日経産業新聞フォーラム スペシャリストの智
CREカンファレンス2018-2019・レポート

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目次

 企業の持続的成長を見据えるとき、企業を取り巻く国内外の経済・社会・政治の動きを無視することはできません。その変化をビジネスチャンスに変えることが不可欠です。このほど開催された「日経産業新聞フォーラムスペシャリストの智CREカンファレンス2018~2019」は2017年から数え3回目。カンファレンスでは基調講演に竹中平蔵氏、特別講演に加賀電子会長の塚本勲氏を迎え、これからの成長企業の条件とそれを達成するためのCRE戦略の視点について貴重なヒントをいただきました。

開催挨拶経済インパクトを見越したCRE戦略の実行を

三菱地所リアルエステートサービス
代表取締役副社長 斎藤 哲ニ郎

 平成最後の年にあらためてこの30年を振り返ってみれば、バブル景気とその後の失われた10年、リーマンショックなど決して順風満帆だったとは言えません。しかしながら、最近の不動産景況に目を向ければ、活発な状態が続いています。アベノミクスの進展、インバウンド市場の拡大、2020年のイベントなどが好況の背景にあり、首都圏、近畿、中京、九州などの大都市圏では地価が軒並み上昇を続けています。
 金融緩和政策によって不動産投資のチャンスも拡大し、企業価値の向上を目的としたCRE戦略があらためて注目されています。単に保有資産の整理・見直しだけに留まらず、中長期的な視点での不動産活用、生産性の向上やより優秀な人財確保を求めたオフィス移転などに取り組む企業も増えています。このようにCRE戦略を実行に移す好機にある今だからこそ、米中関係や消費増税などの経済インパクトが今後どのような影響をもたらすのか、私たちも注視しておかなければなりません。
 今回のカンファレンスでは、ご登壇いただくスペシャリストの方々に今後の経済展望や市場環境の変化を見据えながら、これからの時代に備えるべき「企業競争力」についてお話しいただきます。

斎藤哲ニ郎が語る

基調講演 2019年の経済:企業の競争力とは

慶應義塾大学名誉教授/東洋大学教授
竹中 平蔵氏

アインシュタインが語った「宇宙最強の理論」とは

 現在私は平成時代の日本経済を振り返る書籍を執筆中なのですが、アインシュタインの言葉をそこで紹介しています。彼はこれまで生み出された「宇宙最強の理論」を相対性理論などではなく、「複利計算」の理論であると喝破しました。複利法とは元金によって生じた利子を次期の元金に組み入れることで、年月が経てば経つほど雪だるま式に利子が増えていくことを言います。毎日の変化はとても小さなものだが、ひとたび起こった変化はそれが積み重なることで、巨大な変革につながる——アインシュタインはそのことを言おうとしたのではないかと思うのです。
 ちなみに今年は亥の年ですが、一回り前の亥の年2007年にはiPhoneが発売され、デジタル革命が一般の消費者の間でも本格化しました。そして二回り前の1995年にはWindows95が発売されています。インターネットが家庭に入ってきた年として記憶している方も多いでしょう。験を担ぐようですが、世界では12年ごとにその後の革命につながるような重要な変化が起こる。2019年の亥の年に起こる出来事もまた、日本企業、そして日本という国の競争力にこれまで以上の大きな変化をもたらすかもしれない、そんなふうに私は思うのです。
 2019年の経済見通しについて私は、一言で言えば「非常に大きく揺れながらも、しかし力強く前進する年」になると考えています。

世界経済を揺るがす要因
新興国の経済不安と米中貿易戦争

 2008年9月のリーマンショックで落ち込んだ世界経済は、その後の10年にわたって緩やかながらも着実な回復を続けてきました。これを「グレートモデレーション(大いなる安定)」の時代と呼ぶことも可能でしょう。
 しかしながら、その安定性に昨年あたりから少し変化が見られるようになってきました。直近では新年の大発会に見られるような株式市場のボラタイルな動きです。内閣の経済見通しでは2019年度は前年度よりも経済成長率はやや高まるという見方をしていますが、これは少々楽観的すぎると感じています。いきなり相場の暴落があるとは思えませんが、これまでの基調とは違って、日本経済は大きく揺れながら、全体としては弱含みの傾向が続くのではないでしょうか。
 その要因はいくつかあるのですが、一つがアメリカの経済赤字、金利上昇に端を発する世界経済の変動です。アメリカでは昨年1月から2月にかけて、トランプ政権のもとで大幅な所得税、法人税減税が行われました。こうした財政拡大で金利が上昇すると、世界中のお金がアメリカに吸い寄せられ、資産市場が不安定化するようになります。その影響で新興国では、トルコ・リラなどに見られるように通貨の切り下げが行われるようになります。当然、これらの国ではインフレ率が高まり、それに対応するため各国は金融引き締めに動かざるをえません。現代は世界経済に占める新興国の存在感は大きなものですから、その影響を受けて世界全体の経済も弱含みになっていくというわけです。
 もう一つ、世界経済の揺れにつながる要因は言うまでもなく米中の対立です。アメリカの貿易赤字の半分近くが対中貿易から来ていることを問題視したトランプ政権が、鉄鋼、アルミ等に25%の関税をかけ、それに対して中国が報復するという動きが昨年見られました。最初は貿易戦争でしたが、昨年の半ばからその対立は変質し、いまやアメリカ型の資本主義と中国型の国家資本主義との根本的な対立といった様相を見せるまでになっています。
 昨年のダボス会議でドイツのメルケル首相は、これからの経済競争は一にも二にもビッグデータの競争になると、重要な指摘をしています。GAFAといった世界企業を市場から閉め出しながら、国家資本主義のもとで、時には個人情報保護を無視してまで巨大なデータを集め、これらのデータを活かして活動する大企業を支えてきた中国の国家資本主義。これと自由主義的な資本主義国家がどう向き合うかは、きわめて重要な課題になっています。
 この対立は日本企業にも大きな影響を与えています。北米自由貿易協定(NAFTA)改定にあたっての中国条項に見られるように、アメリカは中国企業に資するような企業はどの国の企業であれ、これを認めないという姿勢をあらわにしています。日本でも中国企業と組むことのリスクを感じて、部品調達などを止める企業も増えてきました。
 こうした要因もからまって、経済の先行きが見通せなくなっている。その時折の要人の発言に株式市場や為替市場がその都度敏感に反応することで、マーケットに揺れが起こるようになっています。2019年もその揺れは続くでしょう。こうした揺れをかいくぐりながら、私たちは堅実な企業運営、国家運営をしていかなければならないのです。

竹中平蔵が語る

第4次産業革命が本格化。国を挙げての対応が進む

 しかしながら、2019年には日本企業が力強く前進するチャンスもまた訪れます。昨年以上に大きく加速するはずの第4次産業革命の動きがそれです。第4次産業革命は言うまでもなく、IoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどの新技術を活用した新たな技術革新のことです。その中でも、ディープラーニング(深層学習)の技術を使うことで、AIが自分で自分を賢くするプロセスが実用化されるようになったことが大きいと、指摘するAI研究者もいます。
 オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授も、AIの活用で10数年後には職業の47%が消えてなくなるという予測を発表したように、第4次産業革命は私たちの生活や仕事にも大きな影響をもたらします。
 私が以前から注目している技術の一つに、AIを使った出入国管理の際の顔認証技術がありますが、出入国という国家権力の行使をいまやAIが担っているのです。こうした顔認証装置の多くを日本企業が製造しています。AIをロボットや産業装置に搭載して活用する技術では世界に引けをとらないものがあります。
 日本企業はそういう意味で第4次産業革命を支えるパーツではものすごい技術をもっているのですが、第4次産業革命全体への国を挙げての対応ではやや遅れました。閣議の成長戦略が第4次産業革命に言及したのは、ドイツ政府が「インダストリー4.0」の国家プロジェクトを発表した2011年から遅れること5年、2016年のことでした。
 私が一つ心配しているのは、第4次産業革命について日本企業の経営者の認知がまだ十分ではないということです。政策投資銀行が行った今後の設備投資に関するアンケート調査では、AIを活用した新たな市場分野に進出することについて、調査対象企業の6割から7割が「考えていない」と答えています。第4次産業革命を進める上で重要なビッグデータについても、それを持っているのは世界ではGAFAや中国企業です。もちろん、日本にもビッグデータを活かそうとする企業はありますが、それらは必ずしも世界をまたにかけた巨大企業ではありません。

竹中平蔵が語る

規制改革を活用できる企業とそうでない企業との差が広がる

 しかしながら、日本でもここに来て、いよいよ第4次産業革命についての本格的な取り組みが始まっています。一年強前に議員立法で一つの法律が作られ、官民共同のビッグデータの司令塔組織が昨年から立ちあがっています。現在は車の自動運転のために不可欠な道路情報の整備を進めているところです。
 自動運転もドローン技術も、実際の道路や空で実験しなければ、技術革新は進みません。そのためには、「レギュラトリー・サンドボックス」という仕組みが不可欠です。日本語でいえば「規制の砂場」。子どもが安全が確保された砂場で思うがままに遊ぶように、企業が限られた期間や範囲で自由に新しいサービスを試すことを認める制度です。イギリスやシンガポールが先行したサンドボックス制度が昨年から日本でも始まりました。
 そうした規制改革の動きを知って積極的に活用していく企業と、そうではない企業との差はこれからますます広がるだろうと、私は思います。
 規制改革ということで言えば、昨年の国会では、これまで改正は難しいとされていた労働基準法が70年ぶりに改正されたのをはじめ、カジノを含むIR推進法、水道法改正、外国人労働者を受け入れる出入国管理法改正が成立しました。一つひとつを見ると小さな変化かもしれませんが、いずれはアインシュタインが言うように大きな変化をもたらすはずのものです。
 例えば、人生100年時代を見据えて  「リカレント教育」の必要性が叫ばれていますが、社会人大学院で勉強したいと思っても、その日、残業を命じられた場合に社会人は大学に通うことはできません。ですから時間ではなく、あくまでも成果で人々の仕事を評価するように法体系も変わる必要があるのです。
 先日、中国杭州市にあるIT企業の本社の見学に行ったのですが、玄関を入ったところにある巨大なスクリーンに映し出されている映像を見て私はたいそう驚きました。そこには、杭州市の主要な道路の交通量に関するデータがリアルタイムに表示されていました。そのビッグデータを活かして交通信号の最適化を行ったところ、市内の交通平均混雑率が20%低下し、救急車の平均到達時間が半分になったというのです。この企業は前述の技術をパッケージ化して、世界中に売り込もうとしています。
 AIとビッグデータなどの先端技術を用いて都市のインフラを効率的に管理する「スーパーシティ」プロジェクトは他にもあり、例えばアメリカの大手IT企業だけでなく中国でも習近平肝煎りで北京近郊に全く新しいスマートシティを建設しようとしています。
 日本にもこうしたスーパーシティが必要です。私たちはもちろん、個人情報の保護をしっかりしながら、リベラルな秩序の中でこうした技術革新を進める必要があります。ただ、地方自治体が率先して実証実験を進められるように、これまでと違った法制度も必要になるでしょう。第4次産業革命を推進するためには、政府と民間の役割も大きく変わる必要があるのです。
 前の東京オリンピックがあった1964年には、日本を訪れる外国人観光客の数は35万人にすぎませんでした。ところが、2020年にはそれが4000万人にも達し、巨大なインバウンド需要をもたらすと予測されています。実に100倍以上の増加です。小さな変化を見逃さず、大きな変革に向けて準備する。その変化の中にこそ、新たなビジネスチャンスはあるものです。みなさんには、ぜひそれをつかみ取って、これからも勝ち進んでいただきたいと思います。

特別講演経営視点から見る強い企業、成長する企業

加賀電子
代表取締役会長 塚本 勲氏

地の利を活かした「部品の便利屋」として創業

 当社は1968年に電子部品商社として設立して以来、とりまくエレクトロニクス業界の発展と共に業容を拡大してまいりました。2014年に建設した本社ビルは秋葉原の地にかまえていますが、その立地は決して、私たちの業態やアイデンティティと無関係のものではありません。
 加賀電子の創業前、私は可変抵抗器のメーカーで組立工として働きはじめ、その後営業に配転になります。当時隆盛を極めていた音響機器メーカーなどが代表的なお得意先でした。そのうち抵抗器だけでなく、あらゆる電子部品を扱いたいと思うようになり、秋葉原に電子部品商社を創業します。お客さまに必要だと言われると、どんな部品でも探し出してきて、それを納める。いわば秋葉原という地の利を最大限活かした「部品の便利屋」としてスタートしたのです。当時、お金はないものの人脈という無形の財産はありました。創業当時はデジタルの「デ」の字もなかった時代ですが、技術革新のスピードは速い。すべてはお客さまのため、頼まれたものはなんでも取り扱うという姿勢と土地のメリットがあったからこそ、アナログからデジタルへの技術変化、業界の移り変わりに対応できたのではないかと思います。
 70年代にインベーダーゲームが流行していたころは、日本の半導体メーカーが作るICチップをゲーム機会社に販売するという取引のお手伝いをしました。部品が足りなくなって、アメリカから当時の共産圏まで、世界のどこへでも出かけていって調達したものです。
 当時から一貫しているのは、在庫を持たない商売に徹するということ。創業当時は、銀行からの借入ができないので、持てなかったというのが実情です。ですから先に注文をもらい、その分を仕入れ先に発注するというやり方しかできなかったのです。しかし、在庫を持つと、資金が寝てしまったり、保管スペースなどの費用もかかる。結果的に、在庫を持たないフロー経営、受注があってから初めて発注する「受・発注の原則」が、変化に強い会社を作り上げる大きな要因になりました。これは現在も加賀電子のDNAとして引き継がれています。

塚本勲が語る

べンチャー投資を通して、時代の変化を先取りする

 これからもますます時代は変化します。電気自動車、5G、AI、IoTといった新技術もあれば、高齢化、医療、美容・健康への関心の高まりなど社会的な変化もある。グローバルに見ても、生産拠点やサプライチェーンがどんどん変化します。それに対応するため、私たちも世界に進出し、電子機器の受託開発・生産サービス(EMS)を強めています。
 時代の変化に常に敏感であるためには、お客さまの声を聞き、自らも新規事業を次々に起こすことが大切です。創立50周年を機にファンドを創設し、車載機器や通信、環境、産業機器、アミューズメント、医療、ヘルスケア、素材など成長市場で活躍するベンチャー企業への投資も始めました。現在の投資先企業は20社近くに及びます。
 その中には、都心のオフィスビル内で社内育児施設を展開している企業もあります。エレクトロニクス商社がなんで育児サービスに投資をするのかと思われるかもしれませんが、企業の不動産戦略と合致した育児サービス業をベンチャーと一緒に担うことは、知育玩具など電子部品の新しい市場を形成するうえでも、ユーザーの意識の変化を先取りするうえでも必要なことだと思うのです。
 創業以来のモットーである「フレキシビリティ、キープヤング、たえずトライする」の「F・Y・T」と、行動指針である「ジェネラル(なんでも取り扱う)、グループ、グローバル」の「3G」を胸に、私たちはこれからも、変化に柔軟に対応しながら土地とともに弛まぬ成長を目指しています。

テーマトーク企業価値の変化と不動産戦略

モルガン・スタンレーMUFG証券
シニアアドバイザー
ロバート・フェルドマン氏

三菱地所リアルエステートサービス
代表取締役社長
田島 穣

モデレーター
日経CNBCキャスター
改野 由佳氏

 カンファレンスの最後に、エコノミストのロバート・フェルドマン氏と、不動産活用のスペシャリストとして三菱地所リアルエステートサービスの田島穣社長が「企業価値の変化と不動産戦略」をテーマにディスカッションしました。

ITによる情報コストの削減はオフィスや
人々のコミュニケーションをどう変えるか

改野 まずお話の起点として、フェルドマンさんは、「スペシャリストの智」の中で情報取得のコスト低下とスピードの短縮という大きな変化を、企業価値向上のチャンスとすべきだと述べられていますが。

フェルドマン 最も大きな変化は、この30年にわたるIT革命を通して、情報を扱うコスト、それを伝達するコストがきわめて安くなったということでしょう。インターネット技術は時間や地理的な境界をなくしただけではなく、コストの境界もなくしました。これは情報や商品を受け取る需要サイドに高い利便性と多くの選択肢が生まれたことを意味します。
 一方、供給サイドにとっても、消費者が何を求めているかを以前よりも早く察知し、商品をより安く、より速く供給することができるようになりました。いわば情報利用の精度によって企業価値が変わるのです。情報をいかに分析して、有益な価値に転換するのかが、経営者の手腕になります。

田島 ネット環境さえあれば世界中どこでも情報を共有できるようになりました。理論上働く環境はどこでもよく、極端な話、オフィス拠点もなくてもよいということになります。ただ、現実にはそうはなっておりませんし、企業戦略にとっても拠点は重要な意味を持ちます。シリコンバレーにはIT企業が集まり、このエリアの不動産価格も上昇しています。
 ITがどんなに進化しても、ビジネスを創造して進化させていくためには、人と人が顔を合わせることが欠かせません。オフィス戦略においても、フリーアドレスや在宅勤務などバリエーションは豊富になってきていますが、逆に会議室のスタイルやパブリックスペース、社員食堂などコミュニケーションを発展させるために工夫を凝らす傾向も増えています。オフィスの中で偶然の出会いを増やす工夫を凝らすことで、思いもよらぬアイデアや、興味や関心を多く引き出すことができ、事業戦略の次の原動力を生む機会が増えます。
 当社も昨年5月に本社を移転し、ひとつのフロアに全ての部署を集約しました。フリーアドレスや多様な共有スペースを取り入れることで、部署や役職を超えた時間と場所の共有が進みました。すでにその効果も現れてきています。一部をご紹介しますと、これまで4つのフロアに分かれていた不動産売買仲介、賃貸経営、駐車場マネジメント、不動産鑑定の各営業部をひとつのフロアにしたことにより、各営業部の垣根を越えた協業による成約率が前年比15%アップしました。

フェルドマン アイデアはどこから生まれてくるのか。一日中、同じオフィスにいれば必ず生まれるというものではないですが、人と接することで生まれることは確かでしょう。この前伺った通信社の社屋には、広いオフィスのど真ん中に料理を並べた大きなテーブルがありましたよ。誰もがいつでも好きなものを好きなだけ取ってよい。そこが新たなビジネスヒントにつながるようなコミュニケーションを促すというのです。
 昔の企業によく見られた喫煙室では、部署や役職と関係なくいろんな人が溜まって情報交換をしていました。喫煙室ではなくても、人の集まりやすいスペースのある会社は、コミュニケーションが活発になり、収益性も高いと言えるでしょう。

ロバート・フェルドマンが語る

グローバル規模でのエリア・ブランディングを考える時期

改野 情報伝達の距離的・時間的制約が小さくなるグローバル化の時代に、企業はどういう戦略が必要でしょうか。

フェルドマン グローバル化でどこに市場があり、どこに需要があるかを探すことはしやすくなった。ただ、まだ「心の壁」があるようです。例えば私が愛用する遠近両用の眼鏡。フレームからレンズを外して上下に動かすことができる優れものなんです。ぜひ私のアメリカにいる友人にも使って欲しいと、海外では売っていないのかメーカーに問い合わせたことがあります。すると、そのメーカーの人曰く「壊れた時のアフターサービスが提供できないため海外での販売はおこなっていない」というのです。これはたしかに日本人にとっては美徳かもしれませんが、外国人がその話を聞いたら不思議に思うでしょう。日本企業の“美徳”がグローバル化を邪魔している例です。

田島 不動産投資の面からのグローバル化は今後ますます進んでいくと思います。私はかつてロンドンとニューヨークで勤務したことがありますが、両都市とも外国人投資家の活動が大きなウェイトを占めていました。アジアの中で日本は何より外国人でも所有権で不動産を持てる非常に魅力的な国です。今後、アジア諸国の経済的発展に伴って、東京等の主要都市はロンドンやニューヨークのようなグローバル都市になっていく可能性は大いにあります。ITの進化は更にその動きを加速していくでしょう。
 株式市場に目を転じると既に外国人投資家の存在感は非常に大きいものがあります。世界でもこれほど外国人の影響力の強い市場はないと言われています。その外国人投資家が求めるものの一つが資産効率の向上です。企業不動産についての戦略はIRの観点からも大変重要です。
 企業立地の視点では、こんな見方もできます。先の塚本会長の加賀電子様は、秋葉原に本社を構えています。秋葉原といえば、電気と電子機器さらにサブカルチャーの聖地として世界的なエリア・ブランドになっています。私どものお膝元、丸の内も、ニューヨークのウォール街と比較して東洋のトップビジネス街に例えられます。このようなグローバル・ブランドに成長したエリアに拠点を構えることで、企業価値、企業のブランド・ロイヤリティを効率的に高めることができます。移転を考えられている企業様がいらしたら、エリア特性を最大限活用したプランもぜひ検討してほしいと思います。

フェルドマン エリア・ブランディングも不動産投資の一環ですが、そこではリスクをどうテイクするかも考えないといけません。リスクテイクの経験とやり方は国や文化によって違うもので、日本には新たな投資先に投資して失敗したら、クビになってしまうような風土があります。日本はまだ、「やるべきだけれど、やらない」という企業文化が根強い。それは残念なことです。

田島穣が語る

地域やステークホルダーとの共生を踏まえた
CSR観点のCRE戦略

改野 ところで、競争力の高い企業に共通に見られるCRE戦略の特徴というものはあるのでしょうか。

田島 競争力のある企業ほど、企業の経営資源の最適化を目指して国内の拠点戦略を見直す傾向が見られます。一例を挙げれば、これまで郊外に建設されるケースが多かった研究開発施設ですが、優秀な人材を確保するためにアクセスのよいエリアに移転したり、都心にサテライトオフィスを設けたりする事例が増えてきました。また、都市部に設けることが困難な物流施設の場合でも、従業員の働きやすさを考慮して施設内にカフェや託児所を併設する例があります。
 企業が大きくなればなるほど、CRE(企業不動産)の社会的意義も増すので、拠点戦略は企業側の問題だけに止まらず、周辺社会からもチェックされることになります。
 例えば、地域雇用の源泉としての役割を担っていた工場跡地の有効な活用方法として、跡地にスポーツ施設を含む文化施設を建設したという例。雇用の再創造や経済効果による地域の発展を考慮したうえでの選択でした。一企業の繁栄だけに閉じるのではなく、CSR観点を併せもって検討されたCRE戦略と言えるでしょう。
 私たちは、できるだけ周辺環境も考えたCRE戦略を提案しながら、地域とともに価値観を高められる企業になってもらえるようなお手伝いをしています。そのために有用だと考えているのが、当社の「CRE@M」というシステムです。所有不動産を一元管理するためのアプリケーションなのですが、現状の不動産価値を把握した上で財務戦略を立てるのに役立ちます。こうしたツールを使うことで、企業不動産と地域や社員との関係や、不動産価値の社会への還元などについて、いま何をすべきかが明確になるはずです。

改野 基調講演の中で、竹中先生は2019年を、「大きく揺れながらも、しかし力強く前進する年」と予想しましたが、お二人にとっての2019年はどのような年になると思われますか。

田島 不動産の専門的な視点から言いますと、東京のオフィス空室率は1%台、平均賃料もこの5年間ずっと上昇しています。不動産需要は活発で、不動産投資マーケットの基調は2019年も相変わらず強いものになると考えています。ただ、不安材料がないわけではない。一つは、米中対立、ブレグジットに伴う世界経済の減速、国内でも設備投資、建築投資がそろそろピークアウトを迎えるかもしれません。不動産融資に対する銀行の融資規制の動きもあります。リスクと潮目の変化も考えながら、お客さまに適切なアドバイスをしていきたいと思います。

フェルドマン マクロ経済はあまりよくないが、ミクロ的なチャンスは数多くあると考えています。技術の変化、例えばドローンを活用した農業。一日7万食のレタスを作る工場が稼働を始めたというニュースも聞きました。日本は世界でもまれに見る農地が余っている国。これを活用しない手はありません。他にも、電力ネットワーク用の蓄電池のコストを削減する技術で、再生エネルギー産業も活発になるでしょう。ヘルスケアも有望な市場ですね。不動産という生産要素はすべての産業に使えるものです。技術と市場が変わると、どのように不動産価値が変わるかということに、今年も注目していきたいと思います。

改野由佳が語る

Profile プロフィール

慶應義塾大学 名誉教授/
東洋大学 教授

竹中 平蔵

1951年生まれ。博士(経済学)。一橋大学卒業。
ハーバード大学客員准教授、 慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣などを歴任。現在、公益社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長、(株)パソナグループ取締役会長、オリックス(株)社外取締役、SBIホールディングス(株)社外取締役などを兼職。

Profile プロフィール

加賀電子
代表取締役会長

塚本 勲

1943年生まれ。石川県出身。加賀電子創業者、代表取締役会長。金沢市立工業高校を中退して上京し、電機メーカーに就職。製造職から営業職に転じて才覚を発揮する。1968年に電子部品卸売業の加賀電子設立。人との縁を大切に社業発展に尽くし、1986年東証二部に上場、1997年東証一部上場。加賀電子グループは、独立系エレクトロニクスの総合商社として、電子部品・半導体販売からEMS(電子機器の受託開発・製造サービス)、パソコン・周辺機器、システム提案等の事業をグローバルに展開する。現在は会長として国内外問わず新規事業開拓にも積極的に挑戦している。

Profile プロフィール

モルガン・スタンレーMUFG証券
シニア アドバイザー

ロバート・フェルドマン

1953年生まれ。博士(経済学)。東京理科大学大学院経営学研究科教授 兼 イノベーション研究科教授。野村総合研究所、日本銀行で研究業務、その後国際通貨基金(IMF)勤務を経て、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券主席エコノミスト、モルガン・スタンレーMUFG証券日本担当チーフエコノミストおよび経済調査部長を務めた。

Profile プロフィール

三菱地所リアルエステートサービス
代表取締役社長

田島 穣

1958年生まれ。一橋大学卒業。1980年三菱地所(株)入社、2003年ロックフェラーグループ社取締役副社長に就任したのち、2008年より三菱地所にて経営企画部長、執行役員経営企画部長、執行役員ビルアセット開発部長を歴任。2013年に常務執行役員として都市開発、商業・物流施設等を担当。2017年4月より三菱地所リアルエステートサービス(株)代表取締役社長を務める。

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