企業経営者に向けたCRE戦略概論 
第7回 海外先進企業に学ぶアウトソーシングの戦略的活用

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目次

Speaker

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授百嶋 徹 氏

IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、シスコシステムズ、ヒューレット・パッカード(HP)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、マイクロソフトなどの米国大企業、英国のグラクソ・スミスクライン、フィンランドのノキアなど先進的なグローバル企業のCRE戦略には、3つの共通点が見られる。筆者は、これらを先進的なCRE戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。今回のコラムでは、この三種の神器の概要を紹介し、その中から戦略的アウトソーシングの視点について、詳細に解説したい。

CRE戦略実践のための「三種の神器」

CRE戦略を実践するための三種の神器は、グローバル企業に限らず、あらゆる企業がCRE戦略に取り組む際の重要なポイントになるものだ。

1点目は、CRE戦略を担う専門部署の設置による意思決定の一元化とIT活用による不動産情報の一元管理により、CREマネジメントの一元化を図っていることである。一元管理された不動産情報は、世界の拠点間のベンチマークに活かされている。

2点目は、CRE戦略の重点が単なるハードの不動産管理にとどまらず、先進的・創造的なワークプレイスやワークスタイルを活用した人的資源管理(HRM)に移行させていることである。海外企業では、CREの担当役員が人事部門を同時に所管しているケースもある。

そして3点目が、外部の不動産サービスベンダーを効果的に活用することにより、戦略的業務への社内の人的資源の集中を進めていることだ。施設運営など日々のサービス提供業務は、外部ベンダーに包括的に委託する一方、CRE専門部署では社内スタッフの少数精鋭化を進め、戦略の策定・意思決定やベンダーマネジメントに特化する傾向を強めている。社内スタッフと外部ベンダーが異なる組織にいながら実質的には一つのチームを形成し、社内スタッフはこのチームをフル活用することで、戦略的業務に注力することができるのである。

1番目の視点に関連してCRE専門部署が果たすべき役割については本コラムの第1回、2番目の視点に関連してオフィス戦略の在り方については第2回・第3回で既に触れたため、今回は3番目の戦略的アウトソーシングの視点を取り上げることとする。

戦略的アウトソーシングのメリットと留意点

一般的に企業にとって外部のサービスベンダーを活用するメリットは、ノンコア業務を外部委託することによって、ノンコア業務に関わる高品質かつ効率的なサービスを受給できることに加え、コア業務である戦略の策定や意思決定に専念できることである。これはCRE戦略に限らず、IT、経理、物流など他のシェアードサービス業務についても言えることだ。

アウトソーシングを戦略的に活用できる前提条件として、高度な横断的専門知識を有し、戦略的パートナーとして信頼に足る外部ベンダーの存在が欠かせない。米国では、ジョーンズ ラング ラサール(以下、JLL)やCBREグループなど、グローバル企業のCREマネジメントを全世界的にサポートできる大手不動産サービスベンダーが台頭している。

さらに、外部ベンダーを効果的に活用する上での留意点が3つ挙げられる。
1点目は、外部ベンダーに委託するものとしないものを明確に分けることである。
2点目は、外部ベンダーからの提案を検討・評価し、社内ニーズに応じたサービスをコーディネートできるベンダーマネジメント能力を身につけることである。この点は、本コラムの第1回で述べたように、CRE専門部署が社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐリエゾン(橋渡し)機能を果たすことに他ならない。
3点目は、外部委託したことで外部ベンダー側に蓄積される実務知見やノウハウを共有できるよう努めることである。

重要なことは、外部ベンダーに任せきり・丸投げにするのではなく、外部ベンダーは自社と共に切磋琢磨するコラボレーションパートナーと捉えることだ。

CRE部門のスタッフが専門的知見とベンダーマネジメント能力を十分に身につけていなければ、外部ベンダーを効果的に活用することはできない。外部ベンダーとWin-Winの関係が築けるよう、企業側も専門的能力を磨く努力を怠ってはいけない。

海外先進企業と日本企業のアウトソーシングに対する取組姿勢の格差

我が国企業では、ITや物流などのシェアードサービス業務においてアウトソーシングが進展している一方、CRE戦略の遂行において外部ベンダーを効果的に活用している事例はまだ少ない。我が国企業は元々自前主義に陥りがちであり、未だCRE戦略に取り組む企業も少ないため、CRE業務でアウトソーシングを戦略活用するとの発想がなかなか拡がらないと考えられる。

一方、海外先進企業では、P&Gは、シェアードサービスを進化させるためには、戦略策定や経営管理など戦略的業務を自社内にとどめ、契約プロセスやファシリティサービスなど一般化されたサービスを安く外注することが重要であると考えている。同社は工場、倉庫、オフィスなどの施設管理業務をJLLに世界規模で包括委託している(注1)。

海外先進事例の中でも、マイクロソフトは、極めてチャレンジングなアウトソーシングモデルに取り組んでいる。それは「インテグレーターモデル(Integrator Model)」と呼ばれる、外部ベンダーとの新しいパートナーシップモデルの導入だ(注2)。このモデルでは、元来1アウトソーサーであった企業(CBREグループ)に、取りまとめ役(インテグレーター)として社内のCRE部門と一体の存在となってもらい、知見やネットワークをフルに発揮してもらうのだという。さらに、ビジネスシーンでは競合関係にあるインテグレーターと他のベンダーの間でも、マイクロソフトの目指す目標を共通のゴールとすることで、パートナー関係を構築してもらうのだという。マイクロソフト、インテグレーター、他のベンダーの間には、会社対会社という概念はなく、イメージするのは一つの組織体、運命共同体であるという。まさに究極のアウトソーシングモデルと言えよう。

各々の役割としては、CRE部門の役割は、より戦略的に社内顧客と密接に連携し、ビジネス戦略に即したオフィス戦略を立て実行に移すことであり、インテグレーターの役割は、サービスを提供するベンダーの管理監督、不動産のポートフォリオマネジメント、ソリューションプランの提示をCRE部門と連携しながら推進していくことであるという。

(注1)P&Gは08年に、全世界80か国において1,394万m2に及ぶ工場、倉庫、オフィスなどの施設に関わるポートフォリオマネジメント、トランザクションマネジメント、不動産仲介業務、リースアドミニストレーション、戦略的ポートフォリオプランニングなどの業務をJLLに委託した。加えて、148万m2に及ぶオフィスとテクニカルセンターのファシリティマネジメント及びプロジェクトマネジメントに関わる従来からの契約も継続した。

(注2)マイクロソフトに関わる以下の記述は、山本泉(日本マイクロソフト株式会社)「FM・CRE部門の新しい組織づくりとパートナーシップ」『JFMA JOURNAL』2014 SUMMER №175に拠っている。

事業会社と外部ベンダーのパートナーシップの形態

事業会社と外部ベンダーのパートナーシップ関係には強弱の程度があり、企業のCRE戦略に応じて関係の強弱を変えていけばよいだろう。

パートナーシップが比較的緩やかな場合は、通常の業務委託ベースとなる(図表)。CRE業務の一部分を外部委託するため、その業務に適した外部ベンダーを見極める目利き力が企業になくてはならない。一部分の業務委託であってもCRE戦略全体に影響を及ぼすため、ベンダーマネジメントをしっかりと行い、経営戦略の全体最適化に資するCREサービスの提供を誘導する必要があるだろう。

一方、パートナーシップ関係が最も強いケースとしては、資本を含めた業務提携を行い、一括で業務委託する方式が考えられる(図表)。ファシリティマネジメント(FM)業務や不動産事業を担う子会社を外部ベンダーとのジョイントベンチャー(JV)に改め、外部ベンダーから過半の出資を仰ぐやり方だ。企業は外部ベンダーに任せきりにするのではなく、パートナーシップにコミットしていく証しとして、マイナー出資を維持することが望ましい。一方、外部ベンダーはリスクを取りつつ、顧客のより深いニーズを把握するチャンスとなろう。このような手法は、IT業務や物流業務において我が国でも多く見られるが、不動産業務では旧三洋電機(現パナソニック)や東芝の事例にとどまっている(注3)。CRE戦略が進化すればするほど、このような事例は今後増える可能性があろう。

企業のCRE管理業務のバリューチェーンには、不動産仲介会社、ディベロッパー、不動産鑑定・コンサルティング会社、設計会社、プロジェクトマネジメント会社、ゼネコン、設備機器ベンダー、オフィス家具ベンダー、ユーティリティ企業、ビルメンテナンス会社、ITベンダー、監査法人・税理士法人、金融機関など多種多様なプレーヤーが関わっている。このバリューチェーンの中で比較的幅広い事業領域をカバーできる大手ディベロッパーは、CRE戦略支援ビジネスを独自に展開しているケースが多い。ただし、大手ディベロッパーといえども、全領域をカバーすることは難しく、自社で不足している領域については、当該領域を得意とするプレーヤーと戦略提携し補っていくことも必要だろう。例えば、日本企業の海外展開を支援する場合、圧倒的な海外ネットワークを有する海外の大手不動産サービスベンダーと連携することも、戦略オプションの一つと考えられる。

将来的には、前述のバリューチェーンに関わる多様なプレーヤーが各々の利害を超えてノウハウを結集し、海外の大手サービスベンダーに伍していけるような本格的な総合不動産サービスベンダーを共同出資により設立することも、一考に値するのではないだろうか。

図表 企業と不動産サービスベンダーのパートナーシップの携帯

CREの専門人材育成の重要性

外部ベンダーを効果的に活用するには、自社以外の技術・知見も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」の視点が重要になる(注6)。CRE戦略には、不動産や建築分野にとどまらず、経営戦略、コーポレートファイナンス、会計、税務、HRM、ITなどを含む高度な横断的専門知識が求められるからだ。企業は、CRE戦略に関わる幅広い知見を社内だけですべてカバーすることは難しく、外部ベンダーのノウハウを積極的に取り入れていくオープンな姿勢が必要である。オープンイノベーションの視点で見れば、外部ベンダーを単なる外注先や下請けと考えてはいけない。互いのコアスキルを持ち寄ることでシナジーを生む、戦略的パートナーとして活用することが大切である。

外部ベンダーをうまく使いこなせるかは、最終的には企業側の専門人材の能力にかかってくる部分が大きい。社内顧客と外部ベンダーをつなぐコーディネート能力や、外部ベンダーをコントロールするマネジメント能力を磨いていかなくてはならない。

CREの専門人材育成の方法としては、外部ベンダーとの人事交流などを行ってもよいだろう。企業の戦略意図と日々のファシリティ管理など現場の実務知見をお互いが共有することで、よりよいCRE戦略の実現につながっていくことが期待される。

また、CRE専門部署の設置は、人材育成面にも好影響を与える点に着目すべきだ。総務部門の中の管財業務ではなく、財務・経営に直結したCREの専門部署を立ち上げることは、CRE専門人材の職能評価につながり、その人自身のキャリアに価値がつき、モチベーションアップにつながるためだ。さらに、専門人材の職能評価が定着すれば、専門人材の流動化を促し、優秀な人材がヘッドハンティングにより企業間を移動することで、先進的なCRE戦略の考え方・実践が産業界に普及することにつながるだろう。

既に米国など海外では、このような状況にあるとみられる。すなわち、CRE専門人材の転職市場が形成され、事業会社(ユーザー企業)と外部ベンダー間にとどまらず、事業会社間の人材移動も頻繁に起こっている。例えば、大手ITメーカーのCRE部門のトップがヘッドハンティングにより、別の大手ITメーカーのCRE部門のトップに就くといったことが起こっている。我が国でも外資企業間では、そのようなCRE専門人材の移動が起こっている。

我が国の産業界においても、外部ベンダーとのパートナーシップやCRE専門部署の設置を契機に、専門人材の人事交流や流動化が進展すれば、CRE戦略のさらなる発展・進化が望めるはずだ。

(注3)旧三洋電機は06年にFM子会社からの営業譲渡により、ジョーンズ ラング ラサール ファシリティーズを設立し、JLL側が90%の株式を取得した(旧三洋電機は10%出資)。東芝は08年に不動産子会社である東芝不動産の株式の65%を野村不動産ホールディングス(野村不動産HD)に798億円で譲渡した(その後、東芝は2015年にNREG東芝不動産(旧東芝不動産)の株式30%も野村不動産HD に370億円で売却し、持株比率は野村不動産HD 95%、東芝5%となった)。

監修者

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員

百嶋 徹

1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門で各々第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~10年)。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)CREマネジメント研究部会委員(2013年~)。明治大学経営学部特別招聘教授を歴任(2014~2016年度)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(JFMA主催、2007年)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

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