
働き方とワークプレイスの密接な関係について研究を重ね、つねに新しい提案を発信し続ける、コクヨ・ワークスタイル研究所の齋藤敦子主幹研究員に、これからのオフィスのあり方について伺いました。
──国を挙げての働き方改革がいま大きな課題になっています。それを受け、長時間労働の削減、働き方の多様性の確保、女性活躍推進などにあらためて取り組む企業が増えています。働き方つまりワークスタイルを変えようとする企業の動きは、齋藤さんの目にはどのように見えていますか。
働き方改革は、企業にとってだけでなく、個人にとっても、社会にとっても大切な意味を持ち、またそれぞれが求めているものも異なります。
優秀な人材を確保し、その生産性を高めることで、企業価値を向上させることを考えない企業はないと思います。しかし、学卒で就職しても、3年以内で会社を辞めてしまう人が3割に達するという現状は無視できません。せっかく人を育てても、これからというときに辞められてしまいます。そうした人材をつなぎ止めるうえでも、働き方改革が重要になります。逆にいえば、働き方の多様性を認めていかないと、優秀な人材を企業の中につなぎとめておくことができなくなっているのです。
一方、産業界全体つまりは日本社会全体にとっても働き方改革は、イノベーションの創出という点で重要な意味をもっています。人口減少、高齢化、成長率の鈍化が進むなかで、いかにして世の中にイノベーションを起こしていくか。その鍵になるのが働き方改革ではないかと私は思うのです。
イノベーションを起こすためには、働く人一人ひとりの価値観や多様性を尊重しつつ、ふだんは隠れている個人の個性のようなものをもっと発揮してもらわなければなりません。同時に、チームビルディングやチームワークを通して、より多くの知恵を集め、そこから新しい価値を生み出すサイクルも重要になります。
働き方改革というと、現状では単純に長時間労働削減、女性活躍、脱ブラック化ということばかりに目が行きがちですが、働き方改革の本質は実はそこにはありません。重要なのは、いかにクリエイティビティやイノベーションを創発できるように人々の働き方を変えていくのか、それを通していかに企業価値を高めていくのか、ということだと思います。つまり、単なる労働時間の量の問題ではなく、労働の質を変えるところに、働き方改革の本質的な意義があるのです。
残業時間抑制のように「時間」だけに囚われてしまうと、時間内に仕事を終わらせるためには人と話している余裕がなくなる、そういうコミュニケーションがなくなると一人ひとりが自分で仕事を抱え込んでしまいます、人と話せば得られるはずの解決のヒントも生まれない、結果的に仕事の質も高まらず、仕事がいつまでも終わらない──という悪循環に陥ることだけは避けなければなりません。
──働き方改革は創造性の高いワークスタイルの発見につながるものでなければならない、ということですね。これとオフィス環境やワークプレイスはどういう関係があるのでしょうか。ちなみに、私どもに寄せられるお客さまのニーズでも、最近は、できるだけ広い、柱の少ないワンプレート型のオフィスを希望される企業が増えています。部門間のコミュニケーションをより活発にしたいということが背景にあるようです。
実はコクヨもこの10月に、大規模なワンプレート型のオフィスに移転する予定です。コクヨの場合、メーカーとして文具系と家具系という大きく2つの事業部がありますが、商流が異なるということもあって、これまでは相互の交流はけっして活発とはいえませんでした。しかし、今の時代、その垣根にあまり意味がなくなっているのも確かです。ホワイトボードという商品一つとっても、これは文具でもあり家具でもあるわけですから。そこで、2つの事業部が一緒のフロアで働くことで、新しい知恵や創造性が生まれるのではないかというのが、今回のオフィス移転の動機になっています。このように、人々の働き方=ワークスタイルと、働く場所=ワークプレイスはけっして切り離すことのできない関係があります。
──社員の創造性をより引き出すためにも、企業はCRE戦略の一環としてワークプレイス改革を位置づける必要がありますね。
もちろんワンプレート型のオフィスが解決策の全てではありません。どうしても事業部ごとにフロアが分散してしまうということであれば、出退勤時に全員が必ず通るエントランス付近や、日常的な動線の先にカフェテリアなどを設けて、そこに自然に人が集まってくるような仕掛けを施してみてはどうでしょうか。異なる部署の人たちが、そこで自然に会話できるようにするわけです。
最近は、外部からの訪問者が気軽に使えるコワーキングスペースを、オフィスの一部に設ける企業もあります。大手インターネット企業の新本社もそうですね。煩雑な入館手続きなしに誰もがコワーキングスペースで打合わせをしたり、勉強会を開いたりできるようになっています。もちろん、そこから先に行くためには入館手続きが必要ですが、会社の施設の一部を外部に開放して、オープンなコラボレーションの機会を増やすという点では面白い試みだと思います。
──ただ、その一方で企業情報の漏洩などセキュリティのことも考えないといけませんね。
たしかにセキュリティは重要ですが、それがあまりに極端すぎると、同じ会社の社員でも別のフロアに簡単に出入りできなくなってしまうなどの弊害も生まれてきます。そのように新オフィスを設計した結果、以前より部門間コミュニケーションが少なくなって、職場に閉塞感が漂うようになったという例もあります。
部門・部署の枠を越えた、縦、横、斜めのコミュニケーションが自在に行われることは、イノベーションを生み出すだけでなく、若手人材を育てるうえでも重要な土壌になります。直属の上司から聞き出せないことでも、隣の部署の先輩にも気軽に相談できれば、若手はもっと自分を伸ばすことができるかもしれません。こうした配慮も、ワークプレイスづくりには欠かせないポイントになります。
ワークスタイル改革を支援することも、創造的なワークプレイス創出も、従業員への投資という点では共通するものです。ただ、こうした人的資源への投資がいかに部門間の垣根を越えていけるのかが、これからの課題だと思います。

写真提供:コクヨ株式会社
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