
平成最後の年にあらためてこの30年を振り返ってみれば、バブル景気とその後の失われた10年、リーマンショックなど決して順風満帆だったとは言えません。しかしながら、最近の不動産景況に目を向ければ、活発な状態が続いています。アベノミクスの進展、インバウンド市場の拡大、2020年のイベントなどが好況の背景にあり、首都圏、近畿、中京、九州などの大都市圏では地価が軒並み上昇を続けています。
金融緩和政策によって不動産投資のチャンスも拡大し、企業価値の向上を目的としたCRE戦略があらためて注目されています。単に保有資産の整理・見直しだけに留まらず、中長期的な視点での不動産活用、生産性の向上やより優秀な人財確保を求めたオフィス移転などに取り組む企業も増えています。このようにCRE戦略を実行に移す好機にある今だからこそ、米中関係や消費増税などの経済インパクトが今後どのような影響をもたらすのか、私たちも注視しておかなければなりません。
今回のカンファレンスでは、ご登壇いただくスペシャリストの方々に今後の経済展望や市場環境の変化を見据えながら、これからの時代に備えるべき「企業競争力」についてお話しいただきます。
現在私は平成時代の日本経済を振り返る書籍を執筆中なのですが、アインシュタインの言葉をそこで紹介しています。彼はこれまで生み出された「宇宙最強の理論」を相対性理論などではなく、「複利計算」の理論であると喝破しました。複利法とは元金によって生じた利子を次期の元金に組み入れることで、年月が経てば経つほど雪だるま式に利子が増えていくことを言います。毎日の変化はとても小さなものだが、ひとたび起こった変化はそれが積み重なることで、巨大な変革につながる——アインシュタインはそのことを言おうとしたのではないかと思うのです。
ちなみに今年は亥の年ですが、一回り前の亥の年2007年にはiPhoneが発売され、デジタル革命が一般の消費者の間でも本格化しました。そして二回り前の1995年にはWindows95が発売されています。インターネットが家庭に入ってきた年として記憶している方も多いでしょう。験を担ぐようですが、世界では12年ごとにその後の革命につながるような重要な変化が起こる。2019年の亥の年に起こる出来事もまた、日本企業、そして日本という国の競争力にこれまで以上の大きな変化をもたらすかもしれない、そんなふうに私は思うのです。
2019年の経済見通しについて私は、一言で言えば「非常に大きく揺れながらも、しかし力強く前進する年」になると考えています。
2008年9月のリーマンショックで落ち込んだ世界経済は、その後の10年にわたって緩やかながらも着実な回復を続けてきました。これを「グレートモデレーション(大いなる安定)」の時代と呼ぶことも可能でしょう。
しかしながら、その安定性に昨年あたりから少し変化が見られるようになってきました。直近では新年の大発会に見られるような株式市場のボラタイルな動きです。内閣の経済見通しでは2019年度は前年度よりも経済成長率はやや高まるという見方をしていますが、これは少々楽観的すぎると感じています。いきなり相場の暴落があるとは思えませんが、これまでの基調とは違って、日本経済は大きく揺れながら、全体としては弱含みの傾向が続くのではないでしょうか。
その要因はいくつかあるのですが、一つがアメリカの経済赤字、金利上昇に端を発する世界経済の変動です。アメリカでは昨年1月から2月にかけて、トランプ政権のもとで大幅な所得税、法人税減税が行われました。こうした財政拡大で金利が上昇すると、世界中のお金がアメリカに吸い寄せられ、資産市場が不安定化するようになります。その影響で新興国では、トルコ・リラなどに見られるように通貨の切り下げが行われるようになります。当然、これらの国ではインフレ率が高まり、それに対応するため各国は金融引き締めに動かざるをえません。現代は世界経済に占める新興国の存在感は大きなものですから、その影響を受けて世界全体の経済も弱含みになっていくというわけです。
もう一つ、世界経済の揺れにつながる要因は言うまでもなく米中の対立です。アメリカの貿易赤字の半分近くが対中貿易から来ていることを問題視したトランプ政権が、鉄鋼、アルミ等に25%の関税をかけ、それに対して中国が報復するという動きが昨年見られました。最初は貿易戦争でしたが、昨年の半ばからその対立は変質し、いまやアメリカ型の資本主義と中国型の国家資本主義との根本的な対立といった様相を見せるまでになっています。
昨年のダボス会議でドイツのメルケル首相は、これからの経済競争は一にも二にもビッグデータの競争になると、重要な指摘をしています。GAFAといった世界企業を市場から閉め出しながら、国家資本主義のもとで、時には個人情報保護を無視してまで巨大なデータを集め、これらのデータを活かして活動する大企業を支えてきた中国の国家資本主義。これと自由主義的な資本主義国家がどう向き合うかは、きわめて重要な課題になっています。
この対立は日本企業にも大きな影響を与えています。北米自由貿易協定(NAFTA)改定にあたっての中国条項に見られるように、アメリカは中国企業に資するような企業はどの国の企業であれ、これを認めないという姿勢をあらわにしています。日本でも中国企業と組むことのリスクを感じて、部品調達などを止める企業も増えてきました。
こうした要因もからまって、経済の先行きが見通せなくなっている。その時折の要人の発言に株式市場や為替市場がその都度敏感に反応することで、マーケットに揺れが起こるようになっています。2019年もその揺れは続くでしょう。こうした揺れをかいくぐりながら、私たちは堅実な企業運営、国家運営をしていかなければならないのです。
しかしながら、2019年には日本企業が力強く前進するチャンスもまた訪れます。昨年以上に大きく加速するはずの第4次産業革命の動きがそれです。第4次産業革命は言うまでもなく、IoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどの新技術を活用した新たな技術革新のことです。その中でも、ディープラーニング(深層学習)の技術を使うことで、AIが自分で自分を賢くするプロセスが実用化されるようになったことが大きいと、指摘するAI研究者もいます。
オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授も、AIの活用で10数年後には職業の47%が消えてなくなるという予測を発表したように、第4次産業革命は私たちの生活や仕事にも大きな影響をもたらします。
私が以前から注目している技術の一つに、AIを使った出入国管理の際の顔認証技術がありますが、出入国という国家権力の行使をいまやAIが担っているのです。こうした顔認証装置の多くを日本企業が製造しています。AIをロボットや産業装置に搭載して活用する技術では世界に引けをとらないものがあります。
日本企業はそういう意味で第4次産業革命を支えるパーツではものすごい技術をもっているのですが、第4次産業革命全体への国を挙げての対応ではやや遅れました。閣議の成長戦略が第4次産業革命に言及したのは、ドイツ政府が「インダストリー4.0」の国家プロジェクトを発表した2011年から遅れること5年、2016年のことでした。
私が一つ心配しているのは、第4次産業革命について日本企業の経営者の認知がまだ十分ではないということです。政策投資銀行が行った今後の設備投資に関するアンケート調査では、AIを活用した新たな市場分野に進出することについて、調査対象企業の6割から7割が「考えていない」と答えています。第4次産業革命を進める上で重要なビッグデータについても、それを持っているのは世界ではGAFAや中国企業です。もちろん、日本にもビッグデータを活かそうとする企業はありますが、それらは必ずしも世界をまたにかけた巨大企業ではありません。
しかしながら、日本でもここに来て、いよいよ第4次産業革命についての本格的な取り組みが始まっています。一年強前に議員立法で一つの法律が作られ、官民共同のビッグデータの司令塔組織が昨年から立ちあがっています。現在は車の自動運転のために不可欠な道路情報の整備を進めているところです。
自動運転もドローン技術も、実際の道路や空で実験しなければ、技術革新は進みません。そのためには、「レギュラトリー・サンドボックス」という仕組みが不可欠です。日本語でいえば「規制の砂場」。子どもが安全が確保された砂場で思うがままに遊ぶように、企業が限られた期間や範囲で自由に新しいサービスを試すことを認める制度です。イギリスやシンガポールが先行したサンドボックス制度が昨年から日本でも始まりました。
そうした規制改革の動きを知って積極的に活用していく企業と、そうではない企業との差はこれからますます広がるだろうと、私は思います。
規制改革ということで言えば、昨年の国会では、これまで改正は難しいとされていた労働基準法が70年ぶりに改正されたのをはじめ、カジノを含むIR推進法、水道法改正、外国人労働者を受け入れる出入国管理法改正が成立しました。一つひとつを見ると小さな変化かもしれませんが、いずれはアインシュタインが言うように大きな変化をもたらすはずのものです。
例えば、人生100年時代を見据えて 「リカレント教育」の必要性が叫ばれていますが、社会人大学院で勉強したいと思っても、その日、残業を命じられた場合に社会人は大学に通うことはできません。ですから時間ではなく、あくまでも成果で人々の仕事を評価するように法体系も変わる必要があるのです。
先日、中国杭州市にあるIT企業の本社の見学に行ったのですが、玄関を入ったところにある巨大なスクリーンに映し出されている映像を見て私はたいそう驚きました。そこには、杭州市の主要な道路の交通量に関するデータがリアルタイムに表示されていました。そのビッグデータを活かして交通信号の最適化を行ったところ、市内の交通平均混雑率が20%低下し、救急車の平均到達時間が半分になったというのです。この企業は前述の技術をパッケージ化して、世界中に売り込もうとしています。
AIとビッグデータなどの先端技術を用いて都市のインフラを効率的に管理する「スーパーシティ」プロジェクトは他にもあり、例えばアメリカの大手IT企業だけでなく中国でも習近平肝煎りで北京近郊に全く新しいスマートシティを建設しようとしています。
日本にもこうしたスーパーシティが必要です。私たちはもちろん、個人情報の保護をしっかりしながら、リベラルな秩序の中でこうした技術革新を進める必要があります。ただ、地方自治体が率先して実証実験を進められるように、これまでと違った法制度も必要になるでしょう。第4次産業革命を推進するためには、政府と民間の役割も大きく変わる必要があるのです。
前の東京オリンピックがあった1964年には、日本を訪れる外国人観光客の数は35万人にすぎませんでした。ところが、2020年にはそれが4000万人にも達し、巨大なインバウンド需要をもたらすと予測されています。実に100倍以上の増加です。小さな変化を見逃さず、大きな変革に向けて準備する。その変化の中にこそ、新たなビジネスチャンスはあるものです。みなさんには、ぜひそれをつかみ取って、これからも勝ち進んでいただきたいと思います。
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