渡辺弁護士 寄稿コラム 第2回 判例から学ぶ「建物売買におけるアスベスト使用状況の説明義務」

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目次

問題点と結論

【問題点】
地方公共団体である売主A市は、地下1階地上5階建てビルを売却しました。1階と4階のアスベスト調査を行い、アスベストが除去済みであると買主Xに説明しました。しかし、引渡後に他のフロアからアスベストが検出されたため、多額のアスベスト除去費用が買主に発生しました。売主には買主に対する責任があるのでしょうか。

【結論】
売主が買主に対してアスベストが除去済みであると誤った説明をした場合、売主には買主に対する責任があります。本事案は、売主が誤って説明したため、説明義務違反を認定し、損害賠償請求が認められた判決です。本判決は、不動産取引における重要な指針であり、売主の説明不足は重大な問題を引き起こす可能性を示しています。

東京高等裁判所の判決(2019年5月16日)

東京高等裁判所 2019年(令和元年)5月16日判決 
判時 461 号 58 頁

事案の概要

売主A市は2015年12月7日に、買主Xに5階建ての建物を約4億8,111万円で売却しました。売買契約には「隠れた瑕疵があっても責任を問わない」という免責条項がありました。
建物は1974年に新築され、労働福祉会館として使用されていましたが、2013年の耐震診断で強度不足が判明し、一般競争入札で売却されました。買主Xは新築マンション開発を目的として入札に参加しました。
不動産鑑定書には、鑑定評価額が土地価格から建物取壊し費用が差し引いて算定されていましたが、建物取壊し費用にはアスベストの除去費用は含まれておらず、また建築資材としてアスベストやPCB等が使用されている場合、これら有害物質の除去に別途費用が発生する旨が記載されていました。
売主A市は2005年と2008年に1階と4階のみアスベスト調査を行い、アスベスト除去済みであると説明していました。

図表1 事案ビルのイメージ図

2015年10月15日の内覧会で、買主Xの担当者がアスベストについて質問をした際、A市の担当者は「除去されているということです」と回答しました。
しかし、物件引渡し後の調査で他のフロアからアスベストが検出され、除去費用が約8,683万円かかることが判明しました。買主Xは売主A市に除去費用の負担を求めましたが、拒否されました。そこで、買主XはA市の説明義務違反によってアスベスト除去費用相当の損害を被ったとして損害賠償を求めて訴えを提起しました。
一審では買主Xの請求は認められませんでしたが、控訴審ではA市の説明義務違反が認められ、買主Xの損害賠償請求が認められました。

裁判所の判断

裁判所は、売主には買主に対して重要な情報を提供する信義則上の説明義務があるとし、売主A市の説明が不足していたことを認めました。具体的には、アスベストの除去が全て完了しているとの誤解を生じさせる説明があったことが問題視されました。

建物売買におけるアスベスト使用状況の説明

売主の説明義務

不動産売買において、売主は買主に対して重要な情報を提供する義務があります。特にアスベストのような健康に重大な影響を与える物質は、購入者に重大な不利益をもたらすおそれがあり、その契約に付随する信義則上の義務として、購入希望者に対し当該アスベスト内容については説明する義務があります。

アスベストについて

①使用状況と危険性

アスベスト(石綿)は、天然の繊維性ケイ酸塩鉱物の総称です。溶融点が高く(1300度程度)、熱絶縁性、耐薬品性に優れているうえ、耐久力があり、安価であることから、かつて広く建築資材として使用されましたが、健康被害を引き起こすため、2006年に日本では全面的に輸入・製造・使用が禁止されました。

②解体工事やリフォーム工事に対する規制

アスベストが使用された建物の解体やリフォームを行った際、アスベストが空中に飛散する可能性があり、その飛散による健康被害を防止するため、厳格な規制があります。特に近年、これらの規制は厳しくなっており、吹付けアスベスト(レベル1)およびアスベスト含有断熱材・保湿材・耐火被覆材(レベル2)のみでなく、2020年の大気汚染防止法改正によりその他のアスベスト含有建材<成形板材>(レベル3)(図表2参照)に属する建築材料も規制対象となり、建物の解体工事やリフォーム工事におけるアスベスト対策のルールが一層強化されました。

図表2 2020年(令和2年)大気汚染防止法改正

③アスベスト調査と売買時の説明

アスベスト除去には多額の費用がかかるため、売買前に調査を行い、その結果を正確に買主に伝える必要があります。一部のフロアのみを調査した場合、この点を売主は買主に明確に説明し、正しく情報提供を行う必要があります。
一般的にはビルやマンションは、各フロアがおおよそ同じ構造なので、多くの場合に同じ方法で施工されています。そのため、アスベスト調査についても各フロアについて調査実施するのではなく、サンプリングにより一部のフロアについてだけ行う方法を採用することが一般的です。本稿で紹介したケースでも1階と4階については調査され、あるいは対策が講じられており、他のフロアについてアスベスト調査がなされておりませんでした。
しかし、調査の結果は売主から買主に正しく情報提供されなければなりません。本件では、この点に関する説明不足が問われました。

まとめ

アスベストは深刻な健康被害をもたらすため、建物売買においてその使用状況を正確に説明することが求められます。売主は買主に対して正しい情報を提供し、誤解を招かないようにする責任があります。今回の東京高等裁判所の判決は、売主がアスベストの使用状況について不正確な説明を行った結果、売主の説明義務違反が認められたケースとして、今後の不動産取引における重要な指針となるでしょう。

他にも、アスベストに関しては、本稿で紹介した売主の説明義務のほか、さまざまな事案があります(図表3参照)。建物の売買やメンテナンスを行う企業は、アスベストの使用状況を把握し、適切に対応しなければならない重大な責任があることを再確認していただきたいと思います。

図表3 不動産取引におけるアスベスト関連の代表的な訴訟

判例年月日 責任の主体 法律構成 概要
東京地方裁判所
令和2年3月27日
2020WLJPCA03278030
売買契約の
売主
担保責任 マンション建築のための土地建物の売買において、解体予定の建物に石綿含有建材が使われていたことが瑕疵であるとして、損害賠償請求が認められた事例
福岡地方裁判所
令和2年9月16日
判時2485号47頁
雇用主 安全配慮
義務違反
ビルメンテナンス会社の従業員が、勤務場所でアスベスト粉じんにばく露して死亡したことについて、雇用主に対する損害賠償請求が認められた事例

執筆者

山下・渡辺法律事務所 代表弁護士

渡辺晋

第一東京弁護士会所属。2010年4月~2013年3月に最高裁判所司法研修所 民事弁護教官、2009年3月より国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長、2013年6月~2015年10月に司法試験考査委員、司法試験予備試験考査委員、2015年4月よりマンション管理士試験委員。2002年に山下・渡辺法律事務所を設立し、代表弁護士として民事事件を中心に法律事務(業務)を従事。著書に『不動産最新判例100』『不動産登記請求訴訟』(日本加除出版)、『建物賃貸借』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。

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