当然のことながら、貸主借主双方の条件が合わなければ成功に導くテナントミックスはできない。
そこでテナント側の条件を判断する基準を考えてみよう。

図表② テナント側の出店基準

A 高級化   ⇔ 大衆化
B 個別化(個性化)⇔ 一般化
C シニア層  ⇔ ジュニア層
D 男性向   ⇔ 女性向
E 大面積   ⇔ 小面積(使用面積)
F 高賃料   ⇔ 低賃料(契約面積)
G 顧客密度大 ⇔ 顧客密度小
H 利便性大  ⇔ 利便性小

AからDで顧客ターゲットに対する理解を深める必要がある。店舗は顧客があってはじめて成り立つ商売なので、重要な要素となる。さらに詳細にいうと、AとBは扱う商材によって、CとDは商材の購入層によって類別するものと言える。
Eについては、テナントは業種や立地によって使用面積がかなり異なる。特に今回のような規模がすでに限定されている場合は、そのテナントのサイズに合った店舗面積であるかが重要になる。
Fはテナントが所有者に対して支払う賃貸条件で、それぞれのテナント独自の収入予想より算出される。店舗収入額の多い立地には高賃料を支払い、少ない立地はそれなりの賃料の支払いとなるのは当然のことだろう。
収入額の少ない立地=儲からない立地に普通は出店しない。しかし、チェーン展開における経営戦略の一環として、収入額が低くても店舗を置きたい立地があり、そういった立地には採算が合わなくとも出店するケースがある。ただし、賃料は若干低めの設定になることが多い。

Gは周辺の商圏人口や最寄駅の乗降客数の度合いを指している。テナント出店の決め手は「人=顧客」の量である。
Hは主に交通の中心地からの距離を指している。一般的に、交通の便がよいほど人は集まり、出店に関しては重要なポイントといえるだろう。

A社は、テナントミックス戦略を展開するにあたり、テナント側条件を座標軸としたグラフを用いて、所有者側条件の設定範囲を明確にした。さらに、そのグラフに条件の類似した各種テナントを位置付ける手法を採用した。業種一覧表をグラフ化し、業種別面積基準の検証を行い、需給バランスをチェックした結果、学習塾、美容室、家電販売店、コンビニエンスストア、ブックストア、めがねショップの6業種がピックアップされた。これらが所有者側の条件とテナント側の条件に見合った出店候補者となった。
最終的に、A社は本社ビルを売却せず、近隣に本社を移転し、本社ビルをテナントミックスさせた状態で貸し出すことで、目標の収益確保に成功した。この成功の背景には、テナントミックス戦略があり、A社はテナントミックスを通じて互いの相乗効果を引き出し、全体の収益力を向上させることができたのである。

執筆者

ダンコンサルティング株式会社 代表取締役
経営戦略コンサルタント(税理士)・建築企画プロデューサー

塩見 哲 しおみ さとし

ダンコンサルティング株式会社
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公認会計士事務所を経て、1976年に税理士資格を武器として中小企業経営戦略コンサルタントとして独立。以後、48年にわたり中小企業の目的である「継続」をテーマとして、企業哲学、理念、風土を軸とした経営戦略の立案や企業診断・再生支援・出店企画・資金戦略・人材教育など、経営資源の活性化に関する戦略的コンサルティング業務を一貫して行っている。同時に、法人や個人の所有する不動産の有効活用法や建築企画プロデュース業務、及び、法人や個人の事業継承や相続戦略なども40年以上実践している。 講演、講義、研修講師などは2,000回を超え、経営、資金、不動産、相続、人材などに関する著書は63冊を出版している。

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