クリエイティブオフィス戦略で新たなイノベーションを

働き方の多様性に応じた制度設計、オフィスづくりが重要

──ところで、クリエイティブオフィスという考え方は企業間競争における差別化にあたってどのような強みになるのでしょうか。

 オフィス環境が企業の収益にどのように影響するかを数値化することはなかなか難しいことです。しかし、それは事例を見れば浮かび上がってきます。いま、高収益を上げている企業に着目すると、創造的なオフィスづくりに力を入れている企業が多く見られます。
 典型的な事例は、米国シリコンバレーの企業でしょう。最先端のしつらえ、自由で創造的なオフィス空間、柔軟で裁量的な働き方を提供できないと、そもそも優秀な人材が集まらない。アメリカのIT産業での人材獲得競争は、「War for Talent(人材戦争)」とまで言われるほど激しさを増しています。この戦争で優位に立つためには、創造的なワークプレイスと裁量的なワークスタイルをセットで提供することが必須条件になっていると言ってもいい。優秀な人材に創造性や能力を十分に発揮してもらい、イノベーションを生み出す。そうした人材が簡単に離職しないようにするためにも、クリエイティブオフィスは重要なツールになっているのです。

──創造的なオフィスは、創造的な働き方とセットでなければならないということがよくわかります。日本でも、「働き方改革」がブームのようになっていますが、長時間労働の改善などに焦点が当たりすぎのような気もします。 本来は人材、時間、場の三位一体で考える必要があると思いますが。

 その通りですね。働き方改革はアベノミクスの成長戦略の重要な柱の一つであり、日本では政府主導でスタートしました。たしかに目の付け所はよかったと思いますが、それが民間企業に降りてきたとき、時短が強調されるあまり「何時以降はオフィスにいてはならない」というようなやり方を従業員に強いている企業が多いのではないでしょうか。例えば、研究職や企画職などは本来裁量的な働き方が適する職種ですので、強く時間に縛られると、かえって仕事の効率が阻害されかねません。もちろん、心身の健康を害するような長時間労働の排除は待ったなしの最優先課題ですが、時短ありきの風潮には困惑している従業員も多いのではないでしょうか。
 労働生産性は「付加価値÷(就業者数×労働時間)」で算出されるので、「付加価値=労働生産性×(就業者数×労働時間)=労働生産性×総労働時間」と展開できます。この算式から、単なる時短の徹底だけでは付加価値は減少し、成長戦略につながりません。長時間労働の是正をしながら、経済成長を果たすためには、労働生産性の抜本的な向上が欠かせないのです。もちろん、生産性を上げるためには個々の従業員の創意工夫も大切ですが、その抜本的な向上は従業員だけでできるものではなく、経営者がコミットすべき経営課題です。生産性向上に向けて従業員を積極的にサポートすることは、経営者の責務と捉えるべきなのです。
 重要なのは一律的な残業規制ではなく、多様で柔軟な働き方のニーズに社内制度やオフィス空間を最大限対応させることであり、従業員もそれを望んでいるはずです。業務の内容、本人の性格、心身の状況、家族の状況などは従業員間でそれぞれ違います。だからこそ、経営者は働き方やオフィス空間の多様な選択肢を用意し、従業員が個人の事情に合わせて、その選択肢の中から自由にそして柔軟に使い分けられることが必要なのです。
 また、経営者や管理職はこの機会に選択と集中を徹底して、注力すべき事業・業務とそうでないものを明確にするなど業務の見直しを抜本的に図らなければなりません。業務の見直しがないまま、会社側が従業員に対して「とにかくオフィスに長居するな。何時までにオフィスを出てくれれば、どこで仕事をしていても管理はしない」と言って突き放すのでは、サービス残業を誘発しかねず本当の意味での働き方改革にはなりません。そうではなく、会社側がまず業務の抜本的な見直しを図った上で、従業員には多様な働き方を柔軟に選択できる権限を与えるのが在るべき姿です。そして、従業員の健康状態をスマートデバイスなども駆使して継続的にモニタリングし、長時間勤務が続いている従業員にはアラートを出して健康管理への注意を促し、健康状態によっては医師への受診を義務づける、といったことが本来の在り方だと考えます。また在宅勤務を行う従業員に対しては、臨場感のあるテレビ会議システムなど先端のITシステムで業務をサポートしながら、家にいてもできるだけ会社と同じような働き方ができるようにすることも望まれます。
 その点、シリコンバレーなど海外の先進企業では、このような在るべき姿が実践されており、創造的なオフィス空間と裁量的なワークスタイルの提供を通して働き方の多様性を担保しています。オフィス空間について言えば、インフォーマルなコミュニケーションを交わせる休憩・共用スペースに工夫が凝らされている一方、一人で集中して業務に取り組めるスペースももちろん十分に用意されている。社外勤務については、在宅勤務制度だけでなく、サテライトオフィスやシェアオフィスなどサードプレイスオフィスが用意され、従業員にとって働く場の選択肢が増えています。
 もちろん多様な働き方に最大限対応できるオフィス空間を用意するには、画一的なオフィス空間に比べコストがかかります。最近、とあるアメリカの大手IT企業が新本社建設のために50億ドル規模の投資を行った例があります。自社ビルへの投資としては極めて巨額です。オフィスはもちろんコストでもあるのですが、未来への戦略投資であるとの視点を彼らは重視したのでしょう。日本企業も、グローバル競争の土俵に立つために、オフィスへの戦略投資を惜しんではならないと思います。

百嶋 徹氏

メガプレートオフィスへの移転を、ワークプレイス・働き方改革のきっかけに

──当社、三菱地所リアルエステートサービスもこの5月に本社を移転しました。これまで4つに分散していたフロアを、すべて大手町フィナンシャルシティグランキューブ11階のワンフロアに移転させました。こうした本社移転も、ワークプレイスや働き方改革の重要な契機になると捉えています。

 フロア面積の広いメガプレートを備えた大規模ビルに戦略的に本社機能などを移転・集約する事例が一部で見られるようになりました。単純なスペースの見直しや賃料削減などコスト削減だけに終わらせるのではなく、関連性のある複数の部署やグループ会社をワンフロアに集めることにより、社内のインフォーマルなコミュニケーションやコラボレーションの活性化を図り、グループのシナジー創出につなげることが戦略的な狙いです。
 こうしたオフィス移転・集約を契機に、業務改革やワークスタイル変革を標榜したオフィス改革に取り組む企業は、国内でも散見されます。オフィス改革プロジェクトを成功に導くポイントとして、経営トップが改革プロジェクトにコミットする一方で、従業員がオフィスコンセプトの企画検討段階からプロジェクトに参画し目指すべきコンセプトを共有することで、新しいオフィスは「自らが参画して一緒に作り上げたもの」との納得感が醸成されることが、最も重要であると考えます。

ワークスタイル変革と経営理念が実装されたクリエイティブオフィスへ

──経営トップがこれからのオフィスはこうあるべきだという理念を明確にすると同時に、そこで働く人々が自分たちが選んだオフィスであるという信念を持つことが重要になりますね。当社でも、社員がプロジェクトチームを作り、新オフィスでの働き方を検討しました。ワンフロアのオフィスでは見えている光景がこれまでと違います。そこから新たな化学反応が起こる可能性を期待したいところです。

 三菱地所リアルエステートサービスの場合は、フリーアドレスを採用したうえで、十分な打ち合せスペースの確保や、従業員がそれぞれの目的に合わせて多様な使い方のできる複数のラウンジを設置していますね。
 つまり、クリエイティブオフィスでは、従業員同士の交流を促すオープンなオフィス環境と集中できる静かなオフィス環境の二者択一ではなく、両極端にある両方の要素を共存させてバランスを取らなければなりません。この2つの要素の間には、例えば少人数で密度の濃いミーティングができる小さな部屋など、多様なオプションが存在するでしょう。交流を重視する視点から集中を重視する視点まで広域のスペクトラムこそが、新たなイノベーションを産む土壌になるのです(図表2)。つまりオフィスにダイバーシティ、フレキシビリティをいかに取り込むかが勝負だと言えます。

図表2 オフィス空間の多様なオプション例
(資料)百嶋徹「クリエイティブオフィスのすすめ─創造的オフィスづくりの共通点」
ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2018年3月14日

 たしかにオフィスのタイプをどちらかに寄せたほうが、施工や維持管理の面でコストはかからないでしょう。しかし、多様性を備えたオフィス空間では、多くの従業員からの支持を得て業務の生産性は大幅に向上し、トータルでの経済性は画一的なオフィス空間より高くなるとみられます。海外の先進企業は、この点の信念を持ってオフィスへ投資しているのです。
 近年では、従業員のオフィスでの動きをIoT(モノのインターネット)を使って計測する試みも始まっています。オフィスでのコミュニケーション状況など従業員の行動データを赤外線センサーや加速度センサーで取得し、このビッグデータをAI(人工知能)で分析すれば、定量データに基づいて、業務の生産性向上や組織活性化に資するオフィス環境の整備を検討できるようになるでしょう 。人間では気付けない、組織活性度や生産性と相関関係がある従業員の行動指標をAIに整理・提示させ、人間がそれを吟味して施策に落とし込めば、働き方改革の推進のための有効なツールとなるでしょう。
 先ほどご紹介しましたクリエイティブオフィスの基本モデルは、実は「魂」を吹き込んで初めて、各社仕様にカスタマイズして実際に起動させることができるのです。基本モデルに注入すべき魂とは、ワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念です。オフィスづくりには、経営理念をしっかりと埋め込まなければならないのです。例えば、創業の地に新本社を建設するなど、オフィスのロケーションに経営理念を込めてもよいでしょう。また、従来の島型ひな壇スタイルではなく、ユニバーサルレイアウトを選択することで、上下関係にこだわらないフラットな組織づくりを目指したいという経営者の思いを込めてもよいでしょう。仏を作って魂を入れずでは、どんなにクリエイティブオフィスを標榜しても、それはただのハコになってしまうのです。基本モデルに反映・実装すべき、ワークスタイルの変革と経営理念こそがオフィス戦略にとって重要なのだと思います。

Profile

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員

百嶋 徹

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。明治大学経営学部特別招聘教授を歴任(2014~16年度)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会主催、2007年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努める。

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