
──ここであらためて、CRE戦略が企業にとってもつ意味、その本源的な機能について議論したいと思います。
- 百嶋
- CRE戦略は研究開発、製造、販売といったバリューチェーンそのものではなく、事業を支えるために社内に共通的・専門的な役務を提供するシェアードサービスの一つととらえることがまず重要だ。
その上でCRE戦略には三つの役割がある。一つは日々の不動産ニーズへの対応だ。これについては海外先進企業は大胆に外部委託を進めている。もう一つは中期的な経営戦略をサポートするための不動産マネジメントの立案・実行だ。拠点の再編や事業ポートフォリオの入れ替えにあたってCRE戦略の知見を活かすということが一例だ。三番目が経営層や従業員など社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐコーディネータとしての役割。投資銀行や不動産会社など外部の専門的な知見も取り入れて、より高度なCREソリューションを社内顧客に提供していく。一番目は外部委託可能だが、二番目と三番目は社内にコア機能として残すべきだ。
- 土岐
- 不動産を相応にもっている会社と少ない会社ではCRE戦略やCRE部門の役割は違ってきて当然だ。豊富な不動産を抱え、不動産業を事業の一つとして展開している企業では、不動産価値を最大化することが重要な課題になり、それを担うのがCRE部門になる。その場合、より良い立地、より安いコストで不動産を持てるか、そうした不動産情報をどう集約するかが、CRE部門の腕の見せ所になる。
一方では、たんに事業を行う場所として不動産を持っているという企業も多い。製造業の工場などがそうだ。いったん、不動産を持ってしまうと、そこにかかるコストへの意識が低くなってしまう。たとえ事業収益が上がったとしても、それはたんに工場や事業所が古くて償却が終わっており、不動産のコストが安いから、見かけの利益が上がっているだけにすぎないかもしれない。むしろ不動産を外部化してコスト化することで、利益に対する意識が高まる。そのためのアドバイスを行うのがCRE部門の役割になる。
──本社や工場など老朽化したコア資産を抱える企業が、コア資産をより有効に活用し、ROE向上につながるためには何をしたらいいのでしょうか。
- 土岐
- 保有不動産のコスト低減、整理、売却およびそれらにより得た資金の戦略的割当が、肝になる。収益貢献しない不動産は、この数十年で相当売却がなされた。社宅や寮を売却しても、売却だけでは収益アップにはつながらない。
次のステップとしてあるのが工場、事業所等の再編成だ。事業の最適化に留まらず、不動産の潜在価値も十分考慮した再編を進める必要がある。更に再編後の余剰不動産を売却するか自社開発するか、また、自用不動産であっても一部本社の第三者への賃貸や複合開発等、収益向上に貪欲に取り組む必要がある。
次に不動産最適化で得た資金に移る。当該調達はエクイティファイナンスのように希薄化もなく、デットファイナンスのように財務の安定性も損なわないため、M&A等を中心にリスクを取るのには、最も自由度の高い資金である。
もし、不動産売却して得た現金にすぐに有効な使い道がなかったら、自社株買いをすればROEは上がる。課税負担は考慮する必要があるが、含みがあれば、更に効果は大きくなる。一方で、自用不動産をリースバックすると賃料負担が重いとの声も良く聞かれるが、資金の性格や自由度を考えると資本コストと比較するべきである。現在、足元の不動産市況は良いので、資本コスト対比では十分安い賃料レベルが確保できる。
また、10年前だと地方工場が投資対象となることは少なかったが、今は、産業インフラに投資する公募リートもあれば、私募リートもある。地方の工場、事業所も、リスクを分散しながら資金化が図れ、調達の幅が確実に拡がっているのだ。
それでも、売れないものは、売らないという決断も必要。あえてそうした土地に工場を集約するなど、新事業創出のシナジー効果を期待して、新たな事業を他企業とコラボレーションしながら進めるなども一つの方法として考えられる。

三菱UFJモルガンスタンレー証券
投資銀行本部不動産グループ マネージング・ディレクター
土岐 好隆
東京大学経済学部卒業。1990 年大和証券入社。新設された証券開発部で本邦証券化の第一号案件を開発、証券化の礎を築く。米国で不動産証券化商品を多数組成し、その後、東京三菱銀行でも大多数の不動産証券化案件を担当。2012 年に三菱証券(現・三菱UFJ モルガン・スタンレー証券)入社。証券化取扱い実績は1,000 件を越える。
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