日経産業新聞フォーラム スペシャリストの智
CREカンファレンス・レポート

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目次

 10月17日、東京・イイノホールにて日経産業新聞フォーラム2016 スペシャリストの智 CREカンファレンスが開催されました。基調講演には、セールスフォース・ドットコムの小出会長を迎え「いつでもどこでも消費者と企業が情報でつながる現代。今この瞬間にも膨大な情報量が世界中で拡散し、社会や市場が目まぐるしく変化するなかで、企業はどのようにして価値を生み出すべきなのか」という、企業と顧客の関係性の変化についてお伺いしました。後半のパネルディスカッションでは、これまで「スペシャリストの智」に登場いただいた識者の方々が、この問題を徹底して語り合いました。

基調講演消費者と企業の関係が変われば、
企業の「質」と存在価値も変化する

セールスフォース・ドットコム
代表取締役会長兼社長 小出 伸ー氏

「顧客の時代」到来。
企業はビジネスの仕組みを変えなければならない

 セールスフォース・ドットコムは1999年、サンフランシスコで創業されました。当時はまだ企業向けソフトウェアは利用者が自前で購入し、自社用にカスタマイズするのが当たり前の時代。保守・運用にも大きなコストがかかっていました。しかし、セールスフォース・ドットコムは、ソフトウェアをもっと簡単に使えるよう、システムについて「所有から利用へ」というクラウド型のビジネスモデルを提案したのです。
 インターネットの普及、モバイル・コンピューティングの発達で、すべてのモノがインターネットにつながる時代となり、マーケットにも大きな変化が生まれてきました。顕著な例は顧客の行動の変化です。
 例えば新しい部屋を賃借したいとき、顧客は町の不動産屋に出向く前に、スマホで空室を検索します。車を買うときも同様です。従来、顧客が自動車購入前に情報を集めるため、販売店を訪れる頻度は7.5回だったのが、最近は1.5回に減っているというデータもあります。
 顧客は企業のWebサイトなどから情報を引き出し、さらにSNSなどを使って顧客同士で情報を交換するようになりました。その情報量はときには営業担当者を上回る場合さえあります。こうした顧客の変化に応じて、販売店のサービスや流通チャネル、さらに工場の生産の仕組みも変わらなければなりません。例えば自動車ディーラーには、車の細かいスペックの差異よりも、むしろ顧客のファイナンシングに精通した人材を置いて、購入資金についてのコンサルティングをしたほうがよいのかもしれません。

小出伸一が語る

技術に任せるところは技術に任せ、
人間はより顧客に近づいたハイタッチな仕事を

 さまざまなデバイスやチャネルを通してあらゆる顧客とつながる時代。企業には膨大なデータが流れ込みます。しかしながら、その貴重なデータのほとんどは活用されていないのが実態です。ガートナー()のレポートによると、分析されている顧客データは1%に満たないと言われます。
 顧客もまた、豊富な情報がありながらも、企業や商品ブランドと密接につながっているという実感を得られないでいる。やはりガートナーの調査によると、企業とつながっている実感を持てない顧客は77%にも達するということです。
 つまり、企業と顧客の間にはまだまだギャップがある。このギャップを埋め、顧客の期待に応えられるビジネスモデルを生み出すことができれば、企業の市場価値は高まり、質の高い企業経営が可能になり、結果として差別化戦略に成功することになります。
 企業は豊富な顧客接点から得られるデータを活かしながら、顧客に最適なナビゲーションを行うべきです。しかし実のところ、膨大なデータを分析するのは専門人材が必要でコストがかかり、機械学習、ディープラーニング、予測分析、自然言語処理といった人工知能の力も借りなければなりません。
 膨大な費用と準備をすべての企業に求めるのはけっして現実的ではありません。こうした障壁をなくすために、当社は先ごろ、我々のCRMアプリケーションと接続して、誰もが使える人工知能の技術基盤「アインシュタイン」を発表しました。
 例えば、パフォーマンスの高い営業とそうでない営業の違いをデータで分析し、受注成功モデルをベースに次の商談の進め方を人工知能が推奨してくれます。技術に任せるところは技術に任せ、人間はより顧客に近づいたハイタッチな仕事ができるようになるのです。
 データ分析や人工知能の活用はたしかに重要なテーマです。しかし、こうした技術活用以上に重要なのは、データを分析して終わりではなく、それを次のアクションやビジネスモデルの変革につなげることです。そこまで踏み込んでソリューションを提供しなければ、お客様のビジネスを成功に導くことはできないのです。
 顧客が企業よりもアドバンテージをもつ時代。全世界の事例を通して変革に挑む企業を支援していきたいと考えています。

(※) Gartner, Inc. 米国に本拠地を置く業界最大規模のICTアドバイザリ企業。ITサービス全般について毎年レポートを発行している。

パネルディスカッション「顧客の時代」に対応するため
新たな企業価値の創造が求められている

パネリスト

セールスフォースドットコム保科 実氏

ニッセイ基礎研究所百嶋 徹氏

ジャフコ南黒沢 晃氏

三菱地所リアルエステートサービス前田 茂充氏

パネルディスカッション

合理的・効率的なCREの可視化が
事業判断の見通しを速くする

──本日のパネラー各位は、「スペシャリストの智」にもコメントされている各分野の専門家の方々です。基調講演で小出会長がキーワードとして挙げられていた「顧客の時代」。保科さんはどう認識されていますか。

保科 かつては企業が豊富な情報量を元に一方的に情報を提供したり、ブランディングするという流れでした。しかし、インターネット、SNS、モバイルの発展で、顧客が企業よりも多くの情報をもつ「顧客の時代」が到来するようになりました。企業と消費者の立場が逆転しつつあるのです。ネットを通して顧客と企業がつながる一方、消費者の購買の大半がネットで行われる。顧客のニーズを先取りしてつかむことの重要性は増す一方です。

南黒沢 顧客ニーズの多様化、産業のグローバル化から商品・サービスのライフサイクルが短期化し、それに合わせてビジネスサイクルも高速回転させていかなくてはならない時代になりました。そこに IoT(モノのインターネット)やビッグデータ解析、AI(人工知能)などのテクノロジーの進化が拍車をかけています。知性や知識だけに基づいて競争優位を維持することはかつてないほど難しくなっています。
 企業にとってはなかなか先が見えない時代ともいえます。3年以上の中期経営計画を作る企業は減り、短期の決算予想さえ開示しない企業も増えています。
 顧客の時代を見越したビジネスの変化はさまざまな業界で起こっていますが、その一つの例が駐車場ビジネスです。かつては1社が寡占する市場だったのですが、参入が相次いでいます。なかでも、全国の空いている月極駐車場や個人の駐車場と利用者のニーズをネットでマッチングさせるベンチャー企業に注目しています。2~3年後のこの業界がどうなっているか私たちさえ予測するのが難しいというのが実感です。

──顧客と企業の関係が変化するということは、企業と社会のかかわりも変化するということですね。

百嶋 その通りです。顧客だけでなく従業員、取引先、株主、債権者、地域社会、行政など多様なステークホルダーからの共感を得て、志の高い社会的ミッションの実現に取り組む企業、つまり真のCSR(企業の社会的責任)経営を誠実に実践する企業こそが、顧客からの支持を得る時代になってきているのではないでしょうか。

百嶋徹が語る

──CRE(企業不動産)の分野でもこの間、企業体質の変化が見られるのでしょうか。

前田 これからの時代に備えて、企業は体質を柔軟に保ち、変化対応力を高める必要がありますね。これはバブル崩壊やリーマンショックから得た教訓でもあります。最近はROE(株主資本利益率)やROA(総資産利益率)が重視されるようになりましたが、これらの数字を高めるためにも、企業不動産の価値の見直しが進んでいます。たとえば不動産を売却し、その資金を最新の設備投資に回し、生産効率を高める、あるいは、完全自社利用している支店ビルを一部外部に賃貸することで、総資産はそのままに、利益率を高めるなどCREの戦略的な活用が考えられます。昨今は、歴史のある企業であればあるほど、事業所設備が老朽化しているという現状が目立ちます。これをどうするかもCRE戦略の観点では今後の課題となるでしょう。

南黒沢 2014年8月のいわゆる「伊藤レポート」では、上場企業はROE8%を目指すべきだということが指摘されました。これが企業評価の一つの指標になってきつつあります。しかし、ROEは当期純利益を純資産で算出される数字ですので、ROEで月次の計数管理は出来ない。多くの企業はROEを分解し、自社に即した計数管理を行っているのが実情です。
 また、借入を増加させ財務レバレッジを上げればROEはアップしますが、無尽蔵に借金を増やすわけにもいきません。そのため一定の財務レバレッジに達した後は、企業価値向上のためにROAを上げることに注力せざるをえないことになります。ROAは資本も負債も含めて集めた資金をどれだけ効率的に運用しているかを示す数字です。不要な不動産を売却し、使用効率を改善することもROA改善に資するはずです。

百嶋 日本企業のROEは欧米企業に比べて低水準にとどまっていますが、その主因は売上マージンであるROS(売上高純利益率)の低さ、つまり「稼ぐ力」そのものの低さにあります。ROSを中長期的に高めるためには、小手先の固定費削減ではなく、設備投資、研究開発投資、M&Aなど攻めの経営戦略が欠かせません。戦略的投資の継続により稼ぐ力を取り戻しROAを高めれば、結果としてROEも向上するのです。

前田 ROE向上の施策について、CREの観点でいえば、自社の不動産を可視化することがまず重要です。どこにどんな不動産があるのかは固定資産管理台帳を見ればわかるとは思いますが、それぞれが今後どんな価値をもち、どんな活用法があるのかまで徹底して把握している企業はそう多くはありません。不動産を所有すべきか、手放すべきか。たとえ所有したとしても、それを自社で使うか、あるいは賃貸に回すべきか、リースバックのような形で運用すべきなのか。そうした将来にわたる課題を可視化することが、合理的・効率的なCRE戦略の実行と事業判断の見通しを速くするのです。
 こうした企業不動産可視化のためにはITの活用も必要でしょう。当社では「CRE@M」という、クラウドで利用できる不動産管理システムを提供しています。

保科 いま不動産について「持つ」、「持たない」の選択の時代が来ているというお話がありましたが、これはITでも同様です。例えば自社でハード・ソフト・システムを保有するオンプレミスで行くのか、それとも一切をクラウドに任せるのかといった問題です。私は、事業継続の基盤を支えるようなコアのシステムはオンプレミスでもよいと思いますが、スピードや柔軟性が求められる業務系のシステム、例えばCRM(顧客管理システム)などはクラウドに任せてもよいと考えます。
 こうした考え方の背景にあるのは、企業のシステム投資の重点が変わりつつあるという事実です。かつてシステム投資は、社内でやりとりされるデータを管理するSoR(Systems of Record)が中心でした。それは今でも必要ですが、最近はむしろ顧客との関係を強めるSoE(Systems of Engagement)へ重点がシフトしていきている。さらに今後はIoTを含むあらゆるデータを収集・活用するSoI(Systems of Insight)へと変わっていくだろうと思います。過去・現在の「見える化」の後に来るのが「先の見える化」。過去のデータを記録しておくこと以上に、次の打ち手や戦略を考える仕組みが必要なのです。そうした変化にスピーディーに対応するためにも、クラウドでシステムを運用するという選択が重要になります。

保科実が語る

企業の存在意義は社会的価値創出。
CREはそのプラットフォームに

保科実が語る

──こうした中で、企業は今どんなビジョンを持つべきでしょうか。

百嶋 先ほど社会的ミッションを起点とするCSR経営の重要性を強調したのは、四半期決算の義務化などで多くの日本企業が目先の利益追求を優先する経営の短期志向に陥ってしまっているからです。企業は社会的価値の創出と引き換えに経済的リターンを受け取るというのが本来のあり方であり、社会的価値創造のためには社会課題を解決し社会を豊かにするイノベーションが欠かせません。
 イノベーションといっても、既存顧客の維持を優先するあまり従来製品の改良を繰り返す「持続的イノベーション」と、将来の顧客を見据えて全く新しい価値を創出することにより、競争のパラダイム転換を起こし従来製品の価値を破壊してしまう「破壊的イノベーション」の2つがあることに留意が必要です。前者は製品改良・機能改善に終始する結果、時代の変化に取り残され「ガラパゴス化」に陥ってしまうことがありますが、真のイノベーションである後者は、単なる新製品・新技術の開発という枠を超えて、大きな社会変革をもたらすものです。

保科 良いモノを作れば売れる時代ではないというのはたしかですね。売り方やサービスの質に付加価値がなければならない。新しいテクノロジーを用いたり、新しいビジネスモデルを創造することで、「より顧客に寄り添える企業に変わる」という視点も重要です。

南黒沢 長い目でみて市場で生き残る企業には3つの条件があると思います。①その事業に社会的意義があること②新しい価値を創造し続けられること③絶え間ないビジネスモデルの再編成によって、競争優位を短いサイクルで積み重ねることができること。最近の私たちの投資対象もそうした条件から選んでいます。

南黒沢晃が語る

百嶋 イノベーションを継続的に生み出すためには、オフィスのあり方も再検討すべきです。従業員間のつながりの醸成、地球環境や従業員の健康への配慮、ワークスタイル革新などが重要な視点となります。創造的なオフィスづくりには、イノベーションの源となる組織スラック(経営資源の余裕部分)に投資するとの発想が欠かせません。

南黒沢 企業価値とは、究極のところバリューチェーンを構成する組織と人材がいかに活性化しているか、そこから創りだされる企業文化がいかに魅力的かに尽きると思います。成果主義の導入や非正規雇用が拡大する一方で、長期的視点に立って働く人の尊重と人材価値の向上に本気で取り組む経営者が増えている。どんなにコストを低減しても、採用・研修のコストは減らせないと考える経営者は少なくありません。

百嶋 CRE戦略では企業のファシリティが立地する地域社会との共生も欠かせない視点です。不動産は外部性を持つため、景観や環境など社会性に配慮した利活用が欠かせません。さらにCREは、事業を通じた地域活性化や社会課題解決などCSRを実践するためのプラットフォームの役割を果たすべきです。

前田 「顧客の時代」にいかに企業価値を向上させるかが今回のテーマでした。それに対応するためには、顧客接点を増やし、そこから来るデータをしっかり分析するのはもとより、変革、創造、スピードを伴う企業価値向上のためのさまざまな施策が重要だということがあらためてわかりました。企業活動の基盤になるCREについても、これらの観点を踏まえながら、より戦略性を高めることが重要になります。

前田茂充が語る

Profile プロフィール

セールスフォース・ドットコム
代表取締役会長 兼社長

小出 伸一

1981年 日本アイ・ビー・エム入社。ハードウェア、アウトソーシング、テクニカルサービス、ファイナンシャルサービスの各事業の責任者を務め、2002年には取締役に就任。日本アイ・ビー・エムに24年間在籍後、ソフトバンクテレコム(旧:日本テレコム)に入社、副社長兼COOに就任。07年より6年4 ヶ月間、日本ヒューレット・パッカード代表取締役社長執行役員として、同社のハードウェア、ソフトウェア、サービスの各事業ならびに全業務を統括。14年4月より、株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)を務め、16年11月より現職。

Profile プロフィール

セールスフォース・ドットコム
専務執行役員 チーフ・トラステッド・パートナー

保科 実

2008年に同社入社後、専務執行役員としてアライアンス、セールスエンジニア、コンサルティングサービス、サポートなど多岐にわたる部門を統括。日本郵政グループ、エコポイント、トヨタフレンドなどのプロジェクトマネージャーとしてプロジェクトを成功に導く。13 年以降は VAR (付加価値再販パートナー)、OEM ・ ISV パートナーなどを含むアライアンス事業を率いて、現在に至る。

Profile プロフィール

ジャフコ
事業投資部長

南黒沢 晃

1973年生まれ。事業会社、投資ファンド、証券会社などを経て、2011年にジャフコ入社。同社の事業投資部にて、事業承継、事業再生、大企業によるカーブアウトなどへのバイアウト投資を統括。自らも買収交渉から資産の管理・運用、投資資金の回収戦略に至るまでを一貫して手掛け、多数の会社の取締役に就任。PE投資以外に、ディストレス投資・不動産投資の実績も豊富。

Profile プロフィール

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/
明治大学経営学部 特別招聘教授

百嶋 徹

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、98年ニッセイ基礎研究所入社。2014年より明治大学経営学部特別招聘教授。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSRなどが専門の研究テーマ。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

Profile プロフィール

三菱地所リアルエステートサービス
情報開発一部長

前田 茂充

1968年生まれ。92年リクルート入社。01年起業、不動産コンサルティング会社を経て、2007年三菱地所リアルエステートサービス入社。CRE戦略立案及び実行支援業務に携わる。CRE戦略支援システム「CRE@M」を活用し、CREにおける課題抽出から実行に至る工程を着実に推進。

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