リノベーションによる耐震、省エネ、環境保全で企業価値の向上。
求められる多様なニーズに対応したオフィスビルのリノベーション
目次
耐震性能の不足や経年劣化は、企業不動産の価値を毀損する大きな要因です。そこで、保有ビルを改修することで、不動産価値と稼働率の向上を目指すビルオーナーも増えています。ビルの修繕・改修を前提とした調査・設計監理を担う三菱地所設計リノベーション設計部の河向昭部長に、最近のオフィスビル・リノベーションの動向や、ビルの改修によって企業不動産、ひいては企業価値がどのように向上するかを伺いました。三菱地所設計は、1890年、三菱社内に設置された「丸ノ内建築所」をルーツとする歴史のある組織設計事務所です。長きにわたりデベロッパーである三菱地所のインハウス設計事務所として過ごし、新築から維持管理まで携わった経験から、リノベーション計画や建て替え計画までワンストップでサポートできる強みを持ちます。その中でも同部は、業界に先駆けて三菱地所の中に発足したリニューアル建築部を母体とし、三菱地所が所有する丸の内などのビル改修事業を主に担っていましたが、近年は、外部のビルオーナー企業も顧客として広くサービスを提供しています。
前倒しで中長期の修繕計画を策定して
不動産価値の向上を
──劣化した設備を更新したり、ビル自体の耐震性能を高めるなど建物の性能を強化することで、企業不動産の価値を維持・向上させるのがリノベーションですが、そのためにどのぐらい費用がかかるのか、投資対効果はどうなのか、といったことで悩むビルオーナーも少なくないと思います。御社のリノベーション設計部は、同じ部署に意匠デザイナー、構造設計、電気・機械設備、工務、コスト管理などの専門スタッフが在籍しており、機敏にプロジェクトを展開しています。建物診断から実際の改修工事の設計監理、省エネ計画や建物調査報告の作成などを担当されていますが、修繕計画の策定は具体的にはどのようなステップで行われるものなのでしょうか。
どんなに新しい建物も10年、15年と経年すると、機械設備の不調などが目立つようになります。耐震基準の考え方も変化しますので、それに対応した耐震補強工事も必要になります。そのことに気づいたビルオーナーから、まず自社の保有するビルの耐震診断や建物診断などの調査をしてほしいという相談が私どもに舞い込みます。また、今後10年、20年にわたってどのぐらいの投資をすれば建物が維持できるのか、中期修繕計画を立ててほしいというリクエストもあります。
中長期修繕計画では、例えばあと20年建物を持たせるためには総額このぐらいが必要だという目安が出ます。その上でビルオーナーの予算を勘案しつつ3~5カ年の詳細計画を立案し、どの建物のどの部分の修繕から着手すべきかといった優先順位付けをします。このようにして立案した計画に沿って翌年以降修繕を実施していくことで、各年の修繕費用を平準化することができるようになります。
──新築の段階で最初から修繕計画を立てていれば、いざ改修となったときにも安心ですね。
新ビルが竣工した時にすぐに私どもに修繕計画を依頼してくるビルオーナーもいます。それに応えて、私どもは設備機器一つひとつまで詳細に計画を練ります。修繕のための年間投資金額を定めて、その枠の中で優先順位を付けます。ビルオーナーはこうした修繕計画に基づいて、修繕・更新を実施するゼネコン等に対して計画発注をします。
──修繕計画を前倒しで検討することで、建物のライフサイクルコストを抑えることができるわけですね。これは結果的に企業不動産の価値を高めることにつながります。
様々な要因を考慮して
ビルオーナーの修繕判断をサポート
──御社がかかわったリノベーション事例で最近はどんなものがありますか。
横浜新都市センターが管理する、横浜新都市ビルおよび横浜ポルタの例があります。築30年経つ建物ですが、修繕箇所の重要度を勘案しながら、改修計画を立て、3年ほどかけて順に修繕を進めてきました。特に冷暖房の熱源機器構成をガス主体から電気主体に変えることで省エネ効果を高めることができました。これによって、冷暖房におけるランニングコストが約30%削減されました。
当社の事業は多くはオフィスビルですが、もう少し変わった例でいうと、サンシャインシティの展望台や噴水広場、水族館などの集客施設の改修事例があります。サンシャインシティは三菱地所が約40年前に手がけた施設ですが、2016年のリニューアル・オープンのための、トータルなコーディネイトを当社が担いました。
──ところで、建物診断の結果、リノベーションをしたほうがいいのか、それともビルを建て替えたほうがいいのか、判断に迷う物件もあるのではないでしょうか。
一般論的には建替コストは改修コストを上回るものですが、建物を診断した結果、耐震補強工事のコストが過大になるとか、もともと階高(建物の、ある階の床面からすぐ上の階の床面までの高さ)が低くて使い勝手が悪いビルなどは、将来のテナント誘致を考えたとき、改修より建て替えたほうが有効という判断になることもありますね。
──こうした判断はビルオーナーにとって難しい場合もありますね。
修繕判断をサポートするために、当社で「簡易建物診断ツール」を用意したこともあります。これは施設数が200以上に及ぶ某国立大学のリノベーション計画を策定する過程で生まれたものです。施設の数が多いので、どこから手をつけていいかわからない。業者からの見積もりもそれがどこまで妥当なのかわからない。概算見積もりだけでもすぐに出せないかといったご要望に対応して開発しました。防水・設備・電気などのカテゴリーにわけて、面積当たり項目ごとの改修金額を出せるようになっています。
重要なのは、これによってビルオーナーがリノベーション費用の妥当性を検討できるようになったこと。あくまでも簡易ツールなので、詳細計画の段階で金額に誤差が生じてくる場合もありますが、実施に当たっては、改修工事に関する見積調査を年間1000件ほど行っている私どものノウハウが活きてきます。
省エネ、BCP、バリューアップ
ーー変化するリノベーション・ニーズ
──リノベーション案件全体を通して、近年のニーズの変化をお感じになることはありますか。
以前はビルの省エネ対策強化が重要な関心でしたが、2011年の東日本大震災以降は、BCP(事業継続計画)対策が焦眉の課題とされるようになりました。地震で停電が発生した場合の対策として非常用発電装置を備え付けたり、津波や集中豪雨対策のために止水板を取り付けるといった対策、さらに超高層ビルでは長周期地震動への備えも関心を呼んでいます。
省エネ対策については建物の運用でずいぶん改善されてきたとはいうものの、世界的に気候変動対策への要求は厳しくなる一方で、日本のオフィスビルにももう一段の努力が求められるようになりました。例えば、投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設など複数の不動産を購入し、その賃貸収入や売買益を投資家に分配するREIT(リート)物件では、特に海外投資家の間で、ライフサイクルを通して建築物の総合的な環境評価を測る指標への関心が高まっています。ここでは「GRESB」(グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク)が主要な指標になっており、J-REITでもGRESB取得の気運が高まっています。
既存ビルについての環境認証基準としては、国内では国交省の「BELS」(建築物省エネルギー性能表示制度)が有効です。ビルオーナーはまずは、館内照明をLEDに切り替えるなど、できることから着手し、BELSのランクを上げる努力をされています。
──三菱地所設計というと、三菱地所が保有する高層ビルの大規模リノベーションがすぐに思い浮かぶのですが、それだけでなく、中小ビルのリノベーションにも取り組んでいるようですね。
築年数が経過した中小規模のビルを、現在のニーズに合わせ再構築するために、三菱地所グループはビルの再生事業※を進めています。築年数の経過等により競争力が低下し運営が難しくなっている中小規模のビルを一定期間賃借し、リノベーションや耐震補強を実現し、ビル再生、価値の維持を図ろうとするものです。こうした事業スキームの中で当社は、調査や設計監理をサポートしています。
※ビルの再生事業のスキームについてはこちらからご覧いただけます。
リノベーションを阻む
「旧38条」「保育所コンバージョン」問題
──リノベーションを進める際に、法律上、問題になっていることはありますか。
最近よく話題に上るのが「旧38条問題」というものです。以前の建築基準法では、建築基準法に適合しない建築物を建てる場合、同法38条の規定により大臣認定を受ければ建設が可能とされていました。ところが、2000年に当時の38条そのものが削除され、大臣認定を受けていた建築物が「既存不適格」(建設当初は適法に建てられた建築物が、その後の法改正等により、 現行規定に適合しなくなっているもの)とされるケースが多発するようになりました。増改築を行う場合は、同時にこの問題を是正する必要があります。そのままでは、それらの建物の増改築やリノベーションが進みません。こうした状況が、既存ストックの活用や災害に強い建物の整備を阻害していると指摘する声も強まっています。
現在、国交省などでこの問題にどう対応するか議論が進んでいると聞いていますが、早急の改善を望みたいところです。
また「保育所問題」といわれる問題もあります。待機児童問題や保育園不足に対応するために、既存の古いビルを保育所にリノベーションしたり、建物の一部を保育施設にコンバージョン(用途変更)するという動きがあります。ところが保育所は特殊建築物扱いになるので、一部変更でも改修対象外の部分まで遡及されるため、改修が進まなかったり、改修コストが膨大になるという問題が指摘されています。私どもはこうした規制を緩和して、既存建築物の改修や用途変更による有効活用が進むことを期待しています。
多様化するニーズに対応した
リノベーション計画でCRE価値の向上を
──リノベーションすることでビルの価値、ひいては企業不動産や企業そのものの価値はどう向上するかをあらためて考えたいと思います。例えば、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資をすることで株主の価値が上がる。CSR(社会的企業責任)を果たせて、企業価値も向上する。社員のリクルーティングにも好影響を与える──ということがよく言われますが、オフィスビルのリノベーションにも似たような効果があると思います。リノベーションによって企業不動産の価値を高めるために、気をつけるべきポイントは何でしょうか。
どこに投資をすると効果的かということで言えば、トイレ等の水回りの改修を行うことでビル全体のバリューが上がるという考えのお客様は多いと思います。水回りを改修しているビルとそうでないビルは、テナントを集客する際にも差が出てきます。
こうした機械設備の更新だけでなく、それ以外の方法でも効果が上がるという事例を一つご紹介しましょう。東京・品川地区に建つとある古いビル。もともと電算センターとして使われていたもので、外装が地味でした。ところが最近の品川地区は新しいビルがどんどん建つようになって、デザイン的に見劣りするようになってしまった。テナントも他所のビルに移ってしまう。そこで、外装デザインを一新するリノベーションを実施したところ、賃料も少し高く設定でき、かつ新しいテナントも獲得できるようになりました。
リノベーションというよりも、これはコンバージョンの例ですが、ある産婦人科の病院オーナーが事務所ビル一棟をまるごと購入し、それを用途変更して全面的に改修し、複数の診療科がテナントとして入る総合クリニックビルへ改修を進めている事例があります。水回り、救急車対応など病院ならでは改修ポイントはありますが、大胆なコンバージョンを通して不動産価値を高めつつある好例です。
最近は、テナントがITベンチャー企業などの場合、内装は自分たちの用途や好みに応じて自由にやりたいので、むしろスケルトンの状態で受け渡ししてもらったほうが好都合とおっしゃるケースも増えています。
以前は設備改修をメインに実施しておけばよかったのですが、立地やテナントのニーズによっては、ビルのデザインを変えたほうがいい、簡単な改修によって中小の新しい顧客を開拓したほうがいいというように、リノベーションのバリエーションが増えていることはたしかです。
──こうした市場の変化を敏感にキャッチしながらリノベーション計画を立てることが、オフィスビルの不動産価値を高める上では重要なポイントになるということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
Profile プロフィール
三菱地所設計
執行役員 リノベーション設計部長
河向 昭
東北大学機械工学部卒業。1987年三菱地所入社。建築設備の設計業務に従事。1999年より三菱地所リニューアル建築部所属。建物のリニューアル設計、建物調査・長中期修繕計画立案業務を経て、2014年より現職。リノベーション設計・建物調査・修繕計画立案・修繕工事費の見積調査等の業務実績は1,000件を超える。