
──日本企業がM&Aを進めるきっかけやその目的はどこにありますか。
M&Aにはおおよそ3つの形があります。1つは業界再編に伴うM&A。人口減少や団塊世代の退職などで国内市場の成長基盤が崩れたことにより、これからはどの業界でも大きく成長するのが難しい時代になりました。かつてのように一つの業界に数多くの大企業が林立する状態ではありません。小さな企業がより大きな企業のグループ入りをする形でのM&Aはこれからも増えるでしょう。
個々の企業はもちろん成長をめざすのですが、自社の経営資源に限りがある場合は、他社の経営資源を承継し、それを活用することで成長をめざすことになります。こうした企業成長のためのM&Aもよくあるものです。これが2つめです。
M&Aの3つめの形は、事業承継に伴うM&A。これは日本企業に特有のものです。日本には100年以上続く企業が2万6000社以上もありますが、これは世界でもまれなこと。たとえ株式会社であっても、実際は経営者一族が家業として会社を代々継いでいくケースが多いのです。しかし昨今は後継者不足が深刻です。会社存続のために別の企業に継いでもらおうということで、M&Aを検討する中小企業も少なくありません。
──M&Aには3つの類型があるわけですが、今後増えていくのはどの形態でしょうか。また今後M&Aが増える業界というものはありますか。
いずれの形態も、特定の業界にだけ起こるものではありません。例えば最初の業界再編成に伴うM&Aは、上位数社のシェアが比較的少ない業界で、かつ業界全体の利益が減り始めるときに必ずといってよいほど発生するものです。
医薬品卸業界などはその例ですね。40年前は3000~4000社あった企業が、20年前には約300社になり、現在は4大グループがほぼ独占している状態です。調剤薬局業界でもまさに現在進行形でM&Aが進んでいます。医療費総抑制に伴って薬価基準が抑えられる一方で、消費税の増税分などを消費者に転嫁できないため、業界の総利潤は減る傾向。薬剤師などの人手不足も深刻で、特に地方の薬局は、首都圏の大手企業と一緒にならないかぎり、なかなかビジネスが成り立たない状態になっています。
運送、IT、介護などの業界でもM&Aがますます増えています。総需要がピークに達するだけでなく、規制緩和など国の政策変更が変わることも、M&Aを呼び寄せるきっかけになります。
──M&Aは、これからの日本企業において必須のものと考えるべきだということがわかりました。企業売買は企業価値の交換でもあるわけですが、それを考えるうえでは所有している企業不動産(CRE)は重要なポイントになると思います。
その通りです。まず事業承継にともなうM&AにおけるCREの位置づけを考えてみましょう。
一般に事業承継を考える企業は古い歴史をもつ企業です。不動産の自己所有率も高い。かつての日本では、不動産の含み益を担保に、レバレッジをきかせて、企業を大きくすることができたからです。土地だけでなく工場や機械もその多くが自前のものです。今の若い人からすると、全部借りればいいじゃないか、ファブレスになればいいじゃないかとなりますが、かつては不動産を持っていれば銀行からの融資も楽に行えましたから、旧来の経営者はそうそう不動産を手放すわけにはいかないのです。
ただ時代が変わったことは事実です。有効に活用されない不動産は、額面上の価値にかかわらず、多くが負の財産になっています。例えば、有効活用されない不動産を10億円分もっている会社と、それよりは額は少ないけれど、不動産を有効に活用している会社があるとします。どちらが会社を売りやすいかといえば、やはり後者ではないでしょうか。
もちろんM&Aとは、必ずしも会社を高く売ることではありません。特に日本では事業を存続させることが重要なのです。ただ、負の財産を抱えたままでは、けっしてよい買い手とめぐり会うことができません。買い手にとっても同じことがいえると思います。
──一口にCREの有効活用といっても、会社をM&Aする前と、その後では意味が違ってくるのではないでしょうか。
例えば、オーナー企業の場合、ビルや工場敷地をオーナーが所有し、それを会社に賃貸しているケースがよくあります。会社と個人の資産の混同ともいえますが、税制上の利点もあるので、こうしたケースはすぐになくなりません。ただ、M&Aをする場合はこれが不利に働くことがあります。オーナー所有の不動産は相場以上の地代や家賃設定がされていることが多いので、それをそのまま引き継ぐことはできない。また、所有権が前オーナーのままでは、いつ追い出されるかわからないなど、新しい経営者は安定した経営ができないのです。
したがって、こうした不動産はM&Aの前に、あるいはM&Aをきっかけにして、整理しておくことが不可欠になります。
整理の仕方にはいくつかあって、有効活用されていない不動産であれば、売却してその売却益をオーナーへの退職金代わりに支払う方法があります。かつては含み益を出すために、わざわざ広い土地を買って、実際はその半分しか使っていないような企業も多くありました。もし買い手が同業者の場合には、M&Aにともなって広い土地に工場を統合するなどの提案も可能でしょう。
そもそも、M&Aにおいて企業の値段はどうやってつけられるのか。米国は企業買収を一種の投資信託のようにとらえるディスカウント・キャッシュフロー法という考え方が一般的ですが、日本はそうではなく、会社をこれまでずっと続いた財産の集積ととらえて、そこから価格をはじき出す方法が一般的です。いわゆる無体財産ですね。土地、機械、人やブランドや収益力も財産の一部ということになります。
ブランドや収益力を評価するためには超過収益還元法が使われます。例えば、10億円の現金で長期国債を買ったとする。その利回りが2%とすると、毎年2000万円の利益が上がることになります。同じ価格の土地を活用しても、2000万円以上の利益が上がらなければ、国債に投資したほうが儲かるという道理です。もし不動産有効活用で5000万円の利益が出たとすれば、差額の3000万円は純粋な事業利益と考えることができます。この収益力が営業権やのれん代となり、M&Aにおける売買価格の重要な決め手になります。
日本企業の財産のほとんどは不動産ですから、不動産を有効活用していればいるほど、営業権は高い。営業権が高い会社は、売り手からすれば高く売ることができるし、買い手からすれば、買収することで高い収益を生む会社ということになります。つまり、営業権が高い会社を買えば、ROE(株主資本利益率)が向上することになるのです。
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