変革の時代に日本企業の強みを生かすCRE戦略を通した「稼ぐ力」の向上

多様な人材を生かす巧みなオフィス戦略と一体となったCRE戦略の重要性

──不動産をたんに生産効率の視点からだけでなく、創造性やイノベーションを生む基盤として捉え直すことが重要だというご指摘ですね。それにともなって働き方や人事評価の方法、ひいては組織のあり方も変わらないといけませんね。

 大量生産モデルの時代には、労働時間を長くすれば生産量は増加しました。長時間労働のほうが経済的生産性向上につながるわけです。現在も労働集約型の産業ではそうです。ただ長時間労働には問題も多く、最近の働き方改革の議論では労働時間を減らしながらもいかに生産性を維持するかが議論になっています。
 ただ、知的創造性が付加価値の多くを決めてしまう領域というものがあって、それが今の時代の経済の中で占める割合が多くなってきています。この領域では生産量は必ずしも時間とは比例しません。ものすごいアイデアを1分で思いつくこともあれば、100時間かけても思いつけないこともあるからです。つまり、生産量÷時間の分母の部分を管理しても仕方がない。分子の部分、つまり付加価値をいかに高めるかに注力しなければならないのです。そのためには、労働時間の管理や人と人のコミュニケーションの制約を可能な限り減らすべきです。そのほうが知的化学反応の発生する可能性が高まるからです。当然、こうした領域では人事・評価も従来の方法のままでは対応できなくなります。
 日本全体をみれば、これまでの加工貿易立国が一定の成功を収めたせいで、企業人事のあり方もそれに合致するように作られています。社会の法律や規制もそうです。これをどうしていくか。労働法制も含めこれまでのルールをどう変えるかは社会全体の問題ですが、企業内部の有形・無形の制度をどう変えるかは、企業経営者の課題といえます。
 一つ例を挙げましょう。いま人工知能(AI)の導入が叫ばれていますが、AI研究者という人たちはグローバルかつ学術的なヒエラルキー構造のなかで仕事をしています。最先端を行く研究者は少数で、それぞれが互いの研究業績を熟知している。企業に雇われれば、例えばプロ囲碁棋士よりも強いAIプログラム「アルファ碁」を開発したGoogleディープマインドの研究者たちのように、年収数千万円に達するような人々です。
 一方で、同じAIでも普通の大学を出たての、一般的なレベルのエンジニアもいる。こういう人は日本企業だと年俸は数百万円程度でしょう。ある企業がAI研究部隊をつくりたいと、トップクラスの研究者とふつうのエンジニアを同時に採用した場合、年収で数倍、数十倍の開きが出てくるのです。こうした格差を、日本の企業がどこまで容認できるか、企業内で働く人々がそのストレスにどう耐えることができるかが、いま問われているのです。
 つまり、一般的な人材とプロフェッショナルな人材が同居する職場。これを空間的にも組織的にも巧みに構築しないと、プロフェッショナルな人々の創造性を企業の中で生かすことができなくなる。これまでは、プロ人材は外にいて、適宜協業すれば済んだ。けれどもこれからはそれを内部に取り込まないと、企業は生き残れない。そういう時代です。
 これもまた、組織戦略と一体となったオフィス戦略、つまりはCRE戦略が重要になるゆえんです。

企業の持続的な収益確保に欠かせない社会的な適応性や多様性

──大企業が工場を建てたり、撤退したりすること一つとっても地域への影響は甚大です。CER戦略ではつねに社会性を考慮しなければなりません。社会との共存共栄を考えるこれからの経営者に何かアドバイスはありますか。

 企業活動における社会的側面が重要であるというのはCREに限った話ではありませんが、とりわけ不動産は、オフィスビルにしても工場にしても店舗にしても、社会に開かれて存在するわけですから、その社会的な意義はきわめて重要になります。不動産ソリューション企業にとっては、直接の顧客は不動産を活用したい企業ですが、顧客はそれだけではない。そのオフィスで働く従業員、その建物の周辺に住む地域住民、その空間で買い物をする消費者も含めて、すべて顧客と考えなければなりません。こうした潜在的顧客の声を聞かなければ、今はどんな企業も持続的に企業活動を続けることができなくなっています。
 最近、持続的な開発目標(SDGs)や社会的責任投資(SRI)の重要性が指摘されていますが、企業が持続的に収益を挙げ続けるためには、社会的な適応性や多様性が欠かせない。本来公共財的な側面の強い不動産活用でも、この視点はますます重要になっています。
 私たち経営共創基盤も地方のバス会社の再生を支援していますが、ここでも私企業の営利追求と社会的責任投資のバランスはつねに大きな課題です。高齢者の通院のための必須の足になっている地方のバス会社は、営利企業というだけでなく、公益企業体という側面をもっているからです。
 もちろん、バス会社がきちんと収益を確保しないと、地方の足としての役割を果たすことができません。行政からの補助金は一定必要であるにしても、それを最小限に抑えるためには、効率的なバス運行など経営効率を高めることが欠かせないのです。一見、バス会社と一般の事業会社のCRE戦略は別のことのように聞こえるかもしれませんが、実は結果的に企業の「稼ぐ力」を高めるという点ではつながる話です。今後10年のスパンで考えたとき、CRE戦略を通して「稼ぐ力」を高めることが、どんな企業においても必須の課題となってくると思います。

──価値転換の時代に、日本企業が生かすべきストロングポイントは何かということがよくわかりました。お話を聞いて自信と誇りを奮い起こす経営者も多いと思います。同時にそのためには身を切る覚悟も必要だというご指摘、ありがとうございました。

Profile

経営共創基盤
パートナー 代表取締役CEO

冨山 和彦

1960年生まれ。東大法学部卒、スタンフォード大学MBA取得。ボストン・コンサルティング・グループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年から産業再生機構の設立に参画しCOOに就任、40社以上の支援を行う。07年、企業コンサルティング・企業再生の株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEOに就任。パナソニックなど数多くの企業の社外取締役、政府諮問委員会委員、経済同友会副代表幹事としても活躍。不動産関係では、国交省主導のi‐Construction推進コンソーシアム委員を務める。近著に、『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(PHP新書)他。

わたしたちは、CRE戦略のプロとして移転・拠点統廃合をサポートします。 現状課題の可視化・戦略立案からアフターフォローまでおまかせください。

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