明海大学山本卓研究室寄稿 【前編-①】集合住宅タイプESG不動産の賃貸経営管理の課題
目次
前後編全4回の内、今回は「前編①」のご紹介です。
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はじめに
不動産は、人々の暮らし・生業や地域社会、地球環境と密接な関わりを持ち、我国の非金融法人の総資産の約4分の1(約624兆円)を占めることから、近年、不動産におけるESG投資が注目されつつある。
ESG投資とは、リスク管理を向上させ、持続可能で長期的なリターンを上げるために、投資の意思決定に環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)の要素を組み込む投資手法をいう。本稿では、これらESGに対応している不動産をESG不動産と位置付ける。
不動産におけるESG投資を促進するためには、ESG評価を受けるためのコストに対してそのリターンが上回る必要がある。それは継続的な賃料プレミアム及び売却時の将来価格プレミアムだけでなく、売却までの時間短縮、光熱費等コストの抑制、さらには低金利による融資等、複合的な要因によるものと考えられる。
本稿では、ESG投資の対象となる不動産を、「ESG不動産」と定義する。前編でESG不動産の中でも集合賃貸住宅に焦点を当て、これらの経済性に影響を与える要因に関する先行研究を整理し、検討の方向性を探る。さらに、ESG不動産の普及を後押しするための融資制度の現状を把握する。後編では、それらを受ける形で、不動産投資家及び賃借人の双方に対する独自のアンケート調査等を行い、それぞれが欲する本音を明らかにする。不動産投資家及び賃借人がESG不動産に求める利益を明らかにすることで、集合住宅タイプESG不動産の賃貸経営管理が円滑に実施される手がかりを把握する。なお、「ESG不動産」とほぼ同じ意味で、「環境配慮型物件」「ZEH物件」等の用語を使用する。
※本稿(前編、後編)は、田中淳・山本卓「ESG不動産投資とその促進策―優遇金利政策を中心に―」『明海大学不動産学論集』第35号、pp-17-49.に基づき、新しい調査内容を追加したうえで、一般向けの解説コラムに仕上げたものである。
ESG投資とは
(1)ESG投資の重要性
株式をはじめとする企業への投資は、本来的には、主に資金活用の効率性及び利益率、財務の安定性といった数値的な実績データを判断材料に行うものであり、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書といった定量的な財務情報が重視される。それに対して、ESG投資では、当該数値ベースの財務情報に加え、数値では表せない定性的な非財務的要素も重視される。
近年、少子高齢化の進展や自然災害の脅威への対応等の従来からの社会課題に加え、テレワークの進展等による多様な働き方・暮らし方等の新たな課題(展望)への対応が求められることで、投資家や金融機関においては、投資先や融資先に対してESGへの配慮を求める動きが拡大している。
(2)ESG投資の動向
ESG投資は、2006年に国連によって提唱された責任投資原則(Principles for Responsible Investment:PRI)の設立によって始まった。
PRIは次の6つの投資原則をいう。
https://www.unpri.org/about-us/what-are-the-principles-for-responsible-investment
1 ESG問題を投資分析及び意思決定プロセスに組み込む。
2 私たちは活動的な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れる。
3 私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求める。
4 私たちは、資産運用業界において本原則の受け入れと実施を促進する。
5 私たちは、本原則の実施効率を高めるために協力する。
6 私たちは、各自の活動と本原則の実施に向けた進捗状況を報告する。
PRIのホームページでは、これら原則についての実施例を挙げ動画でも紹介している。
PRIでは、投資判断に環境・社会・ガバナンスの要素を組み込むことが、投資家の長期的な利益に資するとの考え方に基づいており、その後、2008年のリーマンショックを経て、短期的な利益追求に対する反省が広がり、ESG投資の考え方は主流化してきた。
なお、PRIへの署名機関数の増加が加速している。2021年3月末時点で3,826機関だった署名機関は、2022年3月時点では4,902機関へと28%増となっている(図表1)。
図表1 PRI署名機関数及び資産残高の推移
2022年3月末以降はペースダウンしているが、9月末までの半年間に277の機関が新たにPRIに署名しており、署名機関は9月末時点で5,179機関と5,000を超える水準にまで達している。
我が国においては、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年にPRIに署名したことにより、ESG投資は急速に広まり始めた。GPIFは、まずは株式を中心とした投資について、自身が資金を預ける運用機関に対して、PRIに署名してESGを考慮することを求めた。
また、2017年には、ESG評価・格付に優れた企業のみに投資するESGインデックス投資を開始し、一部のインデックスではJ-REITを含む不動産会社も対象となった。さらに、2020年3月には、GPIFはGRESB(旧称: グローバル不動産サステナビリティベンチマーク)に加盟し、不動産運用機関に対してもESG投資の推進を強く求めるに至っている。[1]
日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)による2023年の我国のサステナブル投資残高アンケート調査の結果は、537兆5,908億1,700万円と、2022年と比較して43.9兆円、8.9%の増加となった。不動産については16.0兆円であり、2022年と比較して28.1%増加し、継続して大きく伸長し続けている。
図表2 資産クラスごとの
サステナブル投資残高(単位:百万円)
2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
---|---|---|---|---|
日本株 | 97,844,264 | 133,542,411 | 119,887,326 | 134,580,097 |
外国株 | 50,166,491 | 78,931,336 | 75,557,430 | 75,940,183 |
国内債券 | 180,123,263 | 135,985,817 | 297,189,492 | 374,341,261 |
外国債券 | 166,982,310 | |||
PE | 1,129,313 | 4,123,135 | 5,211,348 | 7,981,013 |
不動産 | 8,162,100 | 11,998,553 | 12,530,840 | 16,047,859 |
ローン | 10,421,862 | 14,465,072 | 14,747,584 | 15,592,833 |
その他 | 10,401,896 | 12,046,656 | 16,032,173 | 20,024,845 |
ESG不動産の主な評価・認証制度
不動産セクターにおけるサステナブルファイナンスでは、発行及び投資プロセスの随所で評価・認証制度が活用されている。以下、認証制度について概観する。
ESG不動産投資を推奨する上でその投資の基準を明らかにすることは重要である。各企業・個人がそれぞれの基準で行っていたのでは、カーボンニュートラルに向けた目標を達成することはできない。しかし、世界基準となるものは存在しておらず、各国がそれぞれ推奨する認証機関が独自の基準でESG要素を含む基準を定めているに過ぎない。
国内外の主要な第三者認証制度については、2019年5月に公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会「ESG投資研究小委員会」にて詳細な調査が行われている。[2]そして、国土交通省はこの小委員会による調査内容等を基に、国内外の主要な第三者認証制度として公表している。それによると、総合的な環境性能を判断材料とする認証機関として、CASBEE-建築(新築、既存、改修)(日本)、DBJ GreenBuilding 認証(日本)、LEED(米国及び世界)、BOMA360(米国)、BREEAM(英国)、省エネルギー性能を判断材料とする認証機関として、BELS(日本)、健康性・快適性を判断材料とする認証機関として、WELL Building Standard(米国)、CASBEE-ウェルネスオフィス暫定版(日本)が挙げられている。【前編-②】では、これらの評価・認証を受けたESG不動産の経済効果を分析する。
脚注
[1]堀江 隆一(2020)「パリ協定・SDGsを実現するESG投資の潮流と不動産セクターGRESBによるインテグレーションとインパクト投資への進展一ESG real estate investment to achieve Paris Agreement and SDGs Diffusion of ESG integration with GRESB and development into positive impact investment」不動産研究第62巻第3号3-13頁
[2]公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 調査研究委員会 ESG投資研究小委員会(2019)「ESG不動産投資の不動産の鑑定評価への反映~オフィスビルの健康性・快適性、利便性、安全性の評価~」
参考文献
[1]Pivo, G.(2013)“The Effect of Sustainability Features on Mortgage Risk in Multifamily Rental Housing” Journal of Sustainable Real Estate, 5:1, 149–70.
[2]伊加賀俊治(2021)「建築物の高断熱化・省エネ化と疾病・介護予防」日本不動産学会誌Vol.35No.1,62-66頁
[3]江夏あかね・加藤貴大(2021)「不動産セクターとサステナブルファイナンス-評価・認証制度と共に続く発展-」野村サステナビリティクォータリー2021年夏号54-72頁
[4]太田珠美・内野逸勢・田中大介(2018)「地域金融機関のESG金融はどうあるべきか」大和総研調査季報2018年秋季号Vol.32,38-49頁
[5]清水千弘(2021)「環境配慮型社会と不動産市場」日本不動産学会誌Vol.35No.1,57-61頁
[6]森祐司(2021)「ESG地域金融の現状と課題」商工金融2021年7月号84-87頁
[7]谷地宣亮(2022)「ESG地域金融の現状と課題に関する一考察」日本福祉大学経済論集第65 号17-33頁
[8]環境省大臣官房環境経済課環境金融推進室(2023)「ESG地域金融実践ガイド2.2-ESG要素を考慮した事業性評価に基づく融資・本業支援のすすめ」
[9]国土交通省 不動産・建設経済局(2021)「不動産鑑定評価におけるESG 配慮に係る評価に関する検討業務報告書」
[10]日経新聞(2023年3月9日 2:00)https://www.nikkei.com/article/DGKKZO69099720Y3A300C2EE9000/
寄稿者
株式会社Kenビジネススクール代表取締役社長
明海大学大学院不動産学研究科博士後期課程在学
田中嵩二 たなかけんじ
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1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科を修了後に高校教諭をしながら、大手資格予備校で宅建・公認会計士等の講師を兼任。2003年にKenビジネススクールを設立し、同社は国土交通大臣指定の宅建登録講習(5点免除講習)・宅建登録実務講習(合格後の実務研修)の実施機関に認定され、現在は、全国で宅建・賃貸不動産経営管理士・投資不動産販売員等の講座を実施している。
【論文】
・「ESG不動産投資とその促進策―優遇金利政策を中心に―」『明海大学不動産学論集』第35号(2024)
【執筆書籍】
・『投資不動産販売員資格公式テキスト』
・『宅建登録実務講習公式テキスト』
・『宅建登録講習公式テキスト』
・『これで合格宅建士シリーズ』
・『これで合格賃貸不動産経営管理士シリーズ』
その他多数のテキストを執筆・出版している。
【記事連載】
・全国賃貸住宅新聞 記事連載中(2014年~現在)
・楽待不動産投資新聞 記事連載中(2021年~現在)
・Allaboutのネット記事(宅建専門ガイド)連載(2021年~現在)
寄稿者
明海大学不動産学部教授
山本卓 やまもとたかし
埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)、不動産鑑定士。一般財団法人日本不動産研究所を経て、2014年より現職。大学では、「不動産経営戦略」、「不動産会計財務論」等を講じている。企業不動産を取り巻く広範な関係者(経営者、投資家、債権者、地域住民等)に対しての意思決定支援手法の開発を専門にしている。近著に『投資不動産会計と公正価値評価』[2015年、創成社](2016年資産評価政策学会著作賞)、『グローバル社会と不動産価値』[2017年、創成社](2018年日本不動産学会著作賞(実務部門))、『ストック型社会への企業不動産分析』[2021年、創成社](2022年都市住宅学会著作賞)等がある。