価値総合研究所 寄稿コラム 第1回 テナント企業のオフィスニーズの動向 ~多様化するニーズ~

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目次

執筆:株式会社価値総合研究所
全4回のうち、今回は「第1回」のご紹介です。
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はじめに

近年、オフィスビルオーナー、テナント企業を取り巻く社会潮流は大きな変化が続いている。with/afterコロナや業務のDX推進等により、リモートワーク併用を前提としたワークスタイルの変化、それによるオフィス戦略の見直しの動きが本格化している。また、ESG・SDGs等に配慮した企業活動・投資が拡大し、オフィスビルの環境負荷低減、レジリエンス向上等の必要性が益々高まっている。加えて、これらの動きは大企業を中心にオーナーサイド・テナントサイドともに進展しているものの、中小企業にも波及しつつあると考えられる。
このように、テナントのオフィスビルニーズは急速な変化がみられている現状があるため、デベロッパー・AM等のオーナーサイドは日々変化するテナントのニーズを的確に捉え、戦略的なオフィスビル供給を図る必要性がある。また、レンダー・投資家等の投融資サイドは、ESGの重要性が高まる中、条件に合致しないオフィスビルへの投融資を実施し難くなる可能性も高まっている。
こうした中、日本政策投資銀行及び当社では、各ステークホルダーの認識やオフィスビルに求めるニーズを正確に把握し、当該調査結果を不動産投資市場全体に対して継続的に情報発信することで、今後必要とされるオフィスビルのあり方等を展望し、テナントの意識醸成やオーナーサイドに今後のあるべき方向性・戦略を提示することを目的とし、昨年、「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023(以下、本調査)」を実施した(図表1)。
なお、本調査の結果は、日本政策投資銀行HPにて公表をしている。
https://www.dbj.jp/topics/dbj_news/2023/html/20231115_204553.html

図表1:「オフィスビルに対する
ステークホルダーの意識調査2023」調査概要

出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

そこで、全4回にわたり、本調査の結果等をもとに、オフィスビルニーズの変化やそれに伴う市場への影響について、不動産の開発・取得・運営等の観点から特に重要な視点について解説をする。
なお、本調査結果の解説にあたり、頻出する用語のうち、市場全体で統一された解釈がないものについて、本調査における定義を示しておく。

「環境配慮」…省エネルギー性の向上等により、エネルギー使用量を削減し、脱炭素社会の達成に向けて貢献することを「オフィスビルの環境配慮」と定義する。
「ウェルビーイング」…テナント従業員のウェルビーイング実現のため、コミュニケーション促進施設・健康増進施設・LGBTQ対応等を図ることを「オフィスビルのウェルビーイング対応」と定義する。
「スマートビルディング」…エネルギー・資源の使用及び排出状況の管理・可視化、オフィスで活動する人々の行動をリアルタイムで可視化する技術等を「スマートビルディング」と定義する。

全4回の構成については、まず、第1回(本稿)はテナントのオフィスニーズの変化と市場への影響の全体像(本調査結果全体の概要)、及びそれらの地方都市への広がりについて概説する。また、特に市場の注目度が高い「環境配慮」「ウェルビーイング」については、第2回以降で各回テーマを定め、詳細について解説する。第2回は「定量的な情報開示の必要性の高まり」、第3回は「賃料への影響」、第4回は「ウェルビーイング対応を図ったオフィス環境の広がり」をテーマとして取り上げる。

オフィスニーズ変化の全体像

ここからは本論に入り、第1回のテーマであるオフィスニーズの全体像について概説する。
まず、本調査においては、全体の導入的な位置づけとして、オフィスビルを選択する際に、様々な項目についてどの程度重要視するかを把握した。結果として、テナントは、これまで一般的に重要視されてきた賃料や立地等の選択基準に加え、環境配慮性能、レジリエンス性能、ウェルビーイング対応等も重要度が高いと考える傾向がみられる。また、大企業、中堅・中小企業を問わず同様の傾向がみられ、オフィスビルの選択基準の多様化が進展している(図表2)。

図表2:企業規模別 オフィスビルの
選択基準のうち、重要度が高い項目

【各項目単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナントのうち、大企業(n=80):従業員数1,000人以上、中堅・中小企業(n=463):従業員数1,000人未満
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

このようなオフィスビルに対するニーズの多様化は、いわゆるオフィスワーカーが多いとされる業種の企業で特にその傾向が強く、業種によってバラツキがあるとの考えも喧伝されているが、本調査において、オフィスワーカーが多い業種とそうでない業種で回答結果を分けたところ、明確な傾向差はみられない。このことから、企業のオフィスビルに対するニーズは、テレワークに関する働き方の違い等に起因する業種別の違いはなく、企業規模で差がみられるといえる(図表3)。

図表3:オフィスワーカー系業種別 
オフィスビルの選択基準のうち、
重要度が高い項目

【各項目単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナントのうち、
OW業種(n=84):「情報通信業」「学術研究・専門・技術サービス業」「金融・保険業」と回答した企業、非OW業種(n=459):OW業種以外の業種を回答した企業
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

次に、自社保有/賃借の別による意見の違いについてみていく。自社保有ビルに入居する企業は、ビルを賃借している企業と同様、業務プロセスの改善や従業員満足度向上の観点からオフィス変更を検討している企業が30%程度存在する(図表4)。また、立地や価格といった選択基準の他、レジリエンス、環境配慮、ウェルビーイング等は、オフィスを賃借する企業よりも重要度が高いと回答する傾向もみられることから、自社保有しているビルでは満たせないニーズを有している可能性が示唆される(図表5)。
こうした中、将来的に、自社保有ビルのリースバックや賃貸不動産への切替、またはリノベーションの実施の動きも想定されうるため、多様化するオフィスニーズを満たすために、一時的にでもオフィス移転を図る動きが起きることも考えられる。

図表4:ビルの保有形態別 
オフィスの変更理由

【複数回答】
テナントのうち、
 自社保有(n=174):入居するオフィスビルについて、自社保有している企業
 賃借(n=368):入居するオフィスビルについて、賃借している企業
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

図表5:ビルの保有形態別 
オフィスビルの選択基準のうち
重要度が高い項目

【各項目単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナントのうち、
 自社保有(n=174):入居するオフィスビルについて、自社保有している企業
 賃借(n=368):入居するオフィスビルについて、賃借している企業
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

なお、オーナーサイドや投融資サイドが考えるテナントの選択基準(テナントがどのような選択基準を重要視していると認識しているか)でも同様の傾向がみられ、テナントのニーズの多様化を認識している状況が窺える(図表6)。

図表6:ステークホルダー別 
オフィスビルの選択基準のうち
(テナントが考える)重要度が高い項目

【各項目単回答】
各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
テナント(n=543)、デベロッパー等(n=61)、AM(n=28)、レンダー・投資家(n=24)
※テナント以外は、テナントが考える重要度を回答
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

新たなオフィスニーズと市場への影響

このように、賃料・立地等に加えて、オフィスに求められるスペック(ニーズ)は多様化しており、それは企業規模や業種などの別を問わず広がっていることがわかる。そのため、本調査では、環境配慮、ウェルビーイング、レジリエンス等、新たに生まれたオフィスビルニーズについて、深堀(なぜ注目されているか、具体的にどのような機能・設備のニーズがあるのか等の把握)を行っている。特に環境配慮、ウェルビーイングについては第2回以降で詳細に解説を行うことになるが、本稿では、各視点のニーズの内容やニーズ変化に伴う市場への具体的影響について概説する(図表7)。

図表7:新たなオフィスニーズ及び
市場への影響の概要

出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

【環境配慮】
企業規模問わず、入居するオフィスビルの環境配慮性能を重要度が高いと回答する企業が相応に存在するが、大企業はESG/SDGsに係る外部からの情報開示・説明要求があるために重要度が高いと考えている傾向にあると考えられる。ただ、中堅・中小企業においても、特に取引先・仕入先を中心に情報開示・説明要求があり、その傾向は今後より強まっていくと考えている。このため、企業規模問わずオフィスビルの環境配慮への対応はテナントにとって必須のものとなっていくと考えられる。
【ウェルビーイング】
ウェルビーイング対応に関する重要度は、環境配慮同様の傾向がみられる。テナントでは優秀な人材確保、従業員満足度向上のために必要なオフィス環境を構築するニーズが高まっている。これは、企業の人的投資の重要性が高まる中、その動きがオフィス環境にも波及している可能性があるといえる。
具体的なウェルビーイング対応に係る設備としては、テナントは、ハイブリッドワークの定着に伴う就労環境の課題を踏まえ、比較的生産性向上・コミュニケーション促進等に関連する機能に注目している傾向にある。
また、オーナーサイドとの意識差を比較した場合、注目する設備には差異がみられ、共用会議室やパウダールームはテナントでは重要度が高い一方、コミュニケーション促進施設はオーナーサイドがより重要度が高いと回答している傾向がみられる。
ウェルビーイング対応については、今後のオフィスビルの競争力の源泉になりうるところとしてオーナーサイドにおける期待・関心が高まっていることから、第4回において詳細に解説する。
【レジリエンス】
テナントはレジリエンス性能の重要度が高い傾向にあるが、これは、近年の気候変動対応のためにテナントの災害対応への関心が高まっていることが反映されたものと考えられる。
特に、BCP対応においては、テナントニーズとして備蓄や非常時電源は必須のものとなりつつあり、加えて、位置情報等のアプリを使った被災時対応のための情報提供に対する注目度も高い。 テナントのこれらに対する意識はオーナーサイドに比べるとやや劣るものの、オーナーサイドの取り組みが進むことで、テナントの意識がより今後高まっていくことが想定される。
【木材活用】
環境配慮やウェルビーイング対応の観点から、オフィスビルへの木材活用も一つの動きとして注目されており、オーナーサイド・投融資サイドの8割前後が木材活用に関心を示している。一方、テナントでは半数程度に留まっている。
オーナーサイド・投融資サイドでは、ESG投資への対応という観点から、木材のCO2貯蔵効果や内装への活用によるウェルビーイングの観点での効果を見込み、大半の企業が関心を持っていると考えられる。事実、木材活用へ関心を示す回答者における、具体的に期待する効果としては、各ステークホルダーとも環境負荷低減効果への期待は高いが、「対外的PR」はオーナーサイド・投融資サイドに比べテナントサイドの意識は高くなく、木材を活用したオフィスビルが広がるためには、木材活用のメリットの周知等により、テナントの関心を更に高める必要がある。
また、環境配慮性能・ウェルビーイング対応のオフィス選択基準について、重要度が高いと回答した企業ほど木材活用に関心を示す傾向にある。このため、環境配慮性能やウェルビーイング対応への関心が企業規模を問わず高まっている状況を鑑みれば、規模・立地を問わず、オフィスビルへの木材活用が促進されることが期待される。
【面的インフラ・モビリティ】
現状では希望するテナントは一部に限られるが、今後、パーソナルモビリティやコミュニティバス等の近距離移動のモビリティについて、ウェルビーイングや環境配慮の観点からニーズは強まる可能性があると考えられる。また、中小ビルオーナーにとっては、環境配慮性能向上やウェルビーイング対応のコスト負担が難しい状況も想定され、中小ビル単独で必要なスペックを満たすことは困難であるケースが多い。しかし、中堅・中小企業は大企業同様に環境配慮性能やウェルビーイング対応へのニーズを有している。そのため、中小ビルの集積地を中心に、「面的なサービス提供」を行うエリアマネジメントの取組みを進めることが求められるといえる。

ここからは、これらのオフィスニーズ変化を受けて、市場への影響としてどのようなことが起きるか概説する。
【賃料への影響】
環境配慮やウェルビーイング対応を図ったビルについて、テナントに対して追加の賃料負担を許容できるか調査した。許容する企業の割合は50%前後となっている一方、オーナーサイドでは昨年調査に比べ上昇(環境配慮でいえば、デベロッパー等は約35%⇒約60%、AMは約60%⇒約80%)しており、昨年に比べ賃料上昇期待が高まっている。また、テナントサイドで見た場合、企業規模問わず同様の意識がみられる傾向にある。
なお、環境配慮やウェルビーイングに関する賃料への影響は、市場全体にとって特に重要な関心事であるため、第3回において詳細に解説する。
【定量的な情報開示】
環境配慮に関する外部への定量的な情報開示の必要性が企業規模問わずテナント全体として高まっていることから、オーナーはテナントのニーズに対応するため、エネルギー使用量等を定量的に可視化・リアルタイムに管理できる環境を構築することが求められる可能性が高い。この観点では、必要な設備の導入を進め、スマートビルディング対応を図っていく必要があるだろう。
これらの定量的な情報開示の意識の高まり、及びそれに伴うスマートビルディング化への期待は、環境配慮が注目されている要因となっている部分であり、様々なステークホルダーからの情報開示要請が強まっている市場環境からすれば、今後も更に重要度が増していくため、第2回において詳細に解説する。
【改修による性能向上】
脱炭素社会実現に向けたCO2削減目標達成には新築だけの対応では困難であり、建築費の高騰等の影響もあり、改修により環境配慮性能の向上を図る(=環境改修)方向性が進展することが望まれる。
これまでは、改修による収益性向上が見込みづらく、投資回収の観点から市場は拡大してこなかったが、賃料上昇やテナント確保に向けた手段として、今後重要度は上昇すると回答するオーナーが多く、建築費高騰等も相俟って、オーナーサイド(特にAM)の改修によるバリューアップへの注目度が高まる可能性がある。また、テナントの意識としても築年数に比べ環境性能を重視している傾向にあることから、既存ビルにおける魅力向上策として、改修による環境配慮性能向上の動きは広がるとみられる。
デベロッパー等に比べAMは改修の重要度がより高いと考えているため、改修を行う際に必要と考える工事としては、通常の修繕工事だけに留まらず、省エネ性能向上やBCP対応を図る工事が求められている傾向がある。
加えて、改修にあたっては、競争力を高める観点から、テナントの従業員満足度向上に繋がる、ウェルビーイング対応関連の施設・機能の共用部への導入にも強いニーズがある。

地方都市への波及

ここまで、オフィスニーズの全体像及び各視点の概要について解説してきたが、「環境配慮やウェルビーイング等の新たなオフィスニーズは、東京の中心部に立地する大規模ビル及び大企業のテナントを中心に注目されているものであり、市場全体に広がるものではない」と捉えている市場関係者が多いと思われる。その認識のうち、「大企業に限ったものである」という点については上述した点を踏まえればそうとも言えない状況になりつつあることがわかる。加えて、本章では、「東京オフィスエリアだけの問題なのか」という点について、本調査において地方主要都市オフィスエリアと東京オフィスエリアでのテナントニーズ比較を行っており、その結果をもとに解説する。
まず、オフィスニーズの多様化に関する傾向は都市ごとで違いはなく、全体的に同様の傾向がみられた(図表8)。特に、環境配慮やウェルビーイング対応の基準に関しても、都市による違いは明確にはなく、これらのオフィスニーズの変化は東京だけのものではなく、全国的なトレンドとなっていることがわかる。

図表8:都市別 オフィスビルの
選択基準のうち重要度が高い項目

【各項目単回答】
テナントのうち、
 各項目に対して「低」「中」「高」「必須」と回答。このうち「高」または「必須」と回答した割合
 東京都特別区内(n=299):本社所在地を「東京都特別区内」と回答した企業
 大阪市内(n=71):本社所在地を「大阪市内」と回答した企業
 名古屋市内(n=39):本社所在地を「名古屋市内」と回答した企業
 その他地方都市(n=124):本社所在地を「札幌市内」「仙台市内」「神戸市内」「広島市内」「福岡市内」と回答した企業
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

また、オフィスの移転や拡大・縮小等の変更を検討する動きは、コロナ禍以降停滞していたところ、5類移行に伴い、東京都特別区内に本社を置く企業がその他の都市に比べ先行して活発化しつつある。そのため、地方都市では今後本調査結果で示されたような、多様化したオフィスニーズを持ったテナントによるオフィス移転等の動きが本格化する可能性が示唆される。
次に、環境、ウェルビーイング等の各視点について、都市による違いを比較した結果について説明する。
環境配慮については、企業として対応を図る動きは本社所在地を問わず同様となっており、全オフィスエリアに共通する関心事となっているが、着目されている性能・認証等としては、各都市とも省エネ・再エネが主となっている。不動産認証は他の都市に本社がある企業ではほぼ着目されておらず、オフィスの環境配慮性能を測定・説明する上で環境認証が有効であることを認知してもらうことが有用であるといえる。
また、環境配慮対応に係る賃料上昇許容度にも都市による差が見られず、各都市とも半数近い企業が賃料上昇を許容している。このため、エリアを問わず、環境配慮・ウェルビーイング実現に係る対応がビルの収益性に大きな影響を与えていく可能性が高いと考えられる。
ウェルビーイングの観点では、東京都特別区内に本社を有する企業がややウェルビーイング対応の重要度が高い傾向がみられた。都道府県別の有効求人倍率では東京は全国平均よりも高い傾向にあることから、テナントも他のオフィスとの差別化を求める傾向を示唆していると推察される。
加えて、ここまでの説明は、「東京に本社を置く企業」と「地方都市に本社を置く企業」とのニーズの比較を行ってきたが、地方都市のオフィスエリアにおいては、東京本社企業の支社・支店のニーズも重要となる。この点、東京本社の企業のうち、全体の約35%は本社同様のオフィスビル選択基準を支社・支店に適用すると回答している。
このため、今後、地方に支店を有する東京本社企業が先導する形で、よりオフィスビルに求められるニーズの多様化は拡大すると考えられるが、特に、ウェルビーイング対応については今後波及していく可能性があると考えられる。
また、特に、面的インフラ・モビリティの観点では、地方都市では、東京に比べ、路線バスや柔軟な移動サービス、シェアオフィス等に対するニーズが高い傾向がある。これらの移動サービス等は、ビル単独での対応は困難であり、地方都市のオフィスエリアにおける利便性・競争力に影響があるため、エリア単位でのインフラ整備が求められるといえるだろう。

まとめ

本稿では、弊社が実施した意識調査の結果をもとに、オフィスニーズの変化と市場への影響の概観について解説してきた。
本調査結果によれば、環境配慮やウェルビーイング、レジリエンス等、オフィスニーズの多様化が特に大企業中心に進展しているものの、中堅・中小企業でも同様の傾向がみられることがわかった。
加えて、オフィスニーズ多様化の傾向は、東京だけに限ったものではなく、地方主要都市に本社を置く企業でも同様であり、地方都市へ波及している状況もみてとれる。
特に、環境配慮でいえば、ニーズの変化は全国的なトレンドとなっている状況にある。そのため、オフィスビルオーナーにとっては、対応は今後必須のものとなっていくことが想定される。具体的には、テナント企業における外部への定量的情報開示ニーズへの対応要請や、収益性への影響が懸念される(第2回第3回において詳細に解説)。
また、ウェルビーイング対応に関しては、企業の人的投資の意識の高まりや、アフターコロナを踏まえた新たな働き方への対応等の観点から、今後オフィスビルの競争力の源泉になりうることが示唆された(第4回において詳細に解説)。
冒頭に述べたとおり、本調査を実施した背景は、本調査結果を広く公表することで、テナントの意識醸成やオーナーサイドに今後のあるべき方向性・戦略を提示することにある。また、本調査は今後継続的に実施・公表していくことを想定している。そのため、本稿で解説したオフィスニーズの変化や市場への影響を基に、テナントの意識がより高まっていくことや、オーナーサイド・投融資サイドにおいて、オフィスニーズのトレンドを正確に捉えた、より戦略的なオフィスビルの開発・取得行動が拡大していくことを期待したい。

執筆者略歴

株式会社価値総合研究所 副主任研究員

北川 哲

株式会社価値総合研究所
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不動産会社にて販売・リノベーション業務を経て、2018年より現職。主にオペレーショナルアセットに係る不動産投資市場の調査・コンサルティング業務を担当する傍ら、省庁からの受託業務として空き家対策関連の調査・コンサルティング業務、低未利用不動産の再生に係るコンサルティング業務、地方の不動産会社の投資ビジネス参入の支援に従事。近年は環境不動産や木質オフィスの市場拡大可能性に関する調査を主担当として実施。

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