ニッセイ基礎研究所 寄稿コラム 札幌不動産市場レポート(2024年12月時点)

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目次

要旨

  • 札幌中心部では大規模な再開発が複数計画されている。2024年から2026年にかけて、年間約1万坪の新規供給が予定されている。総ストック量に対する今後3年間(2024年~2026年)の供給割合は4.6%となり、主要地方都市の中で福岡市(7.5%)に次いで高い水準となる見込みである。
  • オフィスビル成約賃料は、ファンドバブル期のピーク水準(2007年)を大きく上回り、高値圏にある。今後は新規供給の増加に伴う需給緩和の影響を受けて、下落に転じる見通しである。2023年の賃料を100とした場合、2024年は「98」、2028年は「86」への下落を予想する。ただし、2021年の賃料と同水準を維持し、大幅な賃料下落には至らない見通しである。
  • 札幌市では、住宅着工戸数(借家・共同住宅)は一定水準で安定推移しており、人口の転入超過が継続していることから、需給環境が悪化する懸念は小さく、マンション賃料は引き続き堅調に推移することが予想される。
  • J-REITによる2024年(1-9月)の物件取得額(北海道)は413億円(前年同期比▲6%)となった。インバウンド需要の拡大を背景に、大型ホテルの取得が複数確認された。
  • 大規模金融緩和等を背景に、札幌においても不動産利回りが低下している。J-REITの開示データをもとに、札幌市に所在する大規模オフィスビルの還元利回り(以下、キャップレート)を推計すると、2023年は、前年比▲0.2ppt低下の3.7%となった。同様に、住宅のキャップレートは4.2%(前年比▲0.2ppt)、商業は4.5%(同±0.0ppt)、ホテルは4.7%(同±0.0ppt%)、物流施設は4.7%(同▲0.2ppt)となった。
  • 札幌は、容積緩和等の施策を背景に複数の大規模開発が進行中であり、投資家からの成長期待も大きいエリアである。しかし、今後は、金融政策正常化に伴うベース金利の上昇にあわせてキャップレートが反転に向かう可能性もあり、転換点の見極めについて注視が必要である。

札幌中心部のオフィス開発計画

日本不動産研究所「全国賃貸オフィスストック調査(2024年1月時点)」によれば、札幌市は、新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルの割合が24%と、福岡市(25%)や大阪市(24%)と並んで高い水準にある。札幌市では、札幌オリンピック(1972年)の時期に竣工したビルが多く、築年数が経過したビルの割合が高水準となっている。

こうした状況を踏まえ、札幌市は、都心部を対象地域とした「都心における開発誘導方針[1]」等を策定し、容積緩和やビルの建て替えに関する補助制度を策定した。また、将来的には、北海道新幹線の全線開通(札幌駅までの延伸)が予定されていることから、札幌中心部では大規模な再開発が複数計画されている。以下では、「札幌駅周辺」と「大通駅周辺」のオフィス開発計画を概観する。

「札幌駅周辺」のオフィス開発計画

「札幌駅周辺」では、2023年5月に、「北3西4街区」で地上13階建て(延床面積約1.6万㎡)の複合ビル「D-LIFEPLACE 札幌」が竣工した(図表-1 ①)。また、清水建設は「北6西1街区」で「The Link Sapporo」(延床面積約1.8万㎡・地上13階建て)を開発し、2023年8月に竣工した(図表-1 ②)。翌2024年は、サッポロ不動産開発が、「北4東4街区」で「創成クロス」(延床面積約1.4万㎡・地上8階建て)を開発し、2024年5月に竣工、8月に開業した[2](図表-1 ③)。

今後も、「札幌駅周辺」では大規模開発が相次ぐ。ヒューリックは、「ヒューリック札幌 NORTH33 ビル」と「ヒューリック札幌ビル」をⅠ期工事・Ⅱ期工事として段階的に建て替えを行い、大型複合施設「ヒューリックスクエア札幌」を開発中である。Ⅰ期工事は、2022年8月に完了し、地上11階建てのオフィスビル(延床面積約1.1万㎡)が開業した。Ⅱ期工事では、ホテル等が入る複合ビル(地上20階建て・延床面積約3.3万㎡(施設全体))が2025年6月に竣工予定である[3](図表-1 ④)。

また、NTT都市開発は、「北1西5街区」の北海道放送(HBC)本社跡地で、高級ホテルや商業施設などが入る地上26階建ての複合高層ビルを建設中で、2026年6月に竣工予定である[4](図表-1 ⑤)。「西武百貨店札幌店」の跡地を含む「北4西3街区」では、ヨドバシホールディングスや平和不動産を中心に、地上32階建ての大型複合ビル(延床面積約20万㎡・高さ165m)を建設する計画で、2028年度の完成予定である[5](図表-1 ⑥)。

また、JR札幌駅の東側に隣接する「北5西1・西2地区」では、札幌市所有の「西1地区」とJR北海道グループが所有する商業施設「エスタ」の「西2地区」を一体開発する計画が進んでおり、遅くとも2030年度の完成を目標としている。当初の計画では北海道で最も高い地上43階建ての高さ245メートルとする規模であったが、縮小する方向で検討しており、2024年度中に方針を決定するとしている[6](図表-1 ⑦)。

図表-1 「札幌駅周辺」におけるオフィス開発計画

(出所)新聞・雑誌記事、各社公表資料を基にニッセイ基礎研究所作成

「大通駅周辺」のオフィス開発計画

「大通駅周辺」では、桂和商事が、大通西3丁目に「桂和大通ビル51」(延床面積約1.0万㎡・地上14階建て)を開発し、2023年11月に竣工した。(図表―2 ①)。また、北陸銀行と北海道銀行が、大通西2丁目の北陸銀行札幌支店跡地に、「ほくほく札幌ビル」(延床面積約1.7万㎡・地上13階建て)を開発し、2024年2月に竣工した[7](図表-2 ②)。

2025年以降も、再開発計画が複数予定されている。鹿島建設は、「南1西4街区」の「4丁目プラザ」跡地に、地上13階建てのオフィス・商業複合ビル(延床面積約1.9万㎡)を開発し、2025年1月に竣工予定である[8](図表-2 ③)。

また、札幌駅前通と大通が交差する「大通西4南地区」では、平和不動産が「道銀ビルディング」と道銀ビル西側に隣接する「新大通ビルディング」を一体開発し、高級ホテルやオフィスを併設した複合ビル(地上36階建て・延床面積約10万㎡・高さ185m)を建設し、2028年度の開業を予定している[9](図表-2 ④)。

2028年度は、「札幌駅周辺」の「北4西3街区」(延床面積約20万㎡)と「大通駅周辺」の「大通西4南地区」(延床面積約10.0万㎡)の竣工が重なる予定であり、需給環境の悪化が懸念される。

図表-2 「大通駅周辺」におけるオフィス開発計画

(出所)新聞・雑誌記事、各社公表資料を基にニッセイ基礎研究所作成

[1] 開発を誘導する期間は2032年度まで。
[2]サッポロ不動産開発株式会社「~創成イーストエリアに新たなビジネスの拠点として誕生~オフィス・商業ビル「創成クロス」2024年8月1日開業(2024年7月29日)
[3]北海道新聞 「札幌駅近のビル、地上20階建てに 東京のヒューリック建て替えへ」(2021年4月7日)
[4]NTT都市開発株式会社 「「(仮称)札幌北1西5計画」の竣工時期延期について」(2023年3月16日)
[5]北海道新聞 「札幌西武跡地、地上32階地下7階に 再開発組合設立 28年完成目指す」(2024年1月29日)
[6]北海道新聞 「札幌駅再開発 工期変えず*JR*道新幹線延伸延期でも」(2024年5月16日)
[7]株式会社 ほくほくフィナンシャルグループ「「ほくほく札幌ビル」の竣工について~ほくほくフィナンシャルグループの新たな拠点が誕生しました~」(2024年2月26日)
[8]鹿島建設「札幌大通地区のオフィス・商業複合ビル「(仮称)札幌4丁目プロジェクト新築計画」に本格着工」(2023年6月19日)
[9]北海道建設新聞 「平和不動産が大通西4南再開発で組合設立認可申請/24年度内に発足」(2024年6月24日)

札幌の賃貸オフィス市場

空室率および賃料の動向

三幸エステートによると、札幌市の空室率(2024年11月時点)は3.4%となり、前年比+0.6%上昇した(図表-3)。昨年の新規供給面積が17年ぶりに1万坪を超えて、需給環境はやや緩和したものの、空室率は全国主要都市の中で最も低い水準を維持している。

空室率をビルの規模[10]別にみると、「大規模3.4%(前年比+1.1ppt)」、「大型3.8%(同+0.9ppt)」、「中型3.3%(同+0.2ppt)」が上昇した一方、「小型2.4%(同▲0.9ppt)」は低下し、規模間の格差が縮小した(図表-4)。

図表-3 主要都市のオフィス空室率

(出所)三幸エステート

図表-4 札幌オフィスの規模別空室率

(出所)三幸エステート

新規供給の増加を受けて空室率が上昇したものの、成約賃料は堅調に推移している。2023年下期の成約賃料は、前期比+3.7%、前年同期比+10.6%となった(図表-5)。

図表-5 主要都市のオフィス成約賃料
(オフィスレント・インデックス)

(出所)三幸エステート・ニッセイ基礎研究所「オフィスレント・インデックス」を基にニッセイ基礎研究所作成

2023年の空室率と成約賃料の動き(前年比)を主要都市で比較すると、空室率は、大阪市が低下、東京都心5区、名古屋市、札幌市が概ね横ばい、仙台市と福岡市は上昇した。また、成約賃料は、大阪市が下落、福岡市が横ばい、その他都市は上昇となった(図表-6)。

賃料と空室率の関係を表した札幌市の賃料サイクル[11]は、2013年下期を起点に「空室率低下・賃料上昇」の局面が続いていたが、足元では空室率が上昇しており、「空室率上昇・賃料上昇」の局面に差し掛かっている(図表-7)。

図表-6 2023年の主要都市のオフィス市況変化

(出所)空室率:三幸エステート、賃料:三幸エステート・ニッセイ基礎研究所

図表-7 札幌オフィス市場の賃料サイクル

(出所)空室率:三幸エステート、賃料:三幸エステート・ニッセイ基礎研究所

札幌オフィス市場の需要見通し

オフィスワーカー数の見通し

住民基本台帳人口移動報告によると、2023年の札幌市の転入超過数は+8,933人となり、前年から+0.2%増加し、転入超過が継続している(図表-8)。また、2023年の北海道の就業者数は263.8万人(前年比+3.6万人)となり、4年ぶりに増加した(図表-9)。

一方で、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によれば、2023年の札幌市の生産年齢人口は119.8万人(前年比▲0.2%)となり、減少が続いている(図表-10)。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」によれば、札幌市の生産年齢人口の減少は今後も継続し、2025年は119.0万人(2020年対比▲1.6%)、2030年は115.5万人(同▲4.5%)となる見通しである(図表-11)。

図表-8 主要都市の転入超過数

(出所)総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」を基にニッセイ基礎
研究所作成

図表-9 北海道の就業者数

(出所)総務省「労働力調査」を基にニッセイ基礎研究所作成

図表-10 札幌市の生産年齢人口

(出所)総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」
を基にニッセイ基礎研究所作成

図表-11 札幌市の年齢帯別人口(予測)

出所)国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口
(令和5(2023)年推計)を基にニッセイ基礎研究所作成

以下では、札幌のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「北海道」における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI[12]」(北海道財務局)は、2020年第2四半期に「▲41.8」と一気に悪化した。その後は、回復と悪化を繰り返しながら推移し、2024年第3四半期は「+2.9」となった(図表-12)。

「従業員数判断BSI[13]」(北海道財務局)は、人手不足を表わす「+36.1」(2020年第1四半期)から「+12.3」(第2四半期)へ低下した。その後は回復に向かい、2024年第3四半期は「+31.8」となった。全国平均(+27.0)と比べると一貫して人手不足の状況が継続している(図表-13)。

図表-12 企業の景況判断BSI(全産業)

(出所)内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」を基にニッセイ基礎研究所作成

図表-13 従業員数判断BSI(全産業)

(出所)内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」を基にニッセイ基礎研究所作成

北海道全体の就業者は4年ぶりに増加したが、札幌市の生産年齢人口は今後も減少が続く見通しである。また、人手不足感が強い一方、コロナ禍からの企業活動の回復は鈍い傾向にある。以上のことを鑑みると、札幌市のオフィスワーカー数の拡大は今後、力強さに欠くことが予想される。

テレワークの普及がオフィス需要に及ぼす影響

札幌市の「札幌市企業経営動向調査」によれば、テレワークを導入していると回答した割合(2023年度上期)は22%であった(図表-14)。大企業に限定すると「導入済み」との回答は34%、業種別ではオフィスワーカー比率の高い「情報通信業」が79%に達している(図表-15)。札幌においても、コロナ禍を経て、大企業やオフィスワーカー比率の高い「情報通信業」等を中心に、テレワークの導入が一定程度進んでいる。

北海道は、道外企業に対し、北海道でのテレワークやワーケーションの誘致に力を入れてきた[14]。また、企業の事業継続(BCP)を目的とした拠点分散先として、企業誘致にも取り組んでいる[15]

現時点において、東京や他の地方主要都市と比較してテレワークの普及スピードは緩やかであり、オフィス需要への影響は限定的であるようだ[16]。今後、自治体のテレワークの導入支援[17]等に後押しされ、テレワークの普及が進んだ場合、ワークプレイスの見直しや、サテライトオフィスの開設等の増加が想定され、引き続きオフィス需要への影響を注視する必要がある。

図表-14 札幌市 業種別テレワーク導入率

(出所)札幌市「札幌市企業経営動向調査」を基にニッセイ基礎研究所作成

図表-15 札幌市 業種別テレワーク導入率
(2023年上期)

(出所)札幌市「札幌市企業経営動向調査」を基にニッセイ基礎研究所作成

IT関連企業やコールセンター企業のオフィス需要の見通し

札幌市では、IT関連企業やコールセンター企業による新規拠点の開設がオフィス需要を下支えしている。

一般社団法人北海道IT推進協会「北海道ITレポート」によれば、北海道におけるIT産業の売上高は増加傾向で推移しており、2023年度は過去最高の約5,530億円に達する見通しである(図表-16)。また、同レポートによれば、2022年度のIT産業従業者数は、前年度比+1.1%増加の23,261人と推計されている。

また、札幌市は、コールセンター運営をサポートする様々な施策を講じてきたことや、低コストで効率よくオペレーターを確保できる環境にあることから、多くのコールセンターが開設されている。リックテレコム「コールセンター立地状況調査」によれば、札幌市におけるコールセンターの拠点は78拠点(2022年度)から84拠点(2023年度)に増加し、地方都市の中でトップであった(図表-17)。ただし、札幌市のコールセンターの新設・増設補助制度[18]の新規申請受付は、2023年9月末で終了した。

また、コロナ禍を経て、コールセンターでも在宅勤務の導入が広がりつつある。一般社団法人日本コールセンター協会「2023年度コールセンター実態調査」によれば、「在宅コミュニケーター」を採用しているとの回答は53%を占めた。その目的として、「働き方の多様化」との回答が最も多く、次いで「BCP対策」との回答が多かった。今後、コールセンターのビジネスモデルは、①「在宅勤務」の導入、②拠点分散による大規模コールセンターの減少、③AI等を活用した顧客対応の自動化など、大きく転換する可能性があり、拠点戦略の見直しを検討する企業が増加する懸念もある。

前述の通り、「情報通信業」では「テレワーク」の普及が進んでおり、ワークプレイスの見直し(拠点集約等)が順次拡がることも考えられる。

以上を鑑みると、札幌のオフィス市場において存在感を高めてきたコールセンターやIT関連企業の新規需要が頭打ちするリスクに留意する必要がありそうだ。

図表-16 北海道における
IT産業総売上高の推移

(出所)一般社団法人北海道IT推進協会「北海道ITレポート」
を基にニッセイ基礎研究所作成

図表-17
地方都市におけるコールセンターの拠点数

(出所)リックテレコム「コールセンター立地状況調査」を基にニッセイ基礎研究所作成

半導体投資拡大がもたらすオフィス需要への影響

AI技術の進展等に伴い半導体市場の拡大が期待されるなか、2023年2月に、半導体メーカーのラピダスが千歳市の工業団地「千歳美々ワールド」に工場を設立することを発表した。2025年に工場の試作ラインを稼働、2027年から量産開始の計画としている[19]

一般社団法人北海道新産業創造機構の推計[20]によれば、ラピタス立地に伴う北海道経済への波及効果は、2023年度から2036年度までの14年間累計で、約18.8兆円と試算されており、札幌のオフィス需要に対してもプラスの効果が期待されている。

札幌市は、2024年5月より半導体関連の設計・研究・開発を行う企業に対し、オフィス新設の場合は賃料として最大1億円、増設の場合は最大2,400万円の補助金交付を開始した[21]

一方、ラピダスの工場建設開始に伴い、札幌中心部の再開発(詳細は前述)や北海道新幹線の札幌駅までの延伸工事において、作業員や資材、重機等が不足する懸念もある[22]

また、現状、北海道は他の地域と比べて半導体産業の集積が限定的である。ラピダスが次世代半導体を量産するには、相応の半導体関連企業の進出が必要であり、量産が実現した際には、道内の産業構造が大きく変化する可能性が指摘されている[23]。こうした産業構造の変化がもたらすオフィス需要への影響について、今後の動向を注視したい。

「金融・資産運用特区」指定がもたらすオフィス需要への影響

2024年6月に、政府は、①東京都、②大阪府・大阪市、③福岡県・福岡市、④北海道・札幌市の4都市を「金融・資産運用特区」に指定すると発表した。

「金融・資産運用特区」では、(ⅰ)国内外の金融・資産運用業者の集積、(ⅱ)金融・資産運用業者等による地域の成長産業の育成支援、(ⅲ)成長産業自体の振興・育成、という観点で取組みを進めていくとしている。

また、上記の4地域は、各地域の特色を活かした特区のコンセプトを掲げている。北海道・札幌市は、「GX[24]金融・資産運用特区」を掲げて、GXに関する資金・人材・情報が集積するアジア・世界の金融センターを構築していくとしている。これらの取組みは、産学官が連携した「Team Sapporo-Hokkaido」(21機関が参画)が中心となって推進する計画である。

「Team Sapporo-Hokkaido」は、二酸化炭素と水素を合成して製造する合成燃料の実用化などに向けて、北海道で最大40兆円程度の調達を目指す計画としている。北海道の産業構造の変革につながる大型プロジェクトとして、地元経済界からの期待は大きく[25]、札幌のオフィス需要の高まりが期待される。

札幌オフィス市場の供給見通し

2023年は、札幌市内において、「The Link Sapporo」や「D-LIFEPLACE札幌」等、複数の大規模ビルが竣工し、新規供給は17年ぶりに1万坪を超えて、10,600坪に達した。その後も、複数の大規模ビルが竣工予定で、2024年から2026年にかけて、年間約1万坪の新規供給が予定されている(図表-18)。総ストック量に対する今後3年間(2024年~2026年)の供給割合は4.6%となり、主要地方都市の中で福岡市(7.5%)に次いで高い水準となる見込みである。

図表-18 札幌オフィスビル新規供給見通し

(出所)三幸エステート

札幌のオフィス賃料見通し

前述の新規供給見通しや経済予測、オフィスワーカー数の見通し等を前提に、2028年までの札幌のオフィス賃料を予測した。

北海道全体の就業者は4年ぶりに増加したが、札幌市の生産年齢人口は今後も減少が続く見通しである。また、人手不足感が強い一方、コロナ禍からの企業活動の回復は鈍い傾向にある。以上のことを鑑みると、札幌市のオフィスワーカー数の拡大は今後、力強さに欠くことが予想される。

また、札幌市のオフィス需要を支えてきたコールセンターは、札幌市の新設・増設補助制度が2023年9月末で終了した。また、コロナ禍を経て、コールセンターのビジネスモデルは大きく転換する可能性がある。「テレワーク」が進むIT関連企業では、ワークプレイスの見直しが順次拡がることも考えられ、コールセンターやIT関連企業による新規需要が頭打ちするリスクに留意が必要である。

一方、札幌駅周辺を中心に高層オフィスビルの開発が複数計画されており、2024年から2026年にかけて、年間約1万坪の新規供給が予定されている。以上を鑑みると、札幌の空室率は上昇傾向で推移すると予想する。

札幌市の成約賃料は、ファンドバブル期のピーク水準(2007年)を大きく上回り、高値圏にある。今後は新規供給の増加に伴う需給緩和の影響を受けて、下落に転じる見通しである。2023年の賃料を100とした場合、2024年は「98」、2028年は「86」への下落を予想する(図表-19)。ただし、2023年対比で▲14%下落するものの、2021年の賃料と同水準を維持し、大幅な賃料下落には至らない見通しである。

図表-19 札幌のオフィス賃料見通し

(注)年推計は各年下半期の推計値を掲載。
(出所)実績値は三幸エステート・ニッセイ基礎研究所「オフィスレント・インデックス」
    将来見通しは「オフィスレント・インデックス」などを基にニッセイ基礎研究所作成

[10]三幸エステートの定義による。大規模ビルは基準階面積200坪以上、大型は同100~200坪未満、中型は同50~100坪未満、小型は同20~50坪未満。
[11]賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、①空室率低下・賃料上昇→②空室率上昇・賃料上昇→③空室率上昇・賃料下落→④空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。
[12]企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感が悪いことを示す。
[13]従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
[14]東京読売新聞 「全国の仕事 北海道で サテライトオフィス最多=北海道」(2024年5月15日)
[15]北海道経済部「北海道へのオフィス分散化やテレワーク・ワーケーション実施のご提案について」(2020年8月)
[16]北海道新聞「札幌オフィス 低空室率続く*全国屈指2%台*コロナ禍*テレワーク低調 需要堅く」(2023年7月20日)
[17]「令和6年度札幌市働き方改革テレワーク導入補助金」等
[18]「コールセンター・バックオフィス立地促進補助金」
[19]日本経済新聞 「ラピダス工事、安全確保要請へ 連合北海道、道に」(2024年7月27日)
[20]一般社団法人北海道新産業創造機構「Rapidus 株式会社立地に伴う道内経済への波及効果シミュレーション」(2023年11月21日) ※「IIM-1」と「IIM-2」の2棟の半導体成城工場を建設したケース
[21]NEXT SAPPORO-企業進出総合ナビ(札幌市運営)「進出企業に対する補助金を拡充!半導体関連の設計・研究・開発を行う企業に最大1億円を補助します」(2024年5月24日)
[22]北海道新聞 「<半導体新時代>札幌再開発/新幹線延伸 工期に影響か*人手・建機 ラピダス集中も*工事単価 水準高く」(2023年8月15日)
[23]北海道銀行 調査ニュース「次世代半導体メーカー「ラピダス」の道内進出について(2)~生産面からみる道内外の半導体産業~」No.457(2023.6)
[24]グリーントランスフォーメーションの略。化石エネルギーを中心とした現在の産業・社会構造を、クリーンエネルギー中心へ転換する取り組み。
[25]日本経済新聞 「札幌GX金融都市構想 ラピダスに続く経済の起爆剤に」(2023年6月20日)

札幌の賃貸マンション市場

札幌市の転入超過数・住宅着工数の動向

まず、賃貸マンションの需要を見通すうえで重要となる人口の転入超過数を確認する。

総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」によると、札幌市の転入超過数(日本人)は、安定してプラスで推移している。2024年(1月~10月累計)の転入超過数は前年同期比+21%増加の+9374人となった(図表-20)。

次に、住宅着工戸数(貸家・共同住宅)の動向を確認する。国土交通省「建築着工統計調査」によれば、札幌市の住宅着工戸数は、年間平均約9千戸の水準で推移している。2024年(1月~10月累計)は、約8千戸(前年同期比+1%)となり、前年と同水準で推移している(図表-21)。

図表-20 主要都市の転入超過数
(日本人)

(出所)総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」を基にニッセイ基礎研究所作成 ※2024年は10月までの合計

図表-21 主要都市の住宅着工戸数
(貸家・共同住宅)

(出所)国土交通省「建築着工統計調査」を基にニッセイ基礎研究所作成 ※2024年は10月までの合計

札幌市の建築コストの動向

次に、建築コストの動向を確認する。建設物価調査会「建築費指数」によれば、札幌の「集合住宅(RC造)」の建築費は、長期的に上昇基調で推移している。2024年10月は前年比+5%上昇の「136.1」となった(図表-22)。

国土交通省「建設労働需給調査」によれば、建設業の労働需給を示す「建設技能労働者過不足率」(北海道)は、2023年3月以降、「人手不足」で推移しており、2024年10月は「+4.4」となり、全国平均(+2.3)を大きく上回った(図表-23)。

図表-22 主要都市の「集合住宅(RC造)」建築コスト(2015年=100)

(出所)建設物価調査会「建築費指数」をもとにニッセイ基礎研究所作成

図表-23 建設技能労働者過不足率(北海道)

(出所)国土交通省「建設労働需給調査」をもとにニッセイ基礎研究所作成※8職種計

札幌市の賃貸マンション稼働率・賃料の動向

札幌市に所在するJ-REIT保有物件の平均稼働率は、2014年をピークに低下傾向で推移し2020年には94.8%まで落ち込んだ。しかし、その後は回復基調で推移し2023年は96.9%となった(図表-24)。

札幌市のマンション賃料は、良好な需給環境に支えられ、上昇基調で推移している。三井住友トラスト基礎研究所・アットホームによると、2024年第2四半期は前年比でシングルタイプが+3.5%、コンパクトタイプが+3.6%、ファミリータイプが▲1.9%となった。シングルタイプとコンパクトタイプが堅調に推移している一方、ファミリータイプはやや弱含んでいる。(図表-25)。

図表-24 J-REIT物件の平均稼働率
(札幌市・住宅)

(出所)開示データを基にニッセイ基礎研究所が作成 
※各年下期の値

図表-25 札幌市のマンション賃料

(出所)三井住友トラスト基礎研究所・アットホーム「マンション賃料インデックス(総合・連鎖型)」を基にニッセイ基礎研究所作成

このように、札幌市では、住宅着工戸数(借家・共同住宅)は一定水準で安定推移しており、今後も建築コストの高騰が下押し要因となり、大幅に増加する可能性は低いと見込まれる。また、人口の転入超過が継続していることから、需給環境が悪化する懸念は小さく、マンション賃料は引き続き堅調に推移することが予想される。

札幌の不動産投資市場

札幌の地価動向

札幌の地価は、商業地、住宅地ともに上昇している。国土交通省「地価LOOKレポート(2024年第3四半期)」によると、駅前通り(商業地)、宮の森(住宅地)ともに前年比「0~3%」の上昇となった(図表-26)。同レポートでは、「商業地では、オフィス市況等の不動産市場の堅調さに加えて、北海道内に投資対象を絞った私募リートの運用が開始される等、投資適格物件に対する取得需要は根強く、地価が上昇している。住宅地でも、マンション等の住宅需要は堅調で、分譲価格の上昇は続いており、地価が上昇している」としている。

図表-26 札幌の地価動向(地価LOOKレポートより)

駅前通(商業)

総合評価 0〜3%上昇(前期0〜3%上昇)
鑑定評価員コメント 当地区は地下歩行空間によって札幌駅等と歩行者動線が連結されているため、アクセス性が通年で優れている。そのため、国内大手企業等による北海道の拠点としてのオフィス需要に加え、IT企業やBPO企業による新規オフィス需要が見込まれることによって当地区は北海道を代表するビジネス地区となっている。当地区ではBCP対応のオフィスに対する潜在的なニーズが強く優良物件に対するタイトな賃貸マーケットを成立させる背景ともなっている。当地区及びその周辺のオフィス市場では、地区外からの移転やオフィス床の拡張が見られたものの、新規供給の影響もあり8月時点の空室率は3%台前半と前年同月比でプラス0.4%と僅かに増加した。また、 6月には国内外の資産運用会社の参入や拡充を促す「金融・資産運用特区」に札幌市・北海道が選ばれたことから、GX投資の呼び込みに期待が高まっている。

以上の市況から、当地区のオフィス賃料は緩やかな上昇傾向が続いている。取引市場でも供給物件は限定的であり、需給バランスに大きな変化はない。札幌市内百貨店8月の売上高は、国内外からの観光客が当期も増加したことから、売り上げが好調に推移した。当地区及びその周辺のホテルについても、国内外の観光客の増加傾向によって客室単価や稼働率等は上昇傾向にある。北海道新幹線札幌延伸工事の遅れや、建築費の上昇等によって建築計画の見直しを行う事業が見られるものの、当期のオフィス需要等の不動産市場の堅調さに変化は見られない。本年2月北海道内に投資対象を絞った私募リートが運用を始める等、当地区の投資適格物件に対する取得需要は根強く、当期の地価動向はやや上昇で推移した。

再開発事業や建替え事業の進捗とともに、各事業の相乗的な波及効果への期待は強く、観光客の増加等を背景に地域経済の発展が続くと予想される。当地区内での堅調なオフィス市況は当面続くと見込まれることから、将来の地価動向はやや上昇で推移すると予想される。
路線、最寄駅、地域の利用状況など地区の特徴 札幌市営地下鉄南北線さっぽろ駅周辺。JR札幌駅の南側に位置し、駅前通りを中心として中高層の事務所ビルが建ち並ぶ高度商業地区。
詳細項目の動向
△:上昇・増加
□:横ばい
▽:下落・減少
取引価格 取引利回り オフィス
賃料
店舗賃料 マンション
分譲価格
マンション
賃料
詳細項目の動向
△:上昇・増加 □:横ばい ▽:下落・減少
取引価格 取引利回り オフィス賃料
店舗賃料 マンション分譲価格 マンション賃料
(出所)国土交通省「地価LOOKレポート2023年3Q」

宮の森(住宅)

総合評価 0〜3%上昇(前期0〜3%上昇)
鑑定評価員コメント 当地区は、住環境に恵まれ、道内外より「円山」ブランドとして認知され、安定した需要と相対的に高額なマンションの供給が見込める道内屈指の住宅地域となっている。当地区を含む中央区は、札幌市の文化・政治・経済の中心的地域であることから人ロ・世帯数ともに増加傾向となっており、総じて住宅需要は堅調に推移している。当地区のマンション分譲価格は、札幌市内でも高価格帯に位置しており、マンション開発等を手掛ける事業者も高額物件の販売実績が豊富な大手不動産業者等が中心となっている。また、当地区でのマンション分譲にあたっては、期分け販売等によって高い分譲価格が維持されている。建設コストは上昇傾向が続いており、マンション分譲価格も上昇傾向が続いている。こうした価格動向の影響に加えて、住宅借入金利は上昇傾向にあるとともに、金利の先高感等の不安材料があるものの、依然として低金利での住宅取得資金の調達が可能な状況であるため、当地区の分譲マンションに係る需要者層の消費マインドは概ね維持されている。以上から、当地区では住宅取得に対する懸念材料があるものの総じて堅調なマンション市況が続き、取引価格の上昇傾向は当期も続いたことから、当地区の地価動向はやや上昇で推移した。

観光入込客数等の観光需要は着実に回復傾向が続いており、観光都市としての性格を有する札幌市では地域経済の本格的な回復傾向が続いている。ブランドカを備えた高級住宅地として位置づけられる当地区ではこうした地域経済の回復がエンドユーザーのマンション需要の基調となっており、デベロッパーのマンション適地に対する開発素地需要も相応に見込まれることから、将来の地価動向もやや上昇が続くと予想される。
路線、最寄駅、地域の利用状況など地区の特徴 札幌市営地下鉄東西線の西28丁目駅から徒歩圏の高級住宅地域内に集積した中高層マンション地区。
詳細項目の動向
△:上昇・増加
□:横ばい
▽:下落・減少
取引価格 取引利回り オフィス
賃料
店舗賃料 マンション
分譲価格
マンション
賃料
詳細項目の動向
△:上昇・増加 □:横ばい ▽:下落・減少
取引価格 取引利回り オフィス賃料
店舗賃料 マンション分譲価格 マンション賃料
(出所)国土交通省「地価LOOKレポート2023年3Q」

J-REITによる物件取得額(北海道)

J-REITによる2024年1-9月累計の物件取得額(北海道)は413億円(前年同期比▲6%)となり、昨年に続いて高い水準を維持している(図表-27)。アセットタイプ別では、ホテル(79%)・物流施設(11%)・ヘルスケア施設(4%)・オフィス(4%)・商業施設(2%)となり、インバウンド需要の拡大を背景に、大型ホテルの取得が複数確認された。

図表-27 J-REITによる物件取得額(北海道)

(出所)開示データをもとにニッセイ基礎研究所が作成
(注)引渡しベース。ただし、新規上場以前の取得物件は上場日に取得したと想定

札幌のキャップレートの動向

大規模金融緩和を背景に投資マネーが不動産取引市場に流入するなか、札幌においても不動産利回りが低下している。J-REITの開示データをもとに、札幌市に所在する大規模オフィスビルの還元利回り(以下、キャップレート)を推計すると、2023年は前年比▲0.2ppt低下の3.7%となった(図表-28)。同様に、住宅のキャップレートは4.2%(前年比▲0.2ppt)、商業は4.5%(同±0.0ppt)、ホテルは4.7%(同±0.0ppt)、物流施設は4.7%(同▲0.2ppt)となり、オフィス、住宅、物流施設で利回りが低下した。

ところで、ニッセイ基礎研究所の「不動産市況アンケート」(2024年1月実施)において、「今後、価格上昇や市場拡大が期待できる投資エリア」について質問したところ、「札幌市」との回答は14%となり、「東京都心5区(59%)」、「福岡市(20%)」に次いで多かった。札幌市は、前述の通り、大規模開発が進行中であることに加えて、圏域内で半導体関連投資が拡大しており、投資家からの期待が高まっていると考えられる。

図表-28 札幌のキャップレート推移

(出所)J-REITの開示データをもとに推計 
(注)オフィス:延床面積3万㎡以上、築年5年未満、最寄り駅から3分未満のオフィスビル
   住宅:築年5年未満、最寄り駅から15分未満、シングルタイプの住宅
   商業:築5年未満、延床面積3千㎡未満、長期契約でない商業専門店ビル
   ホテル:最寄り駅より 3分以内、築5年未満、延べ床6千㎡未満のビジネスホテル
   物流施設想定物件:建築後5年未満で延べ床面積6万㎡以上の物流施設

日本銀行は、2024年7月の金融政策決定会合で、政策金利の引き上げ(0~0.1%⇒0.25%)と、国債買入れ減額を決定した。こうしたなか、10年国債利回りは上昇基調で推移している。これまでキャップレートは大きく低下してきたが、今後は、金融政策正常化に伴うベース金利の上昇にあわせて反転に向かう可能性もあり、転換点の見極めについて注視が必要である。

寄稿者

ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員

吉田 資 よしだ たすく

ニッセイ基礎研究所
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三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など。一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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