中堅中小企業が今取り組むべきCRE戦略とは。
不動産の棚卸しから、事業継続、相続・承継問題まで

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 人口減少、高齢化が進む日本社会にあって、日本の経済を支える中堅中小企業の経営者の平均年齢も上昇傾向にあり、スムーズな経営者交代が行われていないケースが指摘されています。たとえ事業承継者が見つかったとしても、相続税の支払いなどのために貴重な不動産を売却せざるをえないという話もよく聞きます。そもそも中小企業の経営にとって、不動産はどういう意味をもつのか。その価値は時代と共にどう変化しているのか。不動産を基軸にした企業価値向上に中小企業はどう取り組むべきなのか。今回の「スペシャリストの智」では、多くの中堅中小の顧客を抱え、相続・承継問題にも詳しい税理士の平川茂氏にインタビュー。経営コンサルティングの現場から紡ぎ出された企業の不動産戦略について語ってもらいました。

リアルとバーチャル、国内外市場が連携する
新しいビジネスが登場している

──平川会計パートナーズは、主に中堅中小の顧客企業に対して、税務・会計サポートをはじめ、相続税や事業承継に関するアドバイス、さらに経営計画策定支援など幅広い経営コンサルティングをされています。中堅中小企業をめぐる最近のビジネスの変化をどうご覧になっていますか。

 技術革新が進み、これまでとは違うタイプの新興企業がコンペティターとして登場するなど、中堅中小企業を取り巻く競争はますます激しくなっています。例えば小売・流通業の領域ではインターネットを駆使したeコマースの台頭に脅かされる企業も出ている。従来の「店舗」という概念が変わり、店頭に単に商品を並べていても売れない。何らかの付加価値をつけないと、旧来型の小売・流通は難しい状況になる、という危機感をもつ若手経営者は多いですね。
 もちろん店舗でモノが全く売れなくなる、というわけではありません。これからは、リアルな店頭ビジネスとバーチャルなインターネットビジネスが連携しながら展開していくのではないでしょうか。
 一つ例を挙げましょう。私たちのお客様で、中古ブランド品を販売する会社がありますが、最近はもっぱら海外の富裕層に高額品が売れているそうです。ただ、eコマースで海外に通販というのはほとんどなくて、むしろそうした顧客が来日したときに店舗に寄ってくれる。英語や中国語のサイトをみてその存在は知っていたが、実際に店頭で商品を確認しないと安心できないということです。リアルとバーチャルのハイブリッドが重要だという事例です。
 海外顧客を対象にしたビジネスは、業種を問わず、これからはますます重要になります。事業承継を控えた二代目、三代目の経営者と話をすると、「日本ではなく海外へ」という話が必ず出てきます。これまでは大手の取引先が海外に進出すれば、それに随伴するような形で中小企業も海外展開していった。しかしこれからは、海外現地生産ではなく、海外市場をどう自社製品やサービスの消費市場として取り込むかが重要だというのです。日本の人口減少は今後ますます進みます。海外を視野に入れた自立したビジネス展開は、これからの中小企業経営者にとっては必須の課題といってもよいでしょう。

──店舗の位置づけが変わるというお話でしたが、店舗も不動産の一つです。経営における不動産の役割も変わっていくのでしょうか。

 小売業では店舗の立地が絶対的条件でしたが、eコマースの進展でこうした一元的な考え方も変わっていくでしょう。全て不動産をベースにビジネスをしていくというスタイル自体が、もはや過去のものになろうとしています。必要な不動産があれば、それを購入するのではなく、借りるという方法もあります。取得から賃貸へ、保有から利用へという流れも進んできたと思います。
 同時に、不動産を多数保有している企業は、それを遊ばせることなく、収益源として最大限活用するにはどうしたらいいかを必死で考えるようになった。つまりCRE(企業不動産)戦略は中小企業にとっても重要だ、という認識が徐々に広まっていると思います。

平川茂が語る

不動産ポートフォリオの組み替えは
中堅中小企業にとっても重要課題

──とはいえ、これまで慣れ親しんできた土地や建物には愛着があります。頭を切り換えるのに時間がかかりますね。

 不動産を持っているとどうしてもそこに縛られる、ということはあります。例えば、これまで自社ビルで事業を営んできたが、社員が増えて手狭になった。近所にオフィスを借りると、人員が分散してしまう。大きなオフィスに移転するにしても、家賃コストが気になる。その場合、旧本社ビルはどうするのか。自分で使っている限り、家賃収入は入らないが、人に貸せば家賃収入が入る。しかし老朽化しているので果たしてテナントが入居するかどうか。いっそのこと売却してしまうか……などと、不動産物件一つとってもさまざまな悩みがあります。
 保有・活用・売却・賃貸、さらに不動産証券化やリースバックなど複数の選択肢があるなかで、ケースごとにメリット・デメリットを分析し、それを経営者の判断材料として提供する。それが私たち専門家の仕事にもなっています。

──デザイン的なリノベーションや、設備を改修するだけでは不足といえるのでしょうか。

 単体のビルでできることには限りがあります。むしろ、地域や街区ごとの特徴を活かした街づくりのなかで、ビル経営を考えていくという視点が重要です。私どものオフィスは千代田区の外神田にありますが、ここは秋葉原に近く「アキバ・カルチャー」に関連する企業がたくさん事務所を構えています。むろん昔ながらの電気屋さんばかりではなく、アニメなどのサブカルチャーを発信する企業も多い。土地やビルのオーナーも、社会のトレンドの変化を見越したうえで、地域の特性を上手に発信しながら集客に努める必要があるでしょうね。

──かつて企業不動産は、保有していれば銀行からお金が借りやすいなどの利点がありましたが、最近はむしろROA・ROE向上のために、不動産証券化などの方法でオフバランス化を図るのが一つのトレンドになっています。企業価値向上のために不動産をどう組み替えるかは、中堅中小企業にとっても大きな課題です。

 オフバランスも含め、不動産の組み替えをしようというとき、一番の問題になるのは税金です。売却したとしても、簿価が低く譲渡益が高くなった場合税金が高くなり手取りが減ってしまいます。保有していれば全体の価値を維持したままなんとか利回りも確保できるということで、資産の組み替えに積極的ではない企業もあります。
 また、事業用の資産を買い替えたときに譲渡益の一部に対する課税を繰り延べることができる買換特例がありますが、最近の地域再生法の改正で繰り延べできる割合が縮減してしまいました。税制の恩恵を受けながら事業用不動産を入れ替えるということができにくくなっている一面はあります。
 そもそも不動産をたくさん持つ企業というのは歴史のある会社が多く、しかもメインの不動産が会社創業の土地ということもあります。そういう土地を手放すことには抵抗感があるし、「あの会社もついに土地を売ることになったか」という風評被害を恐れるもの。そうしたことも危惧してなかなか動けないケースもあります。
 ただ、こうした企業も資産の組み替えを余儀なくされるタイミングというのがあります。相続や事業承継です。相続では全ての財産に対して相続税がかけられるし、相続税支払のために多額の納税資金を用意しなくてはなりません。そのために不動産を処分せざるをえない企業はたくさんあります。
 そこで私たちがいつも申し上げているのは、いつか相続のタイミングで資産の処分をしなければならないのだとしたら、その時を待たず、今からでも資産の組み替えをしておいたほうが賢明だ、ということです。これこそがCRE戦略なのです。

不動産資産のオフバランスによる財務効果

事業承継を機に不動産を可視化し、
次の事業戦略の原資に変える

──CRE戦略を通して、企業価値向上に成功した企業の具体事例をご紹介いただけませんか。

 とある地方で大きく事業展開をしているガス事業会社の例を挙げましょう。エリア内に300拠点もの不動産を持っているのですが、事業を承継することになった二代目社長は当初、なぜこんなに多いのか不思議に思ったそうです。ガス事業の特性からかつての法律では、一定エリア内に複数の事業所を持つことが義務づけられていたのです。
 今は法律も変わり、規制も緩くなった。なかには全く使われていないものや、「なんでこんな場所に」と思うようなところにも不動産が残されている。いわば、不動産を必要以上に保有しすぎている現状を知ったわけです。
 それでは棚卸しをしましょうということで、私たちは一つひとつの不動産の価値をチェックしていきました。この不動産を持つことで年間いくらコストがかかるか。そのコストを考えれば、たとえ売却による収益が大きくなくても、手放したほうがよい場合がある。逆に活用すれば収益を生み出す不動産はどれなのか。それらを区分けしていったのです。
 もちろん不動産をどうするかという以前に大切なことがあります。売却するにしても活用するにしても、それは次の事業展開のための資金になるわけですから、将来の事業計画がきわめて重要になるのです。
 人口縮小社会ではガス事業もまた将来の大きな発展は望めません。ただ、エリア内での売上は減っても、零細事業者のM&Aを通してエリアを拡大していけば全体の売上は拡大する。同時にガスだけでなく、電化設備や太陽光パネルなども扱う総合エネルギー事業に転換していくことも考えなければなりません。こうした成長戦略のためにこそ資金投入が必要であり、その原資として不動産収益を充てる──というように事業計画を練り、それを私たちは「第二の創業」と呼ぶことにしました。事業承継のタイミングで、次の10年、20年後につなぐためにいま何をすべきかを考える。そのベースにあるのが不動産だったというわけです。
 中小企業やオーナー企業は第三者の株主がほとんどいないので、自分たちだけで企業価値の向上を考えなければなりません。中小企業にとっての企業価値とは、現時点での事業の価値が高いというだけでなく、今後も事業継続していける力があるかどうか、つまり企業の持続性ということも含めた価値なのです。したがって、中小企業のCRE戦略は、単に不動産だけでなく、人材も含む事業の持続的な価値を総合的に向上させることを目的に行わなければならないのです。

──事業承継の過程では、親族間で誰に承継させるのか、相続税をどう準備するのかも難しいところですね。

 10年前までは相続・事業承継戦略を進めるうえでは、承継者が親族かそれとも親族外の人かで、私たち税理士の戦略も異なっていました。親族内で承継する際は、相続税の負担を軽減すること、つまり節税対策がメインになります。逆に親族外の人が承継する場合は、会社を売却するのと同じですから、企業価値を向上させることに主眼が置かれます。
 しかし近年は、両方ともベクトルは同じ方向に向いていると思います。少子化かつ価値観が多様化する時代ですから、社長に必ず子供がいるとは限らないし、その子供も必ず会社を継ぐとは限らない。子供であれ他人であれ、企業価値が高い、つまり自分が継ごうと思うような会社でなくては、誰も継ごうとは思わないのです。逆にいえば、企業価値の高い会社であれば、高くも売れるし、後継者を探すのも苦労しないのです。

平川茂が語る

M&Aを恐れるな。売却価値のある
会社に育てることこそが重要

──中小企業が事業承継や相続とからめて、外部企業に事業や不動産を売却するときは、どんなパターンがありますか。

 いくつかパターンがあります。最近は、買い手のほうが事業は欲しいが不動産は要らないとういうケースが増えています。事業は事業、不動産は不動産でそれぞれ別の会社に売却してしまう場合ももちろんありますが、子供に何らかの形で資産を残したいというときには、こんな方法があります。
 不動産と事業を分け、事業は他社に譲渡する一方、事業用不動産については、定期借地または定期借家権を設定して賃貸に回します。不動産管理会社を設立して、その経営を子供たちに継いでもらうわけです。子供たちも相続税負担を軽減されるだけでなく、将来にわたって家賃収入が見込めるので生活が安定します。不動産管理を3つの会社にわけ、3人の娘にそれぞれ継がせた企業の例もあります。
 M&Aについてはかつてからネガティブなイメージがあり、買収される側の企業経営者はいつも受身でそれに対処していました。しかし、今は能動的に考えないと、買い手が見つからないし、高くも売れない時代です。
 一番困るのはこういうケース。息子がいるが継ぐ意思があるか定かでない。父親が70歳すぎまで経営に当たっていたが、新陳代謝が進まないので経営体質が古くなり、商品も市場に合わなくなり、設備も老朽化してしまった。ここまで来てしまうと、もう買い手は見つかりづらく。廃業せざるをえない場合もあります。
 もう10年早く、戦略を転換して売れる会社にしていく必要があったのです。実際に会社を売るかどうかはともかく、売れるための戦略を早い段階で積極的に講じないと、企業価値は上がらない。今、収益が好調だからといって安心していると、将来の事業継続性も失われてしまうことになりかねないのです。

特例税制を事業計画に組み込んで
ビジネスを革新する方法

──中堅中小企業をめぐる税制は今後どう変化していくとお考えですか。

 国の財政状況を考えるとどこかで税収を確保しなければならないわけですが、国際的な流れでみるともうこれ以上、法人税は上げられない状況があります。どこで税収を確保するかとなると、やはり消費税ということになるでしょう。税制のトレンドとしては、これまでの所得課税中心型から消費課税中心型へとシフトしていくことはたしかです。
 私は日本の法人税は20%を目標に下がっていく、その一方で消費税もまた20%を目指して上昇していく、つまりそれぞれが20%ラインで均衡していくのではないかと考えています。また、現在の所得税は累進課税ですが、これも最高税率が所得税+住民税で55%というのはあまりにも高すぎるといわざるをえない。これも50%以下を目指して下がらざるをえないのではないかとみています。
 となると、これまでは税率が高かったから、企業や高額所得の個人はせっせと節税に励んでいたわけですが、税率がちょうどよいところに落ち着くとなると、あまり節税を意識する必要はなくなるのではないかと思います。法人税が20%まで落ちると、節税のためにコストと手間をかけるよりも、税引き後8割の利益をどう活用するかに知恵を絞ったほうがよいと考える経営者が増えてくるのは当然でしょう。
 とはいえ、まったく節税を意識しなくてよいかというとそうではない。最近の税制は複雑化する一方ですが、気をつけてみると、企業向けの特例税制が多様化していることがわかります。特例税制というのは、「こういうときにこういう行動をする企業にはこれだけの減税を特典として用意します」ということ。その特典がきわめてピンポイント的なのが最近の特徴です。
 例えば、「地方拠点強化税制」。地方に本社を移転し人も動くと、年間数百万円単位で税金の還付があります。例えば、eコマースを事業にしている企業なら、必ずしも東京に本社を置く必要はなく、節税対策にもなるのなら、地方に移転するかという話になります。中小企業の経営者は、こうしたさまざまな特例税制を参考にしながら、事業計画を練り直してみてはどうでしょうか。私たち税理士も、特例税制を活用することで、かつてのような単純一本槍の節税指南ではなく、事業計画と密接にリンクした形で、より合理的な提案ができるようになります。

──税理士さんたちにとっても、節税だけが唯一のソリューションではなくなるというわけですね。私たち三菱地所リアルエステートサービスも、企業不動産にかかわる専門家として、社会の変化をとらえた多彩なソリューションを提供していかなくてはなりません。不動産の専門家がこれから果たすべき役割はなんでしょうか。

 最近はAI(人工知能)が人間の仕事を奪うのではないかと心配する人も多いのですが、たしかにあと5年もすれば会計や税務処理をAIが自動的に行う日が来るでしょう。決算書を作成して利益の計算をするというような、最初から答えが一つしかない業務はこれからどんどんコンピュータ化されていくと思います。これは税理士に限った話ではなく、すべての専門職種にいえることです。
 ただ、AIが専門家の仕事のすべてを奪うわけではない。答えが見えない、あるいはさまざまな解が用意されている分野は、やはり人間が最後まで関わらなければなりません。まさに経営者の仕事には答えがない。不動産売却で得た1億円を何に使うべきか。設備投資か本社移転か人材採用か、それはコンピュータに聞いても答えてくれません。経営者に寄り添いながら、答えの用意されていない課題を共に考え抜く。そうやって経営者の意志決定のサポートをする。そうすれば、私たち──税理士はもちろん、不動産にかかわる専門家のノウハウもますます重要となってくるでしょう。

事業承継の例:父親である社長がニ人の子どもに会社を承継する場合

Profile プロフィール

税理士法人 平川会計パートナーズ
代表社員 税理士

平川 茂

公認会計士山田淳一郎事務所(現:税理士法人山田&パートナーズ)、株式会社東京ファイナンシャルプランナーズ(現:山田コンサルティンググループ)代表取締役を経て、平成4年、株式会社サテライト・コンサルティング・パートナーズを設立。現在、税理士法人平川会計パートナーズ代表社員、税理士、株式会社サテライト・コンサルティング・パートナーズ代表取締役。中央大学大学院商学研究科兼任講師、中央大学商学部会計学科兼任講師。

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