明海大学山本卓研究室寄稿 会計ファイナンスからのCREアプローチ 第7回 不動産会計(減損会計・賃貸等不動産会計)適用における不動産時価評価の検証

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目次

要旨

本稿の目的は、不動産公正価値情報の信頼性の向上や合理的なCREの実施に向け、不動産会計に位置づけられる減損会計と賃貸等不動産会計の適用における外部鑑定人(不動産鑑定士)の採用動機やその役割を検証することである。企業を対象としたアンケート調査や会計データを活用した分析では、以下のことが明らかになった。

【減損会計】

  • 会計方針の意思決定階層が上層部の企業では外部評価(本稿では「鑑定人評価」と同義で使用する)を採る傾向にあり、説明責任の履行を確保するため外部の不動産鑑定士に委託することが示唆された。
  • 土地資産比率の高い企業ほど全社統一的な減損処理のためのガイドラインを設けている傾向にあることが観察された。

【賃貸等不動産会計】

  • 「含み損益/総資産」が高い企業ほど鑑定人評価を採用している傾向があり、より客観的な説明および投資家に対して含み益情報の信頼性を伝えたいという経営者の動機が示唆された。
  • 監査報酬に金額をかけ手続き面の誠実な履行を行う企業ほど、一定の金銭的負担をしてまでも鑑定人評価を指向する傾向が強い。

上記の検証結果から得られる結論として、企業が開示する財務情報は多様な利害関係者が利用するものであるため、不動産会計適用において、社外の不動産鑑定士の利用に関するガイドラインを設けることで、財務情報の信頼性の担保および監査の質や精度に貢献し、経営者の裁量性をも抑制させることが期待できる。
本稿では近年の不動産会計をめぐる不動産時価評価についての企業の考え方の一部を明らかにすることができた。合理的なCREのヒントにこれらの知見を参考にすることができる。なお、本稿は、古川・山本(2021)及び山本(2015)の研究成果の一部を引用し、一般向けの解説のために取りまとめたものである。

問題意識

「固定資産の減損にかかる会計基準(以下、減損会計)」が2006年3月期より強制適用され、現在では、実務において定着しつつあるが、減損処理を行うにあたり企業自ら将来キャッシュ・フロー等を見積り計算し、固定資産の公正価値を評価する必要があり、手続き的、経済的に企業の負担やコストを増大させている。近年、公正価値にかかる信頼性の担保は評価専門家の関与や監査人のチェックに委ねられており、多くの関係者の貢献に依存している。また、減損会計に追加して、「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準(以下、賃貸等不動産会計)」においても同様のことが言える。
本稿では、企業を対象としたアンケート調査と会計データに基づいた実証分析を行ない、不動産時価評価をめぐる諸課題を検証し、合理的なCREのヒントを得る。

分析の着眼点

本稿では、減損会計・賃貸等不動産会計の適用実務や経営上の意思決定が公正価値情報に与える影響および外部鑑定人(不動産鑑定士)との関係性を把握することを主な究明事項とする。これに基づき、公正価値情報の信頼性の向上や合理的なCREの実施に向けて基礎的知見を獲得する。これらの不動産会計において、土地等の不動産について減損処理や時価開示を行う場合には、不動産分野の高い専門性が求められ、不動産鑑定士の関与のあり方如何によって、公正価値情報の信頼性を大きく左右することになる。不動産会計の適用には経営者の裁量性が大きく介在するため、より客観的な数字を用いることが企業にとって課題となっており、それを補うため、関係者の協力・貢献が必要である。これらを考慮し、企業の意思決定構造と評価の関係性および外部評価専門家のあり方に焦点を定める。
本稿の実証分析の対象となる会計制度は、減損会計および賃貸等不動産会計である。次節では、後掲の実証分析に先立って、これらにかかる不動産会計制度について概観していく。

不動産会計制度

近年、企業活動や資本市場のグローバル化、会計基準の国際的動向を背景に公正価値会計が拡大し、企業不動産に関連する会計制度が整備されてきた。2006年に「減損会計基準」が強制適用となり、「賃貸等不動産会計基準」が公表され2010年より原則適用となっている。これらの会計制度が導入されることにより、不動産の価格は財務諸表に公表される数値として、客観性等が求められている。「減損会計基準」とは、固定資産の将来における収益性が低下し、将来CF(キャッシュ・フロー)をあまり見込めない場合に減損損失を認識する可能性が高くなる。そのため当初は企業活動に貢献すると見込まれていた資産についても、ほとんど活用されずに遊休状態となり投資コストの回収が見込めなくなった場合には帳簿価額を切り下げる可能性がでてくるのである。現在では、実務において定着しつつあるが、経営者の判断と見積もりに委ねる部分も多く、減損会計基準の整備が必ずしも十分でない。そのため、財務諸表の開示情報には、企業固有の事情を反映させた仮定や予測に基づいた将来CF等、経営者の裁量性が介在し、信頼性が担保されていない状況にある。また、減損処理を行うにあたり企業自ら将来CF等を見積り計算し、固定資産の公正価値を評価する必要があり、手続き的、経済的に企業の負担やコストを増大させている。次に「賃貸等不動産会計基準」について説明する。日本基準の「賃貸等不動産」とは、「棚卸資産に分類されている不動産以外のものであって、賃貸収益又はキャピタル・ゲインの獲得を目的として保有されている不動産」であり、通常一般的に認識されている「投資不動産」の概念に近いものである。賃貸等不動産会計基準は、IFRS(国際財務報告基準)に規定のあるIAS第 40号「投資不動産」の会計基準を意識して作成されたものである。
IFRSでは、「投資不動産」の測定方法として公正価値モデルと原価モデルのいずれかを会計方針として選択し、すべての投資不動産に適用することが求められている。公正価値モデルを選択した場合、すべての投資不動産を市場価値等で評価することになり、原価モデルを採用した場合にも公正価値等の注記が必要となる。わが国においては、従来から取得原価主義が採用されてきたが、時価会計主義に移行しつつあり、不動産についても同様の動きがみられてきた。

図-1 本書における企業の不動産概念の整理

(出所)山本(2022)図1-6

企業不動産は、事業用不動産と投資不動産に分類される。後者の投資不動産は、さらに、本来の意味での狭義の投資不動産と遊休不動産に分類される。ここで狭義の投資不動産とは、主として不動産業で保有されている賃貸事務所ビル等が該当する。そして、遊休不動産とは、製造業では工場跡地等が、商業では店舗跡地や青空駐車場等が該当し、最有効使用の状態に供せられていない不動産を指す。このように投資不動産の概念は幅広いものになっているが、これは基づく会計制度の投資不動産の定義が幅広く設定されているためである。

減損会計にかかる検証

1.製造業を対象としたアンケート調査

当該アンケート調査は、明海大学山本卓研究室が、有形固定資産を中心とした減損会計実務について「有形固定資産の減損処理に関するアンケート調査」という題目で、2017年に、旧東証一部製造企業800社を対象に質問票を郵送した。回答企業は57社で回答率は7.1%であった。
質問票は問1から問16までで構成されており、枝問を入れると合計20問である。大別するとA.減損会計の算定方法、B.減損会計適用実務、C.意思決定に分類されている。

表-1 アンケート調査の質問票

(出所)古川・山本(2021)表1

本節では、回答企業の基本特性を把握することを目的としアンケートの単純集計およびクロス集計を行った。

(1)アンケート回答企業の単純集計

表-2 アンケート回答企業の単純集計

(出所)古川・山本(2021)表2

表-2によると、減損会計を適用する時の正味売却価額の算定方法(問5)(複数回答)について、不動産鑑定評価基準が30%を占め、不動産の算定方法(付問5-1)については、不動産鑑定評価基準を採用したと回答した企業のうち、社外の不動産鑑定士に委託した外部評価が96%を占めていた。すなわち全体サンプル57社のうち22社(38.6%)が外部評価(鑑定人評価)となる。また、当該評価方法を選択した理由(付問5-3)では、不動産鑑定士に委託することでより適切な評価が可能となるためという理由が54%であった。
次に、企業の個別事情等を踏まえた企業独自の減損処理のためのガイドラインの設置状況(問11)について、独自のガイドラインを設けていると回答した企業は54%存在した。
最後に減損会計適用の主要な意思決定レベル(問12)について、意思決定レベルは、取締役会が40%、事業部長14%、社長12%、部長12%との回答であった。

(2)アンケート回答企業のクロス集計

表-3 アンケート回答企業のクロス集計

(出所)古川・山本(2021)表3

前節の集計結果を踏まえ、減損会計適用実務における企業独自のガイドライン、不動産鑑定士の関与、意思決定階層に着目しクロス集計を行った。
表-3(1-1)によると、外部評価を行った22社のうち、上層部の意思決定により採用した企業は18社82%を占め、上層部の外部評価指向が顕著であった。次に、表-3(1-3)によると、外部評価を行った22社のうち、ガイドラインがあり外部評価を採用する企業は14社64%に対し、ガイドラインがなく外部評価を採用する企業は8社36%にとどまった。この結果からもガイドラインの有無によって外部評価を採用する割合に差異が生じている。表-3(1-5)によるとガイドラインの有無と新規投資への慎重度の影響は若干の違いはあるが、ガイドラインの有無により新規投資への影響は変わらない傾向にある。以上のクロス集計より、会計方針の意思決定階層の高低およびガイドラインの有無が外部評価の採用に影響を与える傾向が観察された。

2.実証分析

(1)サンプル抽出条件および分析方法

分析対象は「有形固定資産の減損処理等に関するアンケート調査」の回答企業57社のうち無記名3社を除く54社を対象としている。表-4は変数の定義、表-5は記述統計量を示している。前節のクロス集計同様、減損会計適用実務における、企業独自のガイドライン、社外の不動産鑑定士の関与、意思決定階層に着目し、これらに企業財務や株式所有構造が与える影響を検証するため[1][2]式のプロビット回帰モデルを設定する。さらに[1][2]式の説明変数α9Landiについてα9 PPEiに入れかえた[1’][2’]式のプロビット回帰モデルを設定する。プロビット回帰モデルとは、被説明変数を「1」or「0」とした場合に、説明変数との関係を説明する際に用いる手法である。例えば、「購入する」or「購入しない」といった2つしかとらない事項が、どのような要因の影響を受けているのかを分析する際に用いる手法となっている。なお後掲の表-10で用いているロジット回帰モデルもプロビット回帰モデルと概ね同様の考え方に基づく手法になっている。

表-4 変数の定義

(出所)古川・山本(2021)表4

表-5 記述統計量

(出所)古川・山本(2021)表5

(2)ガイドラインの有無にかかるプロビット回帰分析結果

表-6 ガイドラインの有無を被説明変数としたプロビット回帰分析結果

(注)*10%有意、**5%有意、***1%有意
(出所)古川・山本(2021)表6

表-6[1]式の企業独自のガイドラインの有無にかかるプロビット回帰分析の結果によると、Landについては、土地資産比率の高い企業ほど企業独自のガイドラインを設けている傾向にある。土地資産比率の高い企業ほど保有する土地の評価や減損処理に対し同一の視点での処理が必要となり、事務的負担や作業コストも増大させる可能性もある。したがって、統一的なガイドラインを作成することで同一の処理および会計実務への負担を軽減させることが可能となる。
表-6[1’]式の企業独自のガイドラインの有無にかかるプロビット回帰分析の結果によるとROAについては、総資産利益率の高い企業ほど企業独自のガイドラインを設けている傾向が強くなっている。総資産利益率は資産の効率性および収益性の指標となっている。したがって、資産の効率性を意識した行動をとる企業ほど企業独自のガイドラインを設けているものと考えられる。PPE(有形固定資産)については、前述の[1]式Land同様に統一的なガイドラインを作成することで同一の処理および会計実務への負担軽減を目的としているものと考えられる。

(3)社外の不動産鑑定士関与にかかるプロビット回帰分析結果

表-7 外部評価を被説明変数としたプロビット回帰分析結果

(注)*10%有意、**5%有意、***1%有意
(出所)古川・山本(2021)表7

表-7[2]式の外部評価にかかるプロビット回帰分析結果によると、Guidelinesについては、ガイドラインを設けている企業ほど外部評価を採用している傾向にある。不動産の売却可能価額について不動産鑑定評価基準に基づいて算定することが期待されているため、ガイドラインを設け一定の基準に従って減損処理を行っている企業では外部評価を採用しているものと考えられる。Directorsについては、会計方針の意思決定階層が上層部の企業で外部評価を採る傾向にある。コーポレートガバナンス・コードの適用により、経営者等は投資家等との対話機会も増加しているため、より客観的な説明を求められる可能性が高いものと考えられる。したがって、評価の専門家である不動産鑑定士へ委託することによって適切な評価が可能となり、説明責任の履行が担保されることが、外部評価を採用している理由と考えられる。Idleについては、遊休不動産を保有していない企業ほど、外部評価を採用している傾向にある。遊休不動産の多くは土地であり、企業が設立時に保有した土地等の場合、現在では含み益が発生し減損の兆候がみられず、必ずしも鑑定評価が必要とは限らないため、内部評価を採用しているものと考えられる。また、土地のみの場合、鑑定評価以外の公的評価(固定資産税評価額等)を採用し算定することが容易なため内部評価を採用していることも考えられる。
表-7[2’]式の鑑定人関与にかかるプロビット回帰分結果によると、PPEについては、有形固定資産比率の高い企業ほど外部評価を採る傾向にある。有形固定資産には土地資産とは異なり、建物、建物附属設備、機械装置等が含まれるため、大規模工場への投資等の減損損失が発生する蓋然性が高くなることが推測できる。そのため、多額の減損損失が発生している資産を中心に不動産鑑定士に委託し鑑定評価書を入手していることが考えられる。Directorsについては、前述の[2]式Directors同様、説明責任の履行を担保するためと考えられる。Idle(遊休不動産ダミー)については、前述の[2]式Idle同様、公的評価の採用で十分と考えられている可能性がある。

賃貸等不動産会計にかかる検証

1.鑑定人評価の選択動機の分析

本節では、賃貸等不動産会計における社外の不動産鑑定士による鑑定人評価の選択動機について、前節の減損会計で得られた検証結果を補完・比較することを目的とした分析を行う。賃貸等不動産に関する合理的に算定された価額は、自社における合理的な見積り(内部評価)または不動産鑑定士による鑑定評価(鑑定人評価)に基づく。それらの評価方針は各社の有価証券報告書の注記で開示される。本節では、当該注記データに基づき、鑑定人評価の選択動機について検証する。

(1)サンプルおよび分析手法

サンプルについては、旧東証1部上場企業521社(山本(2010)において採用された648社のうち2018年時点において連続上場していた企業)のうち、賃貸等不動産の注記情報を開示している企業は115社である。表-8は変数の定義、表-9は記述統計量、を示している。具体的な分析方法として、以下[3]式のモデルを設定し、2010年期と2018年期について同一サンプルについてロジット回帰分析を適用している。

表-8 変数の定義

(出所)古川・山本(2021)表8

表-9 記述統計量

(出所)古川・山本(2021)表9

(2)鑑定人評価の選択動機の分析結果

表-10 鑑定人評価の選択動機の分析結果(ロジット回帰分析)

(注)*10%有意、**5%有意、***1%有意
(出所)古川・山本(2021)表10

表-10によると、2018年期でCorporation(法人持株比率)が負に有意、Profit、Loss/Size(含み損益額/総資産)が正に有意な数値となっている。Corporation(法人持株比率)が低い企業ほど鑑定人評価を採用している傾向があり、Corporation(法人持株比率)の高い企業では、企業間の株式持合の傾向が強まり、監視・規律づけの効果が弱まる。このことから、利害関係者に対して経営者の持つべき責任や緊張感の希薄化などが企業間の株式持合のデメリットとなる(新田(2000))。したがって、Corporation(法人持株比率)の高い企業ほど、対外的な説明責任を重視しない経営がとられ、内部評価を採用しているものと考えられる。
Profit、Loss/Size(含み損益額/総資産)が高い企業ほど社外の鑑定人評価を採用している傾向があり、経営者等は投資家等との対話機会も増加しているため、より客観的な説明を求められる可能性が高い。また、投資家に対して含み益情報の信頼性を伝えたいという経営者の動機も考えられる。したがって、評価の専門家である不動産鑑定士へ委託することによって、合理的に算定された価額を開示することができるため外部評価を採用していると考えられる。2010年と比較すると、Profit、Loss/Size(含み損益額/総資産)が同様に正に有意な数値となり、含み益規模が大きな企業ほど鑑定人評価を選択する顕著な傾向が確認された。

2.監査報酬に着目した分析

上記の分析に加え、不動産公正価値と監査との関係を研究することの重要性も高い。不動産は、価値の推計の難度が高い。換言すれば、価値推計がブラックボックスの中でなされ、経営者の裁量的行動が引き起こされやすい。また、価値推計の再現性を確認することも困難な場合も多い。このような点を背景に、Hu et al.(2012) とGoncharov et al.(2013)が先駆的な研究を行っている。これらの2つの研究は監査報酬と不動産公正価値との関係を多面的に分析し、監査上の課題を浮き彫りにしている。
Hu et al.(2012)はオーストラリアの有形固定資産の再評価に焦点を定め監査報酬と評価方法との関係を分析した。これは、当該評価が外部の鑑定人になされたときは、その専門的成果を監査人が享受し、監査コストを削減できるため、監査報酬が低減するという問題意識のもと実施された。分析結果は、外部の鑑定人が評価を行った場合の方が「内部評価」に比較して監査報酬が安くなることが判明した。また、Goncharov et al.(2013)は、英国の不動産会社のIAS第40号に基づく投資不動産の公正価値評価に焦点を定めている。この研究では評価の主体の違いと監査報酬との間に明確な関係は確認されなかった。このように、調査対象となる国や会計制度、資産の種別の違いにより結果は異なっている。現時点ではこの分野の研究の蓄積が少ないため、一貫した傾向を把握することが困難な状況にある。
以上を踏まえながら、賃貸等不動産会計の導入期の日本の賃貸等不動産の評価においてどのような結果が確認されたのか検証を行う。

(1)分析方法

企業が有価証券報告書で開示している監査報酬額に基づき、鑑定人評価との関係性を明らかにする。分析対象サンプルは[3]式の分析に用いた旧東証1部(2010年期)データとし、分析方法は、以下の[4]式のモデルを設定し、回帰分析により行う。基本的な変数の定義は、[3]式に準拠するが、被説明変数のAudit Fee(監査報酬額)は連結ベースの自然対数変換値を採用する。

(2)分析結果

[4]式の分析結果は、表-11に示されている。分析は、「全体」、「製造業」、「建設・運輸・倉庫・不動産業」の3区分で実施された。これらに共通した傾向として、企業規模が大きく、大手の監査法人が監査を実施する場合には監査報酬が有意に高いことが明らかになっている。注目されたExternal(評価方法ダミー)は、業種区分によって結果に温度差が認められている。「製造業」では、有意に正の変数となっているが、「建設・運輸・倉庫・不動産業」では有意な変数となっていない。このことから、「製造業」においては、「鑑定人評価」を採用している企業ほど監査報酬が高くなっていることが理解される。この結果は、Hu et al.(2012)と異なる。この解釈として、監査報酬に金額をかけ手続き面の誠実な履行を行う企業ほど、一定の金銭的負担をしてまでも「鑑定人評価」を指向する傾向が強いと考えられる。企業側の「鑑定人評価」の選択動機には、監査報酬の低減目的はなく、関係者に対する評価手続きの誠実な履行を示す目的が強いと示唆される。なお、「建設・運輸・倉庫・不動産業」ではExternal(評価方法ダミー)が有意な変数となっていない理由として、このような業種では大手企業ほど、社内に不動産鑑定士有資格者が多くいるため「内部評価」指向が強いことが考えられる。

表-11 [4]式:監査報酬額を被説明変数とした回帰分析結果(旧東証1部)

(注)*10%有意、**5%有意、***1%有意
(出所)山本(2015)表7-8

CREへの示唆

本稿では、不動産会計のより適切な適用に向けて、複数の視点からの検証を行った。検証結果を要約すると以下のようになる。

【減損会計】

  • 会計方針の意思決定階層が上層部の企業では外部評価を採る傾向にあり、説明責任の履行を確保するため外部の不動産鑑定士に委託することが示唆された。
  • 土地資産比率の高い企業ほど全社統一的な減損処理のためのガイドラインを設けている傾向にあることが観察された。

【賃貸等不動産会計】

  • 「含み損益/総資産」が高い企業ほど鑑定人評価(社外の不動産鑑定士による評価)を採用している傾向があり、より客観的な説明および投資家に対して含み益情報の信頼性を伝えたいという経営者の動機が示唆された。
  • 監査報酬に金額をかけ手続き面の誠実な履行を行う企業ほど、一定の金銭的負担をしてまでも鑑定人評価を指向する傾向が強い。

上記の検証結果から得られる結論として、企業が開示する財務情報は多様な利害関係者が利用するものであるため、不動産会計適用において、社外の不動産鑑定士の利用に関するガイドラインを設けることで、財務情報の信頼性の担保および監査の質や精度に貢献し、経営者の裁量性をも抑制させることが期待できる。
さらに、より合理的なCREを推進する視点からも、以下の諸点に留意すべきである。

  • 減損会計の処理手続は、膨大で複雑になるため、社内で統一的なガイドラインを作成することに意味がある。その効果として、減損処理の効率化、減損処理の再現性・持続可能性の確保、対外的な説明責任の履行等を進めることが可能となる。
  • 賃貸等不動産の含み益規模が大きくなるに従い、時価評価の信頼性担保の要請が高まると考えられ、積極的に鑑定人評価を活用することに意味がある。
  • 歴史のある大企業は、賃貸等不動産は全国に広域的に分布し、含み益・含み損の状況にばらつきがあると考えられ、中小企業に比較して情報の非対称性の程度が大きく、それを緩和させるという意味で経営者と投資家の双方から鑑定人評価が選好される可能性がある。

参考・引用文献

1)吉岡正道・千葉啓司・徳前元信・杉山晶子(2005)「減損会計に関するアンケート調査‐導入に向けた企業の意識調査‐」、産業経理、64(4)、123-133頁。
2)徳前元信(2006)「減損会計に関するアンケート調査‐適用の影響と事前対応‐」、産業経理、65(4)、106-118頁。
3)新田敬祐(2000)「株式持合と企業経営-株主構成の影響に関する実証分析」、証券アナリストジャーナル、38(2)、72-93頁。
4)吉岡正道・徳前元信・大野智弘(2010)「会計実務における減損会計基準の定着度」、産業経理、70(1)、     154-169頁。
5)古川傑・山本卓(2021)「不動産会計適用における外部鑑定人の採用動機の検証」、資産評価政策学、22(1)、89-98頁。
6) 山本卓(2010)「投資不動産時価情報の有用性について-賃貸等不動産会計基準の実証的検証を中心に-」、証券アナリストジャーナル、48(11)、90-101頁。
7) 山本卓(2015)『投資不動産会計と公正価値評価』、創成社
8) 山本卓(2021)『ストック型社会への企業不動産:上場企業遊休不動産の財務的検証を中心に』、創成社
9) Goncharov.I, E.J.Riedl and T.Sellhorn(2013)“Fair Value and Audit Fees” Review of Accounting Studies、Vol19No1pp.210-241.
10)Hu.F,M.Percy and D.Yao(2012)“Asset Revaluations and Audit Fees:Evidence from Australia Securities Exchange(ASX)300 Firms” Available at SSRN:http://ssrn.com/abstract=2130963

寄稿者

明海大学不動産学部非常勤講師、同不動産研究センター研究員

古川傑 ふるかわすぐる

2022年明海大学大学院不動産学研究科博士後期課程修了、博士(不動産学)
【主な論文】古川傑・山本卓(2021)「不動産会計適用における外部鑑定人の採用動機の検証」『資産評価政策学』22(1),pp.89-98.、古川傑・山本卓(2021)「環境経営促進企業の企業特性と環境リスクに対する投資家評価‐遊休不動産の活用状況を踏まえて‐」『年報財務管理研究』(32),pp.90-112.、古川傑・山本卓(2018)「遊休不動産の有用性の検証‐東証1部上場企業製造業の減損データに基づいた分析を中心に‐」『証券アナリストジャーナル』(56)2,pp.68-79.等。
【主な受賞歴】日本不動産学会湯浅賞・博士論文部門(2022年)、都市住宅学会著作賞(2022年)、日本不動産学会著作賞・実務部門(2018年)、日本財務管理学会学会賞・論文の部(2018年)

寄稿者

明海大学不動産学部教授

山本卓 やまもとたかし

埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)、不動産鑑定士。一般財団法人日本不動産研究所を経て、2014年より現職。大学では、「不動産経営戦略」、「不動産会計財務論」等を講じている。企業不動産を取り巻く広範な関係者(経営者、投資家、債権者、地域住民等)に対しての意思決定支援手法の開発を専門にしている。近著に『投資不動産会計と公正価値評価』[2015年、創成社](2016年資産評価政策学会著作賞)、『グローバル社会と不動産価値』[2017年、創成社](2018年日本不動産学会著作賞(実務部門))、『ストック型社会への企業不動産分析』[2021年、創成社](2022年都市住宅学会著作賞)等がある。

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