明海大学 山本教授 寄稿 会計ファイナンスからのCREアプローチ 第5回 環境への取り組みと企業価値・企業不動産

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目次

要旨

産業界でのSDGsの取り組みが進んできているなか、「環境への取り組み」、「企業価値」、「企業不動産」の3点にどのような関係性があるのだろうか。調査の結果として、以下のことが明らかになった。

  • 製造企業を対象としたアンケート調査によると、環境意識が高い企業ほど、工場跡地等の遊休不動産を保有していない傾向が明らかになった。
  • 企業の環境経営度データを活用した実証分析では、多数の不動産ストックを所有している運輸・倉庫・不動産のような産業では、環境経営に積極的な企業ほど企業価値が高まる傾向となることが明らかになった。

このような調査結果は、「環境への取り組み」、「企業価値」、「企業不動産」の3点には相互に関係し、つながりがあることが示唆される。SDGsとCREとの親和性を認めることができ、CREの可能性や役割の拡がりを実感できる。

問題意識

近年、産業界では、SDGsの取り組みが進んできている。この取り組みは、企業価値や企業不動産とどのような関係にあるのか、興味が持たれるところである。本稿では、企業に対するアンケート調査や会計ファイナンスの手法を援用する形で、「環境への取り組み」、「企業価値」、「企業不動産」の3点のつながりを検証する。このつながりが検証できれば、SDGsとCREとの親和性を認めることができ、CREの可能性や役割の拡がりを実感できる。

分析の着眼点

「企業の環境への取り組みは企業価値を高めるのか?」、「企業不動産の保有状況により、環境への取り組みの企業価値への効果に違いがみられるのか?」を主な究明課題と考える。

本稿では、製造企業に対するアンケート調査と日経産業新聞公表の環境経営度調査ランキングデータを活用した実証分析を行い、究明課題を明らかにする。実証分析では、回帰分析を用い、企業価値指標を被説明変数として、企業の環境経営のあり方との関係性を探る。

製造業を対象としたアンケート調査

本件アンケート調査は、後掲の実証分析を補足する形で企業が抱える遊休不動産等の実態の把握およびESG情報開示等の取り組み状況の把握等を明らかにすることを目的とする。旧東証1部上場企業のうち製造業800社および旧ジャスダック製造業500社に「企業の不動産ストックに関するアンケート調査」という題目の質問票を送付した。これに対する回答企業は30社で回答率は2%であった。質問票送付日は2019年10月1日で、回答締切日を2019年10月31日と設定した。送付先は、企業の広報担当である。表-1はアンケート調査での質問事項の概要となっている。

表-1 アンケート調査の概要

(出典)山本(2021、表8-1)

(1)アンケート回答企業の単純集計(表-2)

遊休不動産に係る質問では、遊休不動産の位置、規模、種類等の質問をしている。問7では遊休不動産の有無やその種類についての設問になっている。遊休不動産を保有していない企業は18社(56.3%)となっており、遊休不動産を保有している企業が回答した種類については、空地(工場跡地等)6社(18.8%)、稼働を休止した工場3社(9.4%)、空事務所ビル1社(3.1%)、使用されていない福利厚生施設(社宅、保養所、運動場等)2社(6.3%)となっている。また、それらの遊休不動産の所在地についての質問(問8)では、東京都心部1社(2.9%)、東京圏1社(2.9%)名古屋圏2社(5.7%)、大阪圏4社(11.4%)、それ以外の地方圏9社(25.7%)、その他3社(8.6%)となっており、有効回答20社のうち9社(45%)が地方圏に所在する遊休不動産を所有している。

次に遊休不動産の規模(敷地面積)や遊休不動産の所有件数の質問をしている(問9.10)。敷地面積については、1,000㎡未満6社(17.1%)、1,000~5,000㎡未満5社(14.3%)、5,000~10,000㎡未満2社(5.7%)、10,000~50,000㎡未満5社(14.3%)、50,000㎡以上2社(5.7%)となっている。この質問(問9)の有効回答20社のうち1,000㎡未満は6社(30%)1000㎡以上の遊休不動産は14社(70%)となっており、この回答結果から示唆されることは、遊休不動産の大部分は1,000㎡以上の大規模敷地である。これらの遊休不動産について、何件所有しているかの質問(問10)では、5件未満が15社(50%)、5~10件が1社(33%)となっており、有効回答の大部分が5件未満となっている。

最後に、遊休不動産の今後の運用方法についての質問(問11)では、積極的に売却する予定8社(25.8%)、売却前に賃貸を考える3社(9.7%)、リノベーションして賃貸または売却を考える1社(3.2%)、用途変更をして活用する2社(6.5%)、その他3社(9.7%)となっている。この遊休不動産の利活用についての有効回答17社のうち、積極的に売却をすすめる考えが8社(47%)であり、遊休不動産保有企業の約半数は売却する意向である。その一方で、利活用を前提とした運用方法が半数強を占めている。

表-2 アンケート単純集計

(出典)山本(2021、表8-2)

(2)アンケート回答企業のクロス集計(表-3)

前節の集計結果を踏まえ、遊休不動産の保有企業のクロス集計を行った。

表-3 アンケートクロス集計

(出典)山本(2021、表8-3)

遊休不動産と財務特性のクロス集計で特徴的であったのは、環境意識およびCSR(企業の社会的責任)に係る質問である。環境意識については、CSRとして実際に環境への配慮をしていると回答した企業(配慮あり)24社のうち16社(66.6%)が遊休不動産を保有していなかった。遊休不動産が空地等の場合には、安全性の低下、公衆衛生の悪化、風景・景観の阻害等の生活環境に影響を及ぼすという社会問題の要因となるため、環境意識の高い企業では遊休不動産を保有しない傾向が見受けられる。

環境意識に関連してESGに係る質問(問15)について、CSR(企業の社会的責任)として実際に取り組んでいるものを点数化しクロス集計を行なった。その結果、5~9点の企業17社のうち11社(64.7%)の企業が遊休不動産を保有していなかった。自社の環境・社会面での取り組みを株主や機関投資家をはじめとする様々なステークホルダーに理解を深めてもらうため、報告書等で取りまとめる必要がある。したがって、CSRの関心の高い企業においては、遊休不動産は前述の通り、社会問題の要因となるため保有していない、あるいは利活用して運用しているものと考えられる。

(3)まとめ

アンケート調査の回答率は低く、あくまでも参考程度の情報ではあるが、単純集計およびクロス集計から、企業の所有する遊休不動産は、企業ごとに抱えている件数は少ないが、地方圏に所在する空地(工場跡地等)や休止されている工場等の大規模敷地であることが示唆される。これらの遊休不動産は、工場跡地等の大規模敷地は土壌汚染等の問題から流動性が劣るため、若干ではあるが遊休不動産を利活用していくという意向がみられている。

また、CSRの関心の高い企業ほど、自社の環境・社会面での取り組みを株主や機関投資家をはじめとする様々なステークホルダーに理解を深めてもらうため、報告書等で取りまとめる必要があるため、社会問題の要因となり得る遊休不動産を保有していない、あるいは利活用して運用しているものと考えられる。

企業の環境経営度データを活用した実証分析

(1)サンプル抽出条件および分析方法

2019年に旧東証1部に上場している企業を対象とし、日本経済新聞社が実施している「環境経営度調査」ランキングを活用し、製造業および非製造業(建設、運輸・倉庫・不動産、商社、小売・外食、通信・サービス)の環境経営の促進要因を分析する。なお、産業分類は環境経営度調査に基づいたものである。2019年度調査においては1665社を抽出している。財務データ、株価及びTOPIXについては「日経NEEDS財務データ」「Yahoo!ファイナンス」 より、持株比率データについては「会社四季報」(東洋経済新聞社)より収集した。なお、当該データは外れ値および欠損値のある企業は除外している。記述統計量と相関係数は以下に記載(表-4表-5)のとおりで、変数間で強い相関のものはみられない。

分析方法は、企業価値指標であるトービンのQを被説明変数に割当てた回帰分析により検証作業を行う。

表-4 記述統計量

(出典)山本(2021、表8-4)

表-5 相関係数

(出典)山本(2021、表8-5)

表-6 変数の定義

(出典)山本(2021、表8-6)

表-6は説明変数の定義である。説明変数の設定について着眼点を示せば以下のとおりである。

「TobinQ」:企業パフォーマンスを示す変数。企業パフォーマンスが高い企業は、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「Beta」:企業のベータ値を示す変数。ベータ値は、証券の変動の大きさを示す指標であり、リスクと関連付けられる。環境経営を積極的に実施した企業では、ベータ値が低位となればリスクも低下し、資本コストも抑えられ、その結果として企業価値の向上が期待できる。
「Size(Ln)」:企業の資産規模を示す変数。資産規模の大きい企業ほど、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「Debt」:企業の財務健全性を示す変数。財務健全性が良好な企業ほど、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「ROA」:企業の収益性を示す変数。収益性が高い企業ほど、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「Corporation」:株式持ち合いの程度を示す変数。一般事業法人持株比率が高い企業は、外部からの監視・規律が弱くなるが、グループ企業間の情報共有は進む。
「Financial」:金融機関の影響力を示す変数。金融機関持株比率が高い企業は、外部からの監視・規律が強いため、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「Foreigner」:外国人投資家の影響力を示す変数。外国人持株比率の高い企業は、外部からの監視・規律が強いため、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「ΔSale」:企業の成長性を示す変数。成長性が高い企業ほど、技術革新が旺盛であり、積極的に環境経営に取り組むことが考えられる。
「Rent/Size」:本業以外の収益性を示す変数。賃貸等不動産開示企業の保有している賃貸等不動産原価に対する資産規模の割合を示している。産業により差異は生じるが、製造業における賃貸等不動産は工場跡地等の遊休不動産である場合もあり、遊休不動産の保有に対する環境経営の促進状況が期待される。
「ΔLand/ΔTobinQ」:土地資産効率性を示す変数。土地資産の変化率に対する企業パフォーマンスの変化率の割合を示している。当該変数が小さいほど、土地資産増加率に比して、企業パフォーマンス増加率が高まることを意味し、より効率的な企業不動産マネジメントが実施されていることが推定され、環境経営についても高い効果が期待できる。
「E_dummy」:環境経営への積極性を示す変数。環境経営度調査は、上場・非上場の有力企業へのアンケート調査から有効回答企業を対象として環境経営推進体制・温暖化対策・製品対策・汚染対策、生物多様性対応・資源循環の評価指標から総合スコアを算出しランキング化されたものとなっている。したがって、有効回答企業は環境経営に積極的であることが考えられる。

(2)分析結果

前節の実証分析による分析結果は以下の表-7のとおりである。

表-7 TobinQを被説明変数とする分析結果

(注) ***:1%有意水準, **:5%有意水準, *:10%有意水準。(出典)山本(2021、表8-8)

「Size(Ln)」については、全産業において負に、建設業、運輸・倉庫・不動産、商社、小売・外食では、t値の結果から負に有意である。(このt値とは統計的な検定の結果を示した数値であり、これは一定以上であると分析結果に意味を持つというシグナルとなる。例えば、1%水準で有意ということは、この分析結果が偶然起こったという確率は、1%以下ということで、99%起こるべくして起こったという意味となる。そこで、検定の結果として、一定レベルの有意水準にある変数は、解釈上尊重すべきものであるといえる。)

また、製造業、建設、運輸・倉庫・不動産、商社において、「ROA」が正に有意である。「ΔSale」については全産業において正に、製造業、小売・外食では正に有意、商社でも同様である。株式所有者構造については、「Foreigner」が全産業において正であり、建設業、運輸・倉庫・不動産、商社では正に有意、製造業、小売・外食では正の傾向を示している。外国人投資家は投資対象として資産規模の大きな会社を選択する傾向があったが、資産規模が小さく、監視・規律機能が高い企業ほど、売上高変化率やROAが高く資本を効率的に運用できていることから企業価値は高いものと考えられる。産業別にみると以下の特徴があげられる。

製造業において、「Corporation」、「Financial」、「Beta」が負に有意で、「ROA」、「Foreigner」、「ΔSale」が正に有意である。ベータ値については、投資家はリスクとリターンの関係が低い企業、すなわち安定的な企業ほど投資対象としている傾向がみられる。また、一般事業法人持株比率が高い企業では、外部からの監視・規律機能が低くなるため、それが企業価値形成に負の影響を与えている可能性がある。金融機関持株比率の上昇は、企業に対する監視・規律機能が高まるが、経営者の自由な経営上の意思決定を狭める可能性もある。

建設業において、「Size(Ln)」、「Rent/Size」が負に有意、「ROA」、「Foreigner」が正に有意である。「Rent/Size」については、近年の地価の上昇傾向にあるなか、不動産バブル崩壊の恐れから投資不動産を保有している企業ほどリスクが高く企業価値に結びつかないものと考えられる。

運輸・倉庫・不動産において、「Debt」、「ROA」、「Foreigner」、「E_dummy」が正に有意、「Corporation」、「Financial」が正の傾向である。負債比率については、他業種に比較し、素地取得費に多額の資金を要す等、借入金依存度が高い業種であるが、それら事業資金を調達運用している企業であり、企業価値に結びついているものと考えられる。また、Eダミーについては、コストをかけた環境情報開示等の環境経営に積極的に取り組みを行っている企業ほど企業価値に結びついているものと考えられる。

商社において、「Size(Ln)」、「Financial」が負に有意、「Debt」、「ROA」、「Foreigner」が正に有意、「ΔSale」、「E_dummy」が正の傾向である。Eダミーについて、国際的にも自然環境全般における保全や持続的な利用を進める仕組みが進展しているなか、グローバルに事業を展開する商社では、環境経営に積極的な企業では企業価値に結びついている傾向がみられる。

CREへの示唆

本稿の目的は、産業界でのSDGsの取り組みが進んできているなか、「環境への取り組み」、「企業価値」、「企業不動産」の3点のつながりを検証することにあった。調査結果を要約すると、以下のとおりとなる。

  • 製造企業を対象としたアンケート調査によると、環境意識が高い企業ほど、工場跡地等の遊休不動産を保有していない傾向が明らかになった。
  • 企業の環境経営度データを活用した実証分析では、多数の不動産ストックを所有している運輸・倉庫・不動産のような産業では、環境経営に積極的な企業ほど企業価値の向上に寄与することが示された。

上記の調査結果は、「環境への取り組み」、「企業価値」、「企業不動産」のつながりを示していると考えられる。SDGsとCREとの親和性を認めることができ、CREの可能性や役割の拡がりを実感できる結果となった。

参考・引用文献

[1]山本卓(2021)『ストック型社会への企業不動産分析-上場企業遊休不動産の財務的検証を中心に-』創成社
[2]山本卓・古川傑(2020)「環境ファクターと企業不動産ストック-ESG経営とCREとの親和性を検証する-」『資産評価政策学』第21巻第1号、pp.16-29。
[3]山本卓(2011)「東証1部製造業の環境経営促進の決定要因と経営者特性に関する研究」『企業家研究』第8巻、pp.21-33。

寄稿者

明海大学不動産学部教授

山本卓 やまもとたかし

埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)、不動産鑑定士。一般財団法人日本不動産研究所を経て、2014年より現職。大学では、「不動産経営戦略」、「不動産会計財務論」等を講じている。企業不動産を取り巻く広範な関係者(経営者、投資家、債権者、地域住民等)に対しての意思決定支援手法の開発を専門にしている。近著に『投資不動産会計と公正価値評価』[2015年、創成社](2016年資産評価政策学会著作賞)、『グローバル社会と不動産価値』[2017年、創成社](2018年日本不動産学会著作賞(実務部門))、『ストック型社会への企業不動産分析』[2021年、創成社](2022年都市住宅学会著作賞)等がある。

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