新時代の事業承継 進化のための受け継ぎ方

不動産価値を定点観測し、先代と承継予定者が情報を共有すること

──ここで今回のメインテーマでもある、事業承継にあたってのCRE戦略について考えていきたいのですが。

 事業承継時に限らず、企業が不動産とどう付き合っていくべきかについては様々な議論があると思います。しかし私はあまり複雑に考えず、まずは現金・生産設備・人財などと同様に不動産もアセットの一つと割り切ってもいいのではないかと思います。それらは単に保有していればいいというものではなく、それをどうやって活かすかが常に問われます。個別に活かすだけではなくそれらを組み合わせることが不可欠であり、それは先ほどの“場をつくる”という考え方に近いものがあります。その意味では不動産だけに閉じて考えるのではなく、ビジネス全体、いろんな事業部門があるなかで、経営全体の視点から不動産を捉える視点が不可欠になります。
 ところで、事業承継にあたっては、特にオーナー経営の中小企業の場合、相続税負担などに耐えきれず、不動産を売却してしまう例をよく見かけます。あるいは、後継者がいない、育てきれなかったということで廃業してしまうケースも少なくありません。実は事業承継というのは、不動産と目に見えるビジネスだけを承継するわけではないのですね。企業の歴史や哲学、顧客を含めて事業そのものを承継し、新たな形に変えていくベースを作ること。つまり、先代の思いを引き継いで、それをカスタマイズできる人がいなければ承継はできないのです。
 私のような不動産コンサルタントは、その会社の事業計画や中期計画などを照らし合わせたとき、不動産をどう扱うのかという提案を常に求められています。売却は一つの解にすぎず、むしろ売った買った後のビジネスをどう再構築するかが重要だと考えています。
 なかでも上場していないプライベート・カンパニーにとっては、不動産には蓄財機能という別の側面があります。代々築き上げ、不動産に結晶化した財産価値をどう承継していくか、という視点が生まれる。そこが上場企業とはちょっと違うところです。必ずしも株主資本主義的な発想ではなく、一族でビジネスをやっていくときの蓄財機能としてそれをどう活かすか。これも重要になります。
 もちろん、オーナー経営者の中には、承継のタイミングで事業を売り切り、そのお金で若い人たちが始める面白い会社を支援したり、経営指南をしたりする人もいます。ですから考え方は様々あっていいと思うのです。重要なのは自らのビジネスのDNAを時代にフィットさせながら新たに進化させるために、どのように受け渡していくかということなのです。
 20年働いてまた数年勉強して、それからまた別の仕事を始める、そういうことが可能な人生百年時代ですし、変化するスピードの速さゆえ昔の知識や手法は通用しない。歴史が古く組織が大きくなればなるほど、自由に振る舞えないということはあるかもしれませんが、しかし、そこを乗り越えて何らかの形で渡さないと、企業は進化を止めてしまいます。

──一般的な事業会社ではなく、豊富な不動産を所有して不動産運営を行う、いわゆる“大家業”の場合はどうでしょうか。

 これはむしろ一般的な事業会社よりはシンプルだと思います。多種多様な事業やアセットを保有しているわけではないので、賃貸市場の中で物件ごとの収支やリスク、資産と負債のバランス、資産効率性などをまずはチェックすればよいわけです。ですから、毎年、事業を定点観測しながら、どうやって売上げアップとコストダウンを図るか、効率的に修繕や運営をしていくかを考えながら経営を続けるというのが基本となります。
 ただ現実には、それをきちんとできていない企業が多い。不動産資産がどうなっているかを、現役世代と承継予定者が情報を共有し、相続対策も事前に進めておけば何の問題もないのですが、それを怠ったばかりに相続が発生して初めて、こんなに借入があったのか、返せるのかと焦ってしまい、あまり考えずに不動産を売ってしまうことがあります。全く残念なことです。
 先進的な賃貸経営を実践する大家がまだまだ少ないという意味でも、定点観測と情報共有さえやっていれば不動産賃貸事業そのものは一般の事業会社の市場環境より現時点では競争が激しくなく、新しいビジネスを展開するチャンスは十分にあります。例えば先に述べたシェアハウスやコワーキングスペースのような、“箱”ではなく“場”を企画してそこに人々を集めるようなビジネスもその一つです。あるいは大家自らがそこに暮らす人と過ごす場、例えば自分で育てた野菜を住人と共に食する会などといった場を作ったりすることで退去率を減らしたという事例などもあります。しかし実際にはこうした動きがまだ少ないので、今はまだチャンスがあると思います。

承継後の事業ビジョンからバックキャスティングして今を考える

──事業承継は、不動産を活かして新たなビジネスを生み出すチャンスでもあるというお話でしたが、そうしたタイミングが訪れたときに重要になるビジネス・マインドとはどんなものでしょうか。

 地域の若手企業人が進める街づくりにおいて、場を作る際に話題に挙がる共通の考え方が3つあります。1つは、一人で儲けるのではなく、みんなで幸せになるという精神。2つ目は、最初から大きくやるのではなく、小さなことを数多く始めることが大切だということ。そして3つ目がバックキャスティングな発想です。目標となるような状態を想定し、そこを起点に現在を振り返って今何をすべきかを考える、いわば未来からの発想法です。
 街づくり、場づくりでは、絵を書くのが上手な方に実際にイメージを描いていただきながら発想を深めていくことが多々あります。新しい街では、おじいちゃんと子供が一緒に何かしている。パン屋さんがこの角にあって、向こうには八百屋さんがあって、その前でママたちが立ち話をしている、というような具体的なイメージです。絵は複数の人とイメージを共有できますし、そうした賑わいを生み出すためには、1年後、2年後には何をする必要があるのかを考えやすくなるのです。

──これはスタートアップだけでなく、大手企業にも当てはまる考え方ですね。

 おそらく事業承継をきっかけとした、CRE戦略の立案でも同じことが言えるのではないかと思います。事業承継というと、どうやって税金を払うかが重要な関心事ではありますが、それはあくまでもスタートでしかありません。税金の対策はいくつかの方法がありますが、やれることには限界がある。奇策はなく、結局は王道を進むしかないのです。
 しかし、こうした入口の税金の話と、事業を承継してから次の事業をどうやって生み出すか、地域のどんな人たちとどのような共有の場をつくっていくのか、というのは別の次元の話です。私自身もコンサルティングはその入口から入りますが、肝心の事業ビジョンの話に行きつくまで1年ぐらいかかることもまれではありません。けれども、事業承継のビジョンがないままで、小手先の対策をいかに労しても、企業の進化はありえない。ビジネスモデルが激変する今の時代、進化を止めた企業は消滅するだけです。成長するためのビジョンがやはり重要で、そのためにも不動産というアセットをどう活かすかが、これからも問われていくと思います。

Profile

株式会社あゆみリアルティーサービス代表取締役/
宅地建物取引士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士

田中 歩

1991年慶應義塾大学経済学部卒業。同年三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)入社。不動産仲介・相続コンサルティング、不動産ファイナンス業務に17年間従事。2008年あゆみリアルティーサービスを設立し、住宅売買仲介から相続・事業用不動産にわたる総合不動産コンサルティング業務を展開。現在、株式会社さくら事務所不動産コンサルタント(パートナー)、ひつじ不動産顧問、株式会社ルーヴィス相談役を兼務。日経電子版で「転ばぬ先の不動産学」を連載中。

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