価値総合研究所 寄稿コラム 第3回 賃料への影響

「賃料への影響」のアイキャッチ画像

目次

執筆:株式会社価値総合研究所
全4回のうち、今回は「第3回」のご紹介です。
第1回はこちら>
第2回はこちら>
第4回はこちら>

はじめに

第1回第2回では主にオフィスビルに対するニーズが多様化している状況やその背景として特に環境配慮の観点では情報開示ニーズが高まっている点を解説してきた。しかし、オーナーがそのすべてを取り入れることは非現実的である。大半の場合、多様なニーズの中から不動産収益の向上につながる要素が選択され、設備等の投資が進められることになる。そのような意味で、テナントが賃料負担増を許容するか否かは重要な要素とされる。従って、第3回はテナントのオフィスニーズが賃料へ与える影響をテーマとしている。
今回も前回までと同様に、日本政策投資銀行と当社が実施した「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査」(以下、本調査)をもととし、テナントのオフィスニーズの変化と賃料への影響について概説していく。特に賃料に影響する可能性の高い、環境配慮性能やウェルビーイング対応を図るオフィスビルに対して、テナントが賃料負担を許容するのかを確認しており、本調査結果をもとにオフィス市場への影響について考察していく。
本稿はまず環境配慮性能やウェルビーイング対応が求められる社会的な背景とニーズに関する本調査結果を整理している。次に、テナントの賃料負担許容度をさまざまな視点から確認している。さらに、本調査以外に、実際の物件データを用いた所謂グリーンプレミアムに関する実証研究を紹介するほか、当社が実施したグリーンプレミアム推定を簡単に紹介する。最後に、テナントのオフィスニーズの変化と市場への影響について概観し、本稿をまとめている。

オフィスビルが環境配慮性能とウェルビーイング対応を図る背景とテナントニーズ

近年、世界的にSDGsに関する取り組みが進められていることを受け、ESGを考慮した経営・事業活動や投資活動が企業の評価基準として取り入れられる傾向が強まっている。不動産市場も同様にグローバル全体での取り組みが強化され、日本国内においてもその傾向がみられている。例えば、「E(Environment:環境課題)」の面では、パリ協定の採択や2050年のカーボンニュートラル宣言により、温室効果ガス排出量の削減が目指され、不動産分野においても物件の運営時のCO2排出量だけでなく、物件の新築や改修、解体時を含むライフサイクルで発生するCO2(ホールライフカーボン)排出量の削減を目指す取り組みが進められている。また、金融分野においては、主要国の金融当局で構成されるFSB(Financial Stability Board:金融安定理事会)がTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)を設置、公表された報告書内では、年次の財務報告で財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨することを提言され、ESG投融資を行う機関投資家や金融機関は各企業が気候変動のリスクや機会を認識し経営戦略に織り込むことを重要視するようになると指摘している状況にある。このような社会情勢は、オフィスビルのテナントサイド、オーナーサイド、投融資サイドなどの様々なステークホルダーに影響を与えており、本稿で対象とするオフィスのテナント企業は、ESG/TCFD対応のために、オフィスビルの環境配慮性能に対する意識が変化している。
他方、ESGの「S(Social:社会課題)」の面では、例えば、国土交通省「不動産の社会的課題に対応するESG投資促進検討会」において、持続可能な社会づくりや人々のウェルビーイングの実現に向けて、不動産のS分野に対応する投資や情報開示、事業実施が促進されるよう、取組にあたっての評価項目、基本的考え方、社会的インパクトの評価方法等の整理が進められていることから、その注目度が高まっている。本稿で対象とするオフィスのウェルビーイング対応は、従業員の満足度向上を目的としたオフィス戦略の一つに位置付けられている。コロナ禍以降、企業の人手不足感は強まっているため、企業が抱える優秀な人材の確保という課題を解決するために、テナント企業はオフィスビルのウェルビーイング対応に対する意識が変化しつつある。
このような潮流はテナントに対するいくつかの既存アンケート調査でも確認されており、本調査でも同様である。本調査ではまず初めに、テナント企業がオフィスビルを選択する基準の内、環境配慮性能やウェルビーイング対応の重要度の高さを調査した。その内容はテナント企業の総回答社数543社がそれぞれ耐震性や賃料、セキュリティ性能、環境配慮性能、ウェルビーイング対応等の重要度を4段階で評価したものである。4段階評価で「重要度が高い」または「必須」と回答した企業の割合を企業規模別に集計すると、賃料などの従前から重要度が高いとされる項目は上位となる一方、同項目よりは割合が小さいものの、環境配慮性能やウェルビーイング対応も一定の重要度の高さが示されたといえる(図表1)。また、大企業、中堅・中小企業ともに同様の傾向がみられ、このことから、テナントの企業規模を問わず広く、環境配慮性能が高く、ウェルビーイング対応を図ったビルが選択される可能性が示唆される。

図表1:企業規模別 オフィスビル選択基準の
うち重要度が高い項目

【各項目単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナントのうち、大企業(n=80):従業員数1,000人以上、中堅・中小企業(n=463):従業員数1,000人未満
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

次に、図表1のテナント企業のオフィスビル選択基準の内、環境配慮性能の重要度について、テナント企業の本社が所在する都市別に集計した。上場区分別に結果を確認すると、東証プライム市場上場企業ほど、環境配慮性能の重要度が高いと回答する企業割合が高くなった(図表2)。つまり、環境配慮性能は投資家等のステークホルダーへの情報開示等の観点から、対外的説明を要求される企業ほど、重要度が高いと回答する傾向にあるといえる。なお、上場していない企業に対しても、親会社・取引先等、ステークホルダーからの情報開示要求が今後強まっていくことが予想されることから、東証プライム市場以外の国内の市場に上場している企業を含むその他上場/非上場の企業においても、環境配慮の重要度は高まるとみられる。一方で、都市別で重要度の差異はみられないことから、主要地方都市のオフィスビルにおいても、環境配慮対応への必要性が高まっている状況にあると想定される。

図表2:上場区分別×都市別 オフィスビル
選択基準のうち環境配慮性能に関する重要度

【単回答】
テナントのうち、プライム市場(東京都特別区内)(n=34)、その他上場/非上場(東京都特別区内)(n=265)、プライム市場(地方都市)(n=25)、その他上場/非上場(地方都市)(n=219)
※地方都市は、東京都特別区内以外の都市を対象として集計
※その他上場には、東証プライム市場以外の国内の市場に上場している企業を含む
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

図表2と同様の区分でテナント企業のオフィスビル選択基準の内、ウェルビーイング対応の重要度について企業規模別に集計すると、大企業では35~45%程度、中堅・中小企業では10~15%程度の企業が重要度は高いと回答している(図表3)。現在、アフターコロナへの移行により、企業のオフィス回帰の兆候がみられている一方、テレワークの進展によるマネジメントや従業員間のコミュニケーションを課題とする企業や、少子高齢化・働き方改革等で労働力の確保に苦戦する企業も増加している。特に、企業の人的投資の重要性が高まる中、その動きがオフィス環境にも波及するようになり、各企業はオフィス戦略の変更を活発化させている。そのため、テナント企業では優秀な人材確保、従業員満足度向上のために必要なオフィス環境を構築するニーズが高まっている。このニーズは、今後オフィス変更を検討・予定している企業でより顕著であることから、オーナーサイドは従業員満足度向上に繋がるオフィス供給の増加が望まれる。

図表3:企業規模別×都市別 オフィスビル
選択基準のうちウェルビーイング対応に
関する重要度

【単回答】
テナントのうち、大企業(東京都特別区内)(n=46)、中堅・中小企業(東京都特別区内) (n=253)、大企業(地方都市)(n=34)、中堅・中小企業(地方都市)(n=210)
※地方都市は、東京都特別区内以外の都市を対象として集計
※大企業は従業員数1,000人以上、中堅・中小企業は従業員数1,000人未満を対象
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

以上を整理すると、環境配慮性能の面ではステークホルダーへの説明責任が高まっていることから、テナント企業はオフィスビル選択基準として重要度が高まっている傾向にあるとみられる。また、その傾向は今後さらに高まる可能性が示唆されるため、オーナーサイドもその対応は必須となりうるといえる。ウェルビーイング対応の面では、企業が人的投資を重要視する傾向が強まっているため、オフィス戦略面においては従業員満足度向上・優秀な人材確保を意図したニーズが高まり、オーナーサイドもそのようなニーズに繋がるオフィス供給の増加が期待されている。

賃料への影響

次に、賃料負担許容度について本調査結果を確認する。本調査の賃料負担許容度とは、例えばテナントが環境配慮性能を高めたオフィスビルとそうではないオフィスビルを比較検討した場合、環境配慮性能を高めたオフィスビルに対してテナントが追加的な負担を許容する程度を示している。評価軸は6段階あり、本調査では「賃料上昇によるコスト負担増は許容できない」という回答以外は賃料負担を許容すると判別している。環境配慮性能やウェルビーイング対応を図るオフィスビルに対するテナント企業の賃料負担許容度に関して、過去2年の調査における回答結果を比較すると、追加の賃料負担を許容するテナント企業の割合が環境配慮性能やウェルビーイング対応ともに50%前後となっている(図表4、図表5)。過去2年の比較では、ウェルビーイング対応の方が賃料負担を許容する企業割合が増加している傾向がみられた。各年における回答企業数や回答企業属性のすべてが同一ではないため単純比較はできないものの、人材確保を目的としたオフィスの快適性や利便性の向上という点に対して、賃料負担を許容する傾向が示唆された。特に、大企業や上場企業は長期的な経営戦略に則りオフィス戦略を検討している場合が多く、優秀な人材確保に重点を置いたオフィスのあり方を検討しているため、ウェルビーイング対応の重要性が増していると推察される。

図表4:【テナントサイド】
環境配慮性能に関する賃料負担許容度

【単回答】
環境配慮対応に関する賃料負担許容度:テナント(2023年n=199、2022年n=189)
※2023年は本社所在地が東京都特別区内のみ、「その他」「わからない」「無回答」を除外して抽出した結果
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査」

図表5: 【テナントサイド】
ウェルビーイング対応に関する賃料負担許容度

【単回答】
ウェルビーイング対応に関する賃料負担許容度:テナント(2023年n=198、2022年n=183)
※2023年は本社所在地が東京都特別区内のみ、「その他」「わからない」「無回答」を除外して抽出した結果
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査」

前述のテナント企業の賃料負担許容度を本社が入居するオフィスビルの延床面積別[1] に比較すると、企業の環境配慮・ウェルビーイングに係る賃料負担許容度は、中規模、大規模クラスのビルに入居する企業はより賃料上昇を許容するテナントが多い傾向がみられた。一方、小規模クラスのビルでも半数近くは賃料上昇を許容しており、ビル規模問わず賃料上昇を許容するテナントは相応に存在していることがわかった(図表6、図表7)。

図表6:入居するビルの規模別(延床面積)
環境配慮対応に関する賃料負担許容度

【単回答】
テナントのうち、1,000坪以上(n=112):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪以上、1,000坪未満(n=86):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪未満
※「その他」「わからない」「無回答」と答えた回答者を除く
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

図表7:入居するビルの規模別(延床面積)
ウェルビーイング対応に関する賃料負担許容度

【単回答】
テナントのうち、1,000坪以上(n=113):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪以上、1,000坪未満(n=84):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪未満
※「その他」「わからない」「無回答」と答えた回答者を除く
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

[1]延床面積は1,000坪以上を中規模・大規模と1,000坪未満を小規模とみなしている。

不動産認証の効果

本調査では、半数程度のテナント企業が環境配慮性能やウェルビーイング対応を図るオフィスビルに対して賃料負担を許容するとの回答がみられたが、実際にテナントが物件を評価するためには入手可能な情報量に限りがあるため、求める不動産価値を正しく評価することが難しい場合もある。一般的に、入居するオフィスビルを検討する場面において、オーナーは建物の性能等の個別属性を認識しているものの、テナントはその詳細を把握しにくいという情報の非対称性が存在することが指摘されている。この場合、テナントサイドが支払いを許容する賃料などの不動産価値が正しく評価されない可能性があり、そのような価値が正しく反映されない場合には、オーナー側は建物の性能を向上させるインセンティブを失い、結果的に建物の性能向上が促進されない可能性が想定される。
このため、不動産の環境配慮性能やウェルビーイング対応を評価した不動産認証制度[2] が構築され、近年はその普及が促進されている。不動産認証制度は一種のシグナリングの側面を有しており、通常であれば情報が不足するテナント企業に対して、環境配慮やウェルビーイング対応を実現していることを示すことが期待される効果の一つとされる。
一方で、たとえ、このような認証制度を付与した場合においても、価値に反映されない場合には、オーナー側は追加的なコストを負担してまで、環境配慮やウェルビーイング対応するインセンティブがなくなる可能性もある。そのため、不動産認証を取得した物件と未取得の物件の価格・賃料を比較することによって、制度の効果(不動産認証の有無によって、価格・賃料に差異が生じているのか)を検証する実証分析がアカデミックなレベルから実務レベルまで幅広く実施されている。この価格や賃料の差がプレミアムと称されており、環境に着目する場合はグリーンプレミアム、ウェルビーイングに着目する場合はウェルネスプレミアムと呼称する場合もある。
プレミアムを検証する実証分析は海外では数多く実施されており、特に米国のオフィス市場における環境対応ビルの経済性について実証的に明らかにしたEichholtz et al.(2010)[3]やFuerst and McAllister(2011)[4]等、先駆的な研究がいくつか存在している。日本でも、民間研究機関や大学において成果が発表され始めており、グリーンプレミアムでは概ね5~10%の正のプレミアムがあると推定されている。
当社においても、株式会社estieと協働でグリーンプレミアムの推定を試みた。具体的には不動産認証の取得効果を検証するにあたって、株式会社estieが保有する都心5区のオフィスビル情報(エリア情報や建物情報、時系列の募集情報)を活用した。検証の結果、環境不動産認証を取得している場合、募集賃料は高くなる傾向がみられ、具体的には募集賃料が7.1%程度高くなる傾向が示唆された。なお、詳細な内容は2023年度不動産ESGセミナー「持続可能な社会に向けたわが国不動産におけるNet Zeroへの取り組み~GRESB 結果発表と脱炭素の新潮流~」において公表されている(図表8)。
このような現実のデータを利用したプレミアム推定は、アンケート調査という「テナントの意識」を図ったものと比較すると、実際の行動からテナント企業の賃料負担許容度を把握するという意味で、重要な取り組みの一つとされる。一方で、このようなデータを用いたプレミアム推定にはいくつかの課題も残っている。課題の一つには利用可能なデータに制約があることが挙げられる。不動産認証制度には複数の認証が存在しており、その中にはエネルギー性能に特化した制度から総合的な認証制度までさまざまな制度が設けられている。また、総合的な認証制度も認証グレードのランクや認定基準は制度ごとに異なっている。一方で、実証分析ではいくつかの認証制度の中でいずれかを取得している物件と取得していない物件の価格・賃料の平均的な差を推定している事例は多いものの、より詳細な分析はそれほど多くはない状況である。今後、より詳細かつ精度を高めたデータ分析の実施や分析結果を読み解くためには、追加的なデータ整備が必要とされる。オフィス関連の取引データ(売買や賃貸に関する取引データ等)もあまり整備されていない状況もあり、現状の先行研究もいくつかのデータ制約を抱えた上での推定結果となっている 。[5]
近年はオフィスビルへのEMS(Energy Management System:エネルギーマネジメントシステム)やIWMS(Integrated Workplace Management System:統合職場管理システム)の導入がみられており、建物単位のデータ蓄積が進んでいる。今後、そのようなデータ蓄積とともに、それをもとにしたデータ解析も進展していくことが予想される。そのような意味で、グリーンプレミアムやウェルネスプレミアムの推定においても、より詳細なデータ構築やデータ分析が期待される。

図表8:使用物件データ図(株式会社estieのオフィスビル情報と
環境不動産認証ビルを結合)

出所:株式会社estie提供データ、DBJ Green Building認証、CASBEE認証、LEED認証の各HP情報をもとに価値総合研究所作成
注:分析の詳細に関しては、2023年度不動産ESGセミナーにて公表、右記セミナーサイトに掲載(http://igb.jp/report.html)している

[2]詳細は「第2回:オフィスビルに関する情報開示の必要性の高まり」を参照
[3]Eichholtz, P., N. Kok, J.M. Quigley (2010) ”Doing well by doing good? Green office buildings.” American Economic Review 100, 2494–2511.
[4]Fuerst, F., P. McAllister (2011) “Green Noise or Green Value? Measuring the Effects of Environmental Certification on Office Values” Real Estate Economics, V39, 45–69.
[5]価値総合研究所実施の分析の場合には、賃料データとして募集賃料を使用しているものの、現状、募集賃料と成約賃料の乖離が大きいといわれており、その点から算出されたグリーンプレミアムは実際にはもう少し小幅な可能性があることを留意点の一つに挙げている。

まとめ

社会的な潮流の下、オフィスは環境配慮対応やウェルビーイング対応を図る必要性が生じている。テナントサイドはその意識を高めており、本調査では環境配慮対応とウェルビーイング対応ともに、回答したテナントの半数程度が賃料負担を許容している状況がみられた。また、中規模、大規模クラスのビルに入居する企業はより賃料上昇を許容する傾向がみられたものの、小規模クラスのビルでも半数近くは賃料上昇を許容しており、ビル規模問わず賃料上昇を許容するテナントが存在していることがわかった。
一方、本稿では未掲載であるものの、本調査ではビルオーナーに対する意識調査も実施しており、その結果、ビルオーナーも同様に意識の向上がみられ、環境配慮性能やウェルビーイング対応といったニーズに応えることで、賃料上昇を期待しているという回答が多い傾向がみられた。反対に、将来的にはこのようなニーズに対応しないことが、他のオフィスビルと比較して競争力を失うことにつながるという意味で、オーナーサイドはオフィスビルが座礁資産となることを懸念している傾向も示唆された。
さらに、オフィスビルオーナーがテナント企業へ環境配慮性能の高さやウェルビーイング対応を図ったビルであることを認識させるための認証制度は普及しつつあり、その認証付与効果(プレミアム)を実際のオフィスビルデータを使用して実証した既存調査や当社実施の定量分析では、その正の効果が示唆されている。一方、プレミアム推定の大半はデータ制約を抱えた上での結果であり、今後、環境配慮性能やウェルビーイング対応がより一層進展していくためには、より詳細な検証が必要と思われる。近年はBEMSやIWMSのようなデータ連携が可能なシステムにより、建物設備の維持管理や運営に係るデータ管理は進行しつつあり、今後不動産運営関連データが幅広く蓄積されれば、より詳細な分析が可能になることが期待される。
ただし、そのようなデータを業界全体として共有できればより付加価値の高い分析が可能になるため、データ共有の枠組みがあることが望まれるが、現実的にはそのハードルが高いとされる。そのため、各事業者がそれぞれデータ分析を実施しつつ、その結果を公表し、業界全体で環境価値や社会的価値(ウェルビーイング対応を図ること等による価値)に関する知見を蓄積しながら、それらをメタ分析していく方向性が現実的と思われる。
将来的に、環境配慮性能向上やウェルビーイング対応を図ることに対して適正な賃料上昇期待が高まっていくことで、供給サイドも利益率を低下させることなく、スペックの高い新規供給や改修を継続的に実施することが可能となり、需給両面からオフィスビルの良質化が期待される。

執筆者略歴

株式会社価値総合研究所 研究員

藤野 玲於奈

株式会社価値総合研究所
HPはこちら
市場調査会社での環境・エネルギーに関連するマーケティングレポートの作成業務を経て、2022年より現職。主に、計量経済を利用した定量分析に加え、GISを利用した空間情報分析等を担当。近年は不動産投資市場に関する調査やグリーンプレミアムに関する分析業務を実施。

お問い合わせ・ご相談はこちら
トップ > コラム > 賃料への影響