
企業価値を最大化させるためには、個々の戦略の部分最適ではなく、CSR(企業の社会的責任)の視点を踏まえた上で経営資源の全体最適化を図る必要があり、CRE戦略もこの全体最適化の中で決定されるべきであると第1回のコラムで指摘した。CRE戦略では、とりわけ企業財務とのバランスの下で意思決定を行うことが不可欠である。そこで本コラムでは、今回と次回の2回に分けてCRE戦略と企業財務との整合性について取り上げ、今回は基本的な考え方に言及した上で、事例分析として製造業のキヤノンを取り上げたい。
合理的なCRE戦略が企業財務とのバランスの下で意思決定されるということは、企業の収益力や財務安全性など財務体質によって最適なCRE戦略が異なってくることを意味する。
例えば、ある企業において将来の事業規模に対して土地が不足している場合、財務体質が良好であれば土地を取得することも可能である一方、財務状況が厳しければ借地を選択せざるをえないだろう。一方、遊休地を抱えている場合、財務状況が良好であれば、必ずしも売り急ぐ必要はなく、場合によっては賃貸を選択することも可能であるのに対して、財務状況が厳しいケースでは、借入金返済や決算対策のために一刻も早い売却を選択することが望ましいであろう。
あるべき戦略は、かつての財テクのように土地取得ありきでもなく、オフバランス化ありきで「持たざる経営」を一方的に推進することでもない。あるべき戦略には、「企業財務とのバランスの下でCRE戦略を意思決定する」という原理原則しかなく、各社が自社の経営資源に見合った最適解を選択しなければならず、最適解は一つではない。とりわけ財務体質が良好でリスク許容力が高ければ、幅広い戦略オプションの中から、ハイリスク・ハイリターン型の選択も可能となる。
第3回のコラムで指摘したように、企業財務との整合性が取られている限り、不動産の所有・賃借の選択は大きな問題にならないと考えることもできる。例えば、オフィス戦略の場合であれば、財務体質との整合性が取られている限り、問題とすべきはオフィスの所有・賃借の選択ではなく、従業員の創造性を引き出すオフィスづくりの巧拙だ。
企業の財務状況によって最適なCRE戦略が異なってくる事例は、不動産の所有と賃借、賃貸と売却の選択以外にも考えられる。例えば、企業の収益力ひいては賃料負担力によって、最適な賃貸ビルの選択が異なってくることが挙げられる。ある企業がオフィス移転に際して賃貸ビルへの入居を計画している場合、当該企業の収益性が高く賃料負担力が高ければ、好立地の東京都心部に立地する最新鋭のハイスペックを備えた高賃料の新築Aクラスビルに入居することも可能である一方、収益性が低く賃料負担力が低ければ、交通の利便性やオフィスの使い勝手が相対的に低下するが、都心部以外に立地する賃貸ビルやグレードを落とした賃貸ビルに入居せざるをえないだろう。このように収益力=賃料負担力によって、選択できる賃貸ビルのロケーションやグレードも異なってくると考えられる。
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