エンジニアリングレポートとは?事前に用意してスムーズな取引へ
目次
不動産デューデリジェンスとは、不動産の価値やリスクの事前調査を指し、その中で物理的な現状の調査結果をまとめた報告書がエンジニアリングレポートです。土地や建物などの現状を正しく把握することは不動産の評価や査定を行う上で重要であり、エンジニアリングレポートは不動産取引において意思決定を左右する大切な調査といえるでしょう。本記事では、「エンジニアリングレポート」の概要や調査項目、主な役割、その重要性について解説します。
エンジニアリングレポートとは建物の現状をまとめた報告書
不動産売買の際には、投資家などの買主が対象不動産の状態やリスクをもとに購入可否を判断するために、不動産デューデリジェンスを実施します。不動産デューデリジェンスには、3つの側面に関する調査(下図参照)が存在します。その中で「物理的側面」にあたるのがエンジニアリングレポートです。
エンジニアリングレポートでは、主に建築物の評価を行います。具体的には、建物の遵法性や劣化状況、建材に含まれる有害物質の有無などを調査します。さらに、立地条件、災害リスク、土壌汚染の可能性といった調査を含むこともあります。エンジニアリングレポートは、いわば不動産の評価や収益性に影響を及ぼすリスクを明示したものです。性能低下や遵法性の是正に伴う費用、自然災害による損失についても触れるため、売買時だけでなく、将来の修繕費・更新費を予測する手がかりにもなります。
不動産デューデリジェンスの詳細については、下記記事もご覧ください。
デューデリジェンスとはなにか? どうして注目されている?
エンジニアリングレポートはなぜ重要なのか?
エンジニアリングレポートの重要性について説明します。
まず、不動産取引において、買主や投資家が得られる情報は限定されています。一般的に公開されている情報もあれば、不動産の欠陥など、不動産そのものを見ても判断がつかない情報もあります。そのため、情報の不均衡が生じやすく、売主や所有者が有利な状況になってしまうことも起こりえます。
また、不動産の規模が大きくなると、購入希望者に不動産ファンドや機関投資家が多くなり、不動産の遵法性が評価や査定を行う上でより重要になります。また、取引時の開示情報として、エンジニアリングレポートを要求されるケースもあります。
そのため、欠陥や遵法性などの不動産のリスクを明確化したエンジニアリングレポートは、買主や投資家の判断材料として、不動産デューデリジェンスの3つの側面の中でも特に重要視されています。
また、予めエンジニアリングレポートを用意しておくことで、売却の際に取引を円滑に進めやすいといったメリットもあります。
エンジニアリングレポートは建物を包括的に調査した報告書であり、不動産取引を行う際の指標として重要な存在といえます。
エンジニアリングレポートの各項目について
エンジニアリングレポートは以下4つの要素で構成されています。
- 建物状況調査
- 建物環境リスク評価
- 土壌汚染リスク評価
- 地震リスク評価
建物状況調査
エンジニアリングレポートの中でメインとなるのが、建物状況の調査です。
建物状況調査におけるメインの項目は「遵法性調査」「修繕更新費用」「再調達価格の算定」であり、それらの項目を用いて建物・設備の劣化状況、修繕・改修の重要性や緊急度などを評価し、維持管理費用を予測することを目的とします。
「遵法性調査」「修繕更新費用」「再調達価格の算定」については、後ほど解説します。
建物状況調査では、書類調査と現地調査によって評価します。書類調査では、図面や届出書類から建物状況を把握し、現地調査は目視確認によって建物全体の劣化状況を予測します。
細分化すると、建物状況調査は下記のように分類されます。
項目 | 調査概要 |
---|---|
立地概要調査 | 立地特性や地理的条件などの調査です。 |
建物概要調査 | 建築物の敷地・建築面積・延床面積・竣工年月日・設計者・施工者などの調査です。 |
設備概要調査 | 電気設備、給排水設備、空調設備、防災設備、搬送設備などの現状調査です。目視調査が中心で、必要に応じて稼働確認を行います。 |
構造概要調査 | 構造計算書・構造設計図・現地調査などをもとに、特定行政庁が合法とした内容の確認状況の調査です。 |
公法上及び私法上の規制、制約等 | 公法上・私法上の規制や法令遵守状況を調査します。 |
更新改修調査 | 建物の維持・管理の実施状況や改修計画の内容について調査します。 |
再調達価格査定 | 対象不動産と同仕様・同一グレードの建物を再建設する場合、どれくらいのコストがかかるかという視点で査定を行います。 |
緊急修繕更新費 | 実査時において機能していないもの、建築基準法違反や消防指摘事項で、非常時において人命・安全に問題がある事項が該当します。 |
短期修繕更新費 | 著しい瑕疵や欠陥のあるもので、緊急修繕更新費に含まれない事項の費用です。 |
長期修繕更新費 | 価値の増加・耐久性の増加を目的とする「資本的支出」と、通常の維持管理・原状回復を目的とする「修繕費(収益的支出)」の二つで構成される費用です。 |
※出典:BELCA(社団法人建築設備維持保全推進協会)ガイドライン「エンジニアリング・レポート(ER)」
●遵法性調査
遵法性調査とは、建築基準法や都市計画法、消防法など、不動産に関わる法律の適合性についての調査のことです。手続きや届出書類などの履行状況を確認し、書類調査・現地調査から建物の現状を把握します。
建築物に係る法令や規格は、適宜更新されています。最新の法令や規格を遵守していることを明らかにできれば、利用者からの信頼の醸成と投資家への安全性のアピールにもつながるのです。
●修繕更新費用
修繕更新費用では、建物の機能維持と安全性確保のために必要な費用が算出されます。現在の建物の維持管理の費用であって、バリューアップのための改修は含まれませんので注意しましょう。
修繕更新費用は、「緊急を要する修繕更新費用」「短期修繕更新費用(1年以内)」「長期修繕更新費用」に区分されます。
項目 | 調査概要 |
---|---|
緊急修繕更新費 | 実査時において機能していないもの、建築基準法違反や消防指摘事項で、非常時 において人命・安全に問題がある事項が該当します。 |
短期修繕更新費 | 著しい瑕疵や欠陥のあるもので、緊急修繕更新費に含まれない事項の費用です。 |
長期修繕更新費 | 価値の増加・耐久性の増加を目的とする「資本的支出」と、通常の維持管理・原状回復を目的とする「修繕費(収益的支出)」の二つで構成される費用です。 |
●再調達価格の算定
再調達価格とは、対象となる建物を再建築すると仮定した場合の建築価格です。再調達価格の算定は、地震リスクによる最大損失額や長期修繕更新費用などの概算に使われます。
再調達価格に含まれない費用は、設計費・解体撤去費・移転費用・仮事務所家賃・営業補償・官庁指導費などです。
再調達価格の算定方法には、積算により簡単に見積る、竣工時の物価を加味する、竣工時の見積書と現時点の建設単価を比較するなどがあります。
建物環境リスク評価
建物を原因とする環境面のリスクや遵法性に関する調査です。建物状況報告書の付帯調査でもあります。
築年数の経過している建築物には、人の健康や建物環境に悪影響を及ぼす物質が用いられていることがあります。建築当時は合法だったものの、人体への毒性が認められ、法改正によって現在では使用が禁止されている物質もあります。
例えば、粉塵による健康被害が発生したアスベストや、集団食中毒事件のきっかけとなったPCB(ポリ塩化ビフェニル)などです。古い基準で作られた建築物や設備機器が、人体の健康や建物環境に影響を与えるため、建物環境のリスクを事前に評価することが重要です。
主要項目は、建材に用いられていたアスベストやPCBといった有害物質の有無。そのほか換気・排煙設備、飲料水質、衛生的環境といった建物環境も調査対象です。調査する団体の判断で調査項目が変動することもありますが、アスベストとPCBは大半の団体で調査が実施されています。
エンジニアリングレポートでは、下記項目を調査項目として挙げています。
項目 | 調査概要 |
---|---|
アスベスト(フェーズⅠ) | 「アスベスト含有吹付け材」が主な評価対象です。アスベスト含有成形材については、飛散の可能性がある場合のみ指摘されます。フェーズⅠでは、現地調査・資料分析・ヒアリングによる調査が行われます。 |
PCB | 高圧受電設備に使われる変圧器・コンデンサーにはPCBが含まれている可能性があります。このような設備を調査し、廃棄PCBの有無、保管状況、PCB含有機器の管理状況を確認します。 |
その他の調査項目 | オゾン層破壊ガス(ハロン・フロンガス)、大気汚染(ばい煙など排出ガス)、危険物・特殊薬液貯蔵施設、空気環境、飲料水質、空気調和設備用水質、雑用水水質、害虫・害獣防除、排水関係、産業廃棄物など。 |
土壌汚染リスク評価
土壌汚染リスク評価では、土地状況から汚染の有無を定性的に把握し、土壌に与える影響の重要度について調査を行います。基本的には、下記の3点についての評価を取りまとめます。
- 現在、有害物質・石油製品などが漏れている状態にあるか
- 過去に有害物質・石油製品などが漏れていたか
- 将来に有害物質・石油製品などが漏れる状況が懸念されるか
上記の判定は、資料分析・実地調査・ヒアリングによる調査が中心です。
資料分析では、土地の使用履歴について登記簿、古地図、航空写真などを参考にします。実地調査では、建物・土地の状況を目視で確認します。ヒアリングは管理者を対象に行われ、造成の有無、有害物質の購入・保管・廃棄手続きの有無について聴き取りを行います
地震リスク評価(PML)
建物の耐震性は、PML(Probable Maximum Loss)で評価します。PMLとは、地震リスクによる最大損失率のこと。地震による経済的損失を定量化したもので、再調達価格に対する物的損失額の割合(最大予想損失額÷再調達額×100)で表されます。
自然災害により不動産に被害が生じた場合には、物的損失によって収益性が損なわれるおそれがあります。そのため、所有者は最悪のケースを想定して損失に備える必要があります。地震の多い日本では、とりわけ重要視される指標ですが、独自の地震損失評価プログラムを有する調査会社が多いため、PMLは同一の建物であっても結果に差が出ることがあります。
以上のようにエンジニアリングレポートは、不動産デューデリジェンスの「物理的側面」における建築物の評価をまとめた報告書です。作成にあたり様々な指標をもって調査を行いますが、資料分析は書類の整備状況に依存し、実地調査も目視に留まります。
このような作成方法から、情報量や精度がエンジニアリングレポートの正確性を左右する傾向があります。従って、資料開示やヒアリング時の正しい情報提供といった、調査に協力する姿勢も欠かせません。精度の高いエンジニアリングレポートを作成することで、売買の際にも円滑に取引を進めることができるでしょう。
現時点の不動産価値やリスクを把握できるため、具体的な売却を検討していなくても、前もって補修工事を進めるなど資産価値向上に活用できます。