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歴史的建築物を活用した「新たな街づくり」のカギ

2018.07.12

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、大会会場の周辺を含め都内は開発ラッシュに沸いている。最新の建築技術が施された真新しいビルが続々と建てられる一方、東京には丸の内を中心に歴史的な建造物が数多く保存され、今なお街の象徴として存在感を放つ。
当時の最高技術を結集して設計され、数々の歴史の舞台となった建築物といえども、時代の経過とともに、老朽化や耐震性への対応など、機能面において現実的な問題に直面する。歴史ある建物ゆえに、維持・管理コストが重くのしかかり、建物を取り壊さざるを得ないケースもある。しかし、新築の建造物にはない趣のある外観に、地域における歴史を受け継いできたアイコンとしての存在は、新たな街づくりにおいても重要な位置付けとなり、現在では、建物の保存や積極的な活用の取り組みが広がっている。

(写真=Richie Chan/Shutterstock.com)

明治屋京橋ストアー 今なお健在のルネサンス様式の建物

国内の歴史的建造物の代表格といっても過言ではない赤レンガが印象的な東京駅丸の内駅舎。国の重要文化財にも指定されたこの駅舎は、開業100周年を迎えた2014年に改装が施され、赤いレンガの鮮やかさがさらに引き立った外観が完成した。東京のランドマークとして、確固たる地位を築き上げ、次の100年も周辺の街づくりを牽引する。東京駅丸の内駅舎の建造物を保存し、活用する例は、周辺にも大きな影響を及ぼした。

東京駅から徒歩数分、クリーム色のレトロな外観が目に付く建物は、明治屋京橋ストアーだ。1933年に建築された建物は、ルネサンス様式が施され、地下鉄の駅と一体化された構造を持つ民間建造物としては現存する最古のものという。

明治屋の創業は1885年(明治18年)まで遡り、日本で初めて瓶ビールの全国販売を実施したほか、戦後の1948年には駐留する外国人のために食品を供給するOSS(Overseas Supply Store)として輸入・食料品卸業を開始し、食文化に大きな影響を及ぼしてきた。さらに、2009年には、明治屋京橋ストアーが入る明治屋京橋ビルが中央区の有形文化財に指定された。

その後、持ち上がったのが、中央区による京橋二丁目西地区第一市街地再開発事業だ。明治屋京橋ビルを含む地区一帯は建物の老朽化が進み、各区画の敷地としては狭小で接道条件が悪く、単独では土地の有効利用が困難とされていたので、狭小敷地を統合し土地の有効利用を図る計画が進んだ。この事業において、すでに歴史的建造物として有形文化財に指定されていた明治屋京橋ビルについては、建物の保存と活用の策が採られることとなった。

改修工事では、ルネサンス様式が残る外壁と室内の一部は建設当時のままに保存して作業を進めた。時代を受け継いできた伝統ある外観を残す一方、地下鉄の出入り口と直結させるなど、利便性を高め、これからも街のシンボルとしての機能が期待できる改修となった。

三菱一号館美術館 歴史的建造物が新たな街づくりに貢献

東京駅丸の内駅舎の赤いレンガに引けを取らないくらい鮮やかな色彩でオフィス街に凛としてたたずむのが三菱一号館美術館だ。そのレトロな外観は1894年に明治政府のお雇い外国人として来日したイギリス人ジョサイア・コンドルの設計により建てられた三菱一号館を復元したものだ。

当時、三菱の基礎を築いた創業者 岩崎弥太郎の弟にあたる弥之助が、ビジネスセンターを開発する構想をもとに土地を購入し建てられた三菱一号館は、近代国家の幕開けとなった日本において、オフィスビルとしての役割を果たした。

華やかな幕開けを飾った三菱一号館だったが、しばらく時が経過すると時代の移り変わりとともに、あとから建てられたより近代的なオフィスビルに凌駕され、ランドマークとしての役目を終えた建物は一時、街から姿を消した。そしてその跡地には3棟のビルが建てられ、街の様子は一変した。

歴史の中にすっかり埋没していた三菱一号館にとって転換期となったのが、1998年からスタートした丸の内再開発だ。ビジネス色が漂う街に、賑わいや活気を生み出すという構想の下、丸ビルなど東京駅前のビルの建て替えが進んだ。

さらに2008年からの拡がりと深まりをテーマにした丸の内開発のステージで、三菱一号館が表舞台に戻ってくる環境が整う。建造物の整備方針として、従来のビジネス用途に商業用途が加わるという枠にとどまるのではなく、文化や街の歴史、環境などさまざまな要素を付け加え、深みを持たせるコンセプトが生まれたのだ。その第一弾として、街の歴史の原点に立ち返り、街の文化を改めて捉えなおす目的で、三菱一号館の復元が決まったという。

歴史的建造物を活用した街づくりのカギ 「新しい役割を担うコンセプト」にあり

明治時代は、オフィスビルとして最先端のトレンドでもあった三菱一号館だが、復元された建物は、歴史的な価値を街に再認識させ、その価値を多くの人と共有できるように、美術館として生まれ変わった。三菱一号館美術館と名付けられた建物は、歴史的価値だけでなく、美術館という空間が起点となった文化の発祥という新たな役割を街づくりの中で獲得した。

老朽化した歴史的建造物は、建物としての機能やメンテナンスの側面からお荷物扱いを受ける傾向があるが、その歴史的な価値に注目してみると、建物を保存することによって、街づくりのシンボルとして活用できる潜在性も秘める。同時に、それぞれの時代のなかで果たしてきた役割についても、建物自身が雄弁に物語ることでその価値が一層見直され、そうした歴史的建築物の存在がその街の歴史の沿革の一要素になり、活気ある街づくりにも影響を与える。