データでみる建築コスト上昇とその要因(2024年12月時点)

目次
はじめに
現在、わが国の諸物価と賃金が急上昇しており、その流れは建築市場に大きな打撃を与えています。最近では建設費の高騰により中野サンプラザの建替え計画が大幅に見直されましたが、五反田のTOCビルのように解体工事を延期してリニューアル工事による賃貸事業再開などの事例もあり、再開発や新築を問わず建築プロジェクトの見直しや遅延、凍結、断念などの計画変更は全国各地に見受けられています。このような状況は不動産所有者や投資家にとっても切実な問題となっています。
建築工事費の物価変動については、過去寄稿コラム「データでみる建築コストの上昇とその要因」でもご説明しましたが、工事費は建設時に投入される資材や労務費などの原価だけではなく、工事の需給状況などの市場的要因、更にはコロナ禍やウクライナ情勢、ウッドショック、自然災害など予期せぬ外的要因の影響を受けて大きく変動しています。また、働き方改革による2024年問題の影響も考える必要があります。
2024年前半までの工事費の変動状況は過去寄稿コラムでご説明しましたが、建築の市場動向は日々刻刻と変化しています。本稿では最近発表された2024年の建築着工統計の動向にも着目して、最新の建築工事費の動向について解説してまいります。
工事費のマクロ的な動向
まず、総工事費(工事価格)に相当する単価の時系的動向をマクロ的に見てみましょう。図1は「建築着工統計」(国土交通省)から作成した全国の構造別工事費単価(工事費予定額を着工床面積で除した単価)の年計値の2011年から2024年までの推移を示します。
図1 工事費単価(全国:年計)の推移

「建築着工統計」は国土交通省が全国で着工された建築物の動態を明らかにし、建築及び住宅に関する基礎資料を得るための統計データであり、建築主から提出される工事届を対象とした悉皆調査です。データからは建築物の着工棟数や延床面積、工事費予定額などを用途や構造別に把握することができますので、着工時の予定額ではありますが発注者が認識している相場的な価格の参考となります。
図1の傾向を見ると各構造とも上昇傾向が続いていますが、木造(W造)と比較して非木造である鉄筋コンクリート造(RC造)や鉄骨造(S造)の上昇が大きくなっています。なお、鉄筋鉄骨コンクリート造(SRC造)は近年着工量が減少しており、価格傾向も不安定になっていることから比較から除外しております。
さて、ここで2022年から2024年の年計単価を比較してみましょう。表1は構造別の単価比較表です。全ての構造で単価は上昇しており、2023年から2024年までの1年間の変動率を見ると8.0~17.4%上昇。2022年と比較すると25.2~33.0%に高騰している傾向が読み取れます。
表1 工事費単価(年計)の構造別推移

ここで注意しなければならないのが工事費単価の考え方です。建築着工統計は大きな母集団による情報ですが、公表されている数値は合計値の平均値であるために単価を単純計算すると大規模な面積の建物の影響を強く受けます。また、建築プロジェクトは個別性が強く構造だけではなく、用途や地域、建物規模、仕上げと設備のグレードなど様々な設計の仕様により工事費が異なります。したがって、構造別の単価傾向はマクロ的な視点での市況情報として考え、実際のプロジェクトに関する工事費の評価は、具体的な用途や構造などの母集団に着目して単価の傾向を確認することが重要となります。
RC造住宅(マンション)の工事費動向
では、次に用途別の工事費の傾向を見てみましょう。図2は「建築着工統計」のRC造住宅(マンション)の全国及び着工量の多い主要地域に関する2011年以降の工事費単価の推移です。
2024年は、全国の合計値33.4万円/㎡に対して東京は42.6万円/㎡と高額であり、神奈川も36.1万円/㎡と全国値を上回っています。宮城の単価水準も全体的に高めであり東日本は西日本よりも高めの水準にあります。2024年にRC造マンションに投入された工事費の全国合計は、約3兆8542億円ですが、そのうちの31.8%が東京(約1兆2260億円)であり、神奈川、愛知、大阪を加えると全国の59.2%を占めていますので、全国値も東京や神奈川の工事費が大きく反映されています。
また、各地域の単価差は2011年時点と比較すると拡大しており、地域間の販売価格の差異が大きくなっていることが覗えます。住宅や事務所等の建築工事費は賃料や販売価格、地価との相関性が高いことはよく知られていますが、統計値からもそのような傾向を十分確認することができます。
図2 RC造住宅(マンション)の単価の推移(各都市別) 2011年=100

「建築着工統計」の工事単価の留意点としては、大きな建物の影響以外に建物用途による工事費予定額の構成の違いも考えられます。用途が住宅の場合は、新築工事に必要な一般的な工事科目(仮設、躯体、外部仕上げ、内部仕上げ、電気設備、空調設備、給排水衛生設備、昇降機設備、諸経費等)が全て網羅されているものと考えられます。そのため時系列的な傾向を確認する上でも、工事全体を構成する科目が比較的安定しており、地域間の差異も読み取りやすくなっています。
一方、事務所や店舗、工場、倉庫などの用途の場合は、住宅と比較すると内部仕上げや設備等の別途工事も多く、さらに近年は再開発等に伴う複合用途のプロジェクトも多いため、実質的な用途や設計内容、仕様が多岐に亘り工事費予定額も大きくバラついているのが現状です。したがって、工事費予定額による単価のトレンドを安定的に確認するには、住宅系用途による統計値が適しています。
図3は、東京における「建築着工統計」の棟数、床面積、工事費予定額、工事費単価を指数化したものです。
図3 東京のRC造住宅(マンション)着工統計情報の推移 2011年=100

棟数は2017年まで減少傾向にあり、その後横ばいして2021年以降は微増、2024年は再び減少しています。床面積は2019年まで減少傾向にあり、コロナ禍の2020年以降は微増、2023年以降は減少から横ばいに推移しています。床面積は2017年に大型物件により一時増加していますが2018年から2019年に棟数に連動せず減少していますので、一棟当たりの平均的な規模は小さくなっていることが覗えます。一方、工事費予定額は2015年に棟数や床面積の減少に反して大きく増加しました。その後は高止まりのまま床面積の動向に応じて推移していましたが、2023年以降は床面積が減少横ばいしているにも関わらず工事費予定額は増加しています。そのような状況が工事費単価に表れており、床面積の動向と工事費予定額が反比例する時期に工事費単価が大きく上昇していることが分かります。特に2023年から2024年に関しては大きく上昇しており、東京の2024年の工事費単価42.6万円/㎡は、2023年の36.8万円に対して15.8%、2022年の33.4万円と比較すると27.5%上昇していることになります。
工事費高騰の要因としては、一般的には工事原価となる材料や労務費の上昇が大きく関係しています。材料については原材料の高騰や輸送コストの上昇、労務費については技能労働者不足や賃金の上昇に加えて、2024年問題に見られる働き方改革関連法による作業時間の短縮なども大きく寄与していることが推察されます。また、大規模なプロジェクトの場合は多くの技能労働者を全国各地から集める必要もあり、そのための交通費や宿泊費など施工とは別の間接的経費が増大することも、現在の工事費が上昇する大きな一因となっています。建築工事費の物価変動は、もはや市場の需給バランスだけでは説明できない状況になっており、その傾向は神奈川や愛知、大阪など他の地区でも同様です。プロジェクトを的確に推進するには、市場を取り巻く様々な価格変動要因を分析することが今の時代には求められています。
工事費の原価的動向
これまで「建築着工統計」のデータにより工事費単価の推移を説明しましたが、ここでは、工事費を構成する原価的な要因と工事費との関係を確認してみます。
図4は、東京における「建築着工統計」のRC造住宅の工事費単価と工事費の原価に関する各種公表資料を指数化して比較したものです。
比較に用いたのは、コスト(工事原価)の時系列動向を示す「建築費指数」(建設物価調査会)、資材価格の時系列動向を示す「建設資材物価指数」(建設物価調査会)、建設業従事者の賃金水準を示す「毎月勤労統計」(東京都)です。「建築着工統計」は建築主が提出する工事届に記載されている工事費予定額なので、そのデータから算定された工事費単価はプライスに近い価格水準として考えられます。一方、「建築費指数」は総工事費から一般管理費等を除いた工事原価の指数であり、現場管理費以外の経費や利益等は除外されているため、建築工事に必要なコスト(原価)の傾向を示しています。「建設資材物価指数」や「毎月勤労統計」は、工事原価を構成する資材や労務に該当する傾向を示します。
図4 工事費関連情報の比較(東京:RC造住宅関連)2011年=100

図4の傾向を見ると2014年までは工事費単価と工事原価は同じ傾向で推移していましたが、2015年以降は震災復興や東京オリンピックなどの影響もあり工事費単価(プライス)は工事原価(コスト)よりも大きく上昇しました。工事原価やそれを構成する資材や労務は微増傾向にありましたがプライスの上昇傾向とは乖離しており、建築市場は売り手市場となっていることが分かります。コロナ禍やウッドショックが発生した2020年以降は資材価格が急騰していますが、労務費はさほど上昇していないようにも見えます。2022年以降は資材や工事原価指数も大きく上昇していますが、工事費単価はさらに上昇しており、契約には原価の変動以上の予備的な費用を要することが覗えます。
図5は、東京における2019年以降の「建築着工統計」の棟数、床面積、工事費予定額と工事費単価の3カ月移動平均を示します。
図5 建築着工統計の月次傾向(東京:RC造住宅)2019年3月=100 3カ月移動平均

「建築着工統計」の単月データは件数も少なくなるためデータのバラつきが大きくなります。そのため本稿では3カ月間の移動平均値により時系列の変化を分かりやすくしています。図からは工事費予定額が2022年以降増加傾向にあり、工事費単価も連動して上昇している傾向が読み取れます。2022年3月頃までは床面積と工事費予定額は一致した変動傾向にあり工事費単価も横ばいで推移していましたが、2022年6月以降は工事費予定額が床面積に対して上振れしており、工事費単価も上昇している傾向が読み取れます。 特に2023年1月以降はその差が顕著となり単価は高騰しています。
図6は、図5の工事費単価を指数化して建築費指数の工事原価と比較したものです。
図6 工事費単価と工事原価指数の月次傾向(東京:RC造住宅)2019年3月=100

図6からは、2011年以降に工事原価と乖離した工事費単価を2019年基準に補正した動向が読み取れます。 2020年のコロナ禍の時期は、工事費単価はしばらく横ばいに推移していましたが、2023年5月以降は工事原価の上昇分を転嫁した動きとなり、さらに2024年9月以降は工事原価以上に上昇しています。工事費単価と工事原価の動向は比較的近似していましたが、2024年後半はプライスとなる工事単価が上振れしている傾向が覗えます。
まとめ
建築は個別性が強く、かつ市場や社会経済の影響も受けるため工事費のコストやプライスは常に変動します。本稿では「建築着工統計」のデータを中心に、工事費単価の時系列傾向や価格変動要因等の説明をいたしましたが、統計値から得られる傾向は市況を把握する上での目安となります。しかし、実際のプロジェクトにおいては工事費のウエイトが高い主要工事細目などは、具体的な施工数量と単価による概算を行い、推計精度を高めた価格評価を行うことも重要となります。
2024年4月からは建設業の時間外労働の上限規制が適用され、若手技能者の養成や賃金アップなどの建設業の働き方も大きく改善されていきます。運搬費や資材価格も上昇傾向にあり、さらには技能労働者等が宿泊する費用も観光等のインバウンド効果で高騰しています。当面は建築工事費の水準が下落することは考えにくく、統計値はもとより直近の実績データ分析等により、適切にコスト管理を行うことが不動産ビジネスには求められていくものと考えます。

筆者プロフィール
(株)エムズラボ 代表取締役
橋本真一
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(一財)建設物価調査会にて建設工事費や建設統計、国際比較等に関する調査研究に長年従事。並行して日本建築学会、日本建築積算協会等で建築コストや建築ストック等のマネジメントに関する研究にも参加。また、国土交通省等の官公庁や建築・不動産関連団体の各種委員会委員も歴任。2019年に建設物価調査会総合研究所部長を退職後、(株)エムズラボを設立して建築コストを主体としたコンサルティング業務に従事。
現在は芝浦工業大学非常勤講師、日本建築積算協会理事にも着任。
資格:一級建築士、一級建築施工管理技士、建築コスト管理士、建築積算士