ニッセイ基礎研究所 寄稿コラム 東京不動産市場レポート(2024年10月時点)
目次
要旨
- 東京都心部では、多くの大規模開発計画が進行中である。Aクラスビルの新規供給は2025年が15万坪、2026年が13万坪となる見通しである。2027年は一旦落ち着くが、2028年は東京駅周辺などで複数棟の大規模ビルが竣工する予定であり、新規供給は10年ぶりに20万坪を超える見通しである。
- Aクラスビルの新規供給面積は高水準で推移するものの、人手不足等を背景としたオフィス環境整備に支えられた需要も底堅く、空室率は安定的に推移すると見込まれる。また、成約賃料(2023年=100)は、2024 年に「107」、2025年に「109」、2028年に「104」となる見通しである。
- 東京23区では、住宅着工戸数(借家・共同住宅)は2019年を底に増加しているが、人口の転入超過数も回復していることから、需給環境が悪化する懸念は小さく、マンション賃料は引き続き堅調に推移することが予想される。
- J-REITによる2024年(1~9月)の物件取得額(東京)は4,633億円(前年同期比+39%)となり、既に昨年の取得額(4,158億円)を上回った。アセットタイプ別では、都心部に所在する大型オフィスビルや賃貸マンション、ホテルの取得が複数確認された。
- 大規模金融緩和等を背景に不動産利回りの低下が継続している。J-REITの開示データをもとに、東京都心部に所在する大規模オフィスビルの還元利回り(以下、キャップレート)を推計すると、2023年は2.7%となり前年比▲0.1%低下した。同様に、住宅のキャップレートは3.1%(前年比▲0.2%)、商業は3.1%(同▲0.1%)、ホテルは3.8%(同▲0.1%)、物流施設は3.2%(同▲0.2%)となった。
- 日本銀行は、2024年7月の金融政策決定会合で、政策金利の引き上げ(0~0.1%⇒0.25%)と、国債買入れ減額を決定した。こうしたなか、10年国債利回りは5月下旬に11年ぶりの水準となる1%台に乗せるなど上昇基調で推移している。これまでキャップレートは大きく低下してきたが、今後は、金融政策正常化に伴うベース金利の上昇にあわせて反転に向かう可能性もあり、転換点の見極めについて注視が必要である。
東京都心部のオフィス開発計画
三鬼商事によれば、東京ビジネス地区(2024年9月時点)で「賃貸可能面積」が最も大きいエリアは、「港区(32.1%)」で、次いで「千代田区(28.9%)」、「中央区(17.8%)」となっている(図表-1)。現在、これらのエリアでは大規模開発計画が進行中である。以下では、「港区」・「千代田区」・「中央区」のオフィス開発計画を概観したい。
図表-1 東京ビジネス地区の区別オフィス面積構成比(2024年9月)
「港区」の開発計画
「港区」の「虎ノ門地区」では、赤坂1・2丁目で、森トラストとNTT都市開発が地上43階建ての「赤坂トラストタワー」(延床面積約22万㎡)を開発中で、2024年8月に第1期竣工、2025年10月に第2期竣工予定である[1](図表-2 ①)。また、虎ノ門2丁目の虎ノ門病院跡地で、都市再生機構と国家公務員共済組合連合会が地上38階建ての「虎ノ門アルセアタワー」(延床面積約18万㎡)を開発中で、2025年2月に竣工予定である(図表-2 ②)。同プロジェクトでは、保留床取得者として日鉄興和不動産、第一生命保険、関電不動産開発、東京ガス不動産、九州旅客鉄道、大成建設の6社が参画している。[2]
また、赤坂二・六丁目地区の東街区では、三菱地所とTBSホールディングが地上40階建ての複合ビル(延床面積約17万㎡)を開発中で、2028年に竣工予定である。[3]隣の西街区では、ホテルや商業施設が入居する劇場ホール(地上18階建て・延床面積約4万㎡)を開発中である(図表-2 ③)。
「三田・高輪地区」では、芝浦1丁目の浜松町ビルディング跡地に、野村不動産と東日本旅客鉄道が「BLUE FRONT SHIBAURA」(S棟:地上43階建て・2025年2月竣工予定、N棟:地上45階建て・2030年度竣工予定)を開発中で、延床面積は合計で約55万㎡に達する計画である[4](図表-2 ④)。
高輪2丁目では、JR東日本が「TAKANAWA GATEWAY CITY」を開発中で、複数のオフィスビルが竣工予定である[5](図表-2 ⑤)。2025年3月に「THE LINKPILLAR1」[South棟(地上30階建て)・North棟(地上29階建て)]が竣工予定で、延床面積は約46万㎡に達する見通しである。その後も、2025年度中に地上31階建て「THE LINKPILLAR2」(延床面積約21万㎡)が竣工予定である。
また、浜松町2丁目では、世界貿易センタービルディングと鹿島建設、東京モノレール、JR東日本が「世界貿易センタービル本館」の建て替えを行っており、地上46階建ての複合ビル(延床面積約30万㎡)が2027年3月に竣工予定である。[6]同ビルの36階~46階には「ラッフルズ東京」が2028年に開業予定である[7](図表-2 ⑥)。
図表-2 「港区」におけるオフィス開発計画
虎ノ門地区
三田・高輪地区
[1]NTT都市開発HP:事業案内「赤坂トラストタワー」
[2]日鉄興和不動産株式会社・第一生命保険株式会社・関電不動産開発株式会社・東京ガス不動産株式会社・九州旅客鉄道株式会社・大成建設株式会社「虎ノ門アルセアタワー(虎ノ門二丁目地区第一種市街地再開発事業 業務棟)ビジネス&ライフの両面を支えるワーカーサポート施設の概要決定」(2024年5月8日)
[3]三菱地所株式会社・株式会社 TBS ホールディングス 「赤坂エリアの新たなランドマークとなる2棟の建物が2028年に誕生 赤坂二・六丁目地区開発計画新築工事着手/民間都市再生事業計画に認定」(2024年3月13日)
[4]「BLUE FRONT SHIBAURA」HP
[5]「TAKANAWA GATEWAY CITY」HP
[6]株式会社世界貿易センタービルディング・鹿島建設株式会社・東京モノレール株式会社・東日本旅客鉄道株式会社「世界貿易センタービルディング建替えプロジェクト2027年より順次開業へ」(2024年7月22日)
[7]東京建物株式会社・株式会社世界貿易センタービルディング・アコーホテルズ「世界貿易センタービルディング建替えプロジェクト アコーホテルズの最高級ラグジュアリーブランド「ラッフルズ」日本初進出決定」(2024年7月22日)
「千代田区」の開発計画
「千代田区」では、内幸町一丁目街区では、都心最大となる総延床面積約110万㎡の開発プロジェクトが進行中である。同街区の南地区では、第一生命保険、中央日本土地建物、東京センチュリー、東京電力パワーグリッドが、地上43階建ての「サウスタワー」(延床面積約31万㎡)を開発中で、2028年度に竣工予定である。
また、中地区では、NTT都市開発・公共建物・東京電力パワーグリッド・三井不動産が地上46階建ての「セントラルタワー」(延床面積約37万㎡)を開発中で、2029年度に竣工予定、北地区では、帝国ホテルと三井不動産が地上46階建ての「ノースタワー」(延床面積約27万㎡)を開発中で、2030年度に竣工する予定である[8](図表-3 ①)。
また、大手町2丁目では、三菱地所が地上62階建ての「Torch Tower(B棟)」(延床面積55万㎡)を開発中で、2028年3月に竣工予定である[9](図表-3 ②)。同ビルは、前述の「麻布台ヒルズ森JPタワー」を超えて日本一の高さ385mとなる計画である。
「中央区」の開発計画
「中央区」では、八重洲1丁目で東京建物が、地上51階建ての複合ビル(延床面積約23万㎡)を開発中で、2026年2月に竣工予定である[10](図表-3 ③)。また、東京建物、東京ガス不動産、大成建設、明治安田生命保険は、「八重洲一丁目北地区」の南街区で地上44階建ての複合ビル(延床面積約19万㎡)を開発予定で、2028年度までに完成予定である[11](図表-3 ④)。
また、日本橋1丁目で、三井不動産と野村不動産が、MICE施設を含む地上52階建ての複合ビル(延床面積約37万㎡)を開発中で、2026年度に竣工予定である[12](図表-3 ⑤)。
図表-3 「千代田区」・「中央区」におけるオフィス開発計画
東京駅周辺
新橋・内幸町周辺
[8] 「TOKYO CROSS PARK構想」HP
[9] 三菱地所株式会社「「Torch Tower」新築工事着工」(2023年9月27日)
[10] 東京建物HP「東京駅前八重洲一丁目東B地区第一種市街地再開発事業」
[11] 東京建物「東京駅至近の日本橋川沿いエリアに大規模複合施設を整備「八重洲一丁目北地区第一種市街地再開発事業」権利変換認可のお知らせ」(2023年9月15日)
[12] 三井不動産株式会社・野村不動産株式会社「「日本橋一丁目中地区第一種市街地再開発事業」着工」(2021年12月7日)
東京都心部Aクラスビル市場
空室率および賃料の動向
東京都心部Aクラスビルの空室率は、2024年に入り、これまでの上昇基調に歯止めがかかっている。2024年第3四半期は6.4%(前期比+0.7ppt、前年同期比▲0.3ppt)となった。
Aクラスビルの成約賃料(オフィスレント・インデックス[13])は、2023年第4四半期以降、上昇に転じ、2024年第3四半期は26,796円(前期比+0.0%、前年同期比+8.7%)となった(図表-4)。
図表-4 都心部Aクラスビルの空室率と成約賃料
Bクラスビル及びCクラスビルについては、空室率が改善し、成約賃料は回復に向かっている。2024年第3四半期の空室率はBクラスビルで3.5%(前期比▲0.3ppt、前年同期比▲1.3ppt)、Cクラスビルで4.0%(前期比▲0.1ppt、前年同期比▲0.5ppt)となり(図表-5)、成約賃料はBクラスビルで19,432円(前期比+0.7%、前年同期比+7.2%)、Cクラスビルで18,044円(前期比▲2.5%、前年同期比+10.4%)となった(図表-6、図表-7)。
賃料と空室率の関係を表した「賃料サイクル」[14]をみると、東京オフィス市場は2020年第3四半期以降、「空室率上昇・賃料下落」の局面が継続していたが、現在は「空室率低下・賃料上昇」局面に向かいつつある(図表-8)。
図表-5 東京都心部の空室率
図表-6 東京都心部の成約賃料
図表-7 東京都心部の成約賃料(前年同期比)
図表-8 東京都心部Aクラスビルの循環図
エリア別の空室率(2024年9月時点)を確認すると、「千代田区2.6%」(前年同月比▲0.9ppt)、「渋谷区3.9%」(同▲0.3ppt)、「新宿区4.5%」(同▲0.8ppt)、「中央区5.9%」(同▲0.8ppt)、「港区6.0%」(同▲3.1ppt)となり、全ての区で低下した(図表-9・左図)。
募集賃料は、「港区(前年同月比+0.1%)」、「中央区(同+1.4%)」、「千代田区(同+1.4%)」、「新宿区(同+2.7%)」、「渋谷区(同+8.3%)」となり、全ての区で上昇した(図表-9・右図)。
図表-9 東京ビジネス地区の地区別空室率・募集賃料の推移(月次)
<空室率>
<募集賃料(2013.1=100)>
[13]三幸エステートとニッセイ基礎研究所が共同で開発した成約賃料に基づくオフィスマーケット指標。
[14]賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、①空室率低下・賃料上昇→②空室率上昇・賃料上昇→③空室率上昇・賃料下落→④空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。
東京都心部Aクラスビル市場の需要見通し
オフィスワーカー数の動向
総務省「労働力調査」によれば、東京都の就業者数は、増加傾向で推移しており、2024年第2四半期は843.5万人(前年同期比+1.7万人)となった(図表-10・左図)。
就業者を産業別にみると、2018年第1四半期を100とした場合、都心5区のオフィスワーカーの割合が高い「情報通信業」が133、「学術研究,専門・技術サービス業」が121、となり、全体(107)を上回るペースで増加している(図表-10・右図)。
図表-10 東京都の就業者数
就業者数(全体)
産業別 就業者数
内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「関東地方」の「従業員数判断BSI」(全産業) は、2020年第2四半期に▲15.7ポイント低下した後、回復が続いている。2024年第2四半期は+24.1となり、コロナ禍前の水準(+20.3)を大きく上回った(図表-11)。業種別にみても、「製造業」・「非製造業」ともに回復しており、2024年第2四半期は「製造業」が+15.1、「非製造業」が+28.2となった。オフィスワーカーの割合の高い「非製造業」は、人手不足感がより強いと言える。
図表-11 従業員数判断BSI(関東地方)
テレワークの普及がオフィス需要に及ぼす影響
新型コロナウィルス感染拡大への対応で、東京では「在宅勤務」が急速に普及した。都内企業のテレワーク(在宅勤務)実施率をみると、2023年4月以降、40%台で推移しており、2024年7月は44%となった。テレワーク実施率は、コロナウィルス感染拡大時と比べて低下したものの、一定の水準を維持している(図表-12)。
公益財団法人日本生産性本部「第15回働く人の意識に関する調査」によれば、「自宅での勤務で効率が上がったか」との質問に対し、効率が向上(「効率が上がった」と「やや上がった」の合計)したとの回答は、34%(2020年5月)から79%(2024年7月)へと2倍以上に増加した。また、「今後もテレワークを行いたいか」との質問に対し、テレワークを行いたい意向(「そう思う」と「どちらか言えばそう思う」の合計)は、62%(2020年5月)から79%(2024年7月)へ増加した。今後もテレワークを取り入れた働き方を希望する就業者は多いと言える。
また、東京都産業労働局「東京都 多様な働き方に関する実態調査(テレワーク)」(2023年11月実施)によれば、テレワーク導入企業を対象に、テレワーク導入目的をたずねたところ、「非常時(新型コロナウイルス、地震等)の事業継続対策(88%)」との回答が多く、次いで「従業員の通勤時間、勤務中の移動時間の削減(42%)」、「育児・介護中の従業員への対応(40%)」、「生産性の向上(31%)」との回答が多かった(図表-13)。企業も、BCP対応や介護離職の防止等の観点から、テレワークの導入にメリットを感じているようだ。
以上の状況を鑑みると、「テレワーク」を取り入れたフレキシブルな働き方の推進は、今後も継続することが予想される。
図表-12 都内企業のテレワーク実施率
図表-13 テレワークの導入目的者数
企業のオフィスの利用形態も、「テレワーク」を取り入れたフレキシブルな働き方に即した形に変更されつつある。日経BP総合研究所イノベーションICTラボ「ワークスタイルに関する動向・意向調査」(2024年4月時点)によれば、机と座席の配置形態にたずねたところ、フリーアドレス[15]を利用できるとの回答[16]が51%に達した。テレワークの導入とともに、固定席の割合を減らしてフリーアドレスを採用する企業が増えている模様だ。
ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査2024春」によれば、「今後増設・新設したスペース」について、「会議室(個室)」(25.0%)との回答が最も多く、次いで「リモート会議用ブース」(24.9%)、「フリーアドレス席」(17.3%)、「リフレッシュルーム」(15.1%)、「オープンなミーティングスペース」(14.3%)の順に多かった(図表-14)。リモート会議用ブースや会議室の設置など、テレワークへの対応とともに、ミーティングスペースやリフレッシュルーム等を充実させる企業は多い。テレワークが浸透するなか、「従業員がコミュニケーションを図り共創する場」としてのオフィスの重要性が再認識されている。
このように、オフィス出社とテレワークを前提とした働き方の多様化を進んだ結果、「レンタルオフィス」[17]や「シェアオフィス」[18]、「コワーキングスペース」[19]等の「サードプレイスオフィス」を利用するケースが増えている。
東京都産業労働局「東京都 多様な働き方に関する実態調査(テレワーク)」(2023年11月実施)によれば、テレワーク導入企業を対象に、テレワークの形態をたずねたところ、「サテライトオフィス(専用型)[20]」との回答は7%、「サテライトオフィス(共用型)[21]」は12%であった。また、従業員数の多い企業ほど「サテライトオフィス」を導入している割合は増加し、「従業員数1000人以上の企業」では、「サテライトオフィス(専用型)」との回答は16%、「サテライトオフィス(共用型)」は28%に達している(図表-15)。
図表-14 今後増設・新設したいスペース
図表-15 テレワークの形態
「働き方」に関するアンケート調査を行った先行研究[22]によれば、ワークライフにおけるウェルビーイング(幸福感)の高い就業者のグループは、「働く場所を選択できる」職場や、「多様性が重視される」職場で働いている傾向がみられた(図表-16)。企業経営においてウェルビーイングの重要性が高まるなか、「サードプレイスオフィス」を活用し、従業員の働く場所の選択肢を広げる企業は増えることが予想される。
弊社の調査[23]によれば、市区町村別にみた「サードプレイスオフィス」の拠点数は、「港区」(261拠点)が最も多く、次いで「千代田区」(210拠点)、「渋谷区」(179拠点)が多かった。「中央区」と「新宿区」も100拠点を超えており、東京都心5区合計で、全国の約4分の1(24%)を占めている。
テレワークを取り入れた働き方が定着するなか、「サードプレイスオフィス」市場の拡大が見込まれ、引き続き都心5区のオフィス需要を下支えすると考えられる。
[15]従業員が固定した自分の座席を持たず、業務内容に合わせて就労する席を自由に選択するオフィス形式。
[16]「フリーアドレスを導入している(固定席はない)」(36%)と「フリーアドレスを利用でき、それとは別に固定席もある」(15%)の合計
[17] 会議室などを共用部分に設置して共有し、専用の個室をそれぞれ持つ、いわば合同事務所のようなオフィス形態。
[18]フリーアドレスでデスクを共有して利用するオフィス形態。
[19] オープンなワークスペースを共用し、各自が自分の仕事をしながらも、自由にコミュニケーションを図ることで情報や知見を共有し、協業パートナーを見つけ、互いに貢献しあう「ワーキング・コミュニティ」の概念およびそのスペース(コワーキング協同組合による定義)。
[20]自社・自社グループ専用として利用され、従業員が営業活動で移動中、あるいは出張中などに立ち寄って就業できるオフィススペース
[21] 複数の企業がシェアして利用するオフィススペース。シェアオフィス、コワーキングスペースなど。
[22]第25回日本オフィス学会 ワークスタイル研究部会報告「これからの時代の「働く」を捉えるために」
[23]吉田資『わが国のサードプレイスオフィス市場の現況 -2023年-(1)~東京23区での集積が進む一方、主要政令指定都市以外の割合も4割に達する』ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2023 年11 月30日
企業のオフィス環境整備の方針
ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査2024春」によれば「オフィス施策を実施する上で重視すること」は、「生産性の向上(69%)」との回答が第1位となり、次いで「従業員の満足度向上(64%)」と「従業員のモチベーション向上(56%)」が多かった(図表-17)。
コロナ禍前と比較して、「生産性の向上(2019年56%⇒2024年69%)」や「従業員の満足度向上(同28%⇒69%)」、「社内のコミュニケーション活性化(同41%⇒51%)」、との回答が大幅に増加している。
一方、「オフィスコストの削減(2019年31%⇒2020年44%⇒2024年37%)」や「業務の効率化(2019年47%⇒2020年56%⇒2024年52%)」との回答は、コロナ禍を受けて大幅に増加した後、減少傾向で推移している。
オフィス環境の整備において、コスト削減や業務効率への意識は依然として高いものの、その優先度は低下している。一方、従業員満足度の向上やコミュニケーションの活性化に重点がシフトしている模様だ。
図表-17 オフィス施策を実施する上で、重視すること
また、環境性、快適性、健康性に優れたオフィスビル(ESG不動産)への関心は高まっている。国土交通省「環境性、快適性、健康性に優れたオフィスビルに関する国内アンケート調査」(2019年4月)によれば、テナント入居者に、賃料(価格)や立地といった条件の他に、入居する不動産のESGにどの程度配慮しているかという設問に対して、「配慮している」(「ある程度配慮している(62%)」と「大いに配慮している(13%)」の合計)との回答が約7割を占めた(図表-18)。また、入居時にESGに配慮する理由として、「従業員の労働環境の改善(従業員の満足度向上)につながる(期待されるため)ため」との回答が最も多く、7割弱を占めた(図表-19)。
人手不足等を背景に、従業員の満足度向上等が重要視されるなか、施設利用者の快適性や健康性に配慮したワークプレイスの構築が続くと考えられる。
図表-18 入居時におけるESGに対する配慮の程度
図表-19 入居時にESGに配慮する理由
Aクラスビルの新規供給見通し
三幸エステートの調査によれば、2024年の新規供給量は約6万坪となり、港区虎ノ門地区で複数棟の大規模ビルが竣工した2023年(約19万坪)の1/3程度の水準に留まる見通しである。
2025年以降、港区高輪地区等で大規模開発計画が進行中であり、2025年は約15万坪、2026年は約13万坪に増加する見通しである。2027年は一旦落ち着くが、2028年は、東京駅周辺などで複数棟の大規模ビルが竣工する予定であり、新規供給は約22万坪に達し、10年ぶりに20万坪を超える見通しである(図表-20)。
図表-20 東京都心部Aクラスビル新規供給見通し
Aクラスビルの空室率および成約賃料の見通し
東京都の就業者数は、情報通信業等を中心に増加し、オフィスワーカーの割合の高い非製造業では人手不足感が強いことから、東京都心部の「オフィスワーカー数」が大幅に減少する懸念は小さい。今後、採用強化による従業員の増加等に伴い、オフィス面積を拡張する企業の増加が予想される。[24]
一方、「テレワーク」を取り入れた働き方に対応すべく、オフィス戦略を見直す動きは継続すると考えられる。フリーアドレスを導入して固定席の割合を減らし、ミーティングスペースを充実させる等、フレキシブルな働き方に即したオフィスの利用形態が増加するだろう。また、働き方の多様化が進むなか、「サードプレイスオフィス」市場の拡大も見込まれる。
オフィス環境の整備において、コスト削減や業務効率への意識は依然として高いものの、その優先度は低下している。一方、従業員満足度の向上やコミュニケーションの活性化に重点がシフトしている。施設利用者の快適性や健康性に配慮したワークプレイスの構築は続くと考えられ、立地改善や建物設備のグレートアップを図る企業の増加が見込まれる。
以上の状況を踏まえると、都心5区のオフィス需要は底堅く推移する見通しである。
こうしたなか、都心5区では、多くの大規模開発が進行中である。2024年は、新規供給が一旦落ち着くものの、2028年は20万坪を超える大量供給が予定されている。
以上を鑑みると、東京都心部Aクラスビルの空室率は、2024年にやや改善した後、6%付近で推移することが予想される(図表-21)。Aクラスビルの新規供給面積は高水準で推移するものの、人手不足等を背景としたオフィス環境整備に支えられた需要も底堅く、空室率は安定的に推移すると見込まれる。また、成約賃料(2023年=100)は、2024年に「107」、2025年に「109」、2028年に「104」となる見通しである(図表-22)。
図表-21 東京都心部Aクラスビルの空室率見通し
図表-22 東京都心部Aクラスビルの成約賃料見通し
[24] ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査2024春」によれば、東京23区に所在する企業に「今後のオフィス面積の意向」をたずねた所、「拡張(19%)」との回答が「縮小(6%)」を大きく上回っている。
東京の賃貸マンション市場
東京23区の転入超過数・住宅着工数の動向
まず、賃貸マンションの需要を見通すうえで重要となる人口の転入超過数を確認する。
総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」によると、東京23区の転入超過数(日本人)は、2021年(▲7,983人)を底に回復している。2024年(1月~8月累計)の転入超過数は前年同期比∔18%増加の55,042人となった(図表-23)。
次に、住宅着工戸数(貸家・共同住宅)の動向を確認する。国土交通省「建築着工統計調査」によれば、東京23区の住宅着工戸数は、2019年を底に増加している。2024年(1月~8月累計)は、約3.6万戸(2023年の68%水準)となり、前年と概ね同水準で推移している(図表-24)。
図表-23 主要都市の転入超過数(日本人)
図表-24 主要都市の住宅着工戸数
(貸家・共同住宅)
東京の建築コストの動向
住宅着工等に影響を与える建築コストの動向を確認する。建設物価調査会「建築費指数」によれば、東京の「集合住宅(RC造)」の建築費は、長期的に上昇基調で推移している。2024年9月は前年比+6%上昇の「124.9」となった(図表-25)。
国土交通省「建設労働需給調査」によれば、建設業の労働需給を示す「建設技能労働者過不足率」(関東)は、コロナ禍後、概ね「人手不足」で推移しており、2024年8月は「+1.5」となった(図表-26)。
図表-25 主要都市の「集合住宅(RC造)」
建築コスト(2015年=100)
図表-26 建設技能労働者過不足率(関東)
東京の賃貸マンション賃料の動向
東京23区のマンション賃料は、概ね堅調に推移している。三井住友トラスト基礎研究所・アットホームによると、2024年第2四半期は前年比でシングルタイプが+4.9%、コンパクトタイプが+3.4%、ファミリータイプが+1.1%となった。(図表-27)。
このように、東京23区では、住宅着工戸数(借家・共同住宅)は2019年を底に増加傾向にあるものの、建築コストの高騰が下押し要因となり、大幅に増加する可能性は低いと見込まれる。また、人口の転入超過数も回復していることから、需給環境が悪化する懸念は小さく、マンション賃料は引き続き堅調に推移することが予想される。
図表-27 東京23区のマンション賃料
東京の不動産投資市場
東京の地価動向
東京の地価は、商業地、住宅地ともに上昇している。国土交通省「地価LOOKレポート(2024年第2四半期)」によると、銀座中央(商業地)は前年比「3~6%」、番町(住宅地)は前年比「0~3%」の上昇となった(図表-28)。同レポートでは、「商業地では、外国人観光客の増加等に伴い、飲食や物販テナントの出店意欲は強いことから、収益不動産への需要は強く、地価が上昇している。住宅地でも、国内外の富裕層等からの底堅い住宅需要や周辺地域の開発期待を背景に、マンション開発素地に対するデベロッパーの取得意欲は強く、地価が上昇している」としている。
図表-28 東京の地価動向(地価LOOKレポートより)
銀座中央(商業)
総合評価 | 3〜6%上昇(前期3〜6%上昇) | ||||||
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鑑定評価員コメント | 当地区は日本を代表する商業地であり、当期においても近年増加している訪日外国人観光客による消費が活発な状況で、ラグジュアリーブランドや宝飾品、高級時計等の高額商品を扱う百貨店や商業施設の好調ぶりは、これまでの売上を凌ぐ勢いが続いている。賃貸市場では、路面店については好条件の供給物件が希少になりつつあり、物販や飲食店舗による出店意欲も強まる傾向が見られる。また、空室が長期化していた規模が大きい区画や中心部以外の物件についても好条件で成約する事例が見られる等、店舗賃料は上昇傾向で推移している。取引市場では、売り物件の供給が少ない状況であるが、買い手側による当地区への選好性や開発期待が非常に高く、取引利回りは横ばいとなったものの、市場に供給された物件には多様な需要者が見込めることから、取引価格の上昇傾向が続いており、当期の地価動向は上昇で推移した。
今後については、当面はインバウンドによる好調な商況が見込まれるほか、当地区の主要通り沿いで建替計画が進捗し、将来的に街並みの更新が進むことにより、外縁部も含めた地区全体の更なる底上げが期待されている。また、物件供給が少ないなかで当地区の不動産に対する取得需要は強い状況が続いており、賃貸需要とともに、このような需給関係が当面継続すると見込まれることから、将来の地価動向は上昇で推移すると予想される。 |
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路線、最寄駅、地域の利用状況など地区の特徴 | 銀座四丁目交差点周辺、東京メトロ銀座線の銀座駅に近接し、中央通り沿いを中心に専門店や飲食店、百貨店等の高層ビルが建ち並ぶ繁華性の極めて高い高度商業地区。 | ||||||
詳細項目の動向 △:上昇・増加 □:横ばい ▽:下落・減少 |
取引価格 | 取引利回り | オフィス 賃料 |
店舗賃料 | マンション 分譲価格 |
マンション 賃料 |
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△ | □ | □ | △ | ‐ | ‐ | ||
詳細項目の動向 △:上昇・増加 □:横ばい ▽:下落・減少 |
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取引価格 | 取引利回り | オフィス賃料 | |||||
△ | ▽ | △ |
番町(住宅)
総合評価 | 0〜3%上昇(前期0〜3%上昇) | ||||||
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鑑定評価員コメント | 当地区は東京都心部に位置する住環境及び立地条件が優れた国内有数の高級住宅地域であり、エリアとしての選好性が高い地域である。新築分譲マンションは竣工前に高値で完売する等、販売状況は依然として好調であり、中古マンションについても、人気の高いブランドを中心に底堅い購入需要を維持している。堅調なマンション市場や建築費の上昇等を背景に、当地区のマンション分譲価格は、当期も引き続き高水準の上昇傾向で推移している。当地区は国内や中華圏を中心とした海外の富裕層からの自己使用目的のマンション需要が中心であり、法人投資家等が主導する投資用マンションの取引が少ないエリアである。賃貸マンションについては、供給が少ない一方で、ファミリー層を中心とした需要は旺盛であることから、空室率は当期も低く、賃料も高水準で推移し上昇傾向を維持している。マンション開発素地については当地区の立地特性から供給は限定的であり、デベロッパーによる需要は競合する状態が続いているため、取引利回りは概ね横ばいとなったものの低水準を維持しており、取引価格の緩やかな上昇傾向は続いていることから、当期の地価動向はやや上昇で推移した。
当地区は国内外の富裕層からの根強い住宅需要や周辺で見込まれる開発への期待感を背景に、デベロッパーによるマンション開発素地の需要は強い状況が続いている。また当地区では、マンション開発素地の供給は限定的で競合が続くと見込まれることから、将来の地価動向はやや上昇で推移すると予想される。 |
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路線、最寄駅、地域の利用状況など地区の特徴 | JR中央線の市ヶ谷駅、東京メトロ有楽町線の麹町駅等から徒歩圏。高層のマンションを主体としつつ、駅前商業地域の影響を受けて事務所、店舗等も混在する住宅地区。 | ||||||
詳細項目の動向 △:上昇・増加 □:横ばい ▽:下落・減少 |
取引価格 | 取引利回り | オフィス 賃料 |
店舗賃料 | マンション 分譲価格 |
マンション 賃料 |
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△ | □ | ‐ | ‐ | △ | △ | ||
詳細項目の動向 △:上昇・増加 □:横ばい ▽:下落・減少 |
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取引価格 | 取引利回り | オフィス賃料 | |||||
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J-REITによる物件取得額(東京都)
J-REITによる2024年(1月~9月)の物件取得額(東京都)は4,633億円(前年同期比+39%)となり、既に昨年の取得額(4,158億円)を上回った(図表-29)。アセットタイプ別では、オフィス(40%)・住宅(29%)・ホテル(17%)・物流施設(9%)・商業施設(5%)となり、都心部に所在する大型オフィスビルや賃貸マンション、ホテルの取得が複数確認された。
図表-29 J-REITによる物件取得額(東京都)
東京のキャップレートの動向
大規模金融緩和等を背景に不動産利回りの低下が継続している。J-REITの開示データをもとに、東京都心部に所在する大規模オフィスビルの還元利回り(以下、キャップレート)を推計すると、2023年は2.7%となり前年比▲0.1%低下した(図表-30)。
同様に、住宅のキャップレートは3.1%(前年比▲0.2%)、商業は3.1%(同▲0.1%)、ホテルは3.8%(同▲0.1%)、物流施設は3.2%(同▲0.2%)となった。
図表-30 東京のキャップレート推移
日本銀行は、2024年7月の金融政策決定会合で、政策金利の引き上げ(0~0.1%⇒0.25%)と、国債買入れ減額を決定した。こうしたなか、10年国債利回りは5月下旬に11年ぶりの水準となる1%台に乗せるなど上昇基調で推移している。これまでキャップレートは大きく低下してきたが、今後は、金融政策正常化に伴うベース金利の上昇にあわせて反転に向かう可能性もあり、転換点の見極めについて注視が必要である。
寄稿者
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員
吉田 資 よしだ たすく
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三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など。一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)
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