価値総合研究所 寄稿コラム 第2回 オフィスビルに関する情報開示の必要性の高まり

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目次

執筆:株式会社価値総合研究所
全4回のうち、今回は「第2回」のご紹介です。
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はじめに

オフィスビルは企業活動の場を提供し、また従業員の「働く場」としての役割を担う場所である。しかし昨今、テナント企業が求めるような生産活動に直結する最低限の条件(立地、交通利便性、築年数や取引先との距離等)に加え、環境への配慮やそこで働く人々のウェルビーイング向上に対応した機能、地域の防災機能の向上など、多面的な機能を有する場として、求められる役割が多様化している。
また、オフィスビルにそうした新たな役割があることを重要視するオーナーやテナントもみられる。理由としては、ESG投資の基礎となる責任投資原則(PRI)の考えに基づき、機関投資家は環境(E)、社会(S)、企業統治(G)における諸課題を紐づけて資産運用に反映する考えや取り組みが進展してきたことが背景にある。そうした背景から、オーナーは、ESG関連の課題に対応した機能をオフィスビルに付帯させることが求められていると考えられる。そして、テナント企業においては入居するオフィスビルのESG関連情報を開示することで、株主や投資家、取引先へのアピール力向上に繋がると考えられる。
日本政策投資銀行と当社が実施した「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」(以下「本調査」)では、これからのオフィスビルに求められる多様化したニーズについて、オフィスビルに関わるステークホルダーに対してアンケート調査を行っている。本稿ではその中でも「情報開示の必要性の高まり」という観点から、注目されるスマートビルディング、BCP対応やレジリエンス性能の向上や環境配慮性能等に関する項目について深堀していく。

オフィスビルに関する情報開示状況

まずは、ESG/SDGs関連のオフィスビルについての機能・指標等について、テナントはどのようなステークホルダーから開示・説明を要求されているかを確認する。(ここでの機能や指標とは、オフィスビルの省エネルギー性能や再生可能エネルギー電力の使用有無、環境認証の取得、木材を活用しているかどうか等を想定している。)本調査結果を見ると、現在従業員が1,000名を超える大企業を中心に、外部からの開示・説明要求を受けていることがわかる。特に大企業では、株主への説明においてこうした内容に関する要求があると回答した割合は現在26.3%と最も高く、将来においては43.8%と半数近くにまで増加する。このため、ESG投資戦略の一環として、オフィスビルの機能・指標等を開示する範囲は今後より拡大すると考えられる(図表1上段)。
また、従業員数が1,000名未満の中堅・中小企業においては「取引先・仕入先」が最も多く、25.3% となっている。取引先・仕入先等からも情報開示や説明の要求があり、今後もその傾向が強まると考えているテナントが多い。そのため、企業規模を問わず、ESG投資対応やサステナブルな経営体制であることをアピールする視点からも、オフィスビルを選択するテナントが今後増加すると考えられる(図表1下段)。

図表1:企業規模別 ESG/SDGs関連の
オフィスの機能・指標等に関する
開示・説明等の要求先
(上段:大企業、下段:中堅・中小企業)

【複数回答】
テナントのうち、大企業(n=80):従業員数1,000人以上、中堅・中小企業(n=463):従業員数1,000人未満
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

ESG関連の対応として、テナントが着目している環境配慮性能やウェルビーイングに関する具体的な対応は、「省エネルギー性能(CO2排出量の削減)」が最も多く、大企業では53.8%、中堅・中小企業では38.7%となっている(図表2)。その次に「再生可能エネルギー由来電力の活用(再エネのビル内の自家発電や外部調達等による)」が多く、さらに「サプライチェーン全体での生物多様性への対応」、「サプライチェーン全体での人権配慮への対応」に続く。
環境認証については現時点ではまだそこまで着目していない企業も多いが、環境認証の取得自体は新築ビルや大規模ビルでより多い状況であるため、多くの従業員を抱える大企業と中堅・中小企業で差が出たとみられる。環境認証は既存ビルでも取得できるものもあり、早期に取得すれば、他の物件との差別化を図ることにより稼働率の維持に寄与する可能性がある。そのため、今後のオーナーサイドの積極的な取得により、テナントの知名度や理解度も向上するのではないかと考えられる。

図表2:環境配慮性能やウェルビーイング
対応の着目点(企業規模別)

【複数回答】
テナントのうち、大企業(n=80):従業員数1,000人以上、中堅・中小企業(n=463):従業員数1,000人未満
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

スマートビルディング・レジリエンス性能に関する着目点

図表2で示した省エネルギー性能についての着目度が高まっているが、オフィスビルやテナント単位でエネルギーをどれだけ使用しているか、使用量の把握や可視化をして定量的に把握できるようになることで、より具体的な削減目標等の策定・開示が可能になる。また消費エネルギーだけでなく、オフィスビルにいる人々の行動を、センサーを使用してリアルタイムで把握し、混雑状況を可視化するような技術の導入は、ウェルビーイングの対応に繋がる要素もある。つまり、環境配慮性能向上とウェルビーイング対応、およびスマートビルディング化という方向性は、いずれもオーバーラップしていると考えられる。
スマートビルディングに関する設備・内容として、導入を期待するものを次に示す。「BEMS(Building Energy Management System)によるエネルギーの使用・管理状況の可視化」「テナント企業別の水使用量、ごみ排出量データの可視化」「セキュリティに関するデータのテナントへの公開」といったものの導入を期待する企業は一定数存在するが、中でも大企業が注目していることがわかる(図表3)。
つまり、環境認証同様、スマートビルディングは環境配慮性能の情報開示・可視化ニーズの高まりを受けて導入期待が高まっているといえる。加えて、「人流データを活用したリアルタイム状況の把握」をすることで、セキュリティ性能の向上、共用部の混雑緩和、スペース利用の効率化等など、ウェルビーイングといった視点からも、企業規模・都市問わず今後重要視される可能性があることから、今後はスマートビルディング化への対応がより重要になるといえる。

図表3:企業規模別 導入を期待する
スマートビルディング関連対応

【複数回答】
テナントのうち、大企業(n=80):従業員数1,000人以上、中堅・中小企業(n=463):従業員数1,000人未満
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

具体的な例を挙げると、スマートビルディングに関しては、オフィスビル単体での使用だけではなく、オフィスビルが所在する街区が一体となって推進する事例もある。2020年9月に開業した東京ポートシティ竹芝においては、ソフトバンク株式会社と東急不動産株式会社により開発された「スマートシティプラットフォーム」によって、温度や湿度などの環境情報、館内や周辺の人流データ、混雑情報などを一元管理するシステムを構築している。同街区内には住宅施設も存在し、入居者には顔認証やスマートロック機能等が使用できるサービスが導入されている [1]
また、2023年に独立行政法人情報処理推進機構から発行された「スマートビル総合ガイドライン」でも、スマートビルディングの応用領域でのニーズとして省エネへの応用が挙げられている。特にZEBはエネルギー的に自立した建物のため、災害時など有事の際でもレジリエンス性能の高い建物であるとして、社会的なニーズも高まっている状況である。
関連して、2011年に発生した東日本大震災において、発電所の被災等から一時は電力危機に陥ったが、そうした経験からビルのレジリエンス性能について注目される機会が増え、また企業自体のレジリエンス性能、BCP対策への必要性も迫られてきた。
災害からの復帰を早めるためにレジリエンス性能を高めることは、そうした機能があることを入居テナントが認識し、BCP対策の中に取り込むことが可能となるため、オフィスビル選択においては必須であると考えられる。
本調査においては、オフィスビルを選択する際に、レジリエンスに関する項目についてどの程度重要視するか質問した。結果として、災害(地震・水害)対応、BCP対応、セキュリティ性能等のレジリエンスに関するオフィスビルニーズは、大企業でより重要度が高いと回答する傾向(70~90%程度)にあるが、中堅・中小企業でも半数以上の企業が重要度が高いと回答しており、企業規模問わず必須となりつつある(図表4)。また、都市別の差もあまりみられず、国内主要オフィスエリアにおけるレジリエンスの重要性はどの地域においても高いと考えられる(図表5)。

図表4:企業規模別 オフィスビルの
選択基準の
うち重要度が高い項目
(レジリエンス関連のみ)

単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナントのうち、 大企業(n=80):従業員数1,000人以上、中堅・中小企業(n=463):従業員数1,000人未満
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

図表5:都市別 オフィスビルの選択基準の
うち
重要度が高い項目
(レジリエンス関連のみ)

【単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナントのうち、東京都特別区内(n=299):本社所在地を「東京都特別区内」と回答した企業、大阪市内(n=71):本社所在地を「大阪市内」と回答した企業、名古屋市内(n=39):本社所在地を「名古屋市内」と回答した企業、その他地方都市(n=124):本社所在地を「札幌市内」「仙台市内」「神戸市内」「広島市内」「福岡市内」と回答した企業
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

関連して、以下は企業のBCP対応としてオフィスビルに望む設備についての回答結果である。
BCP対応として望む設備としては、テナントのニーズとして「水・食料・防災備品等の備蓄」や「非常用自主電源の確保」といった項目は必須のものとなりつつあり、オフィスビルの選択基準として「BCP対応の充実度」の重要性を高いと回答したテナントでは、80%以上がオフィスビルにこれらを望む傾向がある(図表6)。
また、アプリによる災害情報や位置情報を利用した安否確認サービスなどの、位置情報等を活用したアプリを使った被災時対応のための情報提供に対する注目度も高い。オフィスビルを仮に移転する際に、「BCP対応の充実度」の重要度が高いと回答したテナントにおいては、「災害時、最新情報をアプリ等により提供(水位情報等のリアルタイム配信)」を望む割合は37.9%、「位置情報を利用した安否確認・避難支援対応」に関しては41.3%と、約4割の企業が希望する結果となっている。
テナントのBCP対応に対する意識は、オーナーサイドに比べるとやや劣るという結果が出ているものの、オーナーサイドの取り組みが進むことで、テナントサイドの意識も今後より高まっていくことが想定される。

図表6:BCP対応としてオフィスビルに望む設備

【複数回答】
テナントのうち、
重要度(高~必須)(n=322):オフィスビルの選択基準で「BCP対応の充実度」に対して「高」「必須」を選択したテナント
重要度(低~中)(n=221):オフィスビルの選択基準で「BCP対応の充実度」に対して「低」「中」を選択したテナント
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

BCP対応・レジリエンス等に関連して、昨年より株式会社イー・アール・エス、株式会社建設技術研究所にて評価、一般財団法人日本不動産研究所にて認証が行われている「ResReal」[2] という評価・認証制度が存在する。当該認証制度は、水害(外水氾濫、内水氾濫)、地震・津波、高潮、土砂災害など、自然災害ごとに不動産のレジリエンスを評価する制度となっている。2024年1月時点では水害に関する評価のみ先行して行われているが、2023年3月を皮切りに、すでに日本国内の19件の物件が認証を取得している。
気候変動等によるリスクや機会を財務情報に開示することを目的としている、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への賛同企業も今後増加することを考えると、災害へのリスクを正しく判断するために、こうした認証を活用して客観性のある情報を付与する必要性も十分に高まると考えられる。

[1]東京ポートシティ竹芝オフィシャルサイト https://tokyo-portcity-takeshiba.jp/(2024年2月1日閲覧)
[2]ResRealオフィシャルサイト https://resreal.jp/(2024年2月1日閲覧)

環境認証制度への着目点

最後に、スマートビルディングやレジリエンス性能とも関連性の高い環境認証制度について触れる。日本で個別の建築物に対する評価・認証制度としては、新築、既存両方の建築物のエネルギー性能に関する認証制度であるBELS、既存の建築物のエネルギー性能に対して認証を行うeマーク(省エネ基準適合認定マーク)、エネルギー性能に加え快適性等も考慮したCASBEE建築(新築)、その既存建築物版のCASBEE-不動産、そして環境性能、快適性、レジリエンス性能やステークホルダーとの協働などESG課題の中でもS(社会)分野の要素も含むDBJ Green building認証がある。海外でも同様の認証制度(LEED等)があり、中にはオフィスビル内での健康や快適性に関しても評価項目となるCASBEE-ウェルネスオフィス認証やWELL認証といったものも存在する(図表7)。

図表7:世界の主な建物の不動産認証制度

出所:環境省「ZEB PORTAL-評価・認証・表示制度-」(2024年2月1日閲覧)

本調査結果で得られた回答では、既に図表2で示した通り、環境配慮性能の中でもCASBEEやDBJ Green Building認証、LEED、BELS等の認証制度への着目度は低く、大企業でも5~10%の水準である。一方で、環境に配慮したオフィスビルに対してより高い賃料を支払えるテナントほど、環境認証についての情報を取得するのに手間がかかったとする回答も本調査でみられた。
これらの認証制度は、オフィスの環境性能等を示す幅広い項目をカバーしており、その性質上、評価項目それぞれに対して、不動産業界とは異なる分野の知識や専門性が求められる。そのため、こうした第三者評価制度をうまく利用することにより、テナントに対してオフィスビル選択に係る適切な情報を提供することが可能となり、ひいては、ビルスペックを正しく示すことで競争力が高まり、テナントの確保に繋がると考えられる。また、こうした認証制度については、今後ESG投資・サステナビリティ経営等の観点から、オーナーや投資家などのステークホルダーとも意思疎通が可能な共通言語として活用される可能性がある。そのため、各認証がテナントに普及・認知することに伴って、今後よりオフィスビルの選択基準の中での認証の重要度も高まると考えられる。

おわりに

本稿では、オフィスビルに入居する企業やオフィスビルを開発・管理・運営するオーナーサイドに至るまで、各社のサステナビリティ経営の機運の高まりからESG情報開示をより重要視する傾向がみられており、そうした情報開示と相性が良いと考えられるスマートビルディングやレジリエンス、環境配慮性能を中心に本調査の結果から取り上げて解説した。
省エネ性能の向上やエネルギー使用量の抑制、再生エネルギーの利用といった環境配慮性能は、スマートビルディングと相性が良く、今回のアンケート結果でもスマートビルディングに求める機能としてエネルギー使用量の把握を望む声が多かった。そのため今後もオフィスビルへのデジタル技術の導入ニーズは高まると考えられる。また、これらのデジタル技術等は新築ビル及び既存ビルの両方で取り入れられる要素として考えることができる。
また、オフィスビルのBCP対応、レジリエンス性能の向上のために、非常電源の確保、食料の備蓄が最もニーズが高く、加えて、安否確認ツールなどのソフト面での対応ニーズも若干みられることから、ソフト・ハード両面での対応が今後は求められると考えられる。これらの意識の高まりや近年の災害激甚化を受けて、レジリエンスに係る認証制度も今後欠かせないものとなってくると考えられる。
オフィスビルの環境配慮性能に関する情報開示としてCASBEEやDBJ Green Building認証、LEED、BELS等の認証への着目度が現在ではまだ低い水準であった。しかし、今後より多くのオフィスビルが認証を取得することにより、認証制度自体が市場に浸透することに伴って、サステナビリティ経営を掲げる企業の中での共通言語的な存在となり、今後更に重要度が高まるのではないかと考えられる。

執筆者略歴

株式会社価値総合研究所 研究員

山本 美夏

株式会社価値総合研究所
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不動産投資市場の調査・コンサルティング業務に加え、周辺再開発業務・既存住宅流通に係る調査業務に従事。主に計量経済を利用した分析に加え、GISを利用した空間情報分析等の定量分析を担当。近年は森林価値評価、森林ファンドの市場創設可能性に関する調査を主担当として実施する等、環境不動産分野における取組みが増加。

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