企業価値向上のカギを握るCREプロフェッショナルの社内育成。
社内外の専門家のネットワークを最大限に活用する
目次
企業の持続的成長には、経営陣が明確な事業戦略とそのロードマップを示すことが必要です。同時に戦略を実行するうえでは、専門の外部パートナーのサービスやアドバイスを得ることも欠かせません。こうしたパートナー連携を効果的に進めるためには、サービスを受け入れる企業の組織体制も、よりプロフェッショナル化しなければなりません。企業価値向上の観点に立って企業不動産の最適な活用を図るCRE(企業不動産)戦略の立案・遂行にあたっても、同様のことがいえるはずです。外部パートナーとの連携をどう進めるべきか。CRE専門家による社内組織をどう作り上げるべきか。大和不動産鑑定㈱のエグゼクティブフェローで、ビジネススクールでは経営学の一環としてCRE戦略を講じる村木信爾氏にお話を伺いました。
ガイドラインから10年。
日本企業のCRE戦略はどう変わったか
──国土交通省が2008年に策定した「CRE戦略を実践するためのガイドライン・てびき」から、来年4月で10年になります。これは官民協力の下、国内で初めてCRE戦略の普及・啓発を促した画期的な文書で、村木さんもその策定に関わられています。ガイドラインから10年、この間、企業のCRE戦略にはどんな変化がみられましたか?
「CREガイドライン・てびき」は企業経営に影響を与える不動産に関連するサービス、情報を網羅し、それを企業が利用する際の基本的な考え方をまとめたものです。これを受けて、不動産仲介、ファシリティマネジメント、不動産管理ソフトウェアなどに関連するさまざまなサービス提供企業はそれぞれの業界の立場でこのガイドラインを解釈し、CRE戦略と称してこれを推進する活動を始めました。そのため、CRE戦略は個別性が大きいとはいうものの、その一貫したイメージと重要性を企業経営者に鮮明に印象づけられたかといえば、まだ十分とはいえないというのが正直な感想です。
しかしながら、CRE戦略とあえていわないまでも、企業活動にとってCREが重要であるという認識は確実に多くの企業の間で浸透してきていると思います。ある製造業大手の会社は、10年前には不動産についての戦略は何もないといっておられましたが、この間、いくつもの先進的な試みを積み上げ、いまやCREのリーディングカンパニーとして胸を張っていらっしゃいます。
「CREガイドライン・てびき」が登場したころは、バブル崩壊後の不良債権の最終処理が終わりかけていたころですが、現在は、遊休資産の処分は一巡し、企業も財務体質を強化してきています。そして、ICTの発達に伴い、新しい働き方に応じた従業員満足度の高いオフィスのあり方を考える、ワークプレイスマネジメントへの関心が高まっています。これも大きな変化というべきでしょう。また、不動産マネジメントにICTを活用することもずいぶん普及してきたと思います。
──不動産ICTということでいえば、当社も企業不動産の所有状況を財務観点も含めて可視化するためのデータベース化ツール(CRE@M)を用いて、経営戦略に即した価値判断を容易にするお手伝いをしています。
ICTツールは管理すべき不動産を数多く持っている企業にとっては特に有用だろうと思います。ただし、データベースを作っても、その企業にとってオーバースペックであったり、利用目的が明確でなかったりすると、集められた情報は更新されなくなり、そのうちに利用されなくなってしまうという例も多く見聞きします。こうしたデータベースにより収集した情報を経営者や担当役員が使いこなし、CRE戦略立案に役立てるためには、その会社の規模や利用目的にあわせた適切なものを選定することが重要で、また、導入後のメンテナンスが必要であるため、信頼のおけるコンサルティングサービスを受けることも必要なケースが多いと思います。
外部パートナー企業との連携は
中長期的視野に立って
──経営・事業戦略にCRE戦略を効果的に取り込むためには、自社だけでは限度があります。外部パートナーとの連携は不可欠になっていると思いますが、そのあたりの状況をどうご覧になっていますか。
外部のサービス提供企業との連携については、最初は1回ごとに売買、賃貸借、鑑定評価などのサービスを発注から始まります。そこで優れた実績を挙げてくれた企業があれば、徐々に包括的にサービスを発注するようになり、さらに一歩踏み込んで、企業の長期ビジョンとその背景にあるCRE戦略を共有しながら、より長期的なパートナーシップの関係を結んでいくというステップを踏むことになります。
しかし、単に売買や賃貸借を扱うのではなく、自社の業務や戦略をよく理解し、有意義なアドバイスをしてくれるような長期的なパートナーシップの受け皿になれる優れたサービス提供企業はそう多くはありません。企業内のCRE戦略担当者は、経営戦略全体はもちろん、財務、会計、マーケティング、人事組織、情報システムなど他の部署とも密接に連携し、そのとりまとめをする立場であり、かつ、さまざまな外部の専門家に対して業務をアウトソーシングする立場にあります。したがって、売買、プロパティマネジメントなどの不動産実務のみならず、ICTに関するサービスや、それらに伴う法務や税務についてのアドバイスなどもワンストップで提供してもらえるような信頼できる、長期的にお付き合いできるサービス企業があれば大変助かるわけです。
──発注企業側でも、パートナーである企業によるサービスをしっかり受け入れるためには、自社内にCRE戦略を専門とするプロフェッショナル人材が必要ですが、それはどのような人材ですか。
プロフェッショナルとは、ある分野では他の誰にも負けないような専門的な知識、スキルをもちながら、同時に自分の専門以外についても、幅広く専門家を集め、業績に結び付けることができる人材です。
企業内のCREプロフェッショナル人材に求められる機能としては、上に述べましたように大きく2つあると考えています。
一つ目の機能は、経営戦略を、人事、財務、マーケティングなど他の部署とも連携しながら、不動産業務に落とし込み、経営に貢献することです。例えばM&Aを実施した後、支店の統合が必要となった場合、人事、IT等の部門と協働して、どちらに統合するか、あるいは両方とも廃止し新たな拠点を作るかなどを判断する材料を経営者に提供し、実際に決まった後も各部署と協働してそれを実行することが求められます。また製造業の会社がある国で工場用地が必要になったとき、CRE担当者は、製造部門と共に必要とする工場の機能に応じた立地を、現地の不動産会社や日本の商社を活用して調査し、経営者が適切に判断できるようにお膳立てをすることなどが求められます。
もう一つの機能は、アウトソーシングにおけるサービス提供企業を選定して発注し、提供されたサービスを検収することにより、それをコントロールする機能です。CREに関する実務を社内の従業員だけで行うことができればそれはそれでよいのですが、業務の範囲・量が広がると、適切なサービス提供企業やコンサルタントに業務をアウトソーシングする必要が出てきます。その際発注した業務について適切なサービスが提供されたかどうか検収する必要があります。たとえ担当者自らが手を動かさないとしても、個々の業務内容について自ら専門的知識を持っていないとこうした発注やチェックをすることができません。
CREプロフェッショナルは、このような2つの機能を実行しながら、最終的にはCREを企業価値向上につなげることができる経営の目線を持った“仕事人”でなければなりません。
海外企業ではCREプロフェッショナルを自認し、そのスキルをもって転職を重ねる専門職人材もいると聞きますが、日本ではまだ少ないようです。
──そうした人材を社内で育てるのは容易なことではないですね。
よく見られるのが、社内異動で不動産管理部門に配属したものの不動産については素人に近いというケース、あるいは、外部から不動産のスペシャリストを中途採用したけれど、社内事情がわからないので即戦力としては使えないというケースです。ただ、この壁は乗り越えていかなければなりません。ある企業では、CRE業務をやりたいという学卒の新人を採用すると共に、社内異動、中途採用も組み合わせながら、長い目でCRE部門の強化に動いているという話を聞きました。いずれにしても人材育成は一朝一夕にできるものではありません。長期的な視野に立って進める必要があります。
組織内でのプロの人材育成には、ジレンマがあります。企業側としては外部の企業でも通用するようなエンプロイアビリティを持った優秀な人材を育てる必要がありますし、一方、従業員にとっても、その業務に携わることによって成長感、達成感を持てないようであればその企業には魅力がなく、転職する可能性があります。企業が優秀な従業員に育てれば育てるほど、その転職のリスクが高まるというジレンマです。現在は大企業でも終身雇用制が徐々になくなってきていますので、従業員の転職はやむを得ないと考えますが、企業側は、優秀な従業員を引き留め、かつ外部の優秀な人材にとっても魅力的な企業であるように努力する必要があります。CRE担当人材に関しても例外ではありません。
──アウトソースを活用するにあたって、そのメリット、デメリットはありますか。
一般論ですがアウトソーシングのメリットは、専門性と時間を買うことができることにあります。ただし、アウトソーシングだけに頼っていると、社内にノウハウが蓄積できないというデメリットもあります。
何をアウトソーシングして、何をコア業務として社内に残すかは、業種や企業の発展段階によって違うので一概には言えません。例えば不動産が本業に近い会社とICT企業では不動産への関わり方が本質的に違います。まず自社のコアビジネスは何か、そして今後それをどのように進めるかを踏まえて、CRE戦略を進めることがまず重要だと思います。
顧客の経営課題に寄り添いながら
数年後のニーズを顕在化させる
──信頼できる外部パートナー企業と連携することで、企業に大きな効用が生まれている事例があればぜひ教えてください。
外部パートナー企業と連携による企業にとっての大きな効用とは、例えば不動産仲介業者が、単発的な不動産仲介に終わることなく、企業経営者の悩みや要望に応え、CREに関する中長期的な経営課題を明確にしながら、最適なソリューションを提供していくことによって受ける満足感であると思います。
私は若い頃に信託銀行で法人向けの業務用不動産仲介に従事していたのですが、そこに彼こそが不動産仲介のプロだという先輩が一人いました。当時はCREという言葉こそありませんでしたが、その先輩は、目の前にある売買情報のマッチングにより取引を成約させるだけではなく、一度取引したこれぞという顧客企業の役員などのキーパーソンに継続的に接触しながら、顧客の属する業界の動向、同業他社の動き、税務、法務問題なども含めて、CREに関する長期的な相談に応じていました。
例えば3、4年後に検討しているある設備機器メーカーの支店の移転ニーズに対して、移転先立地の考え方、移転後の現支店の売却、資金繰りなどの相談サービスを継続的に提供していました。文字通り顧客にとってパートナーと呼べるような営業、マーケティングを展開して多くの顧客の信頼を得て、結果的に顧客から「あなたにすべてお任せします」と言われてコンスタントに大きな取引をまとめていました。誰にも簡単に真似することはできませんが、CRE戦略におけるサービス提供側のプロのあり方を考えるとき、私は真っ先のこの先輩のことを思い出します。この企業にとってもこの先輩との長期的な関係構築により受けた効用は大きかったのではないかと思います。サービス提供企業としてはこのような人材を育てる必要があります。
納得感のある企業価値への影響度評価によって
経営トップのCREへのコミットメントを促す
──企業価値向上のためのCRE戦略では、経営トップのコミットメントが不可欠です。経営者がCREに関して持つべき視点にはどのようなものがありますか。
経営者は、企業価値向上に資する行動をCRE部門に期待するものですが、そこでCRE担当者は企業価値が向上するとはどういうことなのかが明確に示さなくてはなりません。まずCRE戦略の達成度を測る定量的な視点についてお答えします。
企業価値、事業価値や不動産価値の評価方法には大きく、コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの3つの手法があります。何より不動産に関連して重要なのは、不動産から生み出される将来キャッシュフローの現在価値で価値を表すインカムアプローチ(※)です。簡単な式で書けば、収益価格=(収益-費用)/還元利回り、となり、この式において、収益を最大化しつつ、費用を適切に効率化して削減し、還元利回りを低くすることで、価値の上昇が得られます。
収益の向上のためには、企業の全体戦略に沿った不動産の有効活用が一つのポイントになります。近年重視されているテーマでいえば、従業員が働きやすい職場環境や利用者満足度が高いファシリティを通して生産性を向上させることは収益増につながります。働きやすいファシリティは結果的には企業ブランドの向上にもつながり、それにより優秀な従業員が集まることで優れた新製品開発や業績向上が期待されます。
費用の効率化・削減では、ICTの活用がまず重要なポイントになります。先ほども述べたように、ICTシステムがオーバースペックにならないように注意しながら、すべてのCREを、ICTを使ったデータベースで把握し、管理する体制整備に努めるべきです。そのうえで得られたデータによるベンチマークを用いて、日々の運営管理を見直すことで、費用を削減することが可能になります。例えばオフィスを1日3回清掃していた場合、明らかに過剰なコストが発生しています。逆に3カ月に1回しか清掃しないと明らかに手を抜きすぎです。場所に応じた適切な回数を含む掃除の品質を決めるとともに、その品質と適正なコストとのバランスが求められます。そのベストの組み合わせを求めるときに、データベースによって得られた社内外のベンチマークが役立ちます。
還元利回りはキャップレートと呼ばれる、価格を求めるための利回りですが、簡単にいえば、他の資産の収益性とリスクとの比較で対象不動産から期待される収益率とも言えます。還元利回りは上の収益価格の式に当てはめると、小さければ小さいほど価格は上がりますので、他の資産との比較でより多くの投資家に選ばれるような資産にしていく必要があります。企業評価、事業評価の場合は、WACC(加重平均資本コスト)といわれるその企業独自の割引率が用いられます。
CRE部門の人のみならず経営トップの人も、企業価値や不動産の評価手法に基づいて、CRE戦略を実施することによって不動産価値や企業価値にどう影響するのかということを実際に数字で検討する必要があります。例えば、ある資産の売却によって貸借対照表がどう変動するのか、それによりROA、ROE、ROICなどの経営指標はどう動くのか。そしてそれが株価にどう影響し、最終的に企業価値にどう影響するのかを検討するのです。
──CRE戦略が具体的にどれだけ達成されているかについて、他に経営者が強く関心を持つべき視点はありますか?
私は、CRE戦略の達成度を測るためには、大きく7つの重要な視点があると考えています。まず、第1は、経営者がCREに対していかに関心が高く重要視しているか、コミットしているかという視点です。これが一番重要で、これがなければ、CRE担当者の努力は報われません。経営全体で考えるべき、CREに関する財務やコンプライアンス等の問題もこれに含まれます。第2は、組織の視点です。改善運動や物品の大量購買のためには、組織を一つにまとめる必要があります。そのため、経営をコントロールできる関連会社を含む全社のCRE情報を一括して扱う組織、部署が必要です。第3と第4は、上記で述べたCRE関連情報を集約し、実際に利用するための情報システムとCRE人材の育成の視点です。この第2から第4の視点は、まとめてCRE戦略を推進するための基礎環境課題と言えます。次の第5から第7は、CRE戦略の実務段階の視点です。第5は、経営の全体戦略と現状のCREの状況との整合性を検討し、不要な不動産の売却・賃貸や必要な不動産の購入・賃借などの計画を立てる段階の視点です。これにはプロのコンサルティングが必要な会社も多いと思われます。また、第6は、第5で計画されたプロジェクトについて、実際に売買、賃貸借、建築工事などを実行するトランズアクションマネジメントの視点であり、最後の第7は、第6で実際に利用することが決まったCREに関するファシリティマネジメントの段階の視点です。これには、主に施設を物理的、機能的に維持するコストの課題と、その施設を使っていかに生産性を上げるかという課題があります。企業はこれらの視点について、それぞれのあるべき姿について小項目を設定し、詳細にチェックして理想に近づけていく必要があると思われます。
──企業は中長期的な経営戦略の中軸の一つにCREに関する戦略をすえていくべきであり、そのためには経営トップのコミットメントや、外部パートナー企業と連携した専門組織の拡充が不可欠だというお話は、多くの読者にとって参考になるものです。ありがとうございました。
※将来獲得される利益、キャッシュフロー、配当を現在の価値に還元評価し、企業価値・事業価値を算定する方法。
Profile プロフィール
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科特任教授
大和不動産鑑定株式会社 エグゼクティブフェロー
村木 信爾
1981年京都大学法学部卒業後、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入社。不動産部門各部、シンガポール支店、住信基礎研究所出向などを経て、2008年から大和不動産鑑定㈱にて不動産鑑定、不動産コンサルティング業務に携わる。また、明治大学ビジネススクール特任教授として、CREマネジメント、プロパティマネジメント、不動産プロフェッショナルサービス論、不動産価値分析論などを講じる。米国ワシントン大学ビジネススクールMBA、不動産鑑定士、不動産カウンセラー、FRICS。著書に『ヘルスケア施設の事業・財務・不動産評価』(共編著、同文舘出版)、『ホテル・商業施設・物流施設の鑑定評価』(編著、住宅新報社)などがある。