第1回 不動産価値向上のために把握すべきリスク情報

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目次

概要

2020年年初より流行が拡大した新型コロナウイルス感染症の影響により、オフィスの在り方に変化が見られました。具体的にはリモートワークへの切り替えに伴う拠点の集約化や、企業の財務体質強化のため自社所有の本社ビルを売却する動きなどが起こったことは新聞等でも数多く取り上げられています。
一般的に売買の対象となる不動産は、その時点における「適正な価格」を求めるために多面的な調査が行われます。そのため自己保有時には潜在していたリスクが、売却時に顕在化し売買価格に影響を及ぼすケースは少なくありません。
そこで本コラムでは、物理的調査、経済的調査、法的調査によって顕在化する不動産に係る主なリスクについて2回に分けてご紹介します。第1回は不動産リスクに関する総論的な内容、第2回は個別のリスクについての各論的な内容としています。今回は第1回・総論のご紹介です。

第2回はこちら>

不動産に係る社会情勢

新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)流行[1]により事業活動そのものに打撃を受けた企業があったほか、多くの企業で感染拡大を防止するための対応が求められることとなりました。
事業活動を取り巻く環境の変化に対応するため、事業投資資金の確保もしくは自己資本比率を高めることを目的として、自社所有していた本社ビルを売却しリースバックするといった企業の動きが見られるようになりました。流動性の低い不動産を流動性の高い現金に換えるこの様な動きは、例えば多くの人流を生み出すイベント関連業や、旅行業といった企業で見られました。
一方で、前述の経営上・財務上の視点に加え、感染拡大防止を目的としてテレワークを主体とした分散型オフィスへ移行する動きも見受けられます。大手広告関連企業では、それに伴い本社ビルを売却・一部リースバックしています。このように、感染拡大防止対策の一環としてテレワーク等を主体とした働き方にシフトする企業は増加しており、総務省通信利用動向調査報告書によると令和元年(2019年)に20.1%であったテレワーク導入率はコロナが拡大した令和2年(2020年)以降には50%前後となりました(図1)。その後、令和5年(2023年)5月にコロナの感染症法上の位置付けが5類になり出社回帰の動きもありますが、いまだテレワークや出社とテレワークのハイブリッド型の勤務形態を継続する企業は多く見られます。

総務省 令和4年通信利用動向調査報告書(企業編)P13 図4-1 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/statistics05b2.html アクセス日2023-12-21

図1 テレワーク導入状況の推移

ところで、国土交通省発表の「2030年を目途とする今後の不動産のあり方について[2]」では、オフィスのあり方として「多様なワークスタイル確保」が提言されています。この中で、「多様なワークスタイル確保」とは、「働く『場』を固定するのではなく、場所・時間に制約されず『どこでも働くことができる』環境を整備することが重要」であり、「業種特性等を踏まえつつ、集積と分散の適切な組合せ(ベストミックス)を図るなど、オフィスの最適な立地戦略を選択していくべき」としています。
これは2018年7月に取りまとめられたものであり、コロナ流行以前から働き方の多様性が重視されてきたところです。このような「多様なワークスタイル確保」は、業務効率化を推進する上でも不可欠な要素であり、テレワーク等の継続を前提として、都心の本社機能を郊外の工場へ統合し業務体制を再構築する大手製造会社の例なども見られました。
以上のように、従前より推進されてきた「多様なワークスタイル確保」に加え、「コロナ対応」という社会的要請の中で、企業は半ば強制的にオフィスの在り方を見直さざるを得なくなりました。働く側の意識もコロナ前後で大きく変わり、労働者が就業先を選択する際には、テレワークやフリーアドレス型オフィス等フレキシブルな勤務形態の導入の有無が基準の一つとなっています。労働者の確保がますます困難となる今後、企業はこのようなワークスタイルの変化への適応が求められるものと考えられます。そのための具体的な方策として、拠点の統廃合、分散のための新規取得あるいは他用途への転用などがありますが、いずれにおいても不動産の売買や改修工事を伴うものです。
一般的に売買の対象となる不動産については、その時点における「適正な価格」を求めるために多面的な調査が行われます。そのため自己保有時には潜在していたリスクが、売却時に顕在化し売買価格に影響を及ぼすケースは少なくありません。また、ワークスタイルの変化に合わせた建物の改修工事を行う際にも、想定外のリスクの顕在化により、工事内容の変更やそれに伴う費用の上振れがあり得ます。次章では、このような不動産に係るリスクについてご紹介します。

[1] 本コラムでは、2020年の新型コロナウイルス感染症の発生から2023年5月8日の感染症法上の「5類感染症」への移行に至るまでを「コロナ流行」とします。
[2] 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/common/001246567.pdf(2018年7月)P11アクセス日2023-12-21

不動産に係るリスクとは

不動産証券化市場におけるリスク評価

不動産リスクの一つである非流動性を緩和するために発展してきた不動産証券化市場では、発行された証券を購入する投資家など利害関係者が多数存在することが一般的です。そのため、不動産を活用して収益を得ている専門家の間ではリスク情報の非対称性を解消することが極めて重要であり、不動産デューデリジェンス(以下「DD」)を実施し、利害関係者に開示することが必須となっています。
不動産DDは通常、図2に示すように「物理的調査」「経済的調査」「法的調査」の3つの視点から行われます。「物理的調査」は建築士等によるエンジニアリングレポート[3]の取得、「経済的調査」は不動産鑑定士による不動産鑑定評価書の取得、「法的調査」は弁護士による各種契約書類のレビューなどが行われ、これを基にレンダー(銀行等)・アセットマネジャー・投資家など各プレイヤーがリスク評価を行うことになります。

SOMPOリスクマネジメント株式会社作成

図2 不動産デューデリジェンスにおける調査

リスクの分類

不動産に係るリスクには、価格・賃料が変動する市場変動リスク等の経済的リスクや法的リスクだけではなく、災害等の物理的なリスクが存在します。これは、不動産が他の金融商品と異なり、空間的要素を持ち合わせる実物資産であることに起因します。表1に不動産に係る主なリスクを上述の調査種別ごとに分類し示します。なお、遵法性リスクや修繕リスクはそれぞれ法的リスク、経済的リスクに該当しますが、表1では各リスクを特定するために必要な調査種別に応じてリスクを分類しています。各リスクの詳細については第2回の各論にてご紹介します。

表1 不動産に係る主なリスク

調査種別リスク分類概 要
物理的調査自然災害リスク地震、風水災等による損傷リスク
火災リスク建物内での発火または延焼による火災リスク
遵法性リスク建築基準法等への適合性リスク
修繕リスク維持管理・修繕費用の変動リスク
土壌汚染リスク土壌に有害物質が存在するリスク
埋設物リスク地下に除去が必要な埋設物が存在するリスク
有害物質リスク建物に有害物質が存在するリスク
建物環境リスク建物内の空気・水質等環境リスク
維持管理リスク管理上の事故による第三者への損害賠償等の発生リスク
経済的調査不動産市場変動リスク不動産価格・賃料等の変動リスク
金利リスク貸出金利等の変動リスク
流動性リスク不動産の換金可能性リスク
不動産管理運営リスク保守管理・賃貸経営管理の良否に係るリスク
法的調査権利関係リスク所有権等権利関係に係るリスク
法改正リスク法改正への対応費用発生リスク
国土交通省不動産リスクマネジメント研究会 不動産リスクマネジメントに関する調査研究(2010年3月)P28 (https://www.mlit.go.jp/common/001205256.pdf アクセス日2023-12-22)を参照しSOMPOリスクマネジメント株式会社作成

一般事業会社に求められる不動産リスクへの対応

不動産売買・賃貸を業としていない一般事業会社であっても、複数の不動産を保有する企業では、コロナやワークスタイルの変化で不動産の利活用もしくは新規の購入などを検討する場面が増えてきました。
通常、不動産売買の際には仲介業者を介して取引が行われますが、いざ取引の場面でリスクが顕在化し取引価格に影響を及ぼすことは避けたいところです。また、保有期間中においても、ROA(総資産利益率)の改善、ESG投資の進展やIFRS(国際会計基準)へのコンバージェンスを背景にして、不動産を機能性・経済性・市場性などから多面的に評価することが必要となる場面も増えています。最近の話題としては、2023年3月末に東京証券取引所からプライム市場・スタンダード市場のPBR(株価純資産倍率)が1倍未満の企業に対しPBRの改善要請が出され、この要請に対し対応を進めている企業の状況を2024年より公表することが予定されています。これに対して企業不動産(CRE)の時価の把握および利活用もしくは売却などは有効な改善案のひとつとなり得ることから、不動産リスクの把握はさらに重要になっています。
従来、一般事業会社では不動産は営業活動の「場」としての認識が強く、収益を生む資産としての認識が低いことから積極的な管理は行われてきませんでした。そのため、独立した不動産管理部門を置く企業は少なく、建物の設計図書や購入時の引き渡し書類などを紛失していることも少なくありません。
不動産を棚卸し、データベースの構築を行うことが不動産リスク管理の第一歩ですが、資料の紛失がある場合には不足する情報を補完するために調査が必要となり、初期段階で不動産管理の取組が停滞してしまうことは多くあります。しかし、不動産情報の適切な管理を行うことは、リスク管理、財務会計情報の抽出、売却などの各場面で極めて有用であり、不動産情報の管理に必要な費用以上の便益は十分得られるものと思料します。

[3] 不動産鑑定評価基準による定義では「建築物、設備等及び環境に関する専門的知識を有する者が行った証券化対象不動産の状況に関する調査報告書」をいいます。

参考文献

総務省 令和4年通信利用動向調査報告書(企業編)
国土交通省 2030年を目途とする今後の不動産のあり方について(2018年7月)
国土交通省「不動産リスクマネジメント研究会」作成「不動産リスクマネジメントに関する調査研究」(2010年3月)

執筆者紹介

中村 伸吾 Shingo Nakamura

SOMPOリスクマネジメント株式会社
HPはこちらSOMPOリスクマネジメント株式会社
リスクマネジメント事業本部 リスクソリューション開発部
上級コンサルタント
不動産鑑定士/一級建築士
専門は建築・不動産一般

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