環境保全しながら経済合理性のある土地活用を。
土壌汚染対策における認証制度と企業価値向上

「環境保全しながら経済合理性のある土地活用を。<br>土壌汚染対策における認証制度と企業価値向上」のアイキャッチ画像

目次

 工場跡地などの再活用にあたって、課題の一つとなるのが土壌汚染です。万一、売買契約後に土壌汚染が発覚した場合は、契約が解除されたり、損害賠償を請求されることもあるなど、大きなリスクになりかねません。2003年に施行された土壌汚染対策法や、16年に第一号認証を発行した民間認証制度にも触れながら、CRE戦略のなかに土壌汚染対策をどう盛り込むべきかを、環境ビジネスの専門家エンバイオ・ホールディングスの西村実社長にお伺いしました。

土壌汚染と「ブラウンフィールド」問題に
どう取り組むか

──土壌汚染に関する法律として2003年に土壌汚染対策法が施行されるわけですが、そもそもこれはどういう法律なのでしょうか。

 土壌汚染対策法(以下、「土対法」)には、土壌汚染の状況を把握すること、土壌汚染による人の健康被害を防止すること、という二つの目的があります。
 土対法が対象にしている特定有害物質は現状で25種類(※1)ありますが、こうした特定有害物質を扱う事業者は、水質汚濁防止法であらかじめ届出をしているのがほとんどです。特定有害物質の使用が工場で適切に管理されている場合は問題ないのですが、この工場を閉鎖や移転、特定有害物質の使用施設を廃止するような場合には、その届出をしなければなりません。そのタイミングで土対法の調査が義務付けられ、もし土壌から特定有害物質が検出され、それが指定基準を上回り、かつ健康被害をもたらす可能性が認められれば、それを防止するための対策を取らなければなりません。
 また、全国で毎年地下水調査が行われていますが、そこで特定有害物質に汚染されている井戸などが見つかり、この汚染源はもしかしたら上流にある工場ではないかと疑われるときには、調査命令が出るケースもあります。
 ただ誤解がないように言い添えておくと、この法律は土壌汚染を全部浄化することを目的にした法律ではないのです。多少の汚染はあるが、地下水に漏れ出ていないし、汚染場所には人が容易に立ち入れないようになっているということであれば、管理をする義務はありますが、浄化をする必要性まではありません。
 とはいえ、土地はそこで事業を営む利用価値だけでなく、資産としての価値も有しています。土地を売買する際には、土地の用途に重要な影響を及ぼす事項については必ず説明しなければなりません。土壌汚染があるというだけで土地の値段が下がったり、場合によっては売れなくなるという経済的リスクは当然あります。そのため不動産売買や有効活用の観点から、土対法とどう向き合うかということが、一般事業会社はもとより、不動産仲介にあたる企業にとっても非常に重大な関心になっているのです。

土壌汚染対策法に定める特定有害物質

──土対法は5年ごとに見直しが行われているようですが、年々厳しくなっているのでしょうか。

 規制対象となる25種類の特定有害物質は、世界的にみると少ない方です。米国や欧州、中国では100種類以上の規制物質が挙げられています。こうした国際的な流れから類推すると、今後、規制対象となる特定有害物質は増える可能性がありますが、反面、規制値が緩やかになるものもあります。
 直近の法改正は平成22年(2010年)に行われましたが、この改正では、現在、特定有害物質を使用しているか否かにかかわらず、3,000㎡以上の土地の形質変更を行う場合は、すべて調査が義務づけられるようになりました。法の網を広くかぶせようというわけです。
 一方で、土壌汚染による健康被害の恐れのある土地を「要措置区域」とし、汚染はあるが健康被害の生じる恐れのない土地は「形質変更時要届出区域」と二つの区分けを導入したのも法改正のポイントです。すぐに対策を講ずべき土地と、将来改変するときに浄化すればよい土地とに区分したわけです。
 こうした法改正の背景には、「ブラウンフィールド」問題があります。ブラウンフィールドとは、土壌汚染対策費が多額となるため土地売却が困難と考えられ、土地本来の価値が生かされない土地のこと。例えば、都心部の地価の高い土地であれば、汚染箇所を全部掘削して、きれいな土に入れ替えるというような大工事を行っても十分採算がとれますが、郊外の安価な土地の場合はそうはいきません。工事費が資産価値を上回ってしまうので、手つかずのまま放置されてしまう土地がたくさんあります。これがブラウンフィールドです。
 環境省が2007年にまとめた資料によると、全国でブラウンフィールドの面積は2.8万haでその土地の資産価値は10.8兆円、土壌汚染対策に要する費用は4.2兆円と試算されています。(※2)
 汚染があると土地は売れないが、費用が莫大なので浄化もできないというジレンマ。結果的にその土地は有効活用されないままになるのでは、社会経済的にも大きな損失と言わざるを得ません。

ブラウンフィールドの潜在的規模

「地歴」の把握が欠かせない
ーー汚染対策の具体的手法

──土壌汚染の把握のためには、具体的にどんなことが行われるのですか。

 まず土地の歴史(地歴)を把握することが欠かせません。現在の持ち主がきちんと地歴を管理していればいいのですが、残念ながらそういうケースは多くはありません。行政に小まめに届けを出していたり、CREの専門部署が地歴を把握していれば、その後の土壌汚染対策コストも抑えることができるのですが、そこまでの対策ができている企業はまれです。
 そのため、私たちが使用者の変遷をたどり、航空写真を調べ、ときには企業の資料室にこもって不動産関連書類を引っ張り出したりすることもあります。もちろん専門のスタッフが現地を実際に歩いてみる現地踏査も不可欠です。
 汚染があると懸念される場合は、土壌のサンプルを分析したり、土に穴を開けて土壌ガスを吸引するなどの状況調査を行います。カドミウムや水銀、六価クロムといった重金属は表層を分析すればだいたいわかりますが、トリクロロエチレンなどの有機塩素化合物は、土中に深く浸透しています。私たちが調査した例では、地下60mまで浸透し、地下水に流れ込んでいたケースがありました。電気機器の絶縁油などに使われるPCB(ポリ塩化ビフェニル)は事例としては少ないが分解するのがやっかいで、処理費用も高くつきます。

西村実が語る

「掘削除去」よりコストが安い
原位置浄化法

──土壌汚染の対策にはどんな方法がありますか。

 土壌汚染対策には、暴露経路の遮断と土壌汚染の除去と呼ばれる二つの方法があります。暴露経路の遮断とは、特定有害物質をコンクリートやアスファルトで覆い、人が直接触れたり、地下水に漏出したりしないようにすることです。行政からの指示は暴露経路の遮断で済むことが多いのですが、実際には不動産を売る場合の経済的リスクを避けるために、土壌汚染を除去することが多いです。
 土壌汚染を除去する方法にも二つあります。一つは先に述べた「掘削除去」。汚染土壌を全部掘り返して、新しい土に入れ替えるもので、日本では8割方この方法が使われています。たしかに見た目はわかりやすいのですが、土地が広ければそれだけコストもかかります。深いところまで掘削すれば、技術的にも難度が高まります。
 もう一つは、土地を掘り返さず、微生物の活性化や化学薬品を注入して特定有害物質を分解したり、分解できない重金属の場合はその場で不溶化する方法で、「オンサイト浄化」や「原位置浄化」と呼ばれています。コスト的に安価で、環境負荷も小さくて済むということで、欧米ではこちらのほうが主流になっています。広い土地でスケールメリットが出れば、コスト的には原位置浄化は掘削除去の半分以下で済む場合もあります。微生物による浄化はかつては時間がかかっていたのですが、近年はそれも短縮化されつつあります。
 原位置浄化は米国にはたくさんの事例がありますが、残念ながら日本ではまだ認知度が不足しており、これから広がる方法だと思います。掘削しても十分開発費用が回収できる土地であれば、掘削でもよいのですが、不動産市場に登場するのはそういう土地ばかりとは限りません。今後、第三者機関が土壌汚染の状態を適切に評価するようになれば、原位置浄化という方法がもっと普及していくだろうと考えています。

西村実が語る

第三者機関による認証制度始まる

一般社団法人土地再生推進協会(APR)が昨年設立され、さっそく第一号の認証を発行したそうですね。

 土壌汚染対策が行われるのは土地の売買が一つのタイミングですが、ほとんどが民間同士の自主的な対応となっています。しかも、汚染があるかないかを「白」か「黒」かだけで判断する例が多いように思います。このままでは、経済合理性のある土地活用という観点からみたときに、課題が多すぎます。
 老朽化した工場や施設を解体し、地域の再生や防災対策に役立てる動きは今後ますます強まるでしょう。ただ、その前に立ちはだかるのが土壌汚染問題です。土壌汚染は、環境だけでなく、土地取引や会計処理にあたっての土地の価値にも深く影響する問題ですから、環境技術はもとより、不動産、法務、財務、会計、リスク管理などの専門家のアドバイスが必須になります。APRはこうした専門家の知見やノウハウをもとに適切な環境保全を行いながら、過度なコストをかけずに土地を有効利用していく動きを支援しています。
 土壌汚染の状況について、土対法に準拠しつつ、健康被害のおそれがなく、土地利用において安全な状態であることを第三者の専門家が確認し、汚染が確認されないプラチナから管理された状態のブロンズまで4段階の認証を提供しています。(※3)土対法で特定有害物質に指定されていないものの、実際の土地取引で問題となる油やダイオキシン汚染についてもその対象にしています。
 つまりAPR認証制度は土地取引時に必要な、土壌汚染についての共通の指標になりうるものです。建物の環境性能を評価するシステムに「CASBEE」がありますが、APR認証はその土地版といってもよいかと思います。認証制度を利用することで、土地を資産としてもっている企業は、その価値を売り手に説明しやすくなります。将来土壌汚染が発見されるかもしれないという不安が払拭されるというメリットもあります。

一般社団法人土地再生推進協会で行う土壌汚染の認証

早め早めの対策が、
経営リスクを低減する

──土壌汚染についてこれからの企業経営者はどう考えるべきでしょうか。

 土壌汚染は時間とともに拡散する恐れがあり、拡散すると対策費用も膨らむことから、把握するタイミングは早ければ早いほうがよいのは明らかです。土地売買、特に売却を決断したときではむしろ遅く、操業中から調査・分析を始めるべきです。工場を稼働したまま、土壌汚染を調べる方法はいくらでもあります。将来いざというときに、どの程度の費用がかかるかを見積もることもできます。つまり経営的なリスクを減らすことができるというわけです。
 また、行政への届出などの手続きも早めにやっておくべきです。土対法には自主的に申請することで、行政主導の手続きに比べて、その後の手続きが企業のペースで迅速に進む条項も用意されています。
 かつては土壌汚染が発覚したらもうおしまいと考える経営者も多かったのですが、今は土壌汚染に関する解決策の知見も蓄積され、新たな認証制度も始まり、汚染とうまくつきあうことができるようになりました。ただ、専門の担当者を置くことができる大企業と違って、中小企業にはまだまだノウハウがたまっていません。
 中小の事業会社が土壌汚染問題に直面するのは、数十年に一回あるかないかでしょう。むしろ不動産仲介企業のほうがこの問題に取り組む機会が多いと思います。そうであるからこそ、土壌汚染で悩んでいる企業には、不動産ソリューションをもつ専門企業が正しく道案内をしていただくことが重要だと思います。そのアドバイス次第で、企業が虎の子のように大事にしていた土地を有効に活用する道が開けるのですから、その意義は大きいのです。

Profile プロフィール

株式会社エンバイオ・ホールディングス
代表取締役社長

西村 実

1981年大阪大学工学部卒業、大手化学会社研究員を経て、90年日本総合研究所に入所、創発戦略センター上席主任研究員を務める。このとき、土壌汚染問題に目覚め、00年に、土壌汚染改良、機器・薬剤提供、土地活用提案などを行うエンバイオ・ホールディングスに参画。2008年同社代表取締役に就任。グループ子会社、アイ・エス・ソリューションの代表取締役や、東京農工大学工学部非常勤講師も兼任。

トップ > コラム > 環境保全しながら経済合理性のある土地活用を。土壌汚染対策における認証制度と企業価値向上