エムズラボ 寄稿コラム 第2回 工事費のフェーズ別価格情報とコストマネジメントの重要性

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目次

「工事費の舞台裏」建築プロジェクト段階でのコスト分析

第1回寄稿コラム「データでみる建築コストの上昇とその要因 」では、工事費単価の時系列変動と要因について説明しましたが、そこで扱った単価は建物の総工事費を対象としたマクロ的なものです。総工事費の捉え方はプロジェクト当事者の目的により異なり、一般的には発注者は建物の調達に必要な支払額の総額、設計者は構造躯体や仕上げ、設備などの設計内容に応じた施工費の総額、施工者は自社での施工に必要な資材や施工費などの原価の総額と考えます。そして、その総工事費は、それぞれの立場により設計やプロジェクトの段階(フェーズ)に応じて様々な価格情報を用いて算定されていきます。
図1は、英国の「Cost Planning of Buildings」注1)という専門書に記載されている伝統的な原価モデルの図を参考に筆者がアレンジしたものであり、設計段階に応じた価格情報の種類と内容、及び利用者の関係が示されています。

(出所)「Cost Planning of Buildings」の原価モデルを参考に株式会社エムズラボにて設計段階と価格情報・利用者の関係について編集・作成

図1 設計段階と価格情報・利用者の関係

建築のプロジェクトは設計段階のフェーズが進むにつれて仕様等の設計情報が詳細に確定されるので、価格情報の種類や内容も設計情報に応じて精緻に変化していきます。図中の「情報レベル」は単価の詳細さを示しています。例えば土地を入手した時点では、発注者はどのような用途や規模の建築が可能か想定して工事費を概算しますが、そのような企画構想段階のフェーズでは設計図は存在せず、過去の実績データ等から用途に応じた延べ床面積単価や戸数、執務人員などの企画数量当たり単価を設定してプロジェクトに必要な予算を想定し、事業収支等を踏まえた事業化可能性(フィージビリティスタディ)の基本情報とします。企画構想段階で予算が確定したならば、次は希望するプランと予算に応じた設計を設計者に依頼してプロジェクトを進めます。設計者は設計の進捗段階(基本計画・基本設計・実施設計)に応じて設計内容とコストとのチェックや見直し(デザインレビュー・コストレビュー)を行い、予算に応じた設計図を作成します。用途別の居室や執務のスペース、共用スペースなどを検討する基本計画段階では各スペースの機能に応じた床面積単価、スペース内に配置する部屋等を確定する基本設計段階では、部屋や部位に応じた概算単価などが用いられます。このような業務は専門知識や経験が必要なため一般的には設計者に委ねられますが、海外では設計者とは別にプロジェクトマネージャーやコストコンサルタントなどの専門家を設計前から発注者の代理や支援者として活用することも一般的に行われています。そして、実施設計完了後は、工事に必要な資材や施工等の数量計測と値入れによる積算が行われます。数量計測は、非木造建築では「建築数量積算基準」などの技術基準に基づき標準的な数値が算定され、値入れは直近の工事で用いた自社実績単価や刊行物掲載単価、見積り単価などを用いて詳細な仕様に応じた細目単価が設定されます。
このように総工事費を推計する作業は、各フェーズで確定した設計情報に応じて適宜行われます。フェーズにより使用する数量や価格情報の種類は異なりますが、総工事費に結びつく価格情報として全て結びついていることを不動産所有者は理解する必要があります。

ターゲットコストと生産コスト

発注者にとっての総工事費は、事業計画で設定した予算内で収まることが前提となり、その予算はターゲットコストと呼ばれます。一方、設計者や施工者は予算に応じた最良の設計や施工を実現するための施工費を想定し、それらの費用は建築の生産コストとして考えられています。そしてターゲットコストと生産コストが一致すれば契約に至ります。
契約に際しては見積書が作成され、そこには生産コストに関する詳細な数量や単価の明細が内訳書として記載されています。膨大な時間を費やして作成された内訳書は、設計変更に応じた金額修正にも迅速に対応することができ施工段階のコスト管理には不可欠な情報となりますが、内容は技術的な専門知識がなければ理解することが困難であることから、全体的な工事費の変動だけにしか関心を示さない発注者も多く存在します。その結果、竣工と共に内訳書を含む見積書の役目も終わってしまうことがほとんどとなっています。しかし、それは不動産を管理する上で大きな問題があります。なぜならば、見積書には建物を管理する上で重要な技術情報が満載されているからです。発注者がそのことを認識するには総額としてのターゲットコストだけではなく、建物の部位や設備に応じた生産コストがどのように不動産管理に役立つのか、その構成内容を理解することが重要です。

新築時の見積書からメンテナンスコストを読み解く

では、発注者として押さえておくべき見積書の内容を見てみましょう。事例として(一財)建設物価調査会が公表している「JBCI」(ジャパン・ビルディング・コスト・インフォメーション)の情報を用いて説明します。注2)
表1は「JBCI」から抽出した分譲マンション、事務所、物流倉庫、工場の東京や関東地区の標本の総工事費単価に関する統計量です。標本は2021年から2023年に契約された物件であり、単価は2024年6月時点に補正しています。このような統計情報の個々の標本単価は、設計等の個別性によりバラツキがあり統計量からもその傾向が読み取れます。用途別単価の目安としては平均値や中央値を採用することが一般的ですが、平均値は高額物件の影響を受け中央値よりもやや高めの傾向を示すことが多くなっています。実務では、このような情報と自社実績情報や「建築着工統計」の工事費予定額単価、見積書などを客観的に比較評価して目安となる単価を絞り込み、建物調達時の総額レベルのターゲットコストとして参考にすることができます。しかし、ここで示す総工事費レベルの単価だけでは不動産管理として必要な情報の中身は読み取れません。

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
契約年次2001年~2023年データによる用途別統計量
単価は2024年6月に時点補正

表1 用途別工事費単価

図2「用途別科目工事費単価の傾向」と図3「用途別科目工事費単価構成比」は、表1の総工事費の科目内訳単価(中央値)の傾向を示したグラフです。注3)

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
科目内訳単価(中央値)をグラフ表示

図2 用途別科目工事費単価の傾向

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
科目内訳単価(中央値)をグラフ表示

図3 用途別科目工事費単価構成比

表1では総工事費の単価しか読み取れませんでしたが、この図2および図3からは総工事費の内訳となる建物の構造躯体や仕上げ、設備等の科目に応じた工事費や全体に占める価格傾向が分かります。マンションの工事費単価は、事務所と比較すると総工事費レベルでは低額となりますが、科目別に見ると衛生設備は高額であり台所や浴室などの水回りが多い設計面での特徴が読み取れます。一方、事務所は、衛生設備以外は各科目ともマンションよりも高額であり、特に空調設備の金額が大きくなっています。これは、事務所の場合は全館空調を採用していることが主な要因です。しかし、マンションの場合でも超高層のタワーマンションでは、事務所と同様に全館空調を採用しており、空調設備の費用が高額となる傾向にありますので、実務では対象となるプロジェクトの設計内容に関する個別性を考慮することが重要です。物流倉庫や工場は事務所と比較すると全体的に科目の金額は低額です。工場は電気や空調、衛生などは事務所と近似した傾向にあり、設備工事費の割合が非常に高くなっています。一方、物流倉庫は工場と比較して設備関連の科目金額も低く、全体の工事費も低額となっています。

このようにターゲットコストとしての総工事費レベルでは調達する全体金額に対しての管理はできますが、躯体や仕上げ、設備等の科目に適切な費用が投入されているかどうかは、科目レベルの生産コストの価格傾向を確認しなければ分かりません。さらに仕上げについては、図4~図7のように外部や内部の部位に応じて仕分けることもできます。

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
外部仕上構成比により部位別に単価を按分してグラフ表示

図4 用途別外部仕上科目単価の傾向

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
外部仕上構成比をグラフ表示

図5 用途別外部仕上科目単価構成比

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
内部仕上構成比により部位別に単価を按分してグラフ表示

図6 用途別内部仕上科目単価の傾向

(出所)JBCI(一般財団法人建設物価調査会)
内部仕上構成比をグラフ表示

図7 用途別内部仕上科目単価構成比

さて、ここで科目について再度考えてみましょう。
建物の引き渡しを受けた後は、不動産資産としての建物を維持管理していかなければなりません。躯体については耐震性能等が法的に問題なければ特に修繕する必要性はありませんが、それ以外の外部仕上げ、内部仕上げ、電気、衛生、空調、昇降機の設備についてはどうでしょうか。建物を使用する以上、それぞれの部位や設備は経年劣化していきます。長期間に亘り建物の機能を保持するには計画的な修繕工事が必要であり、そのための予算、つまりランニングコストを予め試算して予算を確保することも求められます。その時に必要な情報は、改修対象となる部位の資材や設備機器類等の数量及び仕様、単価となります。ここで新築時の見積書を考えてみましょう。それらの部位を構成する材料や設備等の詳細な数量や単価が見積書には仕様別に記されています。従前の機能を維持するための修繕であれば、施工する部位の数量や仕様に大きな変更はなく、新築時の情報はそのまま再利用することができます。不動産管理の実務では新築時の見積書がないために新たに修繕時の設計図書から膨大な時間や費用を掛けて積算を行うことも多く、効率的な業務の妨げとなっていますが、見積書情報の継続的活用に関する理解があれば、早期に所有する不動産の計画的な管理計画を立案することも可能となります。

効率的な不動産管理のためにはコスト内訳の理解が重要

見積書の内訳書式は、非木造建築では「建築工事内訳書標準書式」という標準化されたものがあり、新築では工事区分に応じた「工種別」と建物部位に応じた「部分別」の2種類の科目集計方法が記されています。実務ではコンクリートや型枠、防水、塗装、内外装などの工種別に集計された書式が施工者の利便性が高いために多く使用されています。一方、発注者や建物管理者にとっては床や壁、天井などの部位に応じた科目の集計が、業務上より有益な情報となります。見積書の作成は現在ではパソコンを使用して作成するのが一般的であり、発注者としては部位別に実績データを管理して、今後のプロジェクトにフィードバックすることが重要と考えます。
不動産の調達に必要な建築工事費は、ターゲットコストとなる総工事費がまず対象となりますが、部位で考えると工事費は大きく分けて「仮設」「躯体」「外部仕上げ」「内部仕上げ」「電気設備」「空調設備」「衛生設備」「昇降機設備」「外構」「経費」という科目分類が成されています。これらの科目レベルの生産コストを不動産管理にフィードバックする視点は、不動産資産の長期修繕計画にも大きく役立ちます。
なお、本稿では大きくは触れませんが精緻にコストを管理する場合は、仮設や躯体、仕上げなどの科目を構成する資材や工事費の膨大な細目にも着目する必要があります。例えば躯体ならば、規格に応じたコンクリートや鉄筋などの材料、コンクリート打設や鉄筋加工組立などの施工費が細目のレベルとなります。見積書には施工に必要な全ての細目に関する数量や単価の情報が記述されていますが、その情報を発注者や建物管理者が施工者と同じ視点で管理することは困難です。しかし、重要な細目はデータを分析すると把握することもできます。図8と図9は筆者が発表した論文注4)からの抜粋ですが、RC造マンションの事例では、躯体の科目は全体の約20%の細目数、仕上げ関連の科目は全体の約15%~30%程度の細目数で科目金額の80%を推計することが確認できます。

(出所)橋本真一、志手一哉、堤洋樹、内藤海斗、岡本遥奈(2022)「工事費内訳書の主要細目データ活用と概算手法に関する一考察」『日本建築学会 第37回建築生産シンポジウム論文集』から引用

図8 細目率と科目工事費ウエイトの傾向(躯体)

(出所)橋本真一、志手一哉、堤洋樹、内藤海斗、岡本遥奈(2022)「工事費内訳書の主要細目データ活用と概算手法に関する一考察」『日本建築学会 第37回建築生産シンポジウム論文集』から引用

図9 細目率と科目工事費ウエイトの傾向(仕上)

つまり部位によるバラツキはありますが、科目の価格評価を精緻に行うには科目の中でも金額ウエイトの高い細目に着目し、その仕様や単価などの傾向を把握して精査することが効果的となります。
見積書の目的は総工事費を算定するだけではなく、その根拠となる数量や細目の仕様、単価などの生産情報を標準的な分類に応じて管理・評価することでもあります。設計図書だけでは表現できない詳細な技術情報にも着目して、新築と不動産管理とを連携させた情報の構築と活用はわが国のストックビジネスの貢献に大きく寄与するものと考えます。

注1) 参考文献:「Cost Planning of Buildings 4th」 著者 Douglas J. Ferry, Peter S. Brandon、和訳版「建築のコスト・プランニング」鹿島出版会、日本建築積算協会:監修、成澤潔水:訳、高橋照男:校閲

注2) JBCI(ジャパン・ビルディング・コスト・インフォメーション)は、(一財)建設物価調査会が有料で公表している契約価格の内訳科目を用途別に統計分析した情報であり、用途や規模に応じた工事費単価情報をインターネットで提供している。https://www.jbci.jp
本稿では建設物価調査会の許諾を得て著者の責任においてJBCIデータを独自にグラフに用いている。コラムに掲載されたJBCI関連の図表等の再利用や引用は禁ずる。

注3) 仮設は躯体に計上。諸経費は各科目に案分計上。

注4) 橋本真一、志手一哉、堤洋樹、内藤海斗、岡本遥奈(2022)「工事費内訳書の主要細目データ活用と概算手法に関する一考察」『日本建築学会 第37回建築生産シンポジウム論文集』より抜粋。

筆者プロフィール

(株)エムズラボ 代表取締役

橋本真一

株式会社エムズラボ
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(一財)建設物価調査会にて建設工事費や建設統計、国際比較等に関する調査研究に長年従事。並行して日本建築学会、日本建築積算協会等で建築コストや建築ストック等のマネジメントに関する研究にも参加。また、国土交通省等の官公庁や建築・不動産関連団体の各種委員会委員も歴任。2019年に建設物価調査会総合研究所部長を退職後、(株)エムズラボを設立して建築コストを主体としたコンサルティング業務に従事。
現在は芝浦工業大学非常勤講師、日本建築積算協会理事にも着任。
資格:一級建築士、一級建築施工管理技士、建築コスト管理士、建築積算士

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