スペシャリストの智 CREカンファレンス2017-2018・レポート 2018年成長する企業の資質とは。企業体力強化に備える不動産戦略のポイント。

特別講演 経営者が持つべき、これからのCRE戦略の視点 明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科特任教授/大和不動産鑑定 エグゼクティブフェロー 村木 信爾氏

CRE戦略のマネジメントサイクル

 オフィス、工場、営業所などのさまざまな不動産を本業のビジネスにふだん から使用している企業の場合、CRE部門は人事総務、財務会計、情報システムなどと同様に、生産・物流・販売などのバリューチェーンの全体にかかわるシェアードサービスの一種であるということができます。その意味で中長期にわたる経営戦略とも密接な関係にある重要な部署であり、組織・情報・人材の3つにわたる環境整備が必要になることはいうまでもありません。
 CRE戦略をどのようにマネジメントし、そのサイクルをどのように回していくか、これを「経営戦略段階」「不動産ソリューション段階」「運営・管理・利用段階」という3つのフェイズごとに説明してみましょう。
 経営戦略段階では、企業全体の経営戦略とCRE戦略の整合性を検討することがまず重要です。いま自社が保有・活用している不動産の調査や整理を行ったうえで、それらの価値を高め、経営に資するためにはどのような課題があるのかを抽出し、今後のCRE戦略の大きな方針とその実施計画を策定することになります。
 次の不動産ソリューション段階は実行段階です。第一段階で検討された戦略に適合するように、不動産の保有を続ける、あるいは売買、賃貸借、有効利用、不動産証券化、不動産ファイナンスなどの不動産ソリューションをそれぞれの不動産に対して実行します。これはトランズアクションマネジメントとも呼ばれています。
 それに続くのが、第二段階を経て保有することが決まった不動産の運営・管理・利用段階です。ここでは不動産活用の効率性や職場満足度、顧客満足度を高めることが課題になります。これらは一般にファシリティマネジメントやプロパティマネジメントと呼ばれています。
 昨年私はビジネススクールの授業の一環で、アメリカのシアトルに本社をもつ企業のいくつかを訪ねました。マイクロソフト本社は森に囲まれた自然豊かな環境にあり、ワークプレイスの快適さ、自由な雰囲気とともに、大樹の上に木造の山小屋のような会議室があって驚きました。アマゾン本社では犬を連れて出勤する人を数多く見かけましたし、大きなガラス球の植物園のようなオフィスも建設中でした。単に職場環境の効率性や従業員の生産性を高めるということだけではなく、オフィス環境の改善を通して、従業員満足度を高めることに注力をしていることがわかります。この地においては従業員にとって居心地のよい職場環境を提供することは、優れた社員の引き抜きを防ぎ、優秀な人材を採用するうえでも重要なのです。これもまた、新しいファシリティマネジメントのあり方なのです。

CREマネジメントサイクルの図

7つの視点で、戦略達成度を評価する

 先にCREマネジメントサイクルを示しました。それぞれの戦略がどこまで達成されているのか、それを測る目安として私は下の図のような7つの視点があると考えています。
 まず、CRE経営中枢課題はこの図の中心に位置し、経営のコミットメントがなによりも重要であることを示しています。端的にいえば経営トップがCREのことを経営課題としてどれだけ重要視しているか、経営課題のなかにCREをきちんと盛り込んでいるかどうかがポイントです。重要な不動産取引をするときのコンプライアンス、リスク管理体制など内部統制をどこまで徹底しているかもこの課題の達成度の目安になるでしょう。
 CRE基礎環境課題は、先に述べたマネジメントサイクルを回すための、組織、情報整備・利用、人材・人材育成の課題です。組織の視点では、CRE業務を扱う専属の組織があるか、その組織がグループ会社・海外事業も含めてすべて横軸を通して統括的に管理できているかどうか。また外部の不動産サービスプロバイダーをどう活用するかというアウトソーシング体制も重要です。
 情報整備・利用の視点では、CRE情報を集めた統合的なデータベースの構築やITソフトウェアやツールの活用などが大きなテーマです。
 さらにCREを専門に扱う組織内のプロフェッショナルの人材・人材育成の視点も重要です。CREプロフェッショナルには大きく2つの役割があると考えています。1つは企業組織人として経営戦略を不動産マネジメントに落とし込む役割、2つ目が優秀なサービスベンダーを選定し、発注・検収を行う役割です。単に不動産売買の経験や知識があるということだけでなく、経営戦略を理解しながら、他部署や他企業とのコミュニケーションができる組織人であることが欠かせない条件となります。

CRE戦略の達成度を測る7つの視点の図

AI時代にCREプロフェッショナルをどう育てるか

 こうしたプロフェッショナルを組織のなかでどう育てていくか。これは企業内におけるほかの専門家育成とも共通する課題ですが、自律的なキャリア形成を促すためには、個人のもつキャリアに関する志向・価値観をベースにしながら、顧客や組織およびプライベートでの経験値を高め、さらに社内外の研修を継続的に行うことが欠かせません。
 実際のキャリアはほとんど偶然により決まりますが、自分の行きたい方向に向けて努力することによりそれが実現する確率が高まります(スタンフォード大学ジョン・D・クランボルツ教授の「計画された偶然理論」)。また、個人のキャリア志向には、経営管理志向、専門志向、独立志向あるいは安定志向などがありますが(MITエドガー・シャイン教授の「キャリアアンカー」)、自分は基本的にどの志向かということを認識しておくことは、自分が何をやりたいのかを考えるうえで重要です。個人にとっては、自分がやりたいことを行うことによって自律的に成長し、キャリア形成の経験ができる組織でなければ魅力はないし、組織としてはそのような個人の自律的キャリア形成を支援し、それを経験できる場を提供する必要があると思います。
 どのような仕事においても、部門の収益性など自分に課せられた目標を達成することが第一と考える志向と、顧客にとって何が最適かを考える顧客志向がありますが、これらのバランスを取ることが重要です。単に組織内プロフェッショナルの「顧客」である経営層から指示されることを忠実に行うことだけでなく、顧客にとっての付加価値を考え、いつも顧客から相談され、頼りにされる人材、つまり顧客との価値共創の時代にふさわしい人材であることが、現代に求められるCREプロフェッショナルの要件といえると思います。
 これは組織内のCREプロフェッショナルだけでなく、アウトソーシング先である外部サービスベンダーにとっても同じことが言えます。外部ベンダーの専門家には、単に仲介・有効活用・建設などのトランズアクションやファシリティマネジメントができるだけでなく、顧客である発注側企業の経営戦略、CRE戦略についても深い知識が求められます。単に不動産を売ってほしい、探してほしいという注文に応えるだけではなく、何のためにその売買が必要なのかを理解していなければならないのです。このように顧客が表面的なニーズの奥に持っている真のニーズに応えるためには、税理士、弁護士、司法書士、建築士、不動産鑑定士、ITスペシャリストなど組織内外の専門家の知恵を集め、それを取りまとめて顧客に提供できる「元締め」になる必要があるのです。
 プロフェッショナルが組織内で、あるいは外部顧客に向けて提供するサービスの内容には、法律、規制、統計データなどの実務的知識と、経営戦略や深い専門スキルなどの、最先端の経営・専門ノウハウの2種類あります。インターネットやAI、ロボット技術の発達で、実務的知識は必ずしも人間が介在しなくても収集・活用されるようになるでしょう。しかしこうした技術、知識、データが機械により利用できるようになっても、顧客は自分の受容能力の問題もあり、当面はプロフェッショナルである人間に相談することを望むと考えられます。
 どんどんAIに追いかけられながら、人間であるプロフェッショナルが生き残るためには、AIを使って実務的知識を利用しつつ、先端的な経営・専門ノウハウをできるだけ深めていくことが必要です。これによってのみ顧客が抱える課題の本質を自分の頭で考え、その解決策を提案することができるようになります。

明治大学専門職大学院/大和不動産鑑定 村木 信爾氏

( 注 )村木信爾氏によるCRE戦略の視点は、スペシャリストの智vol.13でもお読みいただけます。
vol.13 企業価値向上のカギを握るCREプロフェッショナルの社内育成 >

バックナンバー

  1. vol.28
    スペシャリストの智
    CREカンファレンス2020-2021・レポート
    この時代だから
    見えてくる
    成長戦略とは
  2. vol.27
    コロナ禍は企業に何をもたらすか
    事業転換を模索し筋肉質に生まれ変わる
    (土橋 道章氏)
  3. vol.26
    未曾有のパンデミックで見えた
    新たな危機管理
    企業経営にとって対処すべき課題とリスク
    (佐山 展生氏)
  4. vol.25
    これからの不動産戦略に
    欠かすことのできないESG
    (堀江 隆一氏)
  5. vol.24
    スペシャリストの智
    CREカンファレンス2019-2020・レポート
    躍進か衰退か
    企業の成長力を考える
    今後求められる企業経営と不動産戦略
  6. vol.23
    「好き嫌い」から始める競争戦略
    成熟社会における企業価値とは何か
    (楠木 建氏)
  7. vol.22
    これからの成長戦略に向けた
    企業の体質改善
    (大工舎 宏氏)
  8. vol.21
    経営者視点で見る令和時代のM&A
    (岩口 敏史氏)
  9. vol.20
    新時代の事業承継
    進化のための受け継ぎ方
    (田中 歩氏)
  10. vol.19
    スペシャリストの智
    CREカンファレンス2018-2019・レポート
    今からの企業競争力を問う
    拠点機能の変化と不動産戦略
  11. vol.18
    モノからコトへ
    消費行動が変化するなか
    企業価値と不動産はどうあるべきか
    (ロバート・フェルドマン氏)
  12. vol.17
    新世代型都市開発と
    これからの企業オフィス戦略
    (谷澤 淳一氏)
  13. vol.16
    クリエイティブオフィス戦略で
    新たなイノベーションを
    働き方改革を「場」の視点から再構築
    創造性を促すワークプレイスのススメ
    (百嶋 徹氏)
  14. vol.15
    スペシャリストの智
    CREカンファレンス2017-2018・レポート
    2018年成長する企業の資質とは。
    企業体力強化に備える不動産戦略のポイント。
  15. vol.14
    変革の時代に日本企業の強みを生かす
    CRE戦略を通した「稼ぐ力」の向上
    今後10年の企業ビジョンとCRE戦略の重要性
    (冨山 和彦氏)
  16. vol.13
    企業価値向上のカギを握る
    CREプロフェッショナルの社内育成
    社内外の専門家のネットワークを最大限に活用する
    (村木 信爾氏)
  17. vol.12
    企業価値を高める
    CRE戦略の一環としての
    ワークプレイス改革
    (齋藤 敦子氏)
  18. vol.11
    中堅中小企業が今取り組むべきCRE戦略とは
    不動産の棚卸しから、
    事業継続、相続・承継問題まで
    (平川 茂氏)
  19. vol.10
    リノベーションによる耐震、省エネ、環境保全で
    企業価値の向上
    求められる多様なニーズに対応した
    オフィスビルのリノベーション
    (河向 昭氏)
  20. vol.09
    スペシャリストの智
    CREカンファレンス・レポート
    クラウド化がもたらした加速する社会基盤。
    今の企業価値を考える。
  21. vol.08
    企業価値向上のカギとなる
    クラウド導入で進めるシステム改革
    顧客のビジネス価値を高める企業姿勢
    (保科 実氏)
  22. vol.07
    クラウドを利用した動産管理と企業価値の向上
    「e-Leasing」と「CRE@M」が目指すもの
    (長谷川 善貴氏)
  23. vol.06
    環境保全しながら
    経済合理性のある土地活用を
    (西村 実氏)
  24. vol.05
    不動産を流動化させて経営の劇的な改善を
    バイアウト投資市場からみた企業のCRE戦略
    (南黒沢 晃氏)
  25. vol.04
    現在において考えるべき
    リスクマネジメントとCRE戦略
    (渡部 弘之氏)
  26. vol.03
    企業の成長に欠かせないM&A戦略。
    CRE(企業不動産)の位置づけが重要に
    (大山 敬義氏)
  27. vol.02
    未来に向けたCRE戦略
    外部の専門企業との連携が鍵に
    (百嶋 徹氏)
  28. vol.01
    不動産市況が好転した今年こそ
    CRE戦略再スタートの元年に
    (土岐 好隆氏)