
──近年、ITやAI、ロボットなど技術革新が進む中、消費や供給の流れも変わってきています。企業価値を向上させるための取り組みにも変化があると思います。企業が課題とすべき最大のポイントは何だと思われますか。
最も大きな変化は、この30年にわたるIT革命を通して、情報を入手するコスト、それを伝達するコストがきわめて安くなったということでしょう。たとえば、かつて手書きで書かれた手紙は、人や馬によって運ばれ、相手に届くまでに何日もかかるものでした。印刷機や電報・電信という手段が生まれることで情報のスピードやコストは変化を続けてきましたが、近年のインターネット技術誕生による変化は産業革命の比ではありません。今や電子メールを送れば一瞬で相手に届き、情報の入手および伝達のコストはほぼゼロに近づいたとさえいえます。
これは情報や商品を受け取る需要サイドに高い利便性と多くの選択肢が生まれたことを意味します。大量の情報に触れられるようになったことで、消費者は比較の結果良質な商品を安価で選択できるようになりました。
供給サイドにとっても、安くなった情報をいかにビジネスに活用するかというチャンスが生まれ、それを有効に活用しているかどうかで企業価値に差が生まれているのです。消費者が何を求めているかを以前よりも早く察知し、商品をより安く、より速く供給することができれば、その企業は市場で優位に立てます。いわば情報利用の精度によって企業価値が変わるのです。
一方では、共働きが増え、世帯ごとの労働時間も増えることで消費者もまた時間の使い方を考えるようになりました。消費者の時間を無駄遣いさせないこと、言い替えれば「時間の経済学」を理解することが企業にとってより重要になっているのです。
先日私は掃除機の購入を考え、家電量販店のウェブサイトにアクセスしました。「掃除機」で検索すると、数千種類もの商品の画像が並びます。しかしこれだけ多いととても選びきれないし、選んでいる時間がもったいない。そこで実店舗に出かけ、目についたものを購入することにしたのです。
その時、あらためてインターネット時代における実店舗の役割を考えました。実店舗でこそ、消費者にわかりやすく選択肢を提示することが可能な場合があるのだと。場合によってはインターネットで検索するよりも、時間を効率的に使うことができます。いわば消費者の「時間の経済学」を理解して、それに見合った商品陳列を行えば、実店舗でも十分生き残ることができるのです。
──米国のアマゾンが実店舗の展開を始めました。実際に店舗に出かける楽しみを再現することで、ネットとの相乗効果を期待しているのかとも思えるのですが。
確かに、店内を歩いていたら面白い商品を発見して、買うつもりではなかったのについ買ってしまう。これもショッピングの楽しみの一つです。そうした「発見」の喜びという要素をどう展開するかも実店舗の生き残り戦略の一つになるでしょう。また、ふだん自分が使っている常備薬などを買うのなら、どの薬局、どのサイトでも構わないわけです。しかし、そこに行かなければ手に入らないような商品は、やはり特定の店舗に行かなければならない。そうした稀少性をどう獲得するかも大切ですね。
──モノを買うより、何か面白いコトを発見できないかなという期待で店舗へ出かける消費者もいます。消費行動がモノからコトへ変化しているということが言えるのでないでしょうか。その意味では、店舗に限らず「場所」の価値観に変化が訪れているようにも思えます。
私たちの業務領域に近いところでは、働く場としてのオフィスにも変化の兆しが見えます。固定席からフリーアドレスへの動きが加速していますし、固定電話さえ廃止する企業もあります。託児所を設けたり、減少の傾向にあった社宅や社員食堂を復活させる企業もある。根底には従業員同士のコミュニケーションをより活発化させたいという思いがあるようです。
ランチやスナックをどこで食べるかというのは、従業員のコミュニケーションにとって、実は結構重要な問題です。この前伺った金融情報の通信社の社屋には、広いオフィスのど真ん中にスナック・テーブルがありました。誰もがいつでも好きなものを好きなだけ取っていいそうです。ビュッフェスタイルのランチテーブルを囲んで、新たなビジネスヒントにつながるような会話が生まれるための工夫といえます。
また、アメリカのアニメ映画製作会社がカリフォルニア州に新本社建設を計画した時、大規模ビルであるにも関わらずトイレを一箇所にしか置かないという提案をしたそうです。社内外の人が皆同じトイレに行かなくてはいけませんから、途中で誰かとばったり会う確率は高まります。利便性の問題で結局実現はしなかったようですが、社内の風通しもよくなり新しいアイデアが生まれるようにとの提案でした。
一つのオフィス内はもちろんのこと、オフィスビル全体、あるいはオフィス街まで広げて、いろんな人が偶然出会えるような仕掛けを施すことは、コミュニケーションの活性化や創発性、ひいては生産性向上を生み出す土壌づくりという意味で、とても大切なことだと思います。
──これまでは場所と生産性の関係でいうと、オフィスでは従業員一人あたりの面積や、商業施設でいえば平米あたりの売上げなどの数値だけを求めてきたきらいもあります。しかし、それよりもいま大切なのは、いかに働きやすいオフィスをつくるか、人が集まるためにはどんな機能が必要なのかを考えるということですね。
合理性だけみれば、今はPCを使って自宅でも仕事ができる時代。なぜ人が集まって仕事をしなければならないのか、という問いが生まれるのも当然といえます。一方、以前は喫煙部屋に部署や役職と関係なくいろんな人が溜まって情報交換をする光景をよく目にしました。喫煙部屋のある会社は、コミュニケーションが活発になり、収益性も高いという研究もあるぐらいです。
やはり、大切なのは人と人がばったり出会う偶然性やコミュニケーション価値でしょう。もちろん、コンプライアンスの問題には配慮が必要です。例に挙げた喫煙部屋でも、交わされる秘密情報を誰か第三者が聞いているかもしれない。生産性に悪影響を与えない範囲で情報管理には気をつけなければなりません。
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