一般財団法人 日本立地センター 寄稿コラム 令和の産業集積に向けた立地動向と課題

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目次

産業立地を巡る社会経済環境

バブル絶頂期に記録した日経平均株価3万8957円44銭(1989年12月29日取引時間中)、今年2月に市場最高値を更新した後、3月4日初めて4万円の大台を突破した。堅調を維持する米国経済に支えられる一方、日米金利差によるドル高円安が進み、150円台半ばを見すえる水準となっている。こうした経済環境は、加工貿易を担う日本の主産業には好業績をもたらしている。その一方、円安によるコスト上昇を消化しきれない内需型、とくに消費生活関連産業は極めて厳しい環境下におかれている。
産業立地面では、国際関係、なかでも中国の影響が大きい。まずは、米中貿易摩擦と通商対立から経済安全保障、そしてデリスキングによる日本の地政学的位置があげられる。つぎに、コロナ禍によって加速したDX対応、生成AI開発と日本の開発・技術力への期待がある。そして、中国の景気減速による国内への生産回帰と海外企業による日本シフトが進んだことによる。加えて、日本政府によるかつてない投資への支援策がある。米国以上にわが国の半導体関連の助成金支給スピードは速い。最後に、インフラの質、欧米に比べ低賃金かつ良質な現場スタッフの業務への取組姿勢も忘れてはならない要因である。
一見順調そうな産業立地ではあるものの、課題も生じている。何といっても人材不足・確保の厳しい状況が続いていること。なかでも、物流関連業界での2024年問題への対応で、ドライバー不足による稼働率の低下が懸念されている。また、立地適地をストックに依存してきたため、近年の用地需要に対し、産業団地の新規供給が追いついていないこともあげられる。さらに、建設コストの高騰により、当初の資金計画を大きく上回る現状から、設備投資への影響も現れている。

産業立地動向

こうした社会経済環境下にあっても企業の立地意向は、コロナ禍からの回復を経て堅調な動きを示している。当財団が製造業及び物流業を対象に実施している23年度調査においても、新規事業所の立地計画を有する割合は、いずれも3年連続の伸びとなり、物流業は過去最高を連続して更新、製造業はバブル期以降の過去30年で最高となった。(図表1)あくまでも“意向”なので留意する必要があるものの、「需要増への対応」の回答を中心に各企業が対応を企図していることから、高い意識・熟度にあると思われる。
候補地域は、本社・自社拠点、市場、取引先等の各種“近接性”と交通アクセスを重視することから、やはり産業等の集積地である都市圏及びその隣接地が多くなっている。結果、本社所在地と同一県(圏)内の立地が6~7割と多くなっている。

図表1 新規事業所立地計画を有する割合の推移と候補地域

〔注)候補地域の区分〕

○北東北:青森、岩手、秋田

○南東北:宮城、山形、福島

○北関東:茨城、栃木、群馬

○南関東:埼玉、千葉、東京、神奈川

○甲信越:新潟、山梨、長野

○東海:岐阜、静岡、愛知、三重

○北陸:富山、石川、福井

○近畿内陸:滋賀、京都、奈良

○近畿臨海:大阪、兵庫、和歌山

○山陰:鳥取、島根

○山陽:岡山、広島、山口

○北部九州:福岡、佐賀、長崎、大分

○南部九州:熊本、宮崎、鹿児島、沖縄

注)製造業、物流業(道路貨物運送・倉庫・こん包・卸売の4業種)が、新規に事業拠点(工場・倉庫・業務施設等建屋)を設置する計画の有無(用地の取得の有無にかかわらず)
注)候補地域表の上段は製造業、下段は物流業(複数回答)
資料)「23年度新規事業所立地計画に関する動向調査」((一財)日本立地センター)より

令和での特徴的な立地

ここでは、半導体・データセンター(以下、DCとする)・物流関連の立地動向及び国内への生産回帰についてまとめた。なお、DCは先述の調査の対象業種としてはいない。

半導体関連産業の立地

直近の産業立地は、設備投資を含めて“半導体関連産業”が中核をなしている。台湾TSMCを中核としたJASMが立地した熊本県を中心に、ソニーグループ(熊本県・長崎県)、ローム(宮崎県)、京セラ(長崎県)などの大型投資が続き、かつてのシリコンアイランド復活の様相を呈している。東北では台湾PSMCを中核としたJSMCが宮城県に立地を表明し、岩手県でキオクシアの大規模な増強のほか、東京エレクトロン(宮城県・岩手県)、TDK(岩手県)など、こちらもシリコンロード復活の動きとなっている。これらのほか、マイクロン(広島県)など、新工場の設立・増強計画が相次いでいる。半導体関連産業は、今後のDXが進む社会基盤においてあらゆる産業の基盤技術となり、日本のものづくり産業の競争力強化につながるものである。
製造だけではなく研究及び技術開発が含まれており、日本・台湾・韓国の有力アジア勢に加え、欧米の有力機関・企業も含んだ連携となっていることも注目したい。次世代半導体の開発から製造を目指して設立されたラピダス(Rapidus)が代表例で、北海道千歳市へ立地を決定した。TSMCはつくば市(横浜・大阪にはデザインセンター設置済)に、韓国サムスン電子も横浜市に、米エヌビディア(NVIDIA)も表明するなど、国内への研究開発拠点の設置(計画)も相次いでいる。
蓄電池を含めこうした半導体関連産業による立地が、日本政府によるこれまでにない積極的な支援により活発化している。国をあげて成長産業を育成することは、産業競争力を強化していくうえで欠かせない。世界中で生成AIの需要が急増しているなかで、関連する精密機械、パワー半導体などの分野でも工場建設が相次いでいる。直近では、TSMCが第2工場の建設を第1工場の近接地に設置することを表明した。

データセンターの立地

ICTの進歩と普及、とくに近年のAI開発、DXにともない、ICTインフラとしてのDC需要が高まっている。千葉県印西市のように東京近郊でもプラットフォーマーや大手クラウド事業者が、相次いで大規模DCを設置し、その名前は“INZAI”として海外にも浸透している。また、米大手が国内DCの増強を表明したと最近報じられた。今後数年間でオラクル1.2兆円、AWS2.26兆円やマイクロソフト、グーグルが計4兆円の投資を行うという。国内企業によるDC投資も活発である。
従来のDCの立地は、災害時のバックアップ、リカバリー用として、企業の本社所在地から遠隔地へ設置され、立地条件として“強固な地盤(岩盤)、複数系統の電力供給、冷却用の水資源(冷涼な気候、雪の場合もある)”などが必要とされてきた。最近では、サーバ・ラックを賃貸するマルチテンナント型DCが首都圏・大阪圏を中心に増加している。ユーザ(複数)募集や利便性の観点から交通アクセスを重視し、産業団地でも立地可能で、工場や物流施設などと競合するようになっている。
国内DCの8割は東京圏及び大阪圏に集中しているとされ、BCPの観点や電力負荷の偏在といった課題が存在している。政府はDC立地の分散化に向け、設置事業者、電力・通信インフラや用地整備などの支援を行っている。

物流関連産業の立地

輸送・配送を支える物流業も拠点立地が旺盛となっている。物流業界も輸送・配送のほか、保管・荷役・流通加工・情報管理といった工程があり、これら工程を1社から複数社でこなしている。これまでは、一般貨物自動車運送事業(特別積み合せ)、3PL(サードパーティー・ロジスティクス)、倉庫業、こん包業の業種に加え、土地の手当から開発・整備、床貸といった管理運営を行う不動産開発事業の参入があり、近年はさらに、消費生活の多様化により通販サイト(EC)など、さまざまな形態の物流が競いあっている。
一方、慢性的な運送業のドライバー不足とともに、2024年問題への対応が求められ、喫緊の課題であることが、物流施設の再編・再整備へとつながっており、さらに立地需要を生みだす結果となっている。公表資料によると、必要な対策が講じられなければ、営業用トラックの輸送能力が24年に14%、30年には34%不足し、必要な荷物が届かない可能性が指摘されている。こうした背景から立地面では、ICTを導入し効率性を高めた拠点の設置、また、これまでの距離・積載量から勘案し、中継ポイントの設置・配送エリア拠点の見直しなどが、運送業の取り組みとしてあげられる。
さらに、新たな半導体の産業集積地を形成しつつある熊本県、あるいはもともと物流業の立地ニーズが高い北部九州地域、今後は北海道・東北地域でも今後の産業集積が具体化するにともない、物流業の立地ニーズが高まっていくものとみられる。

生産の国内回帰

近年、海外生産が拡大する一方、“国内への生産回帰”が注目されている。このきっかけは、アジア諸国の人件費の上昇による内外コスト差の縮小、米中貿易摩擦による関税障壁と重要物資の中国迂回(いわゆる経済安全保障)、コロナ禍と中国の景気減速、企業の人権尊重責任があげられる。なかでも日本企業が最も重要な市場として捉え、最大の進出先としている中国が意識されている。
国内への生産移管は、経済安全保障分野を中心にみられるものの、全体としての動きは限定的といえる。また、国内移管の対応が新工場設置につながる場合はまれで、既存事業所内での自動化・省人化を進めたライン変更・増強が中心で、場合によっては閉鎖工場の再稼働で対応している。

事業用地を中心とした動向と課題

好調な立地需要に対し、最初に述べたように適地不足が懸念されている。当財団で作成している「産業用地ガイド」の掲載用地数は2023年版で483件となっており、12年版の901件から減少している。コロナ禍であった20年版の584件と比べても101件(17.3%)減となっている。とくに熊本県をはじめ大型投資が続く地域では、立地企業向け用地整備が続いている。こうした用地需要を受けて、地価公示価格も工業地で上昇している。変動率でみるとコロナ禍(2021年)では減少したものの、22年以降は3大都市圏を中心に全国で増加している(図表2)。

図表2 地価公示価格(工業地)変動率の推移

資料)「地価公示」(国土交通省)より筆者作成

いくつかの特徴ある自治体でみると(図表3)、ラピダスが立地する千歳市の急増が目立つほか、東京エレクトロンや近郊にトヨタ東日本が立地している仙台市、北部九州の交通の要衝で集積が進む鳥栖市などが大きく増加している。また、TSMCが立地した熊本県(町単位では対象地区無し)全体でも増加を示している。

図表3 注目地の地価公示価格(工業地)変動率の推移

2020年21年22年23年24年
千歳市0.02.10.70.718.0
仙台市9.68.09.314.116.1
鳥栖市9.27.06.99.210.1
熊本県2.00.91.23.86.0
資料)「地価公示」(国土交通省)より筆者作成

上昇は工業地にとどまらず、近隣自治体の住宅地・商業地の変動率も工業地以上に大きい。TSMCが稼働を控える熊本では、台湾からの技術者が家族を含め千人規模で転入が予想され、今後の事業拡大を踏まえると“まちづくり”に匹敵する関連整備が必要となろう。
これまで産業用地開発は、地方自治体がほとんどの供給役割を担ってきたが、近年、資金調達、開発ノウハウ・スピード、企業誘致対応などを有する民間事業者に期待する声が増えている。この場合、立地企業のニーズに左右されるものの、土地区画整理事業の業務代行といった開発事業を含めて、以前より民間事業者が手掛ける事例が多くなっている。

こうした動向を受けて、主要地域の産業団地の分譲価格(円/㎡)を参考までに調べてみた(図表4)。ここでは、20年前・10年前・直近各3ヵ年平均を比較している。全国でみた場合、20年前→10年前、10年前→直近と低下しているものの、下落幅は大きく縮小している。ただ、東海では10年前より上昇に転じ、九州地域ではほぼ下落傾向に歯止めがかかり、今後上昇していくものとみられる。

図表4 工業団地分譲価格(3ヵ年平均)の比較

<地域区分は以下の各府県>

南東北:宮城・山形・福島・新潟

関東内陸:茨城・栃木・群馬・山梨・長野

東海:岐阜・静岡・愛知・三重

近畿内陸:滋賀・京都・奈良

北九州:福岡・佐賀・長崎・大分

南九州:熊本・宮崎・鹿児島・沖縄

注)オフィス・店舗を対象とした用地は除く。素地による分譲もある。
価格に幅がある場合は中間値などできるだけ平準化に努めた。
資料)「産業用地ガイド」((一財)日本立地センター)より筆者作成

ここまで比較的順調な産業立地についてまとめてきたが、課題はいくつか存在している。やはり、建築関連について指摘しておきたい。すでに指摘されているようにコスト上昇が設備投資計画にも影響を与えている。ちなみに「建築着工統計」(国土交通省)によると、非居住用建築物の1棟あたりの工事費予定額は、コロナ禍前後の2018年の1億3,895万円から23年には1億8,638万円となり、4,743万円(34.1%)の大幅増となっている。また、工場について用地取得から操業開始までの平均期間が、コロナ禍前と比べた場合、12.5ヵ月から16.7ヵ月と4.2ヵ月(34%)長期化している(図表5)。
国内で大型投資が続くなか、中堅・中小企業には人材確保に加えて設備投資への影響も大きい。

図表5 用地取得から操業開始までの期間

資料)「工場立地動向調査」(経済産業省)より筆者作成

さらにEV、DXの進展によって莫大な電力供給が必要で、再生エネルギーでは賄いきれず、原発の稼働に制約がある以上、新たな基幹発電設備を早急に確立する必要がある。そのためには臨海産業地の再編とリノベーションが重要な役割を果たすはずである。

今後は需要に応じた産業用地開発をどのように進めていくか、産業構造が大きく変化していく時代に、各種産業基盤が事業スピードに対応できずに競争力低下を招くことのなきよう、ストックの再利活用を含め産学官金一体となった取組みの重要性が増している。

寄稿者

一般財団法人日本立地センター 参与

高野 泰匡

一般財団法人日本立地センター
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東京都出身。
1983年4月(財)日本立地センター入所。地域調査部長、産業立地部長、執行理事、常務理事などを経て、23年4月より参与。
産業立地、企業誘致、産業団地開発を中心に調査・研究に従事。自治体等の関連審査委員も務める。

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