SOMPOリスクマネジメント 寄稿コラム
第1回 企業不動産に潜在する遵法性リスク
~工場の場合~
目次
企業不動産に係るリスク
不動産に係るリスク調査は、表1に示す通り物理的調査、経済的調査および法的調査に分類されますが、本コラムでは、このうち物理的調査において把握される遵法性リスク[1]についてご紹介します。
表1の詳細については、SOMPOリスクマネジメント 寄稿コラム「第1回 不動産価値向上のために把握すべきリスク情報」を参照ください。
なお、本コラムでは工場建物のハード面に関連する問題点に着目しており、労働環境を主とする労働安全衛生法・作業環境測定法等は対象外とします。
表1 不動産に係る主なリスク
調査種別 | リスク分類 | 概要 |
---|---|---|
物理的調査 | 自然災害リスク | 地震、風水災等による損傷リスク |
火災リスク | 建物内での発火または延焼による火災リスク | |
遵法性リスク | 建築基準法等への適合性リスク | |
修繕リスク | 維持管理・修繕費用の変動リスク | |
土壌汚染リスク | 土壌に有害物質が存在するリスク | |
埋設物リスク | 地下に除去が必要な埋設物が存在するリスク | |
有害物質リスク | 建物に有害物質が存在するリスク | |
建物環境リスク | 建物内の空気・水質等の環境リスク | |
維持管理リスク | 管理上の事故による第三者への損害賠償等の発生リスク | |
経済的調査 | 不動産市場変動リスク | 不動産価格・賃料等の変動リスク |
金利リスク | 貸出金利等の変動リスク | |
流動性リスク | 不動産の換金可能性リスク | |
不動産管理運営リスク | 保守管理・賃貸経営管理の良否に係るリスク | |
法的調査 | 権利関係リスク | 所有権等権利関係に係るリスク |
法改正リスク | 法改正への対応費用発生リスク |
[1]遵法性リスクは法的リスクに該当しますが、表1は不動産デューデリジェンスにおいて実施される調査範囲に対応して分類しています。一般的に遵法性リスク調査は、一級建築士等により実施される物理的調査に含まれます。
企業不動産に係る遵法性リスク
遵法性リスクとは対象不動産が建築基準法および消防法など後述する建築基準関係規定、地方自治体の定める条例などに対し適合しないといったガバナンスリスクであり、ESG投資が進展する現在において注目すべきリスクのひとつです。
建物の新築・増築工事などを行う場合、通常、建築主は設計事務所や建設会社に設計業務を委託し、委託された会社は設計図を作成します。設計図は建築主事または指定確認検査機関により遵法性について審査が行われ、確認済証が交付されると着工が可能となります。さらに工事完了時に完了検査を受け、遵法性上問題ない場合には検査済証が交付されます。
この一連の建築確認手続きを経て、建物は竣工時点における遵法性が担保されます。しかし、不動産を使用していく中で改修工事やテナント入れ替えなどが必要となり、これに伴って竣工時点から改変が加えられる際に遵法性が損なわれる場合があります。このように遵法性が損なわれた状態で不動産を保有するリスクが顕在化する場面を例示すると以下の通りです。
①地震等の自然災害、火災、労働災害の発生時
災害発生時、建物に建築基準法等法令違反が発見された場合、企業の使用者責任が問われることがあります。
②不動産売却時
不動産売却価格は、一般的には当該不動産が遵法性を満足した状態を前提として決定されるものです。しかし、取引前に遵法性調査が行われ不適合箇所が確認された場合、その是正費用は売主負担もしくは売買価格から控除され、売却価格の予期せぬ低下につながる可能性があります。
また、建物全体を自己使用している不動産の売却を検討する際には、経済価値を最大化するためにマルチテナント仕様への変更やオフィスビルから店舗への用途変更などの改修工事が必要となる場合があります。このような改修工事の際には、既存不適格事項を含め各種法令への適合が必要なため、その可能性や難易の程度について事前に検討しておくことも有用と言えます。
③不動産保有期間中
売却価格は不動産の経済価値を示す重要な指標であるため、保有期間中においても帳簿価格と時価との乖離に伴う減損リスクの判定に有用であり、その算定時に法不適合箇所が確認されることがあります。
また、確認申請が必要となる増築や用途変更といった改修計画時に法不適合箇所が確認された場合、その是正に思わぬ時間と費用を要することになり、計画に支障をきたす可能性があります。
工場に係る遵法性リスク
企業不動産における工場の現状
製造業において企業の保有する不動産は、主に経営・営業・販売・管理等を行うオフィスと商品を製造する工場に分類されます。これらの他に原材料・商品等を保管する倉庫もありますが、近年では外部委託されることも多くあります。
オフィスは企業の顔となり、また顧客との接近性など営業上のメリットやその他の機能上、多くが大都市の中心部に立地し、その意匠性・機能性が重視されます。そのため、自社保有ビルではメンテナンスが適切に行われ、賃貸不動産を活用する場合でも築年の浅いビルが指向されます。
一方、工場は生産性に関連する経済合理性が重視されます。土地価格が安く大規模な敷地が確保しやすく、後述する用途地域等行政上の条件、高速道路・鉄道等輸送施設が整った郊外に立地することが多いため、一般消費者の見学を受け入れる施設を除き、経営層・消費者の目に触れる機会は多くはありません。このような工場では計画的な施設管理を行うことが難しく、必要に応じて工場の増改築や修繕を行い、結果として建築基準法などへの遵法性が損なわれているケースが多くなります。
また、確認申請書類、設計図の管理が適切に行われていないケースも散見され、建物の現状を使用者自身が把握できていないといった問題点も見られます。
工場に係る事故事例
労働災害分析データ[2]によると、工場においてリスクが顕在化するのは多くの場合、人の安全を損なう事故・災害発生時です。事故の型としては「はさまれ・巻き込まれ」「転倒」「墜落・転落」といった製造工程に関連するものが多数を占める一方で、建物の遵法性に関連する「火災」も一定数発生しています(表2)。
なお、表中の赤文字の項目は年平均増減率がプラスになっている項目を示しています。
表2 労働災害分析データ
工場における火災の発生状況
消防庁の公表資料[3]によると、建物用途別では工場・作業場は住宅、雑居ビルなどの特定複合用途に次ぐ火災発生件数(表3)および負傷者数(表4)となっています。
火災に対しては主に、建築基準法と消防法により対策が規定されています。建築基準法では火煙の抑制、在館者の避難経路の確保、避難完了までの構造安全性について規定され、消防法では消防用設備などのハード面および防火管理などのソフト面から出火防止、発見・通報といった火災の初期段階の対応について規定されています。
これらの規定に関し、工場においてはその使用上の合理性を考慮して、一定の条件を付して防火区画や排煙設備といった防災設備の緩和規定が認められています。しかし、時の経過に伴い建物の改変が行われ、当初の設計上の条件を満足しない状態になっているものもみられます。この詳細については第2回にて述べることとします。
表3・表4において、工場・作業場の個別の火災発生原因・延焼の程度など詳細は不明ですが、建築基準法等の規定に適合していないことに起因した火災発生や延焼拡大の事例も含まれているものと推測されます。
表3 建物用途別の火災発生状況
表4 建物用途別の負傷者発生状況
建物における遵守すべき法令
工場建屋に係る遵法性リスクの対象としては、主に建築基準関係規定があります(表5)。
建築基準関係規定とは、建築基準法第六条の規定で、確認申請において適合させる必要がある各種規定について定義されたものをいいます。
表5 建築基準関係規定
法令 | 概要 |
---|---|
建築基準法 | 詳細については次章に記載する。 |
消防法 | 消防用設備の設置、防火管理・危険物保管等の届出義務 |
屋外広告物法 | 屋外広告物の表示の禁止・制限 |
港湾法 | 臨港地区内の分区内の建築物の規制 |
高圧ガス保安法 | 圧縮天然ガスの家庭用設備の設置の規制 |
ガス事業法 | ガス消費機器の設置等の基準適合義務 |
駐車場法 | 駐車施設の構造・附置、路外駐車場の届出義務 |
水道法 | 給水装置の構造及び材質の規制 |
下水道法 | 排水設備の設置及び構造の規制 |
宅地造成等規制法 | 宅地造成等規制区域内の宅地造成に関する工事の許可 |
流通業務市街地の整備に関する法律 | 流通業務地区内の規制 |
液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律 | 供給設備又は消費設備の設置等工事の技術基準適合義務 |
都市計画法 | 開発行為の許可、用途地域・建蔽率・容積率の指定 |
特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法 | 航空機騒音障害防止地区・航空機騒音障害防止特別地区内における建築の制限等 |
自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律 | 自転車等の駐車対策の総合的推進、駐輪場の附置 |
浄化槽法 | 浄化槽の設置、保守点検、清掃に関する規制 |
特定都市河川浸水被害対策法 | 雨水浸透阻害行為に対する雨水貯留浸透施設の設置義務 |
高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律 | 高齢者・障害者・不特定多数の人が利用する建築物(病院、百貨店、老人ホーム等)におけるバリアフリー基準への適合義務 |
都市緑地法 | 緑化地域内の建築物に対する緑化率の最低限度への適合義務 |
都市の低炭素化の促進に関する法律 | 低炭素建築物新築等計画認定による容積率の緩和 |
建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律 | 特定建築物(非住宅部分の床面積300㎡以上)の新築・増改築等特定建築行為における基準適合義務 |
実際の建築基準関係規定は、法律、政令、省令の他に自治体で定める条例を含むため、確認申請を提出する自治体によってその内容は異なります。東京都建築安全条例、大阪府建築基準法施行条例などがその例です。
[2]中央労働災害防止協会.“労働災害事例、災害統計、法令・通達、行政情報等.”中央労働災害防止協会HP,https://www.jisha.or.jp/info/bunsekidata/index.html,(アクセス日2024-5-22).
[3]消防庁消防統計「令和4年(1~12月)における火災の状況(確定値)について」(令和5年11月29日)を基にSOMPOリスクマネジメント株式会社作成
建築基準法の概要
本章では第2回で詳述する「不適合箇所の具体例」の理解のため、建築基準関係規定のうち代表的な建築基準法の概要について述べることとします。
建築基準法の目的
建築基準法の目的は次のように示されています。
第一条「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」
つまり、建築基準法はすべての建築物について須く安全性・快適性等を確保するための「最低の基準」であるため、個々の建物の利用目的に則してそれ以上の適切な基準を設定することは常に意識すべきです。
建築基準法の構成
建築基準法は、大きく統括的規定(制度規定)と実体規定に大別されます。ただし、いずれも法律上の言葉ではなく便宜的な通称です。
統括的規定(制度規定)
建築基準法の目的・用語の定義、建築確認申請制度、罰則規定等を定めています。
実体規定
所在する地域に係わらずすべての建築物に適用される「単体規定」と都市計画区域内のみで適用される「集団規定」に大別されます。
「単体規定」は、建物利用者の安全性・快適性を確保するため、地震や火災等に対し個々の建築物が有すべき構造耐力、防火、建築衛生等に関する技術基準が定められています。
一方「集団規定」は、建築物の集合体である都市において良好な市街地環境を確保するため、その用途・規模・形態等に関する基準が定められています。
次回、第2回は建築基準法に関する概要と個別の規定について具体例を交えた各論的な内容をご紹介します。
参考文献
国土交通省「不動産リスクマネジメント研究会」作成「不動産リスクマネジメントに関する調査研究」(2010年3月)
中央労働災害防止協会「労働災害事例、災害統計、法令・通達、行政情報等」
消防庁「消防統計 令和4年(1~12月)における火災の状況(確定値)について」(令和5年11月29日)
執筆者紹介
SOMPOリスクマネジメント株式会社
不動産リスクソリューション部
建物調査グループ 上級コンサルタント
不動産鑑定士/一級建築士 専門は建築・不動産一般
中村 伸吾 Shingo Nakamura