未来に向けたCRE戦略。
外部の専門企業との連携が鍵に

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目次

クリエイティブなオフィスづくりも、
これからのCRE部門の役目

──ROE重視の経営が叫ばれる中、そこに果たすCRE戦略の重要性が認識されつつある中、これから求められるCRE戦略はどのようなものであるべきかというテーマで、証券会社でCRE戦略に携わってきた土岐好隆さんと、研究者の立場からCRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた百嶋徹さんに語っていただきました。後編は、百嶋さんの視点にフォーカスします。

百嶋 欧米企業に比べて日本の製造業は、収益率が低いことがよく指摘されるが、その主因は、競争力のある最新鋭設備への十分な先行投資が行われないからだ。老朽設備は生産性が低く、エネルギー効率も低いためCO2排出量が多くなる。これまでのような長期ビジョンを欠く横並びで内向きの投資行動は、海外企業との熾烈な競争に臨むうえで決定的に不利に働く。
 何よりもまず、老朽設備の廃棄と最新鋭設備への更新投資の促進が必要だ。それは環境性と経済性の両面で効率化を生む。アベノミクスの成長戦略の一環で昨年創設された投資減税制度の効果が顕著に出てきており、戦略的な企業は同制度を活用して工場や設備の更新に動いている。このような戦略投資を実施する際に、適地での不動産確保を迅速にサポートするのが、CRE部門の重要な役割だ。
 例えば、新工場建設の意思決定は経営層が行うが、いざ工場をどこにつくるのかというときに、複数の立地候補地の不動産情報を迅速に提供することが、CRE部門には求められる。普段から社内の事業部、社外の不動産会社や自治体などと連携を密にしながら、情報を蓄積しておかなければならない。土地には地権者が付き物だから、地権者との交渉を迅速にまとめる統括能力も必要だ。社内の不動産ソリューションベンダーとして、CRE戦略の視点から、設備更新を推進する拠点再編成をサポートする必要がある。
 日本企業の低ROEの主因は売上高利益率(ROS)の低さにあるため、ROS向上に資する中期的な経営戦略が重要となる。CRE部門も、この戦略遂行を不動産の視点からサポートする必要がある。ROS向上に向けた戦略例として、前述の高効率の最新鋭設備への集約や、ROSの高い事業へ集中する事業ポートフォリオ転換が考えられ、これらの戦略遂行には拠点再編成を伴うことが多い。その際に生じた遊休不動産の売却による資金回収を含め、前述した迅速な不動産サービスの提供がCRE部門の役割だ。
 ROSを高めるには、他にもいろいろな方法がある。本社費用を抑えることもその一つだが、分散した本社機能の大規模オフィスへの集約が具体例だ。その際にイノベーション創出による成長戦略の視点も非常に重要だ。またオフィスを全社的な拠り所となる経営理念や企業文化の象徴と捉えることも大切だ。
 全く新しい価値を創出して競争のパラダイム転換を起こすようなイノベーションが生まれるためには、外部組織とのオープンイノベーションと共に、クリエイティブなオフィス環境、すなわち創造的なオフィスづくりとワークスタイルの変革がセットで必要だ。例えば、インフォーマルな会話が自然に生まれる休憩・共用スペース。一見ムダなスペースに見えるかもしれないが、それを潰してしまうとイノベーションも途絶えてしまう。欧米の先進企業は、知識創造活動の舞台となるオフィス空間の重要性を熟知しており、CRE部門が主導するオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入りつつある。

土岐 ROEばかりが重視されると、どうしても近視眼的な話になりがちだ。実際の不動産戦略は実はもっと射程の長いものだ。例えば本社費用を抑えるために、創業以来のシンボリックな建物を売ってしまい、結果的に人心が離れてしまうということもありうる。本社ビルや工場のたたずまいは、社員の求心力を高めたり、人を採用するときには重要だ。こうした不動産特有の定性的な要素を抑えながらも、それをいかに定量的に換算していくか。難しいところではあるが、それもCRE戦略の一環としてとらえるべきだと思う。

百嶋徹が語る

成功するグローバル企業、
CRE戦略の「三種の神器」とは

百嶋 海外先進企業のCRE戦略には3つの共通点が見られ、これを私はCRE戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。一つは、CRE専門部署の設置による意思決定の一元化とIT活用による不動産情報の一元管理により、CREマネジメントの一元化を図っていること。一元管理された不動産情報は、世界の拠点間のベンチマークに活かされている。
 もう一つの特徴は、CRE戦略の重点を土地や建物といった単なるハードの不動産管理にとどまらず、前述のクリエイティブなワークプレイスやワークスタイルを活用した人的資源管理(HRM)に移行させていることだ。海外企業では、CREの担当役員がHRMを同時に見ているケースもある。また、CRE専門部署を「ワークプレイス・リソース」と呼ぶ企業もある。
 三つ目の特徴は、外部ベンダーを戦略的パートナーとして活用していることだ。巨大なグローバル企業といえど、CRE部門の社内スタッフが驚くほどの少人数ということが珍しくない。外部化できる業務はほとんどCRE戦略支援の専門企業にアウトソーシングしている。日々のオフィス運営はベンダーに任せて、そのかわりCRE戦略のコア業務となる戦略の策定・意思決定とベンダーマネジメントはインハウスのスタッフがしっかりと行う。
 日本企業でそこまで行っている企業は少ない。まずは最初のCRE専門部署の設立から着手すべきだ。

土岐 CRE戦略はプロフェッショナルな仕事だという認識がまず重要だろう。CRE戦略とは、何でも屋の総務部が兼任してできるような仕事ではない。特に数多くの不動産を抱える企業であれば、いますぐ総務部から切り離して、CRE戦略策定、実施に専念できる部署を設置すべきだと思う。

日本でも求められる専門家の育成。
外部べンダーとの人材交流も課題

──そこには、外部のCRE戦略の専門企業はどうかかわれるのでしょうか。

土岐 不動産ビジネスは、設計開発、売買、テナント対応、維持修繕まで多岐にわたる仕事。多数の不動産をもっている企業は物件ごとにそれを行わなければならない。CRE部門とはいえすべての業務に精通しているわけではないので、足りない部分は外部のCRE戦略の専門企業のサポートを積極的に仰ぐべきだ。これまでは、CREソリューションというと、どうしても不動産の売却仲介や有効活用に伴う開発に終始していた。しかし、これからはCRE戦略を通してROEなど企業価値を最大化することが求められている。CRE戦略の専門企業もCREサポート自体でしっかりお金が稼げる付加価値が高いサービス提供を行うべきだ。
 日本の場合、大手不動産デベロッパー系のCRE戦略の専門企業には、潜在的に不動産業務をフルスペックで担える力がある。そうした企業が、提供する役務に見合った収益をとることで、より質の高いCRE戦略が可能になると思う。まずは、不動産会社が最初の一歩を踏み出してほしい。

百嶋 これらからはCRE戦略を担う専門人材の育成も重要な課題になる。前述したCRE専門部署の設置は、人材育成面にも好影響を与える点に着目すべきだ。総務部門の中の管財業務ではなく、財務・経営に直結したCRE専門部署を立ち上げることは、CRE専門人材の職能評価につながり、その人自身のキャリアに価値がつき、モチベーションアップにつながる。
 さらに、専門人材の職能評価が定着すれば、人材流動化を促す。ひとつの企業のCRE戦略で名を上げた人材には、他社からも転職のオファーが舞い込む。つまり、優秀な人材がヘッドハンティングにより企業間を移動することは、業界全体のノウハウ向上に結果的につながるのだ。
 既に米国など海外では、事業会社と外部ベンダー間や事業会社間の人材移動が頻繁に起こっている。日本では、事業会社がCRE専門部署の設置を急ぐとともに、まずはアウトソーシングを契機に外部ベンダーとの人事交流から始めてみてはどうだろうか。例えば、若手スタッフをベンダーに出向させて修業を積ませる。事業会社側の戦略意図とベンダー側に蓄積される現場の実務知見を共有することで、CRE戦略の発展・進化につながっていく。

百嶋徹が語る

「宝の山がそこにある」
経営トップを動かす決めぜりふ

──CRE戦略の重要性を、経営トップに理解してもらうためにはどうしたらいいのでしょうか。

土岐 ROEやROAが低い企業をひとくくりにして調べたことがあるが、やはり不要不急の不動産をたくさん自社で抱えている会社が多かった。日本の経営者には不動産が好きという人が多い。それはいいのだが、目に見える企業資産に拘泥するあまり、その活用や株主価値を意識していないのは困る。逆にいえば、不動産活用ができればROE、ROAは確実に向上する。経営者に向けた決めぜりふは、「ほんとうに株主のための企業価値を向上させたいのであれば、いま不動産は宝の山ですよ」ということになるだろう。

百嶋 CRE戦略を本格化させる上で、CRE部門の責任者は経営トップへのレポートラインを確保し、CRE部門の活動の成果を経営トップに直接理解してもらうことが不可欠だ。必ずしも不動産の専門知識を持たない経営トップから不動産に関わる報告を求められた場合、CRE部門は専門的知見に裏打ちされた説得力のある回答を迅速に返せるかがまず問われる。さらに同業他社とのベンチマーク情報も報告できれば、経営トップの関心を一層引くとともに説得力も増すだろう。このような地道な活動を積み重ねることも、経営トップからの評価・信頼を勝ち得るために重要だ。
 そもそも、不動産はその開発や活用が進むことで、周囲の景観・環境や交通・物流網、さらには地域の雇用や産業構造をも変えてしまう「外部性」を持つ。私有財産とはいえ、その意味で地域に根ざした準公共財的な性格を持つ唯一無二の経営資源といえる。だからこそ、社会性に配慮して活用していかなければならない。CRE戦略は、経済合理性のみを追求するのではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められる。企業が不動産をどう有効に活用しているかで、企業のブランドイメージも変わる。たとえ短期的な利益は得られなくとも、社会的価値の創出に邁進していれば、いずれは経済的リターンとしてその果実が返ってくる。これからのCREはCSR(企業の社会的責任)を実践するためのプラットフォームの役割を果たすべきだ。

Profile プロフィール

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/
明治大学経営学部 特別招聘教授

百嶋 徹

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。2014年から明治大学経営学部特別招聘教授。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。日本証券アナリスト協会検定会員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(JFMA主催、2007年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

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