地域別データでみる建築コスト上昇とその要因(2024年12月時点)

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目次

はじめに

過去寄稿コラムでは、直近の建築工事費の状況について東京地区を主体に説明してきました。東京への一極集中と言われるように、建築の着工床面積や投資額は常に全国一位であり、そのような地域的需要に応じて工事費も高騰しています。では、それ以外の地域の工事費はどうなっているのでしょうか? 

今回はそのようなご要望にお応えして、地域を拡大して現在の建築工事費の動向を見ていきたいと思います。前回説明した東京との比較を行う上では、同じ内容の資料による説明が分かりやすいため、全体のデータ構成は過去寄稿コラム「データでみる建築コストの上昇とその要因」に合わせていますので、図表等の内容や特徴、見方については、前回のコラムを参考にしてください。

工事費のマクロ的な動向

では、初めに総工事費(工事価格)に相当する単価の時系列的動向を建物の構造別に見てみましょう。図1は「建築着工統計」(国土交通省)から作成した代表的な地域の木造工事費単価(工事費予定額を着工床面積で除した単価)の年計値を2011年から2024年まで示したものです。また、表1は2022年から2024年までの年計単価の比較表です。2020年までは各地域とも微増あるいは横ばいの傾向を示していましたが、北海道は2021年、それ以外の地域は2022年以降、工事費単価が急上昇しています。2022年から2024年までの2年間の変動率を見ると、120.5%(福岡)~132.9%(東京)の率で上昇しています。

木造建築の多くは住宅建築なので設計内容や必要とする設備は類似しています。そのため建物用途や設計内容の同質性が高くなり、工事費の時系列的な地域差が読み取りやすい傾向にあります。北海道はやや早めに工事費単価が上昇していますが、それ以外の地域は、全国的に同時に上昇していることが分かります。主な原因としては2020年後半から世界的に発生したウッドショックが考えられますが、2023年以降は働き方改革等の労務環境の変化など、業界を取り巻く社会経済的要因も大きく起因しているものと推察できます。

図1 木造工事費単価(年計)の地域別推移

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

表1 木造工事費単価(年計)地域別比較表

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成 

図2と表2は鉄筋コンクリート造(RC造)、図3と表3は鉄骨造(S造)の工事費単価の地域別推移と単価の比較表です。これらの非木造建築は、住宅だけではなく様々な用途の建物や設備等の仕様により建設されています。したがって、木造と比較すると用途や設計内容の同質性が少ないので工事費単価の時系列的な地域差は読み取りにくくなります。しかし、RC造もS造も2013年頃から工事費単価は全国的に上昇傾向にあり、特に東京が抜き出て高額な単価水準を示していることは分かります。

2022年から2024年までの2年間の変動率を見ると、RC造は121.8%(広島)~158.7%(神奈川)、S造は108.8%(宮城)~153.5%(北海道)上昇しており、直近の工事費単価は高騰していますが、地域により差異があることも確認できます。

図2 鉄筋コンクリート造工事費単価(年計)の地域別推移

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

表2 鉄筋コンクリート造工事費単価(年計)地域別比較表

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成 

図3 鉄骨造工事費単価(年計)の地域別推移

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

表3 鉄骨造工事費単価(年計)地域別比較表

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

RC造住宅(マンション)の工事費動向

では、地域別の非木造建築に関する工事費単価の動向を詳細に確認するために、過去寄稿コラムで着目したRC造住宅(マンション)に対象を絞って細かく動向を見てみましょう。図4は「建築着工統計」のRC造住宅(マンション)の全国及び着工量の多い主要地域の2011年以降の工事費単価の推移、表4は各地域の工事費単価の比較表です。

図2に示すRC造の全体の動向と図4のRC造の住宅を比較すると、東京が高い水準に位置するところは同じですが、図4は用途や設計の同質性が寄与しているので地域差が読み取りやすくなっています。表4の2022年から2024年までの2年間の変動率を見ると、107.3%(北海道)~127.3%(東京)の上昇となっていますが、その値は表2の121.8%(広島)~158.7%(神奈川)と比較すると小さくなっています。このことからRC造の住宅系用途は非住宅系よりも時系列的な価格変動率が少ないことが分かります。建築着工統計の床面積や工事費予定額は大規模なプロジェクトの影響を強く受けるため、非住宅系の用途は各地で実施されている大規模な再開発事業等の設計内容が工事費単価に大きく寄与していることが推察されます。

図4 鉄筋コンクリート造住宅(マンション)の工事費単価の地域別推移

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

表4 鉄骨造工事費単価(年計)地域別比較表

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

次に着工床面積と工事費単価との関連性を地域別にみてみましょう。図5~7は、東京と愛知、大阪における建築着工統計の棟数、床面積、工事費予定額、工事費単価を指数化したものです。

図5 RC造住宅(マンション)着工統計情報の推移(東京) 2011年=100

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

図6 RC造住宅(マンション)着工統計情報の推移(愛知) 2011年=100

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

図7 RC造住宅(マンション)着工統計情報の推移(大阪) 2011年=100

(出所)「建築着工統計調査」を基に株式会社エムズラボが作成

2020年以降の動向を見ると、着工床面積に関しては、東京は2022年まで増加しましたが2023年以降は下落して横ばい、愛知は2022年に増加しましたが2023年は下落して2024年は微増、大阪は2023年まで増加して2024年は横ばいの傾向にあります。一方、工事費予定額に関しては、東京は床面積の動向に影響を受けず2024年まで上昇、愛知は床面積の動向と類似した傾向にありますが増加傾向は床面積よりも大きいです。大阪は東京と同様に床面積の動向の影響はあまり受けずに2024年まで上昇しています。その結果、工事費単価は全ての地域で連続して上昇しており特に東京の上昇率が大きくなっています。

過去寄稿コラムでも説明しましたが、工事費高騰の要因としては、一般的には工事原価となる材料や労務費の上昇が大きく関係していますが、材料や労務費、輸送コストの上昇に加えて、2024年問題に見られる働き方改革による作業時間の短縮、さらには多くの技能労働者を集める経費や、そのための交通費や宿泊費などの間接的経費の増大も建設価格上昇の大きな一因となっています。

図8~10は、東京と愛知、大阪における2019年以降の「建築着工統計」の棟数、床面積、工事費予定額と工事費単価の3カ月移動平均を示します。
「建築着工統計」の単月データは件数が少なくなるためにデータのバラつきが大きくなります。そのため本稿では3カ月間の移動平均値により時系列の変化を分かりやすくしています。東京は2022年5月頃までは床面積と工事費予定額は概ね一致した変動傾向にあり工事費単価も横ばいで推移していましたが、2022年6月以降は工事費予定額が床面積に対して上振れしており、工事費単価も上昇している傾向が読み取れます。特に2023年1月以降はその差が顕著となり単価は高騰しています。愛知も2022年4月頃までは床面積と工事費予定額は概ね一致した変動傾向にありましたが、2022年5月以降は工事費予定額が床面積に対して上振れしてその後高止まりのまま、床面積に応じて増減しています。大阪も東京や名古屋と同じ時期に工事費予定額が床面積よりも上振れしています。
このように工事費予定額と床面積は連動するものの、振れ幅の差異により工事費単価も変動しています。

図8 建築着工統計の月次傾向(東京:RC造住宅)2019年3月=100 3カ月移動平均

(出所)「建築着工統計」を基に株式会社エムズラボが作成

図9 建築着工統計の月次傾向(愛知:RC造住宅)2019年3月=100 3カ月移動平均


(出所)「建築着工統計」を基に株式会社エムズラボが作成

図10 建築着工統計の月次傾向(大阪:RC造住宅)2019年3月=100 3カ月移動平均

(出所)「建築着工統計」を基に株式会社エムズラボが作成

まとめ

建築は個別性が強く、かつ市場や社会経済の影響も受けるために、積算技術に基づき膨大な資材価格や施工費を計上した工事原価(コスト)と、着工時に確定している工事費予定額(プライス)は常に変動し、両者の動向は必ずしも一致しません。その動向は結果として売り手市場や買い手市場の市況(マーケットコンディション)の強弱に結びつきます。

これまでの時代は、主に原価や需給バランスに重点を置き建築市場の市況を想定してきました。しかし、現在は着工床面積と工事費予定額との関連性が少なくなっており、工事費単価が示す動向は、働き方改革や市場のグローバル化など、建築産業を取り巻く新たな要因の影響を受けているものと考えます。わが国の諸物価に関する先々の動向は不明瞭ですが、建築工事費も同様であることから、実際のプロジェクトにおいては積算の精度向上は必須であり、設定する資材等の単価情報(原価情報)の動向把握はもちろんのこと、プライスを左右するマクロ的な統計情報も考慮して、適切なターゲットコストを設定することが、プロジェクトのリスクを低減する上で重要となります。

筆者プロフィール

(株)エムズラボ 代表取締役

橋本真一

株式会社エムズラボ
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(一財)建設物価調査会にて建設工事費や建設統計、国際比較等に関する調査研究に長年従事。並行して日本建築学会、日本建築積算協会等で建築コストや建築ストック等のマネジメントに関する研究にも参加。また、国土交通省等の官公庁や建築・不動産関連団体の各種委員会委員も歴任。2019年に建設物価調査会総合研究所部長を退職後、(株)エムズラボを設立して建築コストを主体としたコンサルティング業務に従事。
現在は芝浦工業大学非常勤講師、日本建築積算協会理事にも着任。
資格:一級建築士、一級建築施工管理技士、建築コスト管理士、建築積算士

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