
──冨山さんは、これからの時代に企業経営者が持つべき資質や果たすべき役割について、随所でお話をされています。 金融、生産、消費のすべてが国の単位を超えてグローバル化されつつあるいま、日本企業がこれから強みとしていくべきことは何でしょうか。
日本企業のビジネスモデルは、1980年代の途中までは、当時の言葉でいう加工貿易型、つまり原材料を輸入して、高品質の製品に加工し、世界中に輸出するというものでした。いわば「モノにモノをいわせる」スタイルです。日本企業や日本的経営はこのモデルで世界を席巻することで、ジャパン・アズ・ナンバーワンと評価されるようになります。ところが、その直後から、本格的なグローバル化が進展し、かつデジタル革命が進行するにつれて、このモデルでは勝てなくなってきた。背景には、消費のスタイルがモノからコトへと大きく変わったことが挙げられます。これは先進国に共通の動きであり、かつ世代が若ければ若いほどそれが顕著です。いまの若い人たちは家電や車など、モノの消費には関心が低いのに、コンサートなどのイベントにはお金を払います。
こうした変化に日本企業はどれだけついていけるか、ということが一つのカギになります。
むろん日本企業は昔からひたすらモノだけを作ってきたのかというと、そうではない。例えば「ウォークマン」はたしかに高品質のデジタルオーディオプレイヤーですが、ソニーが提案したのはモノでなく、プレイヤーを外に持ち出して、街頭で音楽を聴くというスタイルそのものだったはずです。古来の文化でいえば、茶の湯が典型です。千利休はまさに茶事というスタイルを変革することで、それをビジネスに転化させた人物でした。
コトをビジネスにする才能は実は日本人に昔から備わっていたのではないか。ただ、明治維新以降は欧米に追いつくためにどうしても大量工業生産体制が必要で、単一的同質的なアーキテクチャに特化せざるをえなかった。しかし、それが日本文化の本来的な姿かというとそうではないと、私は考えます。
もちろん、加工貿易立国を支えてきた現場の強さは、いまなお日本の強みです。現場の人がチームワークを組み、自律的自発的に創意工夫して、丁寧に物事を作り上げていく。かつてはそれが優れたものづくりを支える源泉だったわけですが、サービス化経済の時代にはそれは「おもてなし文化」として結実している。今も昔も変わらない、この現場力を今の時代にどうフィットさせるかが重要だと思います。
日本に観光に来る外国人がよくいうのは、「日本の社会はストレスが少ない」ということですね。治安はいいし、電車は遅れないし、落とし物をしてもほぼ出てくる。安心・安全という日本社会の特質に感動するわけです。問題は、こうした特質を生かしながら、消費がモノからコトへ移ったとき、それに見合う価値を提供して、それをどう回収できるかということ。グローバル化のなかでモデル転換を迫られている今、その変化に果敢に取り組むのはリーダーの仕事です。ただ、日本の場合はそこがまだ弱いと思います。
総じていえば、現場の力やチームワークで仕事をきっちりしてこなす力はいまだ世界一のレベルにある。さらに経営者がしっかりすれば、日本の未来はけっして暗くはないのです。
──消費者の価値転換に追いつくためには、企業に求められるものは何でしょうか。
日本の自動車メーカーはワイパーやパワーウィンドウなど部品の操作感にまでこだわったものづくりをするとよくいわれます。しかし、ワイパーの動きがいいからとその車を買う消費者がどれだけいるでしょうか。車の価値はワイパーだけにあるわけではないはず。たくさんの車があるなかで、消費者が自社の車を選んでくれるのはなぜか。そこを真剣に問い続けることが必要です。
たとえワイパーをよくする必要があったとしても、すべてを自前で設計する必要はない。イノベーションをオープンでやるのか、クローズで進めるのかという話につながるのですが、自社の商品価値を突き詰めたとき、これこそがコアバリューだと考えれば、それは自分で作りこむべきでしょう。しかし、それがあるから競争に勝てるというのでない、いわば非競争領域のものなら、それは外部から買ってくればいいのです。
顧客が自社の製品やサービスにお金を払ってくれるときの本質的な価値はどこにあるのか。大量生産の安い製品が求められているときはそれを提供すればいいし、そうではなく、他社にはない付加価値が求められているのであれば、その価値向上に全力を尽くすべきです。自社の核になる価値が何かをわかっていて、かつ明確に定義されていることが何よりも大切なのです。
そのためには鏡に映った自分の姿と真摯に向き合うことが欠かせません。顧客の目に自社がどう映っているかも客観的に把握する必要があります。その実像は、自分たちが想像していた以上に醜いかもしれない。不都合な現実と向かい合わなければならないのは、経営者にとってはストレスがたまることです。しかし、すべての出発点はそこからしか始まらない。とりわけ企業再生の過程ではそれが重要になります。
自分の姿を真摯に見つめ直して、やり直し、やり変える。修整を何度も重ね、それで改善されないとすれば、根本的にやり方をかえてみる。そうするうちに、以前よりすこしはましになったかもしれないと思える瞬間があるはずです。そのプロセスを実感できると、企業も人も元気になります。そういう好循環のサイクルに入れるかどうかが重要なのです。
──国内不動産の30% はドメスティックな企業が保有するといわれています。 金融価値に換算すれば相当のポテンシャルを秘めているわけですが、その活用となると、ごく限られた手法に留まっているのが現実です。企業不動産を活用するうえで、これからは何に重点をおけばよいのでしょうか。
私が思うに、日本企業は価値のある不動産を数多くもっているにもかかわらず、そのマネジメントはけっして優れているとはいえません。しかし、改善が必要だというのは、ポテンシャルを引き出す余地がまだまだあるということです。
産業構造が加工貿易モデルだったときは、例えば工場をいかに安く建てるかが重要で、不動産はもっぱら効率という観点からしか見られなかったという面があります。オフィスにしても、好立地のところにいかに従業員をたくさん押し込めるか、それが重要でした。
ところが、産業構造が変わり、価値の源泉がモノの提供からコトの提案に移ると、価値を生み出すのは人ですから、知的資産や人的資本がことのほか大切になります。知的生産活動をするための空間や高度な消費を行う空間として不動産をとらえることが重要になるのです。
不動産の本当の価値を理解するためには、単なる評価額だけでなく、その土地の上で経済的活動している人々が生み出す価値までを含めて考える必要があります。そうした含みがあってはじめて不動産価値なのです。また、不動産は文字通り地面に貼り付いている不動の資産ですから、その活用は、日本社会や文化の特性、日本人・日本企業の現場の力を無視して進めることはできません。逆にいえば、そうした特性を生かすことができれば、不動産にはまだまだ大きなビジネスチャンスがあるともいえます。
──どこにオフィスを構えるかという立地も重要なポイントになりますね。
不動産戦略で重要なのは、コア事業における、あるいはコア事業との関連性における自社の不動産の価値をどう捉えるかということです。コアバリューを生み出すための空間をどこに置くのか、顧客に価値を訴求する空間をどこに設置するかは、まさに企業戦略の重要な柱です。
例えば、研究所をつくるとき、昔だったら土地が安くて、緑の多い田舎につくるのが一般的でした。しかし、オープンイノベーションの時代に研究所をアクセスの不便な山の中に設置するという戦略はいかがなものでしょうか。研究所には自社の研究員だけでなく、外部の研究者も集まって来ます。そこで人々が交流することでさまざまな化学反応が起こる。そういうイノベーションが期待できるようなロケーションでないとだめではないかと思います。
つくば研究学園都市の機能が生き返ったのは、つくばエキスプレス(TX)が開通して、都心との距離が近くなったからだといわれます。当社のオフィスは以前秋葉原にあったのですが、夕方になると、つくばから博士(Ph.D.)以上の学歴の人が大勢、アキバに遊びにやってくるのをよく目にしました。アメリカの例でいえば、シリコンバレーがその典型でしょうし、マサチューセッツ工科大学のあるボストンなども、街を歩くだけで異分野の研究者と触れあう機会がある、まさにイノベーションが交錯する土地柄です。
ちなみに、在宅勤務が当たり前だったシリコンバレーの企業でも最近は、リアルタイム、リアルプレイスで人と人が交流し、協業することがやはり重要だということで、在宅勤務が少なくなっていると聞いています。そのためにはそこで終日仕事をしたいと思わせるような、魅力的なオフィス空間を作ることが大切になります。そこに人が集まってくることで、先進的なアイデアや製品が生まれ、それが企業ブランドを形成するのですから。
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