はじめに

街には人の思いが溢れ、その思いが街をかたちづくる。社会を動かそうという熱い思いがオフィスを生み出し、快適な暮らしをという思いは住まいとなり、街をつくる。

そうした中で、知的好奇心を満たそうという思いが美術や音楽といった芸術に出会える場を生み出す。そのひとつである美術館では、訪れる人にひとときのやすらぎを与え、これまで触れることのなかった新しい驚きに出会える。

今回よりお届けする『Weekend Museum』では、週末や休暇を過ごすのにふさわしい場として、首都圏を中心に全国の美術館をご紹介していく。


ヨーロッパの街角そのままをイメージさせる三菱一号館美術館の佇まい

第一回目の『Weekend Museum』は、東京、いや日本の玄関として、多くの人々が行き交う東京駅周辺の美術館に焦点をあてる。日本におけるアートの中心といえば、まず上野が思い浮かぶが、オフィス街と商業施設のイメージの強い東京駅周辺、特に丸の内は、美術館やギャラリー、街中のパブリックアートも多く、アートが楽しめる街として、新しい「美の玄関」としても認知されつつある。

「たとえば曇り空の午後、誰かを待って一人佇んでいるようなときでも、心穏やかに過ごせる街。それが、私にとっての丸の内です」と語るのは、クラシック音楽とそれに纏わる文化をこよなく愛する音楽ライター/エッセイストの高野麻衣さん。明治時代に生まれた街並みや駅の一部が美術館として残され、その重厚でクラシカルな雰囲気は他の街にはない丸の内の魅力。そんな丸の内にある2つの美術館を高野さんと巡る。

コンドルが思い描いた東京

丸の内にはかつて[一丁倫敦]と呼ばれる一角があった。その[一丁倫敦]に出現した、赤煉瓦の建物が三菱一号館だ。この三菱一号館をはじめ、[一丁倫敦]の街並みを設計したのが、英国人建築家のジョサイア・コンドル(Josiah Conder、1852~1920)だった。コンドルの名で連想するのは、ヴィクトリア朝のロンドンの街並み。“お雇い外国人”として来日し、鹿鳴館を筆頭に明治新政府のための建築を手がけたコンドルは、旧岩崎邸庭園(岩崎家茅町本邸)や旧古河庭園(古河虎之助邸)など、英国風の美しい洋館と庭園を数多く残した。

春になると、三菱一号館のすぐ向かいにある東京国際フォーラムをはじめとしたこの界隈では、音楽祭『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン』が開かれる。高野さんも音楽祭の仕事で頻繁にここに足を運び、忙しくしていた。その時に、高野さんをはじめフランス人の音楽ディレクターや音楽祭に関わる皆が、この赤煉瓦の建物に興味を引いていたそうだ。「薔薇の花を愛した彼が設計した建物が美術館としてよみがえるーーなんとも胸が高鳴る話でした」と高野さんは振り返る。


有楽町側より三菱一号館美術館をのぞむ。赤煉瓦の建物が現代の超高層ビルを従えているかのよう

明治のオフィスが現代の美術館へ

三菱一号館は1894(明治27)年、三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築で、[第一号館]と呼ばれていた。

19世紀後半の英国で流行したクイーン・アン様式*を設計に用いた赤煉瓦が特徴的なそのビルは、三菱合資会社の銀行部のほか、事務所として貸し出された3階建ての棟割物件で構成されていた。同時にコンドルは、馬場先通りの幅20間に対して軒高さを50尺(15m)とし、そこから馬場先通りに建ち並ぶ建物はすべてこの軒高さとし、[一丁倫敦]と呼ばれる高さの揃った赤煉瓦の建物が建ち並ぶ景観を形成した。ある意味、街ごとコンドルのプロデュースだったのだ。

注*1:クイーン・アン様式
18世紀前期のイギリスのアン女王時代に生まれた美術・工芸様式を起源とした建築様式

時は流れ、老朽化した[第一号館]は1968(昭和43)年に解体された。それから40年あまりの時を経てコンドルの原設計に則ってよみがえった[第一号館]は、2010(平成22)年春、『三菱一号館美術館』として生まれ変わった。復元に際しては、明治時代の設計図や解体時の実測図の精査に加え、文献や写真、保存部材などに関する詳細な調査がおこなわれたそうだ。階段部の手すりの石材など、保存されていた部材が再利用されている場所もあり、その足跡を間近で見ることができるばかりか、実際に手に触れることもできる。

漆喰の白い壁とこげ茶色の杢目の廊下。アーチ形の天井に、石の階段。マントルピースの上に飾られた絵画…。館内のそこここにクラシカルな雰囲気が感じられる。なにより特徴的なのは、[第一号館]当時の部屋の配置を活かした展示室構成だ。小さな展示室が連なる構成は、洋館の中の迷宮に入り込んだような錯覚さえ覚える。


美術館の展示室はホワイトキューブが主流だが、三菱一号館美術館は小さな展示室が連なった、迷宮のような独特な構成


階段の石造りの手すりには保存されていた部材を再利用した部分がある