企業価値向上のカギとなるクラウド導入で進めるシステム改革。
顧客のビジネス価値を高める企業姿勢
目次
クラウド型の顧客管理、営業支援サービスや開発プラットフォームを提供するセールスフォース・ドットコム。エンタープライズ向けに「SaaS」という利用形態を世界に先駆けて提唱した企業であり、そのサービスは世界で15万社以上に利用されています。クラウドビジネスの最先端を走る企業はどうやって日本のビジネス環境を変えてきたのか。クラウド活用が生み出す企業価値の向上とは何を意味するのか。専務執行役員チーフ・トラステッド・パートナーの保科実氏にお伺いしました。
開発スピードで2倍から3倍、
開発コストで3倍から5倍の優位性
──私たち三菱地所リアルエステートサービスとセールスフォース・ドットコムさんとは、当社が提供するCRE戦略支援システム「CRE@M」をセールスフォース・ドットコムのプラットフォーム上で開発・提供しているという縁があります。セールスフォース・ドットコムという会社の名前を強く脳裏に刻んだのは、2009年に政府がエコポイント制度を導入した際、エコポイント申請のWebシステムを御社がわずか1カ月で構築したというエピソードを聞いたときでした。他に類を見ないスピード感に驚嘆したおぼえがあります。保科さんは、セールスフォース・ドットコムに入社したのが08年ということですね。
ITサービスを実現するために、ハード、ソフトの構築や運用・管理に膨大なコストをかけるのはもはや時代遅れではないか、という認識を持ち始めました。システムを一から開発して膨大な保守費用も払い、さらに3年もするとバージョンアップを迫られる。そういうITの使い方はおかしいのではないかと思っていたのです。
その後、それまでパッケージ製品として提供されていたソフトウェアをインターネット経由でサービスとして提供する「SaaS」や、OSや開発環境一式を提供する「PaaS」、さらに仮想サーバーやネットワークなどのインフラまでを提供する「IaaS」など、さまざまな利用形態が生まれましたが、そうしたクラウド・コンピューティングの流れを当社は先駆けてきたという自負はあります。
──社内の重要データをクラウドに預けることに最初は抵抗を示す企業もあったのではないですか。
クラウドを日本で広めるには、まず国内でマイルストーンとなるお客様事例を置くことでした。それが、日本郵政へのシステム導入です。民営化に伴う新しい業務を全国2万4000の郵便局で一斉に始める、そのためのシステムを半年以内に構築するという案件を受注し、その開発に成功したのです。その後のエコポイント導入と併せ、この2つがエポックメイキングになりました。
クラウドの特徴はハード、ソフトウェアをユーザーが用意する必要がなく、システムの運用管理にも余分なコストがかからないこと。利用した分だけ料金を払うという、サービス型の利用モデルです。さらにPaaSであれば一からシステムを開発する手間も省けます。要求仕様が固まっていない段階から開発を進めることができる、アジャイル開発という手法もあいまって、私たちのクラウド・コンピューティングは、オンプレミスでスクラッチ開発という従来の業務システム開発手法に比べ、開発のスピードで2倍から3倍、開発コストで3倍から5倍の優位性があると評価されています。
システム投資は、
SoRからSoEへ、そしてSoIへ
──当社が提供する「CRE@M」もセールスフォース・ドットコムのプラットフォーム上で稼働しています。いまや御社のソリューションに限らず、業務システムをクラウド上で開発・運用するのは当たり前。そういう時代の到来を見据えていたわけですね。
ハードウェアのリソースに価値があった時代からだんだんソフトウェアに価値が移り、さらにいまはサービスが価値を生む時代になっています。企業はそうしたサービスを積極的に利用して、ビジネス創造や業務改革を進め、新たな企業価値を生み出すようになっています。
企業のシステム投資がどのように進んできたかという観点でいえば、「SoR(システム・オブ・レコード)」から「SoE(システム・オブ・エンゲージメント)」、「SoI(システム・オブ・インサイト)」への流れといえるでしょう。SoRは記録型のシステム。従来の基幹系・勘定系、生産管理、会計人事など、企業が実際の事業を継続していくための基盤をいいます。現在はこの領域への投資からさらにSoEへと拡大しつつあります。
SoEは一言でいえば、お客様との親密な関係を構築するためのシステムのこと。例えば自社製品を購入する顧客の情報は、営業やコールセンター、フィールドサービスなどさまざまなチャネルから入ってきます。それを一つに集め、関連する部門が共有しながら、その情報を活用するためのシステムです。私たちセールスフォース・ドットコムが得意としているのもこの領域です。
──かつては、優れた品質と機能を持つ製品にブランド力をつけて販売すれば売れた時代がありました。お客様が持つ情報は少ないので、企業は圧倒的なブランド力と製品力があれば市場を制覇できました。しかし、今は違いますね。
市場がグローバライズするにつれて競合が増え、製品のライフサイクルが短くなり、市場からのニーズに合致しなければモノは売れない時代です。それに拍車をかけたのがインターネット、ソーシャルメディアやスマート・デバイス。顧客は、企業に問い合わせることなく自分たちでネットやソーシャルメディアからさまざまな情報を拾うことができますから、場合によってはメーカーよりも消費者のほうが情報をより多くもつことさえありえます。
だからこそ、企業は顧客の情報をより正しく深く把握しなければならないのです。お客様とどうつながっていくか、マーケットの声をどう拾っていくか。顧客視点に立って顧客とつながっていく仕掛け(SoE)が求められているのです。
SoEの領域では、ビジネスのスピードに合わせてシステム構築のスピードも要求されます。システムを構築して終わりではなく、やってみてだめだったら追加・修正を繰り返していく。それが自由自在にできる仕掛けをクラウド上につくり、それをたえず改変・拡張させていく必要があります。
──顧客情報も、例えばSNSでの口コミとか、IoT(モノのインターネット)のデータなどさまざまで、その量も膨大になっています。こうした顧客データを分析して、ビジネスに活用するのが次の流れ、SoIということになるのでしょうか。
私たちはあえてIoTという言葉は使わず、モノの向こうにいる顧客を視野に入れて、「IoC(インターネット・オブ・カスタマー)」と言っています。例えば自動車の走行データ。これは簡単に収集できますが、まだそれをビジネスに生かし切れていないのが現状です。走行データから運転の仕方を把握して、安全運転をする人なら自動車保険の料率を変えるとか、新たな買い替え需要を発見していくとか、データ分析を意味のあるものにして、そこから新しい顧客接点やビジネス価値を生み出していくことが重要です。
おそらくデータ解析における革新的なアルゴリズムや、ディープラーニングといった人工知能(AI)の技術がますます必要になるでしょう。私たちも、AIテクノロジーを取り入れることで、よりインテリジェントなサービスを生み出そうとしています。
クラウドを企業価値向上に生かすかどうかは、
最後は経営者の判断
──こうしてシステム投資の対象が変化していくと、人材や組織など企業のあり方にはどんな変化が訪れるでしょうか。
SoEやSoIの活用でこれまで以上に効果的な営業のアプローチやOne to Oneマーケティングができるようになり、よりプロアクティブな営業活動が求められるようになるでしょうね。営業のスタイルが変われば、当然、ワークスタイルのあり方や業績評価の方法も変わらざるをえません。
──営業拠点などワークプレイスをどのように配置するかも変わっていくのではないでしょうか。このあたりの変化は企業のCRE(不動産)戦略にも影響を与えるだろうと思います。
ただ、クラウドを活用してどれだけ深いところまで業務改革を進めるかどうかは、やはり経営層の判断になると思います。私たちが提供するソリューションが企業の業務改革を促すのは事実ですが、私たちが提供するのはあくまでもツールにすぎません。それを利用して会社をどう変えたいのかは、ひとえに経営者の理念や情熱にかかっていると思います。
私が唯一懸念していることがあるとすれば、クラウドを活用してものすごい勢いで成長している欧米の企業がある一方で、クラウドを使いこなせないままでいる日本企業がある。その間に差が開いてしまうのではないかということ。もちろん、その差を縮めるのは私たちITベンダーの仕事なのですが……。
──日本の大手金融機関もようやく業務システムのいくつかでクラウドを使うようになりました。大企業が基幹システムをクラウドで運用したり、Webアプリを業務に活用するような時代もやってくるのでしょうか。
私たちセールスフォース・ドットコムのお客様事例をみても、実は損保業界などはクラウドの取り組みは早かったんです。製造・流通・サービス業に比べると、金融機関のIT投資意欲は昔から高いですからね。ただ、生保業界は機微情報を扱うので、個人情報保護法の観点から導入がやや遅れました。しばらくは様子見をしていたメガバンクも「公益財団法人金融情報システムセンター(FISC)」が金融機関等向けのコンピュータシステムのガイドラインを整備するにつれて、業務システムにおけるSaaSの活用に積極的に取り組むようになっています。
金融機関がクラウドを使うのは、自前でデータセンターをもって運用を行うよりもはるかにコストが安いからです。セキュリティー対策も自社で行うより、専門ベンダーに任せた方が安心という認識も生まれ、これがクラウド活用に拍車をかけています。
最近は、中小企業や個人事業者向けの会計・給与パッケージがクラウドへ移行したり、それをWebアプリとして利用する動きがあります。中小企業なら基幹システムをまるごとSaaSで運用するということはありえない話ではないと思います。
変わらないことのリスクより、
変わることのリスクを取る
──当社の「CRE@M」と、これまでお話を伺ったセールスフォース・ドットコム製品とでは、CRE情報とCRM情報という扱う情報の違いこそあるものの、そのツールを活用することで企業価値を向上させるという意味では、狙いや方向性は同じだと思いました。不動産情報は毎日変動するような動的なデータではないですが、これを企業価値向上に生かすという戦略部分は共通していますし、私たちもそういう思いをもってこのシステム開発に取り組んでいます。
結局のところクラウドを活用するかどうかは、経営者がリスクをどう判断するかによります。クラウド活用によるリスクも当然ありますが、活用しないで旧態依然のシステムのまま動かすリスクのほうが大きいと私は考えます。これは企業システムのどこを変えて、どこを変えないか、その分岐点を見極めることでもあります。クラウド、モバイル、ソーシャル、データサイエンス、IoTを利用すればコストを最小限に抑えて顧客との接点を増やし、顧客の情報を生かし、サービスの質を高め、結果的に自社の企業価値を上げることができる。そのためのリスクをあえてテイクしていく企業こそが、これから生き残っていくのでないかと思います。
──これからはビジネスのサイクルがますます速く回るようになります。変化への対応を適切なタイミングでかつ迅速に行うためにも、ビジネスをどう変えたいのか。そのビジョンを明確にしておくことは前提です。ビジョンの確立、データ活用への意識、そして変化対応へのスピードが、これからの企業価値向上のためには不可欠の要件になるだろうと思います。本日はありがとうございました。
Profile プロフィール
セールスフォース・ドットコム
専務執行役員 チーフ・トラステッド・パートナー
保科 実
2008年に同社入社後、専務執行役員としてアライアンス、セールスエンジニア、コンサルティングサービス、サポートなど多岐にわたる部門を統括。日本郵政グループ、エコポイント、トヨタフレンドなどのプロジェクトマネージャーとしてプロジェクトを成功に導く。13 年以降は VAR (付加価値再販パートナー)、OEM ・ ISV パートナーなどを含むアライアンス事業を率いて、現在に至る。