価値総合研究所 寄稿コラム 不動産ストックの環境改修投資の動向

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目次

近年、カーボンニュートラル達成に向け、不動産業界におけるGHG(温室効果ガス)排出量削減に向けた取組、特に建築物からの排出量を抑制することへの期待が高まっている。このため、本稿では、特に既存建築物のうちオフィスビルのGHG排出量抑制に着目し、ビルの環境性能(=省エネルギー性等の環境配慮に関連する性能)を高め、ビルの個別性に配慮しつつ、現状よりも環境に配慮したオフィスビルとするための改修工事(「環境改修」)に係る投資が拡大していく可能性について説明する。

はじめに~なぜ環境改修なのか~

まず、環境改修が求められる背景として、カーボンニュートラル達成に向けた建築・不動産分野に対する国内外の不動産オーナーを取り巻く社会動向等について説明する。
<政策動向>
日本の商業用建築物に関連する業務部門では、2030年度時点で2013年度比51%のCO2排出削減目標が掲げられている。業務部門における建物用途別のエネルギー消費量は「事務所・ビル」が23%と最も消費量全体に占める割合の高い用途となっており、目標達成に向け既存オフィスビルが与える影響度の大きさが窺える。
加えて、国は建築分野で削減目標を設定しており、既存建物の改修も目標に掲げられ、業務部門全体の排出量のうち10%程度を占める。このような流れも受け、従来は新築を前提に構築されてきた建築関連法制が順次見直され、既存建築物の活用・改修に係る規制の合理化・緩和が進んでいる。また、建築物省エネ法は令和4年度に改正され、新築・改修時に省エネ基準への適合が義務化、段階的に目標を上げていく方針も示されている。
このため、今後は、既存ビルのエネルギー排出量に対して削減を求める政策が展開される可能性も十分に考えられるところである。事実、国に先行して、東京都では大規模事業所に対してCO2排出量の削減目標設定及び達成状況の報告義務制度を2025年に開始する予定となっている。
環境負荷抑制に係る先行的な動きとして、海外の動向を説明する。欧米やアジア(韓国)では多角的または厳格な規制が存在し、規制対象となる建築物の範囲については、EUや米国では面積を問わず義務を課す等、日本よりも幅広い範囲で義務化を実施している。
規制事項の特徴として、一定割合の再エネ導入の義務化やCO2排出量の規制を課す事例に加えて、英国では不動産取引に係る取引時の説明義務・広告表示義務や、一定ランク以下の省エネ性能の不動産に関して新規契約・賃貸を禁止する動きもある。同様の規制が日本でも適用される場合は、築古テナントビルのオーナーに対する事業継続リスクとなり得るものといえる。
また、欧米を中心に、使用時の省エネ・創エネだけでなく、建築物のライフサイクル全体を通じたCO2排出(いわゆる「ホールライフカーボン」)の削減に向けた議論が展開されている。特に、アップフロントカーボン(製造・建設段階)の削減に向けて、その削減量を建築規制にしようとする海外の先進的な取組が見られる。
一方、国内では、不動産協会が、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言を踏まえアップフロントカーボンの算定マニュアルを公表し、IBECs(住宅・建築SDGs推進センター)では、国・不動産協会と連携して、使用時の省エネ・創エネも併せて総合的にLCCO2(ライフサイクルCO2)を実質ゼロにする、いわゆる「ゼロカーボンビル」を普及・推進するため、ホールライフカーボンの算出ツール(J-CAT)を開発した。このように、建築物のライフサイクル全体でのCO2排出削減を求める動きが拡大すれば、新築よりも排出量が抑制されやすい観点から、既存ストックの環境性能の向上を図る改修工事への注目度が高まると考えられる。
<投融資機関の動向>
投融資機関を取り巻く環境が変化し、ESG投資、TCFD等の環境に配慮した投資の枠組みを考える必要性が生じている。投融資の基準に今後影響を与えるものとして、特にTCFD(現在ではISSB(国際サステナビリティ基準審議会)に移管)の懸念が大きい。このため、不動産業界でもTCFD対応を図る動きが拡大、気候変動リスクとして、脱炭素化に向けた炭素税や規制導入の拡大、投資家・金融機関からの評価低下等(CO2排出量の多い不動産に対する見方が厳しくなる)が挙げられる。また、金融関連業種(金融機関、保険、AM、投資家)に関連する国際的な枠組みであるGFANZ(投融資先に対するCN達成への説明要求などをコミットメントとしており、日本からも大手企業を中心に複数企業が参加)の調査レポートにおいて、多排出資産(scope3の観点から)に対しては、脱炭素化支援などを促すことが金融関連業種には求められると示している。
これらの動きを受け、金融庁でも金融機関における投融資先への気候変動対応方針を示しており、今後、投融資サイドから既存ビルに対しては排出量改善要求が強まることが想定される。

このような社会的な動向の結果、不動産オーナーに与える影響としては、まず、省エネ基準適合義務の引上げに伴い、建築物において対応が必要となるメニューが増加することとなり、建築費・改修費への負担は増大することが想定される。また、長期的には、欧米の動きに追随して、熱源に対する規制や創エネ・再エネ利用の義務化等、環境性能に係る規制強化が今後推進される可能性もあり、さらなる建築費の増大、建物単体での基準達成が難しくなる等、不動産事業・不動産向け投融資に関する種々の規制も含めて、事業上のリスクが高まると考えられる。

オフィスビル市場環境を踏まえた環境改修の必要性

次に、カーボンニュートラル達成に向けた建築分野での目標達成のためには、オフィスストックの状況や市場環境を踏まえ、どの程度環境性能の向上を図っていく必要性があるのかをみていく。
東京区部、名古屋市、大阪市、主要都市における築30年以上のオフィスストックの割合(2021年時点)は面積ベースで45%~50%程度を占めており、市場の中心を占める存在となっている。なお、築40年以上に限定した場合においても、20%~30%程度の割合となっている。

図表1:築年数別 オフィスストック量

出所:(一財)日本不動産研究所公表資料をもとに株式会社価値総合研究所作成

中小ビル(延床面積1万㎡未満)の延床面積は東京都区部でもストック全体の40%を、地方都市では60%以上のボリュームを占め、賃料総額ベースでも相応のマーケットシェアを有する。中小ビルのうち、旧耐震基準以前に竣工したオフィスビルは地方都市で多い傾向にある。
なお、そのようなオフィスビルは新築に比べ、省エネ性能は低い(ストック全体の性能が現時点の新築並になるのは2050年の予測)。従って中小ビルにおける環境性能向上の必要性は高い。また、人口減少・ストック余剰等の影響から、新築ビルは(特に地方都市では)供給が難しく、既存ビルの環境性能向上が求められるといえる。

図表2:オフィスビルの旧耐震比率×1万㎡比率

出所:(一財)日本不動産研究所及びJ-REIT公表資料をもとに価値総合研究所作成

次に、環境性能の高いストックの分布状況をみていく。弊社が行った分析によれば、オフィスの環境認証取得物件のストック量は約300万坪存在し、東京23区のストックに占める割合は12%と低い状況にあり、環境認証取得物件を規模別にみると、大規模ビルの割合(棟数ベース)が高く、中小ビルにおける取得が少ない傾向にある。築年数でみても、大規模ビルでは築古のものも存在する一方、中小ビルでは築古の環境認証取得物件は少ない。
この観点からは、特に中小ビルでは環境性能の低いストックが相対的に多く、環境改修を行えば、大規模ビルに比べ市場に与えるインパクトは大きくなるものと考えられる。

現在、オフィス市況は安定的に推移しているが、特に東京オフィスエリアでは、2025年以降の大規模ビルの供給を控え、今後市況が一定程度悪化する可能性もある。中小ビルは相対的に大規模ビルに比べ競争力に劣るため、中長期的に賃料・稼働率を維持するためには、環境性能の高さが重要になるといえる。
また、建築費高騰の影響も大きい。工事費単価は上昇がいまだ続いており、今後も価格低下の見通しは想定されておらず、建替えに伴う建築コスト負担がビルオーナーにとっては重荷となるといえる。

図表3:建築着工量と工事費単価の推移
(全建築物)

出所:国土交通省「建築着工統計調査」をもとに価値総合研究所作成

図表4:建築着工量と工事費単価の推移
(オフィス)

出所:国土交通省「建築着工統計調査」をもとに価値総合研究所作成

上述した社会的要請に加え、これらの市場環境を踏まえると、カーボンニュートラル達成に向け、ストック量及び環境性能の観点から築古中小ビルの環境性能向上が必須といえる。一方、建築費が上昇傾向を続け、特に投資回収が見込みづらいエリアにおいては、建替えの意思判断がしづらい。このため、改修によって環境性能向上を図る必要がある。
築古中小ビルはビルストック全体に占める割合は高い一方、今後相対的に競争が激化する公算が大きく、建替又は改修による収益改善ニーズは高まると考えられる。

テナントやオーナーサイドの意識変化と改修工事への期待

オーナーにおける収益改善ニーズが高まったとして、実際に環境性能向上を図ろうとした場合、どのような工事が必要となり、何がボトルネックとなるだろうか。
省エネ改修メニューの導入に必要なイニシャルコストは、 「空調機の更新」、「熱源機の更新」「再エネ電源の導入」等の工事が必要となるが、いずれも比較的高額なものであり、CO2削減効果の高いメニューを導入するには一定の費用負担が必要となることが推察される。
そのため、環境改修が拡大していくかどうか、という観点では、投資回収を見込めるだけの収益性の面での効果が期待できることが必要になる。この点、弊社及び日本政策投資銀行では「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査」(以下、本調査)を実施しており、本調査結果をもとに環境改修の拡大可能性について説明する。
まず、オーナーサイドについて説明する。これまでは、改修による収益性向上が見込みづらく、投資回収の観点から市場は拡大してこなかったが、賃料上昇やテナント確保に向けた手段として、本調査では今後重要度は上昇すると回答するオーナーが多く、建築費高騰等も相俟って、オーナーサイド(特にAM)の改修によるバリューアップへの注目度が高まる可能性がある(図表5)。

図表5:今後の意向

出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

なお、バリューアップを図る上で、環境性能向上のためには大規模な改修が必要となる中、賃料上昇効果が読みづらい点が課題になると考えられるため、テナントへの訴求力を高めるため、ウェルビーイングの観点など、複合的な改修工事を行うことが重要になる。
実際に、本調査でも、オーナーに対して具体的にどのような内容の改修工事をしたいと考えているか聞いたところ、通常の修繕工事だけに留まらず、省エネ性能向上やBCP対応を図る工事に加えて、競争力を高める観点から、テナントの従業員満足度向上に繋がる、ウェルビーイング対応関連の施設・機能の共用部への導入にも強いニーズがある(図表6)。

図表6:具体的に改修したい工事内容

出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

次に、テナントサイドの環境やウェルビーイングへの意識に関しては、以前に「第3回 賃料への影響」で本調査結果を説明した際にも紹介した、賃料負担許容度について触れておく。本調査の賃料負担許容度とは、例えばテナントが環境配慮性能を高めたオフィスビルとそうではないオフィスビルを比較検討した場合、環境配慮性能を高めたオフィスビルに対してテナントが追加的な負担を許容する程度を示している。評価軸は6段階あり、本調査では「賃料上昇によるコスト負担増は許容できない」という回答以外は賃料負担を許容すると判別している。
環境配慮性能やウェルビーイング対応を図るオフィスビルに対するテナント企業の賃料負担許容度に関して、過去2年の調査における回答結果を比較すると、追加の賃料負担を許容するテナント企業の割合が環境配慮性能やウェルビーイング対応ともに50%前後となっている(図表7、図表8)。
過去2年の比較では、ウェルビーイング対応の方が賃料負担を許容する企業割合が増加している傾向がみられた。各年における回答企業数や回答企業属性のすべてが同一ではないため単純比較はできないものの、人材確保を目的としたオフィスの快適性や利便性の向上という点に対して、賃料負担を許容する傾向が示唆された。特に、大企業や上場企業は長期的な経営戦略に則りオフィス戦略を検討している場合が多く、優秀な人材確保に重点を置いたオフィスのあり方を検討しているため、ウェルビーイング対応の重要性が増していると推察される。

図表7:環境配慮性能に関する
賃料負担許容度

【単回答】
環境配慮対応に関する賃料負担許容度:テナント(2023年n=199、2022年n=189)
※2023年は本社所在地が東京都特別区内のみ、「その他」「わからない」「無回答」を除外して抽出した結果
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

図表8: ウェルビーイング対応に関する
賃料負担許容度

【単回答】
ウェルビーイング対応に関する賃料負担許容度:テナント(2023年n=198、2022年n=183)
※2023年は本社所在地が東京都特別区内のみ、「その他」「わからない」「無回答」を除外して抽出した結果
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

前述のテナント企業の賃料負担許容度を本社が入居するオフィスビルの延床面積別[1]に比較すると、企業の環境配慮・ウェルビーイングに係る賃料負担許容度は、中規模、大規模クラスのビルに入居する企業はより賃料上昇を許容するテナントが多い傾向がみられた。一方、小規模クラスのビルでも半数近くは賃料上昇を許容しており、ビル規模問わず賃料上昇を許容するテナントは相応に存在していることがわかった(図表9、図表10)。

図表9:入居するビルの規模別(延床面積)
環境配慮対応に関する賃料負担許容度

【単回答】
テナントのうち、1,000坪以上(n=112):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪以上、1,000坪未満(n=86):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪未満
※「その他」「わからない」「無回答」と答えた回答者を除く
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

図表10:入居するビルの規模別(延床面積)
ウェルビーイング対応に関する賃料負担許容度

【単回答】
テナントのうち、1,000坪以上(n=113):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪以上、1,000坪未満(n=84):本社オフィスが入居するビルの延床面積が1,000坪未満
※「その他」「わからない」「無回答」と答えた回答者を除く
出所:株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2023」

これまで、環境やウェルビーイング等の観点について意識が高い企業は大企業中心とオフィス市場では考えられており、これらの性能が高いビルも大企業がテナントとして入居しやすい大規模ビル中心に供給されてきた。
しかし、本調査結果を踏まえれば、中小企業でも相応に意識の高い企業が存在するとみられるため、相対的に取組が限定的だった中小ビルでも環境性能向上が賃料上昇に繋がりやすい可能性が示唆される。
ただ、中小ビルや築年数が経ったビルほど、コスト負担を抑える必要性が高いことから、環境改修によって費用対効果の高いバリューアップ工事を行うことに注目が集まる可能性が高いと考えられる。

[1] 延床面積は1,000坪以上を中規模・大規模と1,000坪未満を小規模とみなしている。

まとめ

このように、オーナーにとっては、需要の変質(テナント企業の環境配慮意識の向上)と供給のしづらさ(建築費高騰、環境規制の強まり)等により、既存ビル(特に中小ビル)の環境配慮性能を向上させる「環境改修」が必要であり、競争力維持・収益性向上が期待できる市場環境になりつつあるといえる。
一方、性能向上には相応のコスト負担を要し、投資回収を見込みづらいことがボトルネックとなるため、ウェルビーイング対応等のテナントへの訴求力を高めやすい内容も含めた複合的な改修工事の実施や、柔軟な用途転換など、バリューアップに繋がりやすい的確な投資判断を行っていくことが求められる。
実例として日本政策投資銀行・DBJアセットマネジメント・日建設計と共同で既存オフィスビルの環境性能向上を目指す改修プロジェクト(ゼノベプロジェクト)の第1号案件の始動が2024年6月に公表されている。[2]本プロジェクトは、不動産業界のネットゼロ実現に向けた環境改修モデルの構築と普及・浸透を目的とするものであり、改修を進める上では、社会・環境価値(ZEB化)と経済価値(不動産価値の向上)の両立を目指すものとしている。
今後、このように既存オフィスビルの環境改修を進める実証的な取組が各社において進んでいくものとみられる。実証を通して、テナントへの訴求に繋がりやすく、コストを最適化した改修工事メニューが構築されていくことで、中長期的に環境改修の市場は拡大していくことを期待している。

[2]「日本政策投資銀行グループと日建設計 既存オフィスビルのエネルギーを“ゼロ”に近づけるリノベーション“ゼノべ”プロジェクト(ゼロエネルギーリノベーションプロジェクト)始動」https://www.dbj.jp/upload/dbj_news/docs/874b3684005a278ed1735b92c08c74cd.pdf

執筆者略歴

株式会社価値総合研究所 副主任研究員

北川 哲

株式会社価値総合研究所
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不動産会社にて販売・リノベーション業務を経て、2018年より現職。主にオペレーショナルアセットに係る不動産投資市場の調査・コンサルティング業務を担当する傍ら、省庁からの受託業務として空き家対策関連の調査・コンサルティング業務、低未利用不動産の再生に係るコンサルティング業務、地方の不動産会社の投資ビジネス参入の支援に従事。近年は環境不動産や木質オフィスの市場拡大可能性に関する調査を主担当として実施。

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