不動産市況が好転した今年こそ
CRE戦略再スタートの元年に

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目次

株主へ向けて、ROE重視で
成長戦略を語れる経営者が増えてきた

──昨年、議決行使助言大手のISS(米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)が2015年度の議決権行使の助言方針を改定しました。そこでは過去5年間のROE(株主資本利益率)の平均値が5%を下回る企業については、経営陣の取締役選任議決に反対するように株主に勧告しています。またコーポレートガバナンス・コードが今年6月から適用されることで、投資家への説明責任がより厳しく求められるようになっています。
 こうした動きにともなって、あらためて経営指標としてのROEが注目されています。ROE重視の経営を実現するにあたって、企業の資産、とりわけ不動産をどう扱うかは重要な課題になります。
 そこで、CRE(企業不動産)をどう活用し、どのようなCRE戦略を立てるべきなのかというテーマで、証券会社でCRE戦略に携わってきた土岐好隆さんと、研究者の立場からCRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた百嶋徹さんに語っていただきました。まずは前編として、土岐さんの視点にフォーカスしましょう。

土岐 成長が20年間ストップし、その後リーマンショックもあった。その間、会社トップは存続重視の現状維持派が大層を占めていたと思う。幸いにもアベノミクス効果もあり、昨今日本にも再び成長気運が生まれてきた。経営者の若返りも進み、世界に向けて成長戦略を語れる経営者も増えてきている。経営環境に潮目の変化が来ているのを感じる。
 こうした時期をとらえ、国内の投資家も債券から株式への成長志向型のスタンスに変化が生じているが、同時に内需型産業も含め、海外投資家の日本株への関心が急速に高まっている。今回のISSの方針改定はその率直なあらわれだろう。投資家がROEをより重視するとなれば、経営者はこれまで以上に株主と向き合った経営をしなければならない。そのために、不動産の有効活用、CRE戦略の立案の重要性は増している。また、ITバブル期にアクティビストを中心に不動産の有効活用を迫る局面が多く見られたが、今後は本邦の機関投資家も巻き込んだ形で同様の事態が発生する可能性も高く、CRE戦略により緊張感を持った取組が必要となる。

百嶋 日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードなど昨年から相次いで導入された政策や経済産業省のいわゆる「伊藤レポート」は、企業のガバナンス体制の強化とともに、その実効性、つまりガバナンス強化の成果をROEなど財務指標の向上で示すことを求めるものだ。
 ROEはROA(総資産利益率)と財務レバレッジの掛け算に分解でき、私は資本生産性の総合的指標としては、ROAがより重要だと考えている。もちろん株主に対しては株主資本コストを上回るROEの確保が経営者の責務となる。

土岐好隆が語る

CRE戦略を担う企業のサポートを
どんな外部企業がするのかが重要

──2008年に国交省がガイドライン・手引きを策定しCRE戦略を提案してから7年経ちました。この間のCRE戦略をめぐる環境変化をどうみているのでしょうか。

土岐 CRE戦略は、経営者が誰をみて経営をするのかという課題とイコールだ。冒頭に付け加えると、バブル前、経営者は社員や会社の関係者をみていればよく、社員のための福利厚生施設を作り、企業が大きくなると、本社ビルを建ててそれを社員と共に喜んだ。
 ところがバブル崩壊後は金融機関が中心となった。不動産を売って借金を返すことに経営者は汲々となった。そして、2000年前後から、金融機関主導で不動産の流動化が進み、財務の安定性強化のために、本社ビル等を流動化し、リースバックがなされた。ただし、この枠組みが本邦の不動産流動性を飛躍的に高める契機にはなったが。
 2008年の国交省のCRE戦略提言のタイミングはけっして悪くなかったと思う。失われた20年も終わり、そろそろ成長志向に入る時期であった。株主価値を重視したCRE戦略が必要だということは多くの企業が理解していたと思う。ところが、不幸にもそのころ不動産、株式の両市場が崩れたため、多くの企業がCRE戦略の入口でつまづいてしまった。
 ただ、この入口で止まっていていいわけはない。不動産市況が好転した今こそ、本源的な意味でのCRE戦略再スタートの時期ではないか。2015年はそのリスタート元年になるように思う。当然のことながら、CRE戦略を担う主役は事業を営む企業だが、この事業会社の戦略立案を、不動産ポートフォリオの分析やコンサルティングなどを通してサポートする外部のCRE戦略専門企業の役割も重要になる。これまでCRE戦略のサポートと言えば、不動産売却を仲介するに至るサービスの一部として無償で情報提供するケースが多く、中長期のスパンで不動産のバリューアップを図ったり、不動産のリスク管理やマネジメント力を高めるところまで手が回っていなかった。十分実力はあるので、サポートサイドの不動産関連の会社の今後に是非期待したい。

百嶋 たんに不動産の仲介・売買を目的にするのではなく、中長期的にCRE戦略に取り組む事業会社に寄り添いながら、戦略的パートナーとしてサポートするCRE戦略支援の専門企業が生まれてきていることは歓迎すべきだ。

土岐 CRE戦略を忠実に実行すれば、ROEは必ず上がると、私は確信している。もちろんCRE戦略は、不動産をメインで取り扱う企業、物流、流通のように事業戦略上、不動産が重要な要素となる企業、本社、工場等を中心に不動産を所持しているだけの企業によって異なり、所持している企業においても、現行利用よりも潜在価値が大きい不動産が相応にある場合にはCRE戦略はかなり異なってくる。
 全者共通なのは、究極的に不動産コストをどう考えるかという話である。現状の不動産コストと効果を計測し、そのコスト低減、代替性並びに実行した場合の効果の低減、という視点で課題をとらえるべきだろう。
 一方で、保有不動産の有効活用の場合は、より課題は複雑になる。不動産を単に誰かに貸すだけでは、現状では、ROE5%を上回る収益確保は難しい。これは私の専門領域でもあるが、利回りと不動産付加価値を向上させ、同時に保有リスクを低減させる、不動産プロフェショナルも交えた不動産証券化を利用した共同投資も視野に入れたい。例えば、SPC(特別目的会社)をつくって、自社に加え、機関投資家や不動産プロを投資家として招聘、そこにレバレッジをかける。もちろんリスクはあるが、それを複数企業とシェアすることで分散することも可能となり、収益性も一気に高まる。
 賃貸や不動産証券化による運用以外には売却という選択肢もあるだろう。ただ、どのタイミングで売却するかは重要な判断だ。潜在的価値をもつ不動産であればあるほど、どのタイミングで売りに出し、最大限のキャピタルをとっていくのか。それで得た資金を他の事業にどう振り分けるのかということが課題になる。それを考えるのが企業のCRE部門の役割ということであろう。

不動産を外部化し、利益に対する
意識を高めるのがCRE部門の役割

──ここであらためて、CRE戦略が企業にとってもつ意味、その本源的な機能について議論したいと思います。

百嶋 CRE戦略は研究開発、製造、販売といったバリューチェーンそのものではなく、事業を支えるために社内に共通的・専門的な役務を提供するシェアードサービスの一つととらえることがまず重要だ。
 その上でCRE戦略には三つの役割がある。一つは日々の不動産ニーズへの対応だ。これについては海外先進企業は大胆に外部委託を進めている。もう一つは中期的な経営戦略をサポートするための不動産マネジメントの立案・実行だ。拠点の再編や事業ポートフォリオの入れ替えにあたってCRE戦略の知見を活かすということが一例だ。三番目が経営層や従業員など社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐコーディネータとしての役割。投資銀行や不動産会社など外部の専門的な知見も取り入れて、より高度なCREソリューションを社内顧客に提供していく。一番目は外部委託可能だが、二番目と三番目は社内にコア機能として残すべきだ。

土岐 不動産を相応にもっている会社と少ない会社ではCRE戦略やCRE部門の役割は違ってきて当然だ。豊富な不動産を抱え、不動産業を事業の一つとして展開している企業では、不動産価値を最大化することが重要な課題になり、それを担うのがCRE部門になる。その場合、より良い立地、より安いコストで不動産を持てるか、そうした不動産情報をどう集約するかが、CRE部門の腕の見せ所になる。
 一方では、たんに事業を行う場所として不動産を持っているという企業も多い。製造業の工場などがそうだ。いったん、不動産を持ってしまうと、そこにかかるコストへの意識が低くなってしまう。たとえ事業収益が上がったとしても、それはたんに工場や事業所が古くて償却が終わっており、不動産のコストが安いから、見かけの利益が上がっているだけにすぎないかもしれない。むしろ不動産を外部化してコスト化することで、利益に対する意識が高まる。そのためのアドバイスを行うのがCRE部門の役割になる。

土岐好隆が語る

事業の最適化と共に
今こそ不動産の最適化を

──本社や工場など老朽化したコア資産を抱える企業が、コア資産をより有効に活用し、ROE向上につながるためには何をしたらいいのでしょうか。

土岐 保有不動産のコスト低減、整理、売却およびそれらにより得た資金の戦略的割当が、肝になる。収益貢献しない不動産は、この数十年で相当売却がなされた。社宅や寮を売却しても、売却だけでは収益アップにはつながらない。
 次のステップとしてあるのが工場、事業所等の再編成だ。事業の最適化に留まらず、不動産の潜在価値も十分考慮した再編を進める必要がある。更に再編後の余剰不動産を売却するか自社開発するか、また、自用不動産であっても一部本社の第三者への賃貸や複合開発等、収益向上に貪欲に取り組む必要がある。
 次に不動産最適化で得た資金に移る。当該調達はエクイティファイナンスのように希薄化もなく、デットファイナンスのように財務の安定性も損なわないため、M&A等を中心にリスクを取るのには、最も自由度の高い資金である。
 もし、不動産売却して得た現金にすぐに有効な使い道がなかったら、自社株買いをすればROEは上がる。課税負担は考慮する必要があるが、含みがあれば、更に効果は大きくなる。一方で、自用不動産をリースバックすると賃料負担が重いとの声も良く聞かれるが、資金の性格や自由度を考えると資本コストと比較するべきである。現在、足元の不動産市況は良いので、資本コスト対比では十分安い賃料レベルが確保できる。
 また、10年前だと地方工場が投資対象となることは少なかったが、今は、産業インフラに投資する公募リートもあれば、私募リートもある。地方の工場、事業所も、リスクを分散しながら資金化が図れ、調達の幅が確実に拡がっているのだ。
 それでも、売れないものは、売らないという決断も必要。あえてそうした土地に工場を集約するなど、新事業創出のシナジー効果を期待して、新たな事業を他企業とコラボレーションしながら進めるなども一つの方法として考えられる。

Profile プロフィール

三菱UFJモルガンスタンレー証券
投資銀行本部不動産グループ マネージング・ディレクター

土岐 好隆

東京大学経済学部卒業。1990 年大和証券入社。新設された証券開発部で本邦証券化の第一号案件を開発、証券化の礎を築く。米国で不動産証券化商品を多数組成し、その後、東京三菱銀行でも大多数の不動産証券化案件を担当。2012 年に三菱証券(現・三菱UFJ モルガン・スタンレー証券)入社。証券化取扱い実績は1,000 件を越える。

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