明海大学山本卓研究室寄稿 【前編-③】集合住宅タイプESG不動産の賃貸経営管理の課題
目次
前後編全4回の内、今回は「前編③」のご紹介です。
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【前編-②】では、ESG不動産の評価・認証が賃料等に与える影響に関しての先行研究を分析し、経済効果を考察した。③では、ESG不動産の普及を後押しするための融資制度について、動向を探っていく。
ESG不動産を促す融資制度に関する研究動向
ESG不動産を供給するには、供給者に追加的コストがかかり、供給のモチベーションを高める後押しが必要であり、公的な機関による促進策が期待される。想定し得る促進策としては、(1)優遇的な融資制度(ESGやSDGsに配慮する不動産及び関連事業に対して、優遇して融資を実行したり、低金利での融資を行ったり、その他通常の融資に比べて債務者に有利な条件での融資全般を指す)、(2)国及び地方公共団体による補助金制度、(3)税制等がある。本稿では主に(1)の優遇的な融資制度について紹介する。
(1)ESG不動産投資と優遇的な融資制度の関係
優遇的な融資制度、特にE(環境)に配慮した金融(環境金融)について、環境省中央環境審議会「環境と金融に関する専門委員会」の報告書では、金融市場を通じて環境への配慮に適切な誘因を与えることで、企業や個人の行動を環境配慮型に変えていくメカニズムであると定義されている。同報告書は、その具体的役割の1つを、「企業行動に環境への配慮を組み込もうとする経済主体を評価・支援することで、そのような取り組みを促す投融資」と位置付けている。我国においては、その典型的な取り組みの1つが、融資先企業の活動を環境面から評価し、その評価結果によって金利を段階的に変更する融資、いわゆる環境格付融資として具体化し、発展してきた。
(2)優遇的な融資制度の先行研究
米国においては、連邦住宅抵当公庫(Fannie Mae)が、グリーン認証の集合住宅物件を担保としたローンを低金利で提供する特別低金利プログラムを提供している。その結果、Fannie Maeの環境ビジネスは近年劇的に増加し、投資家を魅了し、2016年には35億ドルを超える新たな集合住宅向けグリーンファイナンスを提供している。
Pivo (2013、2014)は、37,000件を超えるFannie Maeの融資を利用し、SDGsに配慮した建物を購入した者は、デフォルトのリスクが軽減されることを発見している。より高い融資対価値比率(loan-to-value)や、より低い金利など、より良い融資条件を積極的に提供すべきだとしている。
我国において、江夏・加藤(2021)は、国土交通省不動産・建設経済局が、J-REIT及び私募REITの運用会社98社を対象に2020年12月~2021年1月に行い2021年3月に公表した、日本の不動産投資家を対象としたアンケート調査結果について、ESG要素を配慮した不動産と通常の不動産のキャップレートの最大差との質問に関する平均値は0.075%であったこと、投資家や金融機関のESG重視の意向がESG活動に影響しているとの回答が全体で約9割であったこと等を挙げ、「総じて、調査結果では投資家や金融機関の意向もあり、多くの回答者がESG項目を重視し、体制を整備する等、対応を進めていることが明らかになった」と主張する。
また、清水(2021)は、環境配慮型で認証を受けた物件等の流動性が増加するならばリスク量の低下を通じて割引率が低下し、たとえ賃料プレミアムがなくとも不動産価値やリターンが上昇すると仮定した上で、日本政策投資銀行やその他の民間金融機関が、環境性能が高いビルに対して積極的に融資をしていこうとする動きがあるが、それが流動性を高め、不動産価格またはリターンにまで反映される効果は不明であるとしている。
なお、この点に関し、国土交通省・不動産鑑定評価におけるESG 配慮に係る評価に関する検討業務報告書(2021)では、グリーンボンド等、資金調達環境等においてメリットが生ずる場合、徐々にマーケットのキャップレートに当該資金調達による優位性の影響が出てくる可能性もある点に注意を要するとしている。
なお、グリーンボンドとは、一般に、環境改善効果のある事業(グリーンプロジェクト)に充当する資金を調達するために発行する債券をいう。日本法人によるグリーンボンドの発行は、日本政策投資銀行が2014年に実施したユーロ建て債券の起債が第1号であった。近年は発行が相次いでおり、発行サイド及び投資サイドの両側面から、金融商品の一つとして定着している。発行体としては、金融以外にも、エネルギー、建設・不動産、交通・運輸、製造業など、グリーンプロジェクトに親和性の高いセクターの法人が占めている。本稿では詳細に触れないが、ESGに関連した資本市場での負債性資金調達の手法としてのグリーンボンド、ソーシャルボンド及びサスティナビリティボンド等が世界的な広がりを見せている。
主に環境に配慮したESG不動産に対する優遇的な融資が、投資家含めた関係者及び社会全体にどのような影響を及ぼすのかについての我国の研究報告は少ない。さらに賃貸住宅を対象とする不動産投資ということになるとかなり少ない。本稿は、賃貸住宅のESG投資に焦点をあてているが、不動産に限定せずに、企業におけるESG投資に対する優遇的な融資の効果に範囲を広げると、いくつか先行研究をみつけることができ、これらを紹介したい。
まず、太田・内野・田中(2018)は、金融機関がESG融資に取り組む意義について、融資を通じて取引先企業のESG課題への取り組みを促し、取引先企業の持続可能性、ひいては金融機関自らの持続可能性を高めることにあるとする。その取り組みは、企業にとって、リスクヘッジと事業機会の発見という2つの側面を持ち、企業価値の維持・向上につながり、金融機関自らの債権の回収可能性を高めることにつながること、取引先企業についても新たな事業機会を見つければ資金ニーズも生じ融資残高の増加につながる可能性もあることという金融機関側の利点も主張している。
次に、森(2021)は、中小企業におけるSDGsやESG金融の普及について、わが国の中小企業は足元の危機感が大きいことは想像に難くなく、2030年に向けた長期的な目標であるSDGsへの対応について急速に認識が広がることはあまり期待できないため、地域金融機関がSDGsの認知度を中小企業においてさらに上げていくことが喫緊の課題となるとしている。そして環境社会開発関連などで中小企業が持つ技術をそれらの開発投資に生かせないか(それは人口減少・高齢化で苦しむ地域企業にとっても新しい商品、販路開拓にもつながる可能性がある)、地域金融機関はさらに先導的な調査、提案、資金需要の掘り起こし、が必要であるとする。
これは既に不動産分野においても研究開発・事業推進等に対するグリーンローンやサステナビリティ・リンク・ローン等、ESG・SDGs等を配慮した融資が各金融機関においてなされている。この点について、賃貸住宅の個人投資家に対する融資に積極的なオリックス銀行は、リニューアブル・ジャパン株式会社が新潟県阿賀野市において設備容量45,000kW(45MW)の太陽光発電所の建設・運営を行うために、特別目的会社(SPC)へ拠出する出資金を使途とする総額31億円のバックファイナンスをアレンジし、実行している(グリーンローン)。
最後に、谷地(2022)は、持続可能な社会を目指しESG投資を行う企業に対して、地域銀行が事業性評価に基づく融資や事業性評価に基づく本業支援を実施することで、借り手企業がESG課題に取り組むきっかけとなる場合もあるとしている。また、それらの取り組みによって企業価値の維持・向上ができれば、企業の競争力が向上し、地域社会の持続可能性が高まると同時に、融資した地域銀行の健全性や存続の可能性も高まり、さらに、それが地域銀行の投資家に新たな投資機会を生むというメリットを強調する。
(3)政府の動向
不動産に限定しないESG投資に対する金融機関の動向としては、2018年に環境省が国内の金融関係者、ESGや環境についての専門家を集めての懇談会を開催し、間接金融においても地域金融機関は自治体と協同してESG金融(融資)を実現、普及させる必要があるとの意見を表明している。その翌年には、同省におけるESG地域金融の先行事例調査に関する検討会「事例から学ぶESG地域金融のあり方」を発表し、ESG地域金融については、①融資先のリスク削減、②新たなビジネス・チャンス、③融資先の企業価値の向上、④サプライチェーンの強化・地域企業の(ESGの側面においても)競争力向上が地域社会の持続可能性を高める、といったメリットを指摘している。
また、その普及のためには中小企業にESG経営の重要性を説くほか自治体との提携など、地域金融機関が中心となって推進していくべきだとしている。さらに、2020年には金融庁が「金融行政とSDGs」を公表し、「地域金融機関による事業性評価に基づく融資や本業支援の取組みを引き続き促進する」としている。
同年、環境省は「ESG地域金融実践ガイド」を作成し、2023年には改訂版「ガイド2.2」が公表されている。作成の目的は、「地域金融機関が、地域課題の掘り起しや重点分野の対応、そして事業性評価に基づく融資・本業支援等の金融行動においてESG要素を考慮し、組織全体としてESG地域金融に取り組むため」であるとしている。同ガイドでは、まず「ESG地域金融の概要と目的(経営陣向けサマリー)」として2030年に向けたビジョンの提示とそのコミットメントを経営陣に求めている。次いで「ESG地域金融の実践的概要(実務者向けサマリー)」として実践する立場の組織(経営企画等)を想定し、①地域資源の価値の理解、②バリューチェーンと対象産業、③事業活動が地域の環境・社会・経済に与える変化(インパクト)の創出、④環境変化の把握、を解説する。さらに「アプローチ別の実践内容」を示し、「地域資源を活用した課題解決策の検討・支援」、「主要産業の持続可能性向上に関する検討・支援」、「企業価値向上に向けた支援」に整理して、個別具体例を用いながら、ステークホルダーや自治体との提携、リスク評価、財務的影響、環境・社会へのインパクト、そして、地域金融機関としての組織体制の構築、行員への理念の徹底と情報共有、目的意識の統一の必要性と、多面的にかつ融資のPDCAに基づいてのポイントを立体的に、またかなり銀行経営にまで踏み込んでの解説を行っている。(後編に続く)
参考文献
[1]Pivo, G.(2013)“The Effect of Sustainability Features on Mortgage Risk in Multifamily Rental Housing” Journal of Sustainable Real Estate, 5:1, 149–70.
[2]伊加賀俊治(2021)「建築物の高断熱化・省エネ化と疾病・介護予防」日本不動産学会誌Vol.35No.1,62-66頁
[3]江夏あかね・加藤貴大(2021)「不動産セクターとサステナブルファイナンス-評価・認証制度と共に続く発展-」野村サステナビリティクォータリー2021年夏号54-72頁
[4]太田珠美・内野逸勢・田中大介(2018)「地域金融機関のESG金融はどうあるべきか」大和総研調査季報2018年秋季号Vol.32,38-49頁
[5]清水千弘(2021)「環境配慮型社会と不動産市場」日本不動産学会誌Vol.35No.1,57-61頁
[6]森祐司(2021)「ESG地域金融の現状と課題」商工金融2021年7月号84-87頁
[7]谷地宣亮(2022)「ESG地域金融の現状と課題に関する一考察」日本福祉大学経済論集第65 号17-33頁
[8]環境省大臣官房環境経済課環境金融推進室(2023)「ESG地域金融実践ガイド2.2-ESG要素を考慮した事業性評価に基づく融資・本業支援のすすめ」
[9]国土交通省 不動産・建設経済局(2021)「不動産鑑定評価におけるESG 配慮に係る評価に関する検討業務報告書」
[10]日経新聞(2023年3月9日 2:00)https://www.nikkei.com/article/DGKKZO69099720Y3A300C2EE9000/
寄稿者
株式会社Kenビジネススクール代表取締役社長
明海大学大学院不動産学研究科博士後期課程在学
田中嵩二 たなかけんじ
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1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科を修了後に高校教諭をしながら、大手資格予備校で宅建・公認会計士等の講師を兼任。2003年にKenビジネススクールを設立し、同社は国土交通大臣指定の宅建登録講習(5点免除講習)・宅建登録実務講習(合格後の実務研修)の実施機関に認定され、現在は、全国で宅建・賃貸不動産経営管理士・投資不動産販売員等の講座を実施している。
【論文】
・「ESG不動産投資とその促進策―優遇金利政策を中心に―」『明海大学不動産学論集』第35号(2024)
【執筆書籍】
・『投資不動産販売員資格公式テキスト』
・『宅建登録実務講習公式テキスト』
・『宅建登録講習公式テキスト』
・『これで合格宅建士シリーズ』
・『これで合格賃貸不動産経営管理士シリーズ』
その他多数のテキストを執筆・出版している。
【記事連載】
・全国賃貸住宅新聞 記事連載中(2014年~現在)
・楽待不動産投資新聞 記事連載中(2021年~現在)
・Allaboutのネット記事(宅建専門ガイド)連載(2021年~現在)
寄稿者
明海大学不動産学部教授
山本卓 やまもとたかし
埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)、不動産鑑定士。一般財団法人日本不動産研究所を経て、2014年より現職。大学では、「不動産経営戦略」、「不動産会計財務論」等を講じている。企業不動産を取り巻く広範な関係者(経営者、投資家、債権者、地域住民等)に対しての意思決定支援手法の開発を専門にしている。近著に『投資不動産会計と公正価値評価』[2015年、創成社](2016年資産評価政策学会著作賞)、『グローバル社会と不動産価値』[2017年、創成社](2018年日本不動産学会著作賞(実務部門))、『ストック型社会への企業不動産分析』[2021年、創成社](2022年都市住宅学会著作賞)等がある。